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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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救出への道と誓い

キリルサイド

 キリルはフラフラと町の中を歩く。時折非難がましい視線が向けられることもあるが、釈放されたということは無実だということだ。そのため表立って言葉を投げつけられることはない。だが、茜色に染まりつつある空を見上げながら、途方に暮れていた。

 どうすればいいのか分からない。どうすればカイルをあの地獄からすくい上げることができるのだろうか。どうすれば無実だと証明することができるのか。

 分からないまま歩き続け、気が付くとバーナード武具店の前まで来ていた。任せろと言って出てきたのに、キリルがやったことはいたずらにカイルを傷つけ、地獄へと送ることだ。だが、カイルを身内扱いする彼らにだけは真実を話しておかなければならない。


 当然キリルも責められるだろうが、承知の上だ。覚悟を決めて店の中に入ったが、誰も見当たらない。店番さえいない。キリルが眉を顰め、声を上げようかとした時、一人の子供が店に飛び込んでくる。

 一目見て路地裏に住む子供だと分かる身なりで、膝は擦りむいたのか血がにじんでいる。だが、それを気にした様子もなく、走ってきたようだ。息を切らせて、顔も赤くなっていたが、キリルはその子の頬に殴られた跡があることに気付いた。


 その子供は一瞬キリルに視線を向けるが、すぐに店の奥に向かって叫ぶ。

「お願い! カイル兄ちゃんを助けてっ!」

 その子の言葉にキリルは弾かれたようにそちらを向き、そしてまた店の奥からアリーシャが顔をのぞかせる。

 自分と同じくらいの背丈のアリーシャに子供が縋り付く。

「お願いっ、カイル兄ちゃんが……俺のせいで、俺は、だから……」

 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、言葉を紡ぎだす子供。だが、アリーシャもキリルもその中に出てくる名前に反応する。しかし、まずは子供を落ち着かせなければ話も聞けない。


「話は聞いてやるから落ち着くんだよ。ちゃんと話してくれなきゃ分からない。あんたは……あんたにも話を聞かないとね」

 アリーシャは優しい手つきで子供をなだめながら、キリルには鋭い視線を飛ばしてくる。キリルは無言でうなずいて、アリーシャに続いて部屋の奥へと招かれた。

 たどり着いたのは食堂と思しき場所だ。そこに難しい顔をしたドワーフ達や、商店通りの店主達、そしてなんとハンターギルドのギルドマスターが集っていた。


「アリーシャさん、その子は……」

「ああ、なんか知ってるみたいだけどね。もう少し落ち着くまで話は無理だよ。その間に、こっちの話なら聞けるだろう」

 アリーシャは子供を視線からかばうように抱きしめると、キリルに顔を向ける。とたんに集まってくる視線にキリルは緊張するが、これだけの人に真実を聞いてもらえるなら何かいい案が浮かぶかもしれないと考えた。ここに集まっているのは、カイルが今までの活動で信頼を生み出し絆を結んできた人達だ。この人達ならきっとキリルの話を信じてくれるだろう。

 キリルはそう感じ、カミーユと出会ったところから話を始めた。そのきっかけとなった剣聖との出会いも含めて。




「あの子が、剣聖の本当の?」

「まさか……でも、それなら……」

「あの野郎ども、よくも……」

 キリルが話し終えた時、そこには驚きや納得、憤りといった様々な感情が沸き起こっていた。どうやらカイルは親しくしていた数人にしか素性を明かしていなかったらしい。第三者であるキリルの口から明かすことになってしまったが、ここにいる面々なら大丈夫だろう。きっとカイルの不利になるようなことはしない。

「カイル兄ちゃんが……英雄の、じゃあ、やっぱり……」

 キリルの話の最中にようやく落ち着いたフィリップは、驚きながらも顔を輝かせる。自分達にとっての英雄は、あの偉大な英雄の子供でもあった。やはりカイルはすごいのだと感じ、なおさら気持ちが強まる。


「なるほど……そういうことか。これは……わたしを敵に回すということでいいんだろうね。ギルドを敵に回すと恐ろしいということを思い知らせてやらないと」

 ギルドマスターであるトマスはにこやかに宣言するが、内容は物騒極まりない。どうやらあまりの怒りで一周回って笑顔になってしまったらしい。英雄の息子を騙るだけにとどまらず、本当の息子を殺そうとしたなどと。

「それで、今はカイルは警備隊庁舎か……」

 グレンが顔をしかめる。カイルがそこでどんなひどいことをされてきたのか、簡単にだが聞いたことがある。だが、今度は盗みなどと言う軽い罪ではない。どんな目にあっているか分かったものではない。

 そこでフィリップに視線が集まる。カイルを助けてくれと駆け込んできたフィリップが、おそらく一番新しいカイルについての情報を知っているはずだからだ。


「あんた、名前は?」

「フィリップ=キルトン」

 フィリップは大勢の前で緊張しているのか表情も硬い。

「そうかい、フィリップ。あんたはカイルのことを知ってるんだね?」

「うん、カイル兄ちゃんは俺達の英雄なんだ。だから、俺、俺も、ちゃんと生きなきゃって思って、それで頑張って仕事をもらったんだ。だけど、そのお金取られちゃって」

「……誰にだい?」

 まさかとは思いながらアリーシャが問う。帰ってきた答えは、予想通りではあるが信じがたいものだった。

「警備隊の奴らだよ! あいつら、俺達が何か持ってるといっつも取り上げるんだ。でも、いつもはそれも人から盗んだものだったりするから……」

 空腹から盗みをする子供達。その子供達からさらに取り上げていく警備隊。治安を守るはずの彼らが泥棒の上前をはねるような事をしている。腐敗や差別意識はかなり深刻だ。


「いつもみたいに諦めてたらよかったかもしれないんだけど……でも、俺、初めてちゃんと働いてもらったお金だったから、だから、取り返そうとしたんだ」

 それは人として当然のことだろう。いくら子供であろうと、個人の財産を取り上げる権利など警備隊にはない。

「でも、そうすると俺が警備隊のお金を盗もうとしたって言われて、捕まったんだ」

 当たり前の権利を当たり前に行使することさえ許されない孤児達の実情。そして、警備隊の横暴が明らかになっていく。


「俺、前にも捕まったことがあって。それに、今度は相手が警備隊だったから……たくさん、鞭で打たれた」

 フィリップの言葉を聞いて、アリーシャは慌てて子供の服をめくる。だが、罰を受けただろう背中には傷一つない。怪我らしい怪我といえば、先ほど治療した膝と頬くらいのものだ。

「大丈夫だよ。そのせいで熱出して、苦しくて、死んじゃうかと思ってたけど……でも、カイル兄ちゃんが治してくれたんだ」

 カイルのことを語るフィリップの目は、英雄について語る時の目そのものだった。だが、その目もすぐに曇る。


「カイル兄ちゃんと警備隊の奴ら、もめてるみたいだった。いっつも俺らの言葉なんて聞かずに、罰ばっかり与えてきて。兄ちゃんが正しいこと言ってても、相手にしてくれなかった」

 やはりという思いが広がる。いくらカイルが躍進しようと、貢献しようとどうしようもない境遇によって黙殺されてしまう。

「それで、俺にまた罰を与えるって。俺が、盗んだって認めなかったから、認めるまで罰を与えるって言ったんだ」

 言い分は全く聞き入れてもらえないのに、罪だけは一方的に押し付けられる。こんな子供にさえ無慈悲な罰を与えるのだ。


「俺、怖くて兄ちゃんにしがみついてた。そしたら、あいつら……あいつらは……」

「なんて言ったんだ?」

 グレンはなるべく穏やかに問いかける。再び高ぶっているフィリップの感情を刺激しないように。

「あいつら、兄ちゃんが代わりに罰を受けるなら、俺を釈放するって」

 その場にいた者は皆息を飲む。そんな提案をされた時のカイルが出すだろう答えが分かり切っているから。フィリップがここにいることが、それの何よりの証なのだから。


「そ、それじゃあ、あの子は……罰を?」

「うん。それで……俺にも、それを見ろって言って……」

 フィリップの言葉に再びの衝撃が走る。自分のせいで罰を受ける人を見るのはどれだけ辛いことだろうか。しかも、それが英雄と仰ぐような存在であればなおさら。

「あいつら、俺にそれを見て、それでみんなにも伝えろって言ってた。俺達がまともに生きようとすると、こうなるんだって。ゴミはゴミらしく、みじめに地べたにはいつくばって死んで行けって」

 子供には似つかわしくない、暗くて低い声。フィリップの目から涙が零れ落ちる。

「それで、あいつら……兄ちゃんに、兄ちゃんにひどいことをっ!」

 アリーシャは興奮するフィリップをなだめようとしたが、フィリップは心の中で暴れまわる思いをぶちまけるように、何を見てきたのかを詳細に打ち明ける。

 カイルが何をされ、どんな様子だったのか。何度気絶しても起こされ、治療させられ、また苦しめられたのか。余すことなく全てを。


「俺っ、俺っ、悔しかった。何もできなかった。俺のせいで、俺の代わりに兄ちゃんが苦しんでるのに、俺、何もしてあげられなかった。兄ちゃんは俺を助けてくれたのにっ! あの地獄から逃がしてくれたのにっ! 俺には力がないから……俺はゴミって呼ばれる孤児だから……何も……。だから……お願い、お願い……します。兄ちゃんを、カイル兄ちゃんを助けて! 助けてよぉ……」

 フィリップはその場で土下座をして頼み込む。自分の頭でいいなら何度でも、何時間でも下げ続ける。だから、カイルを、孤児達にとっての英雄を救ってほしい。孤児であるフィリップにはその力がない。だから、その力がある人に頼むしかない。できない。

 話を聞き終えてグレンとキリルが同時に立ち上がる。二人とも爪で掌を傷つけるくらいに拳を握りしめ、怒りに身を震わせている。まともな扱いはされていないと思っていた。だが、そこまでひどい扱いをされているとも思わなかった。


 下手にカイルが地位を得たせいで、いたずらに嫉妬や恨みを買ってしまった。それはギルド登録させたグレンやアリーシャ、ギルドマスターにも責任がある。カイルがギルドメンバーになれば、目覚ましい活躍をするだろうことは分かっていた。それがカイルの力になればと思っていた。だが、そのせいで妬まれ、疎まれている。

「二人とも待ってもらえるかな」

「……トマス、どういうつもりだ、てめぇ」

 だが、庁舎に殴り込みをかけようとしたグレンとキリルを止めたのは他ならぬギルドマスターだった。表面上は冷静に見えるが、額の血管が浮き出ていることで怒髪天に達していることが分かる。笑顔にも寒気を感じた。


「何、君達に好きにさせれば助けられるものも助けられないと言っているんだよ」

「だが、あのままではカイルはっ!」

 いくら回復魔法が使えても、確実に精神はすり減るし、体だっていつまで持つか分からない。すぐにでも助け出さなければならない。

「分かっているよ。けれどね、今はカイル君を釈放させるに足るだけの証拠がない。罪に問えるだけの証拠もないはずだけど、捏造するのはお得意だろうからこちらが不利だよ」

「じゃあ、あいつらの好きにさせとけっていうのかっ! みすみすカイルを死なせろって……」

 グレンの言葉を、手のひらを突き出してトマスが止める。


「そんなつもりは毛頭ない。だが、このままでは彼を本当の意味で助けることにはならないと言っているんだよ」

「本当も嘘も、助けりゃ同じだろうが!」

「いいや、違うね。確かに庁舎に襲撃をかけてカイル君を救い出すことは可能だろうね。けれど、その後どうするつもりだい?」

「どうするって……」

「彼は牢破りの罪を問われることになる。もちろん君達も」

「ぐっ」

 無実であるはずのカイルの罪を確かなものにしてしまう。


「彼にずっと日陰の生活をさせる気かい? それも条件は今までよりもずっと悪い。何せ本当の意味で前科が付くんだ」

 ようやく闇の中から出てくることができたカイルや子供達。グレンやキリルの短絡的な行動はそんな彼らを再び闇の奥底に落としてしまいかねない。

「ならどうするんだ!」

「偶然も味方したんだろうけれど、向こうに都合のいい条件ばかりそろっている。なら、こちらは疑いなんて吹き飛ばせる位確かな証拠をつかめばいい」

「だから、どうやるんだ? カイルのギルドカードは向こうが握ってる」

「俺のギルドカードも役には立たないようだ。罪状が刻まれていない」

「なるほどなるほど。それはそうと、例のカミーユ君とその取り巻き達、ギルド登録はまだだったよね」

「あ、ああ。おそらく罪状が刻まれることを恐れているんだと思うが……」

 身分証にもなり持っていて便利なギルドカードを持たない理由などそうそうあるものではない。


「そうか、ならキリル君。君がやるべきことは一つ。彼らをギルド登録させることだよ」

「俺が? ギルド登録を?」

 キリルが聞き返すとトマスは得意げな顔をする。

「これ以上は極秘事項だからね、説明はできないが、彼らをギルド登録させることができれば、わたしが責任もって彼らの罪を暴き、カイル君の無罪を証明して見せる」

 自信満々な様子に、わずかながら希望が生まれる。

「だが、そのためには少し時間がかかる。そうだね一日は必要だろう。だから、カイル君を一刻も早く助けるためには、彼らの一分一秒も早い登録が必要になるんだ。いや、説得が無理ならギルドに連れてきてもらうだけでもいい。そうすればあとはわたしがどうにかしよう。とにかく君がやるべきはカミーユ達クソヤロウどもをギルドに連行すること、コホン、いや、お連れすることだね」

 トマスの怒涛の勢いに押され、キリルは何度もうなずく。


「君の性格は分かるよ。たとえ人助けのためだろうと、心を偽るのは苦手だと。でも、本当にカイル君を救いたいと思うなら、自分の心さえだまして見せる気概を見せてほしい。あんな奴らに首を垂れるのは辛いかもしれない。でも、きっとこの子や……カイル君の方が辛い思いをしてる。だから頼めないかな。これは君にしかできないと思うんだ」

 トマスの言葉に、キリルは己を殴りつけたくなった。カイルのつるぎになることを誓いながら、共に歩むことを決めながら、そのための覚悟が少しも足りていなかった。腕さえたてばカイルを守れるのか、実直であれば悪意をはねのけられるのか。そうではないだろう。たとえ己の心を殺し、矜持を偽ることになろうとも、本当に守るべきものを守れない剣にどれだけの意味があるだろうか。


「承知した。必ず、引きずってでも連れていく」

「ああ、いや、できれば自分からくるように仕向けてくれるとこちらもやりやすい」

「そうだな……やってみよう」

 キリルの言葉にトマスは満足そうにうなずく。そして、頭を下げたままだったフィリップに歩み寄る。

「君の勇気に感謝するよ。おかげでカイル君を助けるための方法が見つかった。よく頑張ったね」

 トマスの言葉に顔を上げたフィリップだったが、またしても顔をくしゃくしゃにする。

「それ……兄ちゃんにも言われた。頑張ったって……俺は間違ってないって。だから……何見ても折れるな、耐えろって。だから俺、頑張れた……勇気が持てたんだ」

 カイルの言葉がなければ、フィリップは釈放されても下水道に逃げ込み震えて過ごしていたかもしれない。あんな凄惨な場面を見せつけられて、耐え切れずにおかしくなっていたかもしれない。だが、カイルの言葉があったから耐えられた、折れずに頑張れたのだ。

 自分が大変な時でも、他者を気遣い支えになる言葉を残せるカイルを思い、みんなの顔に笑顔が戻る。そして確かな誓いが生まれる。必ず取り戻すと。あの、太陽のような少年を、地獄から救い上げると。

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