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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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魔界四天王

 ダミアンが内心で頭を抱えていると、それまで無言だったルアースが前に出てくる。

『では、誰の管轄になるんだい?』

「管轄?」

 意味が分からず首をかしげるカイルにダミアンが説明してくれる。なんでも魔界からのゲートはいつでもどこでも開けるわけではないらしい。

 それは、ゲートの管理をしている彼らでも不可能なのだとか。カイルだけならまだしも、クロがいることでさらにややこしくなっているらしい。


 クロほどの存在を魔界から送り出すにはかなりの手間と時間が必要なのだとか。そうそう最高位の妖魔を魔界から出すわけにはいかないからだろう。

『裏道が無いわけじゃない』

「裏道?」

 魔王が楽しそうに笑みを浮かべる。普通に処理したのでは最短でも年単位魔界に止まらなければならないらしい。

 それを聞いて難しそうな顔をしたカイルを見ての発言だ。

『魔王様! それは非常時の……それに向こうの了承も……』


 ダミアンもそれを知っているようだが、賛成はできないらしい。

『でも、急いでるんだろう? 確かに、人界の雲行きは怪しくなっているようだしな。聖剣持ちが魔界でくすぶっているわけにはいかないのも確かだ。それに、向こうも反対しないだろう。なにせこいつ、あいつの血縁らしいからな』

「あいつっていうのはもしかして……」

『そうだ、獣界の龍王。人界へのゲートには制約も多いが、獣界に繋げるなら一月くらいでできるだろうな。非常時の迂回路というやつか。もっとも向こうの了承かなければ繋げないけどな』


 地の三界と天の三界、各々独立していながら繋がりを持つ領域。基盤となる人界に対してはどの領域も一定の規制が敷かれている。人界の崩壊はレスティアの破滅にも繋がるからだ。

 しかし、それ以外の領域同士なら、王の許可があればそれなりの便宜が図れるらしい。今回の件も一応非常事態として処理できるのだろう。

『それでも一月、彼らの面倒を見る者が必要だろう? 何かあれば責任を持って後始末する責任者が。君達が望むなら、他ならぬ僕が引き受けてあげてもいいんだよ。何せ僕は由緒正しき高貴なる魔人、不自由はさせないさ』


 ルアースは無駄にキラキラとオーラを放ちながらポーズをとる。どうやら、魔王城で生活するには後見というか、保証人のような存在が必要らしい。何か不始末をしたり、不利益を被ったりした場合後見人の責任を持って解決するようだ。

『心配しなくていいよ。僕はディルクやダミアンと並んで、四天王を務めているんだ。魔界においては魔王様に続く地位と実力があるということだ。安心して任せるといい』


 いい反応を見せなかったカイル達にさらにルアースがプッシュしてくる。予想通りの地位や実力でありがたい申し出ではあるのだが、得られるメリット以上に面倒そうな予感がヒシヒシとしている。

 出来れば断りたいところだが、どう言えば角が立たず気を悪くしないだろうか。頭を悩ませるカイルだったが、予想外の方向から助け舟がやってきた。


『あ、そいつらは俺の下につけるから』

『『魔王様⁈』』

 ルアースの困惑とダミアンの悲鳴のような言葉が重なる。

『こんな面白そうなオモ……もとい存在、お前らに任せられるわけないだろう? 俺が責任持ってこき使……面倒を見てやろう』

 色々と隠せていない本音がダダ漏れだ。二人も不満げな顔はするも反対はしない。分かっているのだ。こうなったら、魔王に逆らうことはできないということが。

 たとえ四天王といえど、邪魔すれば殺してでも排除されるだろう。それが魔界の、魔王城における理不尽なまでの掟。


 カイルはルアースの面倒は避けられるも、それ以上の厄介ごとに顔がひきつる。つまりは、獣界へのゲートが繋がるまでの一月ほど、魔王の暇潰しのオモチャ兼雑用係としてこき使われることが決定したということだ。

 少々の難題は覚悟していたが、さすがにこれはひどい。しかも、拒否権も逃走も許されない。

「クロ、クリア、俺達五体満足で魔界出られるかな」

 ポツリと溢れたカイルの言葉に答えるものはいなかった。クロやクリアもかなりの衝撃を受けているらしい。


『魔王様っ! 大変だ! 凶血のが嫁を……って、もう挨拶に来たのかっ!』

『なはは〜、ほんとだ〜、魂が繋がってる〜』

 カイル達が入ってきたのとは違う扉を壊さんばかりの勢いと大音声で入ってきたのはディルグだった。ドスドスと魔王に近づいたかと思えば、カイル達に気付いて驚きを示す。

 そのディルクの肩には小柄で、見た目十歳くらいの子供にしか見えない女の子が乗っていた。ピンク色のフワフワした髪の間から黒い羊のような巻角が見え隠れしている。


 眼の色も濃いピンクで服はレースをタップリあしらった薄ピンクのドレスを着ている。赤い靴を履いた足をバタバタさせながら、カイルとクロを見て興奮した声を上げている。

 無邪気な子供のような言動や仕草だが、隠していても分かる底知れなさ。彼女が見た目とは裏腹の実力者であることがうかがえた。

『ディルグ、いい加減その早合点はやめなさいと言ったはずですが……。彼ですよ、この間話していた魔界に落とされたかもしれない人というのが。リリスも招集をかけたはずでしたが、なぜディルグと一緒にいるのですか?』


 ダミアンは頭痛がするのかこめかみをぐりぐりと抑えている。どうやら魔王城務めの中でもかなりの苦労性らしい。

『え~、だって面倒だったんだもん。でも、ディルグが騒いでたからさ~、ちょっと見てみたいな~って』

 リリスは悪びれた様子もなく答える。ぺろりと舌を出して失敗したというアピールをしてみるが、表情も声も少しも反省したようには思えない。

『あなた達は本当に……、失礼しました。ルアースは先ほど言いましたが、私ダミアン、そしてそこのディルグとリリスが魔界において四天王と呼ばれる者達です。もう少しトップとしての自覚をしてほしい者ですが……何分魔の者は得てしてこういうものですので……』


 むしろダミアンの方が魔の者としては異例なのではないか。どこかクロにも通じる部分がある。魔の者の本能よりも種としての使命や務め、そうしたものを優先させるような部分が。

『私の家系は代々魔王様にお仕えし、四天王を取りまとめる立場にあります。もちろん、相応の実力は求められますが……。この役職について早五百年、そろそろ後継にも育っていただきたいところですね』

 そんなカイルの視線から意図を察したのかダミアンがため息交じりに教えてくれる。やはり、魔の者だけで魔界を統治運営することは難しいため、それを優先させる種族というものが存在しているようだ。


『何を言っているんだい? 僕ほどトップとしての自覚がある者はいないよ? 君と言い狂血のといい、もっと自由に生きたまえよ。それが魔の者というものだよ』

 ルアースは両手を広げて主張するがダミアンからは冷たい目で見られ、クロには相手にされていない。それでもめげないあたり、さすがは四天王というべきか。

『ね~ね~、これ本物だよね~? 面白~い、ちょっともらっていい?』

 ディルグの肩から飛び降りて、スキップするように近づいてきたリリスはカイルの羽や尻尾に触りながら何気なく口にする。しかし、カイルの背筋にとてつもない寒気が走り、とっさに魔法でリリスの手を弾き距離を取る。


 リリスはうっすらと赤くなった手を、しばし呆然とした顔で見ていたが、次の瞬間それまでの無邪気さとは打って変わった妖艶な表情を浮かべる。

『ふぅん? 勘がいいね~、ほしいな~って思って、ちぎっちゃおうと思ったのに、出来なかったか~』

 悪意もなく、ただ純粋にそう思い行動しようとしたのだと直感する。それだけに鳥肌が収まらない。やはり実力に比例して個性も強くなるが、危険性や脅威度が跳ねあがる。まさか、日常会話の中にごく自然に暴力行為が混ざるとは思っていなかった。


『リリス、ディルグ、お前らにも言っておく。こいつらの管轄は俺だ、文句も異議も受け付けない。まあ、時々空き時間に死なない程度に遊ぶくらいは許してやる。だが、やり過ぎるなよ? 一応預かりものだ、壊すわけにはいかないからな』

 魔王の言葉に一時不満げな顔をした二人だったが、続く言葉に歓喜の表情を浮かべる。逆にカイルはげんなりとなる。魔王のお墨付きが出た以上、帰るまで休む暇などなさそうだ。それこそ命がけで実力を磨かなければ明日さえ見えない。

 そんな様子さえ、魔王は面白そうに見ているだけだ。案外魔王はこの状況をも楽しんでいるのかもしれない。


 こうしてカイル達にとっては苦難と激動の、そして魔王と四天王にとってはいつになく面白みのある一月が始まるのだった。




『それ終わったらこれな。お前とクロ、それにクリアも、なかなか優秀で助かっている。その調子で励め』

 早足で魔王のところに報告書を持ってきたカイルだったが、渡すや否や別の案件が手渡される。それも一件ではなく数件まとめてだ。

 魔王の下について働き始めて十数日、一時間以上まとめて休んだ記憶がない。休息は時間を調整した空間でとっている。魔王城に来るまでの修練と、魔王城に来てからの日々で鍛えられかなりの時間拡張が可能になった。

 さらに、まだ自分で発動することは出来ないが、発動した魔法の維持であれば、同調したクリアが出来るようになっていた。


 最初は流石に不眠不休で働かせることにためらいを感じていたダミアンも、それを知ってからはここぞとばかりに仕事を回してくる。魔界でも空間と時属性を併せ持ち、かつ時間拡張した空間を長時間維持できるものは少ない。

 書類仕事はもちろんのことだが、荒事を含む仕事であればそのための準備に時間を費やせる。武器防具や道具、それにクロやクリアとの模擬戦による実力の底上げだ。

 こればかりはどうしてもやらざるを得ない。なぜなら、魔界四天王は一体いつどこで仕掛けてくるのか分からない者ばかりだからだ。ダミアンはわりに常識的な方なのだが、直接的に手を出してこない分ここぞとばかりに仕事を回してくる。


 自分本位な存在が多い魔の者たちばかりということで仕事は滞るばかり、寿命の長い魔の者だからこそ大丈夫なだけで、カイルが渡された書類や仕事の中には十年単位で放っておかれているものも少なくはなかった。

 だからこそ、仕方なくとはいえ指令通りに、それ以上に仕事をこなせるカイル達という存在を文字通り酷使してくる。その辺容赦はない。使えると分かれば人だろうと何だろうと関係ないのだろう。


 そして他の四天王はと言えば、顔を合わせれば仕掛けてくるような始末。どうにか気配を覚え、探知をフル稼働して回避しようとするのだが、神出鬼没ぶりもさすがは四天王というところだろうか。どうしても避け続けることはできず、一日に一人とは必ず遭遇してしまう。

 そうなれば、もう彼らの言う遊び。カイルにとっては命がけの修行が始まってしまう。本来であれば魔王城の中での戦いは禁じられているのだが、カイルが自身の空間を持てるということで、彼らに仕掛けられた場合そこで好きなだけ戦うように言われている。

 断固抗議したいところだったが、笑顔で殺気をぶつけてくる魔王を前にすると何も言えなくなってしまう。恐らく言った時点で明日はない。


 そういうわけで、高位以上の魔の者を鎮圧したり、時に討伐したりとそうした仕事をこなす傍ら四天王との”遊び”も続いているわけだ。

 最近ではクロと顔を合わせる機会も少ない。現在カイルとクロ、そしてクリアは別行動をすることが多い。それぞれに魔王から仕事を割り振られ、終わっては次の仕事に回されと、パスを通じてある程度の動向は把握できても顔を合わせたり会話する機会が少なくなっている。

 唯一カイルが休息をとる時間帯には一緒にいられるのだが、それが終わるとまた働きづめだ。


 魔人化しても、生来の魔の者とは異なる部分も多くある。一つは人の時に習得しており、魔の者には使えない技術が使えるということ。魔力感知や気功がそれにあたる。代わりに、魔の者であれば必要のない睡眠が必要になるのも大きな違いだろうか。

 基本的に肉体の作りが違う魔の者は休むことは出来ても眠る必要は全くない。だが、カイルの場合は人と同じように睡眠をとらなければ体の機能が低下する。

 もしこれがデリウスが人工的に魔人とした者にも当てはまるのであれば、彼らの活動時間も人とそう変わらないということだ。さらには魔の者と同じように糧を得なければならない上、魔界以外では魔力の自然回復がほとんど望めないという事実。


 そういう点を鑑みれば、彼らの弱点や攻略にも役に立ちそうだ。彼らの仕事を手伝うにあたってただ従うだけではなく、いくつか見返りを要求した。

 彼らにとってはさして手間になることでもなかったようで、問題なく了承してもらえたのはありがたかった。

 まず第一に魔王城にある書庫の閲覧。難題だったのは、彼らが使う文字というものは人が使う文字とは全く違っていたこと。人界では古代文字の一つに分類される魔界文字。複雑だが、覚えてしまえば魔界にある文字は全てこの文字であったため書類や本を読むこともできるようになる。


 時間拡張空間でそれなりの時間をかけて習得した。この件でカイルにそれができると分かってしまったことが現在の酷使につながるわけだが、必要な情報を得るための代償といったところだろうか。

 魔王城に務める者はダミアンのように代々役目を持ち魔王に使え続ける一族というのがいくつも存在している。使命で縛らなければ秩序を保てない魔界だが、その分国の在り方さえころころと変わる人界などよりは安定しているようだ。

 魔王城にも代々記録係を担当している種族がおり、彼らの遺した膨大な魔界の記録が残っていた。彼らは書庫のほぼすべての書を把握しており、カイルもかなり世話になった。


 魔の者は書に感心を示すものが少ないこともあって、毎日のように通うカイルには少し気を許して割と進んで手助けをしてくれている。おかげで人界に戻って役立てそうな情報をいくつも入手していた。

 それに、心もとなくなっていた備品などの補充もできた。さすがにインクや紙などはまだ自分では作れない。必要なことは書き留めておこうと考えていたのだが、記録係が気を利かせてくれたのか、あるいは彼らの仕事もよく手伝っていることへのお礼か、カイルが必要とした書の複写をいくつも譲ってくれた。

 人界に戻っても表には出せないだろうが、カイルが所有していく分には問題ないだろう。それに読み解ける者も少ないのである意味情報秘匿には役立つだろう。


 二つ目はデリウスと繋がっているかもしれない存在の探索。これは魔王城側も疑っていたようで、カイルから聞かされたデリウスの技術などから確信を得たようだ。

 だが、いざ探すとなると割と候補者が多くなるようで絞り込みをかけている最中だという。もし割り出せればその討伐あるいは捕縛にはカイルも同行させられるかもしれない。最もそうなればカイルとしても喜んで協力させてもらうつもりでいた。

 どのようにして連絡を取り合ったり協力関係を結んでいるのかは分からないが、少なくとも魔界からの情報や資源供給を断つことができれば彼らに少なからぬ痛手を負わせられる。人界にいないカイルが今できる唯一の反撃だろうか。


 カイルが純粋な魔人ではなく、人であるということは魔王と四天王、そしてその直属の配下達しか知らない。そういった部分での保護もある意味は見返りだろうか。仕事をさせるうえで面倒事を排除するためとも考えられるが色々助かっている。

 なんとなく察している者でも、魔王管轄ということで黙認してくれている。魔都の外に出る機会もあったため、入る時に査定してもらった門番とも顔なじみになってきた。

 意外と魔界でも生きていける、馴染んでいる自分に時折違和感を感じるも、今出来ることをやるしかない。

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