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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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魔都と魔王城

 人の住む町と魔界に住む者達が住まう町には大きな違いがある。人が生活していくために最低限必要なのは衣食住だ。しかし、それは魔の者にとってはそれほど重要視されない。

 なぜなら、服を着るのは魔人くらいのものだし、瘴気さえあれば生きていけるので食べるのはもはや趣味の領域だ。必要な糧さえ得られれば、毎日毎食食べる必要などない。そして住む場所。雨風をしのげる必要もなければ、生活スペースの大小も様々だ。


 カイルは魔都を囲う巨大な結界を見上げ、その入り口に並びながら眼を白黒させていた。建物らしい建物など入り口付近にはまばらで、店らしき場所で売られているものなど、理解を越えている。

 何かの骨や血、不思議な色をした液体や怪しげな雰囲気の道具など、使い道も分からないものばかりだ。

「なぁ、クロ。本当に審査に通ると思うか?」

 カイルはそっとクロにささやきかける。人の匂いや気配を隠すためにも、そして何より魔都に入るためにもカイルは魔人化した上、魔界で手に入れた素材のみで衣服や防具などを作っていた。腰に帯びている剣にも見た目だけは改造を施している。


『まあ、そこまで心配はいらぬであろう。クリアも我かカイルに同化しておれば感知はされぬであろうからな』

 クロも小声で答えてくれる。魔王に会う云々以前に問題なのが、人であるカイルが、魔人化したといえど魔都に入れるのかどうかということ。

 一時的とはいえ魔都に入るためには一定以上の基準の強さを要求されるのだという。住むためには一度魔王城に行き手続きをする必要があるのだとか。

 魔都につながる門は一つしかないらしく行列ができていたが、並んでいる者の内九割近くは門前払いをくらっていた。食い下がろうとしても門番によって文字通り投げ飛ばされて終わっている。門番も相当な実力があるようだ。


 半日近く待っているがようやく門から中の様子が見える位置に来た。入都希望者は多くても、実際に入ることが出来るのは本当に一握りのようだ。

 大分強くなっても、クリアはまだ話すことができなかったためカイルの服の中に入って同化している。こうすることでクリアの存在を隠して連れ込むことが出来るだろうということだ。魔の者同士で使い魔契約をすることは出来ないので、一緒に入るためにはそうする以外にはない。

 ようやくカイル達の順番が回ってくる。やることは前の者達を見てきたので分かっている。


 どうやらギルドに入る時にやったように、水晶に手を乗せるとある程度の情報が出るらしい。少なくとも相手の格は分かるようだった。高位以上でなければ話さえ聞いてもらえないようだ。

 まずはクロが前足を水晶に乗せる。透明だった水晶があっという間に漆黒に染まる。それには門番達も驚きの声を上げていた。色の濃さは格を、染まる速さは実力の高さを示しているようなので無理もないだろう。

『最高位の妖魔、ですね。種族とあるのでしたらお名前を。魔都に来た目的は?』

『ふむ、我はガルム、名をクロという。ここに来たのは魔王様に会うためだ』

 手元の書類に何やら書き付けていた門番だったが、種族を聞いた時点でクロを二度見する。どうやら冥界の門を守護する使命を持つガルムが魔都に来たという異常事態に戸惑っているようだ。


『が、ガルム……ですか? 確かに、特徴は……』

『ふん、我は異端ゆえに他のガルムとは道を異にした。それだけのことだ』

『い、異端の……まさか『狂血の暴食者』っ! ひっ、し、失礼いたしました。ま、魔都では、あ、争いは禁じられております。くっ、くれぐれもご承知のほどを』

 クロが魔界において名を馳せ、敵対してはならない異名持ちだと気付いた門番は汗をだらだらと流しながら姿勢を正す。それを見てクロは一度ため息をつく。

『分かっている。こちらから騒ぎを起こす気はない。それと、我の連れだ』

 クロはカイルを鼻先で示す。門番はクロの通行証を発行しながら困ったような表情をする。


『こ、これもご存知と思いますが、魔都に入る者は全て審査を受ける必要があります。ですので……』

 震えながらも役割を果たそうとする門番にクロはうなずく。

『我も長らく門番をしておった。承知している』

 クロの言葉に門番はほっとしたようだった。力づくで来られれば絶対に止められないと分かっているようだった。やはりクロは魔界においても屈指の実力者なのだろう。

 どこかカイルに対する態度も今までの入都希望者より丁寧になったようだ。


『で、ではこちらに手を』

 カイルは一度深呼吸をすると水晶に手を乗せる。大丈夫だと太鼓判を押されていても、実際のところは分からない。この一月でまたさらに人に近い姿になったが、それだけに大丈夫だろうかとも思う。

 水晶はクロの時よりは遅いが、それでも漆黒に染まる。それを見て門番達はごくりと息を飲んだようだった。異名持ちの連れもまた最高位であることが分かったためらしい。


『さ、最高位の魔人、でよろしいですね? 種族と名前を……あと、よろしければ顔を確認させてください。通行証との照会に必要になりますので……』

 魔人であると認められてよかったのか悪かったのか。少なくとも人であるとは思われなかったことを喜ぶべきだろうか。

 カイルは全身を覆っていた灰色のローブのフードを取る。アッシュウルフが残した毛皮で作ったお手製のローブだ。

 フードを取った瞬間露わになった美しい輝きを持つ銀髪と、魔人の中にあっては珍しい白い肌。そして整った容姿と宝石のような青い眼に、門番達はしばし目を奪われていたようだった。


「俺の名はカイル。種族はよく分からない。それじゃ駄目か?」

『はっ、い、いえ……。時折そういう方もいらっしゃいますので……ただ、相当高位の生まれでしょう。魔王城で働かれている方々も、あなたのような方が多いので……』

 クロに言われた通りいったのだが、それで通じるようだった。瘴気から生じる魔の者は親兄弟がはっきりせず、自分の種族も分からない者も少なくはない。大体が外見や能力でおおよその見当が付くがそうでない者もいるのだ。

 千差万別であり、種よりも個を重んじる魔界においては大きな問題ではない。


『魔都へは魔王様にお仕えするために?』

「ん、どうだろうな。魔王様次第ではそうなるかもしれないけど……」

 魔界から出るために、何か課題か難題を言いつけられる可能性はある。魔王の気まぐれをよく知る門番達はさもありなんと同意を示してくれる。だが、問題なく通行証は発行してくれたようだ。

『魔王城での要件は別途申請してください。では、ようこそ、魔都へ』

 門番が道を開き、通行証を受け取ったクロとカイルは魔都へと足を踏み入れる。

 結界で隔てられた外よりも濃い瘴気が漂い、そこかしこから強い気配が感じられる。悪意や敵意はないが興味は寄せられているようだ。新たな入都者として。


「針の筵だな。それにこの町の広さ、魔王城への門に付くまでに普通に歩いてたら一日はかかりそうだ」

『うむ、違いないな』

 クロもぐるりとあたりを見渡す。結界で隔てられており、そこかしこに妖魔や魔人が行き交っている以外、これまでの魔界の風景とあまり変わりはない。ところどころにみられる建物も人の町程しっかりしたものではなく、掘っ建て小屋のようだ。

 作ってはみたものの、どこかおかしく、けれどどう直せばいいか分からず放置されているという感じだ。


 何かの毛皮の上に広げられている売り物なども、基本物々交換のようで、別の素材や魔石、製品でやり取りしている。知性は高くても、人のように複雑な社会ではないためだろうか。いざとなれば、魔都の住人であれば自分で調達できるからであろう。

 魔王城に近くなるほど古株の妖魔や魔人の住処があるようだ。魔王城までの距離を考えれば魔法や飛行などを利用していきたいところだが、そうすると他の妖魔や魔人を刺激してしまうことにもなるらしく、移動は徒歩を推奨されていた。

 基本的に争いは禁止されている魔都だが、定められた敷地内に無断で侵入した者に対しては問答無用で攻撃しても罪には問われないのだという。物騒な魔界らしいルールだろうか。


 それらしい道はあるのだが、理路整然としたものではなくあっちに行ったりこっちに曲がったり。魔都に住むことが一定のステータスになっても、魔都の中でも魔の者は魔の者らしい自由気ままさがあるようだ。

「すんなり会ってくれるかなぁ?」

『さて。魔王様はやる時はやるが気まぐれであるともいう。気分が乗らなければ会ってくれぬ可能性もあるな』

 そうなればしばらく魔都に滞在することになる。魔都には滞在施設などなく、そうした者達の仮宿は魔王城が兼ねているというのでどちらにせよ行き先に代わりはない。


 奥に進むほどぶしつけな視線は減ってくるが、その分密かに見られている視線を強く感じるようになる。妖魔と魔人は折り合いが悪いというわけではないが一緒に行動することが少なく、クロとカイルの組み合わせは目を引くようだ。

「よっぽどもの珍しいのか? 俺とクロが一緒に行動するのって」

『互いにそりが合わぬところがあるからな。こうして魔都で生活しておっても妖魔と魔人が同じ場所で暮らすことはあるまい』

 四つ足と二本足、獣と人の姿。見た目も違えば生活様式も全く違ってくる。互いに譲れない部分もあれば同じ空間で暮らすというのは苦痛だろう。どちらかが妥協しない限り共同生活などあり得ない。


 そして、高位になればなるほどそうした妥協というものができなくなるのが魔の者だ。それゆえに仲が悪くなくても一緒にいるところを見ることは少ない。それが妖魔と魔人の関係だった。

『それに、カイルの容姿も眼を引くのであろう。周囲の魔人を見れば分かるであろうが、魔の者で色素が薄い者は少ない。そして、そうした者はほとんどが古き由緒正しき血筋というやつだ。こちらの様子をうかがってもちょっかいをかけてこぬのもそのためだな。下手に関われば面倒だからな、そうした奴らは』

 クロはどこか疲れたような様子で語る。かつてそうした者との関わりがあったのだろうか。


「知り合いでもいるのか?」

『む、うむ……友、というわけではないのだがな。時折冥界の門に尋ねてくる魔人がおったのだ。大体が自分の言いたいことを言って帰っていくのだが、最初に適当に追い返した後が面倒でな。親だの兄弟だのを連れてきたかと思えば、いかに古く由緒正しい血筋なのかということを延々一昼夜に渡り聞かされてな、うんざりなのだ』

「そりゃ、大変だったな……。なるほどなぁ、俺もその類だと思われてるわけか」

 クロが最初にカイルをしげしげと見ていたのもそうした理由からだろう。町中では面倒事が避けられるかもしれないが、そうした者達と出会った時には逆に厄介かもしれない。何せ、血筋も何もカイルは純粋な魔の者ではなく人なのだから。


 ある程度進むと道も開けてくる。これならそれなりの速さで進んでも他人の敷地に踏み込むということもないだろう。

 クロと顔を見合わせたカイルは軽く流す程度の、けれど人界にいた時には全速力に近い速さで走り出す。飛ぶように進む景色の中でも、上昇した身体能力と処理能力によって周囲の状況の把握はできる。

 クロのように名を知られていなくても、高位以上の魔の者が集まる場所。ちゃんとクロやカイルの姿は確認されているようだった。ゆっくり見てみたい気もするが、まずは優先すべきことがある。


 そのまま走り続けて数時間、ようやく魔王城に続く門の前にやってきた。列の最後尾の手前で止まると、軽くローブをはたいて土埃を落とす。魔界では天気は場所によって変わるようで晴れている場所は年中晴れているし、雨が降っている場所は止むことがない。

 植物でさえも魔物という魔界においては、豊かな自然環境というものはむしろ妨げにしかならないのだろう。乾いた大地がデフォだ。


 魔都の入口ほどではないがそれなりに並んでいる。自分本位な魔の者と言えど、こうした順番を守れるだけの理性と統制は取れている。そのための入場制限でもあるのだから。

 ほとんど通行証を見せ目的を聞かれるだけで通されている。このあたりは人と違って適当だ。実力主義の魔界においては、魔王城勤めの者と言えど不覚を取るようであれば自己責任において対処しろということなのだろう。

 クロとカイルの番になっても、少し目を細められただけで通行を許可される。魔王城まで続く橋は数kmはあるだろうか。ちらりと下を見れば、かつて落ちたエルキン大峡谷に引けを取らないだろう深い闇が広がっている。


 そして、普通に見る分には分からないが魔力感知を用いてみればよく分かる。穴の中に無数に存在する得体のしれない魔物達の存在が。穴の上を飛ぶ存在に反応して攻撃してくるのだろう。その数の多さは、ちょっとやそっとの魔法では対処できないことが分かった。

『この橋を渡る者の目的は二つに一つ。魔王勤めを希望するか、魔都居住を望むか。我らのように魔界から出るために渡る者などおらぬだろうな』

<すごい長い橋だねー。ぼく、やっぱり出ちゃ駄目だよね?>

「たぶん、魔王様や魔王城の人の眼は欺けないだろうから、聞いてみるしかないな。ま、ここなら人目も少ないし、出てみるか?」


 とりあえずの面倒を避けるためにクリアの存在を隠してきたが、別に後ろ暗い部分があるわけではない。魔王に会うとなれば必然的にその目的も言わなければならないし、そうなればカイルのことやクリアのことについても説明する必要が出てくるだろう。

 隠していることで逆に妙な疑いをもたれるのも藪蛇だ。クリアはそろりとカイルの胸元から出てくると、ぴょんとクロの頭に乗る。いつもの場所だ。

 同化していればカイルが見ている景色をクリアも見ることが出来るのだが、やはり自分の目で見るのとは違うのだろう。感動したような感情が伝わってきた。


 魔王城の門は開かれたままで、そのまま広いエントランスに足を踏み入れる。思えば人界でもちゃんと城の中に入ったことはなかった。

 センスティ王国の城は白色が基調だったが、魔王城はその逆で黒色を基調としている。艶のある黒い石が敷き詰められた床や、壁も黒い木材と石材でできている。調度品にはあまりおどろおどろしいものはないのだが、趣味を疑うような代物はそれなりにある。やはり魔王城は魔王城ということらしい。


 キョロキョロとあたりを見回していると、人と見紛うような女性が通りかかる。褐色の肌と青い髪の間から小さく覗く二本の黒い角以外魔人とわかるような要素はない。

 眼も青だが、カイルよりは濃い色合いだ。

『おや、どうかしましたか? 新規居住申請ですか? それとも、城仕え希望ですか? 前者であれば右に、後者であれば左に曲がってください』

 冷たく事務的だが分かりやすい説明だ。有能なのだろう。今も両腕に多くの書類を抱えている。


『ふむ、案内はありがたいのだが、我らはそのどちらでもない。急なことゆえ今すぐとは言わぬ、が、我らは魔王様に会うために来た。取次ぎを願いたい』

『魔王様に? どのような用件でしょうか?』

 魔王の名前が出た途端、女性から凍えるような冷気にも似た威圧が飛んでくる。予測していたのでどうにか対処できたが、やはり実力においても魔都の中でも群を抜いている。

 魔の者でもやはり魔王は別格のようだ。名前が出ただけで警戒心マックスだ。カイルは刺激しないように落ち着いて、けれど動揺せずに答える。

「ちょっと複雑で、信じてもらえるかは分からないけど、俺らは人界から来たんだ。もう、半年ほど前になるかな……」

『半年前……、人界からっ! しょ、少々お待ちをっ!』


 何か思い当たる部分があるのだろう。女性は顔色を変えると威圧を解き、踵を返して歩み去る。上司に聞きに行ったのか、あるいは直に魔王に伺いに行ったのか。とりあえず不審者として追い出されることはないらしい。

 冥王からも話を通してもらえるということだったし、向こうも来るのを待っていたのかもしれない。このまますんなりいく確証はないが、まずは第一歩だ。

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