表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
179/275

魔界の日常?

 ようやく覚えてきた魔王城の中を歩いていると、角からぬっと姿を現した存在がいた。巨漢のディルグだ。四天王の中でも一番カイルに構ってくるというか、仕掛けてくる回数が多い相手だ。

 よっぽど暇なのだろうか。カイルに押し付けられている仕事量を思えばそんなはずはないのだが。そもそもにおいて彼らがしっかりと仕事をしていればこれほど忙殺されることもなかっただろうに。

『おお、ここにいたか! さあ、今日も俺と血沸き肉躍る戦いをするぞ! 貴様はなかなか筋がいい! 魔王様の管轄でなければ、俺の配下にしていたところだ! さあ、こい!』

「悪いが今手を離せない。後にしてくれるか?」

『む? しかし、魔王様からのお達しがあるだろう? 貴様が逃げ隠れするのはいいが、出会えば仕掛けていいと!』


 あまりにも四天王のアプローチがしつこく、どうにかならないかとダミアンに相談したところ、魔王からお達しがあった。カイルは可能ならばあらゆる手段を使って彼らを回避しても構わない。ただし、出会ってしまえばそこから逃げ出すことは許さない、と。

 それ以来、常に魔王城の人員の動きは把握するようにしていたが、油断していなくても避けられない場合もある。特に厄介なのがリリスの能力だ。魔力感知も空間把握も役に立たない移動法を持っている。

 今では彼女の気分一つでこうした邂逅を果たすことになってしまっている。なかなか自力でカイルを捕まえられなくなってきた四天王は、日替わりでリリスに頼み込んでいるのか一日一度は誰かしらと出会ってしまうのだ。


「……はぁ、分かったよ。ただし、移動するからそれまでは大人しくしててくれよ」

 カイルは自分とディルグを包み込むように空間を展開して送り込む。ディルグが消えた後に残ったのはカイル一人の姿。

「やれやれ、いつまでこの手が通用するかな」

 最近ではディルクの相手はもっぱらカイルが空間の中で作り上げた影人形シャドウゴーレムがしている。気付いていないのか、気付いていても相手がいればそれでいいのか。都合上相手に出来ない時にはこうしてディルクだけを送る様にしていた。


『なはは~、ディルグの学習能力は~、スライム以下だからしばらくは大丈夫だよ~』

 ディルグが出てきたのと同じ角からぴょこりとリリスが姿を現す。

「リリス、面白半分に四天王をけしかけるのやめてもらえないか? 魔王様やダミアンが馬鹿みたいに仕事回してくるから結構手一杯なんだけど……」

『え~、やだ~。だって、ボクの糧は知ってるでしょ~? 僕の糧は『驚異』、驚きこそがボクにとっての生きる栄養なのだ~』

 そう、リリスの糧は他者の驚きの感情。それだけにしょっちゅうドッキリを仕掛けてくる。だが、カイルが何か反論する前にリリスは不満げに口をとがらせ、頬を膨らませる。

『でも~、最近カイルの反応が薄くて困ってるんだよね~。ボクの能力、感知できるようになったの~?』


 確かに最初の頃ほど四天王と出くわしても驚かなくなった。日課のようになってきたのもあるが、魔王城全域を把握できるようになったことで予測が立つようになったこともある。さすがにディルグほどの大きな気配が消えれば警戒するというものだ。

「いや? それに、リリスの能力は感知できても回避はできないだろ」

 リリスが持つ特有の能力の一つ。それが『添付』の魔眼だ。これはあらかじめ片方の眼に登録していた存在に、もう片方の眼で見たものを張り付けるというもの。意外に汎用性が広く、能力でも道具でも指定対象に出来る。


 そしてこれを生物に対して行えばどうなるのか。混ざり合ってキメラになるといったような事態にはならない。ただし、決して回避できない遭遇をもたらすことになるのだ。こればかりはさすがに逃げられない。

 指定対象を外すのは当人の意思次第だし、有効射程も魔王城の中どころか魔都全域を覆うほどに広い。『リリスからは逃げられないよ』と可愛く言われたのだが、全く喜べなかった。


『ねえ~、カイル? 本当に魔界を出て行っちゃうの~? ボクも魔界から出たことはないけどね~、それでも君が普通の人間から外れちゃってることは分かるよ~? 人は弱いからね~、きっと受け入れてもらえないよ~?』

 リリスもダミアンと同じで物理的にカイルに仕掛けてくるわけではない。だが、その代わりによく精神攻撃を仕掛けてくる。クロの糧が魔力と血というように一つではないように、最高位の妖魔や魔人になればその糧も一つとは限らない。

 リリスの糧のもう一つ、それは『苦悩』。魔の者であれば自分の生き方やあり方に疑問を覚えることは少ないし、そうであったとしても大きく揺れ動くこともない。


 例え分かり切っていることであっても、覚悟を決めていることであっても、それを聞いてしまえば少なからぬ心の動きがある。それは人であれば当然のことで、だからこそそれまで人を知らなかったリリスにとっては新鮮で、そして極上の味わいだった。

 魔王の預かりでなければ、決して魔界から出そうとは思わないだろう。どんな方法を使ってでも魔界に留めていたに違いない。だが、それができないならばせめてここにいる間は好きにさせてもらう。

 それに、もしカイルがそれによって魔界を出る気をなくせばなおの事望むところだった。


「……分かってるよ、それは」

『でも、辛いよね~。ボクは、ボク達はさ~自分より強い者を恐れることはあっても、自分と違うっていう理由で嫌ったりはしないよ~』

 そう、魔王城や魔都に住む者達は、厳選されていることもあってかカイルがどんな姿や力を見せても、恐れることはあっても理不尽に嫌ったりはしない。

 むしろ強くなることへの欲求が本能に組み込まれているためか、強い者ほどあこがれや尊敬の眼で見られることになる。


 確かに人界でもそういった部分はあるだろう。だが、それも人の範疇に収まっていればの話だ。例え人と変わらない姿形をしていたとしても、龍の血族がその常人離れした能力故に忌避されてきたように、自分達と違う存在に対しては非常に冷たく厳しい部分がある。

 自分達にとって益になっている間は持ち上げ、もてはやされるかもしれない。だが、当面の脅威が去り、平穏が訪れた時、彼らにとって脅威となるのは誰なのだろうか。

「ほんと、心をえぐるようなことずけずけ言うよな、あんた達って。……心配してくれるのはありがたいし、嬉しいけど俺の答えは変わらない。準備ができ次第、獣界に移動する」

『なっ、何のこと~、ボクはただ、僕の楽しみがなくなるのが嫌なだけだよ~?』


 いつになく挙動不審なリリス。長く生きても、その精神性や所作は見た目に影響されるのか、こうして不意を突くと本当に子供のような反応をする。

「魔界に来て色んな魔物と出くわして、魔王城で働くようになって分かったことがある。確かに魔界の生き物っていうのは誰もかれもが自分本位だ。でも、他者を思う気持ちがないわけじゃない。そのための行動ができないわけじゃない。少なくとも、魔王城で働こうっていう連中はさ、魔界のためだとか魔王様への忠誠だとか、理由はいろいろあるんだろうけど、自分以外の何か、誰かのために動くことを決めた者達だと思ってる」


 好き勝手やっていても、彼らの働きが魔界に安定をもたらしていることに代わりはない。究極的には自分自身のためであったとしても、その行いが自分以外の誰かの助けになれば、それは他者への貢献と言えるのではないだろうか。

 カイルだってそうだ。誰かのために動くことが、自分のためにもなっている。彼女の言葉の大半を占めるのが彼女自身が口にした理由であろうと、その中にほんのわずかでもカイルが言ったような感情があるのだとすれば、彼女にお礼を言う理由にはなる。


『ぼ、ボク達はその方が好き勝手やれるから……』

「ま、俺が勝手にそう解釈してるだけだよ。人っていうのは自分にとって都合が悪いこととか、見たり聞いたりしたくないことからはつい逃げちまうからな。リリスの言葉は痛いけど……今の俺自身をきちんと認識する助けにはなってる。だから、ありがとうな」

『……変なの~。やっぱ、人ってボク達とは全然違うんだね~。でも、お礼を言われるのはなんか気持ちいいかも~。糧とは違った感覚~。あ、そうだ。ボクね、伝えに来たんだよ~』


 どうやらリリスにとってもディルグはおまけで、本題は別にあったらしい。

『魔王様からの伝言~』

 それならさっき会った時に伝えてくれればよかったものをと、内心では思う。だが、次に伝えられた言葉の驚きが大きすぎて、そんな小さなことは吹き飛んでしまった。

『えっと~、四天王ばかり遊ぶのもずるいから~、魔王様も参戦するって~』

「は!? え? そ、それって今俺がディルグやルアースとやってるようなこと、魔王様もするってことか?」


 事務的な面や精神的な面では今でも十分酷使されている。その上で参戦となると、そうとしか考えられない。ようやくあの二人の動きについて行けるかいけないかになったところだ。そこへきて魔王とも模擬戦などと、死の予感しかしない。

『そうだよ~、魔王様すっごい張り切ってた~。魔王様のあんな笑顔久しぶりに見たよ~、ご愁傷様~』

「この、他人ごとだと思って」

『他人ごとだも~ん。あ~、それとね~、これ、ダミアンから。追加の書類~』


 カイルがもともと持っていた書類の上に、頭の位置を越えそうなほどの書類の山が追加される。崩れる前にすべて亜空間収納アイテムボックスに入れたことで雪崩は防げたのだが、絶対にわざとだ。

 ジト目でリリスを見るのだが、彼女は満面の笑顔で満足そうにうなずいている。久しぶりに彼女が望んだとおりの糧が得られたらしい。ホクホク顔で姿を消してしまった。

 カイルはこれ以上の面倒を避けるため、急いで自室に戻る。空間魔法や影魔法による移動が使えればいいのだが、魔王城を守る結界はそれを可能としない。それだけにリリスの力が重宝されるのだが、日々駆けずり回らなければならない身としては不便この上ない。

 すぐに影の中に潜ると、書類整理とこれからの準備を行うのだった。




 カイルは魔王城では恒例の日常になりつつあるが、遊びもとい模擬戦の場に立っていた。しかし、今回目の前に立つ人物に対して緊張を隠せない。それもそのはずで、今カイルの目の前にいるのは不敵な表情を浮かべる魔王。

 魔界を統べるその人だったからだ。そして、今いるのはカイルが構築した空間ではない。そこでは魔王の力によっては空間が崩壊してしまう可能性があるということで、魔王自らが作り出した空間にいた。

 カイルの背後にはクロとクリアが控えており、魔王の後ろにはダミアン他四天王がそろっている。なんだか決闘を思わせる緊迫感が漂っている。


『よく来たな。お前達の働きに関しては認めてやってもいい。だから、望み通り、俺も立ち会ってやる』

 カイルは魔王の言葉に少し疑問を覚える。望み通り? カイルとしては四天王のちょっかいでさえ有難迷惑のように感じているのに、なぜ魔王との立ち合いを望んでいると考えているのか。

 ちらりと魔王の奥にいる四天王に眼をやると、リリスが下を小さく出して手を振っていた。カイルは頭を抱えたくなるがどうにかこらえる。どうにも彼女の画策らしい。カイルには魔王が立ち合いを望んでいると伝え、魔王にも同じようにカイルが魔王の指導を望んでいるとでも伝えたのだろう。

 魔王はそれを知っていたのかもしれないが、あえて乗ったというところだろうか。


 四天王との”遊び”に興味を示していたようだから。今まで手を出してこなかったのは、カイルの実力がある程度四天王に近付くのを待っていたのだろうか。下手に手を出せば魔王自身の手で壊してしまいかねないから。

 言いたいことも納得できない感情も多々あるが、カイルは深く息を吐いてそれらの感情を押し流す。こうなった以上は戦いに集中する以外にない。

 無茶苦茶に思える四天王も、あれで見極めは確かだった。いつだってカイルの限界まで追い込んでくれるが、やり過ぎるということは、まあ、無かった。最近ではそれも少々甘くなりつつあるのか、時間は長くなるうえ手合せを終えた時の記憶がない。


 万一やその後の空間の維持なども含め、手合わせをする時にはクロやクリアを同伴させるのもいつものことだ。だが、他の四天王との立ち合いに別の四天王が顔を出すということは今までなかった。

 しかし、今回は四人ともそろっている。魔王の空間がカイルと同じように時間まで調整されたものだとしても忙しく勝手気ままな彼らが付き添うことの意味を考えると空恐ろしくなってくる。

 四人がかりでも魔王を止めることが出来るのかどうか分からないが、保険と考えれば少しは気が楽になる、のだろうか。今まで見た中で一番楽しそうな顔をした魔王を見ているとそれも怪しい。本当に戦いになるのだろうか。


 開始の合図はない。そして、魔王が動く気配も。恐らくはカイルから仕掛けてくるのを待っているのだろう。カイルはヒュッと息を吸い込むと同時に今自分に出来る限りの強化を施し地面をける。

 妨害魔法など用いない。恐らく通用しないしそこに制御を回す余裕などない。今のカイルに出来る最速をもって剣を抜き放ったが、余裕の笑みを浮かべたまま魔王はすっと身をそらすだけで避ける。

 返す刀で振り下ろすと同時に、左手に魔力の刃を構築して交差させるように振りぬく。しかし、それで切り裂いたのは魔王の残像。


 気配を探るより先に、直感的に右を向き剣をクロスさせて防御姿勢を取る。だが、そこで受けた衝撃はこらえることなど敵わず、カイルの体を高速で吹き飛ばした。

「ぐぁぁっ!」

 体勢を立て直す暇もなく、背後にあった岩に全身を叩きつけられる。だが、その痛みよりも攻撃を受け止めた腕のしびれの方が強い。恐らくは蹴りだろうか。開始位置よりも離れた場所に立つ魔王を見ながら、カイルは口の中にたまった血を吐き出す。

 今のカイルでは魔王の体の動きを見切ることさえ難しい。だが、見えなければ対処ができない。ならばどうする? どうすれば見えるだろうか。


 魔法と気功で思考を加速させ、うっすらと魔眼の紋様が浮かび上がる目に魔力を集中させる。部分強化が使えれば目の強化を行うことで動体視力なども向上させることが出来る。しかし、無属性魔法である身体強化ブーストは魔界においては使えない。

 そこで編み出した魔法。魔法と言えるほど上等なものではないかもしれない。それは、各々の属性特性を肉体に作用させるもの。身体強化ブーストのように体に魔力を纏い、魔力の特性その物を反映させる。いわば属性強化エレメントブーストというものだろうか。

 補助魔法で似たようなものがないわけではない。しかし、無属性魔法のように肉体そのものの機能を向上させるような魔法は今まで存在していなかった。


 そんなことをしなくても無属性魔法で強化が可能だったし、魔法制御の難易度が段違いで違う。闇属性をベースに雷属性の魔力を纏う。雷は風の上位属性、特性は加速と伝達。風属性よりもさらに思考の伝達速度を速めてくれる。

 カイルの魔法が完成したのを見計らうように魔王が動く。霞むほどの速さで移動するが、先ほどとは違いどうにか動きが見える。そのまま全身をさらに雷属性の魔力で覆う。多重強化により魔王の影を捕え、かろうじて攻撃をかわし続ける。

『ハハハ、なるほど、遊びがいがある。魔の者はどうしても力押しになりがちだよな、魔法も体術も戦術も。だが、人は違う。俺達よりはるかに脆弱だからこそ、工夫を凝らす。見せてみろ、お前の、研鑽を!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ