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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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冥王の試練

 翌朝早く、カイルとクロ、クリアはガルム一族のリーダーを先頭に冥界の門のすぐ近くに来ていた。守護者はちらりとカイル達を、特にクロを見ていたが、すぐにまた元のように地面に伏せる。任を果たしながらも、前任者に対する敬意などはあるらしい。威嚇することも不快感を表すこともなかった。

 カイルは巨大な冥界の門にそっと触れてみる。初めて聖剣に触れた時のようなひんやりとしていて、人には作り出せない金属の質感が伝わってくる。荒野にただ門が存在していて、倒れることもない。人知の及ばない力によって生み出されたことは明らかだった。


「この先が冥界、死者の住まう領域か……」

 カイルの家族も、死んでいったかつての仲間達も、殺した者達でさえこの門の先にいるのだろう。自分がこの門をくぐるのはいつになるだろうか。

『冥界の門は閉じられることはない。だが、全開に開かれることもない。死者を受け入れるため、そして亡者どもを逃がさぬため、こうしてわずかに開いておるのだ』

 クロが説明してくれる。こうした知識などは守護者の任を引き継ぐ時、前任者やガルムの年長者から受け継がれていく知識なのだという。守護者の後継として生まれたならば、成獣になるまでのわずか一年ほどで教え込まれるのだとか。


<ねー、冥王様まだかなー。ぼく、早く会ってみたいな>

 冥王という一つの領域の頂点に会うにもかかわらず、クリアは緊張感のかけらもないようだ。何度か面識のあるクロでさえ、緊張の色が隠せないというのに案外大物かもしれない。

「そうだな。きっと優しい方だよ。俺がクロやクリアと出会えたのも、元はと言えば冥王様のおかげだからな」

『そう手放しでほめられると恥ずかしいものだな。わたしは千年の長きにわたり任を果たした者に報いただけだ。守護者だったため、他の妖魔ほど勝手はすまいと思っていたが、わずか数年で戻ってくることになるとはな』

 背後から聞こえてきた声に、クロもカイルも慌てて振り向く。


 そこには灰色の髪の毛に瞳をした、見たことがないほど美しい顔立ちをした青年がいた。ゆったりとした黒いローブに身を包み、穏やかな笑みを浮かべている。

『冥王様……』

 クロはさっと地面に伏せると首を垂れる。カイルもまたすぐさまそれに倣って座礼をする。さすがは冥王というべきだろうか。どんなに話をしていても魔界という環境のため常に周囲に気を張り巡らせていたのに全く気付かなかった。

『ああ、楽にしていい。前守護者、今はクロという名だったか……クロとその仲間達よ。わたしが冥界を治める者だ』


 冥王の言葉でクロとカイルは顔を上げて冥王を見る。緊張は消えなくても、その優し気な声と穏やかな表情で肩の力が抜ける。

<わー、すごーい。冥王様だー>

『幼き異端のスライムか。類は友をというが、よい出会いに巡り合えたようだな、クロよ』

『うむ。冥王様の言葉通りだった。我はまだまだ未熟であったこともよく分かった』

 クロの言葉に冥王が薄く笑みを浮かべる。代々守護者を務めてくれるガルムが、任を下りた後自らの側にいることを選択してくれることはもちろんありがたいことであるし、そうした申し入れがあれば進んで受け入れる気でいた。


 それでも、まだ先のある存在が自ら死を選ぶことをどこかで気に病んでもいたのだ。だが、慣例的にずっと続けられてきたことを今更変えるわけにもいかなかった。何より当事者であるガルムがそう望んでいたのだから。

 だが、クロは違った。生まれながらに異端と言わしめるほどの力を有し、前例にない千年という任期を完璧に務め上げた。そして、任を下りる時に言いだしたこともまた異例。だが、冥王には好ましく映った。

 死ではなく生を選択してくれたこと。使命にのみ生きるとされていたガルムが、初めて己のために生きる前例を作ってくれたことに。


 長く冥界の門番を務めてくれていたクロのことは冥王もよく知っていた。だから、人界に送ったとしても理を歪めるようなことはしないと確信していた。任を外れても、ガルムとしての本能は残るのだろうから。

 そして、期待も大いに込めて送り出した。自らが望んだ存在に巡り合えることを、個としての己を確立できること信じて。

 もしそれが叶えばクロだけでも戻ってくるだろうことも予測していた。これほど早く運命的な出会いをして、己の意志ではなく帰ってくるなどさすがに冥王でも予測はできなかった。


『お前の成長を嬉しく思う。カイルと言ったか……なるほど、あの二人の子であることを疑うべくもないな……それぞれによく似ている』

「えっと……父さんと母さんを?」

『知っているとも。冥界の門をくぐった者は皆一度はわたしのところに来る。そこで生前の善悪を審議し、行き先が決まるのだ。あの二人はそれぞれに功績が高く、冥界においてもかなりの待遇を保障されている。安心するがいい』

「そっか……」

 カイルは安堵とも寂しさともとれる笑みを浮かべる。


 生きている間は長く一緒にいることのできなかった二人。死んで初めてそれが叶ったと思えば、嬉しく思う反面寂しくもある。ジェーンも一緒にいるのだろうか。

 そして、カイルが助けることができずに死んでいった孤児達も、せめて死後の世界では差別を受けることもなく、飢えたり凍えることなく過ごせているのだろうか。恨みや苦しみから解放されたのだろうか。

『……死後の世界と言えど平等ではない。だが、案ずるな。待遇は魂の善悪においてのみ変動する。正しき者が虐げられる世界ではないことは知っておくがいい』

「それを聞いて安心した。それでその、一つ聞きたいことがあったんだ」

『何だ? わたしに答えられることであれば答えよう』


 敬語を全く用いないカイルにも不快感を表すことなく冥王が応じてくれる。

「えっと、人界ではさ、死んだ人は冥界から見守ってくれてるってよく言うんだ。でも、その……本当に見ててくれるのかなって思って。実際がどうだろうと、そう思って生きていくことには変わりないんだろうけど……」

 そう思うことが心の支えになるから。間違ったことをしようとする自分への戒めと自制心を促してくれるから。だが、本当のところはどうなのだろうか。本当に彼らは自分達を見ていてくれるのだろうか。

 それを知ったからといってどうこうなるわけではない。でも、本当なら一層励みになる気がした。


『これは冥界に来た者すべてに伝えることだが……常にというわけにはいかないが、時折様子を見ることは可能だ』

 冥王の話によると、冥界にある特殊な水鏡を使えば、人界に残してきた者達の様子を見ることが出来るのだという。ただし、いつもというわけではないし無償でというわけでもない。

 冥界に来た者は生まれ変わるまでの間は生きていた頃と同じようにして過ごすのだという。しなくても存在できるが仕事をしたり、誰かと交流したりして。そうやって日々を問題なく過ごし冥界においても善行を積んだりするとお金の代わりに点数が稼げるのだとか。

 その点数を支払うことで水鏡が使用できるようになるのだという。ただし、どれだけ必死に稼いでも年に数回、数時間程度様子を見るだけしかできないのだとか。また、最大数も制限されているので、家族でそれぞれに稼いでも様子をうかがえる回数は決められている。


 あまり人界を見過ぎると残してきた者達への思いが強くなりすぎ、冥界を出て行こうとしたり魂を歪ませてしまう可能性があるため、そうなっているのだという。

 カイルは点数稼ぎに必死になるだろうロイドや、おっとりしながらも抜け目なく稼ぐだろう母を思い笑みを浮かべる。きっと、そうやってずっと見守ってくれていたのだろうから。

『ところで、お前達が魔界に来ることになった経緯に関しては死神から報告を受けている。カイルについてもすぐに対処できなくて済まないと思う。だが、盟約魔法にはみだりに手出しできないのだ』


 例え一領域を治める存在と言えど、盟約によってなされた事柄に手を出すことは禁じられている。だからこそ、カイルが死んでしまう可能性が高かったとしても手を出すことができなかった。

「俺はクロがいてくれたし、それにこうして生きていられるから……けど、王子は……アレクシス王子はやっぱり…………」

 魔人化というリスクはあったものの、それもまた新たな力として受け入れつつある。だが、その盟約魔法を使ったアレクシスがどうなったのか。半ば予想はついているが、冥王の厳しい表情で確信した。

『盟約魔法は代償が必要となる。代償となる者の命と魂を持って何者にも邪魔されない強制力を持つのだ。代償となった者は生まれ変わることもできず消滅する』


 門を開く礎となったブライアン、そして盟約の要となったアレクシス。両名共に来世はないということだ。それがよかったのか、悪かったのか。少なくともトレバースの心痛を思えば、喜ぶことは出来ない。

『そしてまた、歪な下法にて魔人と化した者も同じだ。あれらの魂は冥界の門をくぐることなく消滅した。あれが続けば、理がゆがめられることにもつながるだろう』

 カイルは冥王の言葉にうつむきかけていた顔を上げる。それはデリウスによって魔人化した者達のことだろうか。あるいは、カイル自身を含めてのことだろうか。

 別に死後、来世がないとなってもそれに代わるくらい長く生きられるのかもしれない。だが、それでも自分の魂には先がないのだと知らされればショックは隠せない。


「それは……俺も?」

 カイルもまた自然な方法で魔人化ができるようになったわけではない。魔物達と言えど、魂を喰らい続けてそうなったのだから。

『ふ、む。全く前例のないことだからな。後天的に魔石を体内に宿したことに代わりはなくとも、自ら生み出したものと埋め込まれたもの。それで違いがあるのか今はまだ分からない』

 カイルは一度天を仰いでから顔を戻す。冥王でさえ判断がつかないならば、後聞けそうな相手と言えば魔界の頂点に立つ魔王くらいだろうか。


 不安要素にはできるだけ対応しておきたいが、分からないのであれば仕方ない。カイルは気持ちを切り替えると改めて冥王に向き直る。

「えっと、改めてありがとうございます。クロの選択を尊重してくれて、送り出してくれたから俺達は出会えた。それに、こうして会ってくれて……質問にも答えてくれたし」

『わたしは生きている者と言葉を交わす機会が少ない。こうしたことでもなければ、冥界から出ることもまれだ。それを嘆くわけではないが、わたしにとってもこうした時間は貴重だ、わたしからも礼を言わせてもらおう』

 お礼を言ったつもりが、逆に返されてしまい戸惑う。そんな両者を温かい目で見ていたクロだったが本題を切り出す。


『冥王様、我らは人界へ戻らねばならぬ。それで……』

『分かっている。できればわたしが送ってやりたいところだが、前の時とは少々事情が違う』

 勢い込むクロに、冥王は手を前に出して止める。クロはいぶかしげな顔をするが、冥王の言葉を待つ。会えないことも考慮していたため、次善の策はあるのだが、冥王に人界に送ってもらえるならそれに越したことはないと考えていた。だが、そう簡単にはいかないようだ。

『お前を送った時には、お前はまだわたしの管理下にあった。だから、死神を送るのと同じ要領で送ることもできた。しかし、今お前はわたしの管理下にない。その状態で、魔界からお前を送るには理や制約といった部分で支障が生じる』


 そもそもにおいて魔界から人界に魔の者を送る役割を担っているのは魔王とその配下達だ。しかし、クロは冥界の門を守護するガルム一族であり前守護者であったためその処遇に関して権限を持っていたのが冥王だった。

 そのため、冥王の一存で送り出すことも可能だった。しかし、今は違う。一妖魔となったクロを冥王が勝手に人界に送り出すことは領域侵犯にあたる。各々の領域を治めるのはその領域の王であり、いくら他領域の王であろうとみだりに手出ししてはならないのだ。


「じゃあ、俺達を送り出せるのは魔王様だけってことか……」

 魔都がどんな場所かは聞いている。だが、クロも実際に行ったことがあるわけではないし、まして魔王に会ったことがあるわけでもない。会うことが出来ても、送ってくれるかどうかは魔王の心一つということだ。

『……魔王にはわたしからも頼んでおこう。お前達がただの魔の者と人であるならともかく……聖剣保持者となると少々事情が変わってくる。魔王もあまり無茶は言うまい』

 冥王の言葉に表情が明るくなるが、最後の言葉で不吉な予感がしてくる。魔の者の際たる存在である魔王、かの人物がどんな存在なのかその言葉と冥王の表情で予想がついてしまった。


 少なくとも一筋縄で帰してくれるような方ではないのだろう。それでもあてもなくぐるぐるしていた時よりははるかにましだ。

『……わたしからしてやれることは少ないが、代わりに一つ力を授けてやろう。ここまでたどり着いたこととクロを受け入れてくれたことに対する褒美だ』

「え? でも……」

『ただし、試練を乗り越えることができれば、の話だが。忘れるな、魂とはうわべではないそのものの本質を表す』

 氷のように冷たい冥王の手が額に触れると同時に意識に霞がかかってくる。抗おうとしても耐えられない眠気に、カイルは地面に倒れこんだ。


『カイルっ!? 冥王様、これは……』

 クロは慌ててカイルの側に駆け寄ると背中をゆする。しかし、ただの眠りではなく一切の反応が返ってこない。困惑の顔で冥王を見るも、冥王の顔は真剣そのものだった。

『クロよ、お前が思っているよりこの子を取り巻く事情は複雑だ。さらに、今人界で起きようとしている争いは人界だけではない、レスティアの全領域に影響を与えるものになるだろう。それでもわたし達が介入することはできない。こういう形でしか力を貸すことができないのだ。信じて待て、お前が真に認めた存在であれば無事戻ってくるだろう。新たな力を手に、な』


 冥王の言葉にクロは無言でうなずくとカイルを仰向けに寝かせる。ただの眠りではないため、空間の中に入れず、冥王の目の届く場所に置いておく。クリアはカイルの頭の側で飛び跳ねながら心配そうにのぞき込んでいる。

<主様、戻ってくる?>

『そうだな。我らはそう信じるしかない。……それまで魔法の練習でもしているか?』

<……うん、人界で起きてる戦いが何かは分からないけど、主様とクロ様が戦うならぼくも戦う!>


 体が柔らかいため物理攻撃は効かなくても、相手にダメージを与えることもまたできない。そのためクリアができる攻撃手段と言えば魔法だ。魔法が弱点であるスライムが魔法を使って攻撃する。

 かなりの矛盾を感じるが、自分の魔法では影響を受けないのでまあ、有りだろう。それに、通常であればスライムは自分の属性の魔法しか使えないのだが、クリアは触れている相手の属性であれば何でも使える。無属性であるために、属性の制限も受けないのだろう。


 クロの頭に陣取ったクリアは、進化してさらにスムーズになった同調を使って誰もいない荒野に向けて魔法を放つ。

 カイルやクロと一緒にいた間に見ていた彼らの魔法を再現できるように。一緒に戦える戦力になれるように、ひたすら練習を続ける。

 その様子を見ながら、冥王はちらりと眠り続けるカイルに目線を送る。

『幸せな夢と過酷な現実、お前はどちらを選択する?』

 魂は真実を映す。しかし、人は時として己の心にさえ嘘をつく。本当に望むことは何なのか、自分の心に向き合い、選択しなければならない。それこそが、冥王が授ける力を使いこなすために必要な意志の強さなのだから。

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