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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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魔王の憂鬱とガルムとの宴

魔王→カイルサイド

 人界にある城が都市の中枢にあるのに比べ、魔都にある魔王城は魔都の正門から最も遠い場所に位置していた。城は底が見えないような切り立った巨大な穴の中央にある巨大な柱の上に築かれ、魔都とは一本の橋でつながっている。

 前方には魔都が広がるが、残る穴の周囲は常に濃い霧が立ち込める森に囲まれており、例え高位の妖魔と言えどその森を抜けることは容易ではない。また、その森は重力場が場所や時間帯によって大きく異なり、その上空を飛ぶことも困難だ。

 魔王城に行こうと思えば、どうしても正面の橋を渡っていかざるを得ない。穴は魔王城を守護する魔物達の住処で、橋以外の場所を通って渡ろうとする者を容赦なくとらえ餌としてしまう。


 そんな幾重にも守られた魔王城の中、玉座にだらりと座る青年は、ひざまずき報告してくる部下を気だるげな眼で見ていた。

『……以上が、これまでの調べで判明したことです』

 姿形だけ見れば人と変わりない容姿の女性が報告を終える。長年側近の一人を務めてくれている魔人だったが、魔王は今でも彼女の名前を憶えられていない。

『ふーん、まぁ、魔界に大きな影響がなければ放っておけばいい』

『しかし、魔都に住みながら彼の所業は許せるものではありません』

『じゃあ、お前が処理すれば?』

『それはっ! し、しかしわたしでは力不足で……』


 驚いて顔を上げるも、すぐにうつむく。どうにかできるものならしている。だが、同じ格であっても強さにはピンキリがある。彼女が報告したのは魔界でも屈指の実力者。関わり合ってはならないとされる『異名』持ちの一人だ。

『まぁ、確かに目に余る部分もあるな。特に俺のものを勝手に使われるのは気にくわない』

 魔王にとって魔界に生きるすべての生き物は等しく自分のものだ。その生死や行動に頓着するわけではないが、他者に好き勝手に使われるのは腹が立つ。

 それでも乗り気になれないのは、このところの退屈な日々に、生来の面倒くさがりな部分が前面に出ているからだ。せめて何か暇つぶしになるようなことでもあればやる気も出るのだが。


『それよりさぁ、五か月ほど前だっけ? 盟約魔法による領域の揺らぎがあったの。何が来たか分かった?』

『最も足の速い者を向かわせました。数日前に帰還いたしましたが……かすかに強い魔の者の気配が残っていただけのようでして……』

『盟約魔法なら死神が出張っただろうし、冥王に聞いてみるかな。でも、俺から連絡するのもなぁ。普通向こうからくるものじゃないか? こっちは迷惑かけられた立場なんだし。そもそも神王があんなもの人に授けるからさぁ……』

 ぶつぶつと動きたくないアピールをする魔王に女性はため息をつく。実力で言えば魔界一、どんな魔の者だろうと屈服させられるというのに、普段はまるでやる気が見えない。最初に魔王城務めが決まった時には泣くほど喜んだものだが、魔王の実態を知ってからは早まったかもしれないと考え始めていた。


 やると決めたなら驚くべき行動力と先の先まで読んだような緻密な戦略を立てて見事に成し遂げるのだが、普段はぐうたらしているだけのダメ魔王だ。

 楽しいことが大好きで、暇を持て余しては代わりに仕事をしている部下達に無茶振りをしてくることさえある。宰相や四天王といった者達がかなり優秀なためこの状態でも大丈夫と言えば大丈夫なのだが、時折魔界の行く末が心配になってくる。

 さっきだって、魔界で近年起きている不可解な魔物失踪を報告したというのに上の空だ。


 元来、魔界の生き物を人界に送るのは魔界を治める魔王とその部下達の仕事だった。瘴気があればいくらでも新しい魔物は誕生してくるし、繁殖力が強い魔物であればあっという間に増える。

 そうした魔物を間引きしたり、時に人界に送ったりして調整をしているのだ。下位になるほど寿命も短く、世代交代のサイクルが早い。そのため年に何度か定期的に数や生息地の調査を行っている。

 しかし、その調査において変化が見られている。人界で一度に多くの魔物が倒されると、時折一度に魔物が減るという事態は起こり得る。だが、それはまれだ。


 人界ではどうしても魔物の活動領域と活動時間が制限されるし、ゲートがつながる先や送り込む魔物の種類や数などは魔王城で全て管理されている。

 それなのに、送っているはずがない魔物達が急に姿を消したり、下位といえど多量の魔物達が間引いてもいないのに忽然と消えたりしている。

 基本的に魔界から出ることのない魔王や、強すぎてゲートをくぐれない妖魔や魔人達に他の領域で起きていることを知る術はほとんどない。時折、それぞれの領域を治める王達同士で会うことはあるようだが、それも十年に一度あるかないかだ。


 人と比べ寿命の長い妖魔や魔人だが、それでも長く生きれば年老いていくし、殺されれば死ぬ。だが、各領域において王と呼ばれる者達はその限りではない。彼らは皆不老不死と言われており、この世界が誕生してより後、変わることなくその領域を統治しているとされている。

 そんな彼らの結びつきは浅いものではない。しかし、普段はこれと言って積極的に交流するわけではない。それぞれに性格が違うことや役割が異なることもあって有事や定期会合でしか顔を合わせることはないのだ。

 魔界は冥界の門があることもあり、冥王とはそれなりに親しい付き合いがある。と言っても、数百年にわたり仕えてきた女性でも冥王に会ったことはないのだが。


 魔物達の失踪も大きな問題だが、それよりも女性が魔王に動いてほしい問題は他にある。それは魔都に住む、ある一人の魔人についてだ。彼は前々からあまりよくない噂がある男だった。

 魔都に住むには守らなければならない掟がいくつかある。それを破れば魔都からは追放されることになる。魔都は強大な力を持ちながらも、他者との争いを嫌ったり、面倒事を避けたりする者達が集まる場所だ。

 それなのに、男は表向きは大人しくしているが、裏では掟を平気で破っていると言われている。ただし、証拠が何もないため今まで追い出すこともできず、警戒するにとどめてきた。


 魔界は実力主義だ。そのため、いくら掟を破ろうとそれが強者であれば受け入れざるを得ない状況にある。女性だって自分に彼を制圧できるだけの力があれば、今上がっている状況証拠だけで捕縛に向かっただろう。

 それだけ、男がやっていることは魔都に住む魔の者に相応しからぬ行いであり、同時にあまりにも魔の者らしい身勝手なふるまいでもあった。

 それが遊びの範囲で終わるならいい。魔界にも他の領域にも影響を与えないのならば問題はなかった。しかし、そうではない。そう遠くない将来、大きな影響を与えかねない。そう感じさせるほどには危機感を抱かせるものだった。


『あぁ、面倒くさいけど連絡してみるかなぁ。ああ、それとちょっと前に『災厄』の名を持つ妖魔が倒されたようだな』

『はい。異名持ちの妖魔・魔人の動向は定期的に確認しておりますので……。冥界の現守護者に戦いを挑んだのち、消息を絶ちましたのでおそらくは何者かに倒されたものと』

 魔界の生き物は死んでも遺体が残らない。高位であるほど素材や魔石は使い道があるので倒した者が残していくこともない。そのため生死の判断は難しいが、あれほど目立つ存在が消えたとなればそう考えるのだが妥当だった。


『ふぅん、魔都の外にあれを倒せるだけの存在がいたとはねぇ。少し興味が湧いてきたな、魔の者にしてはなかなか面白い存在だったから生かしておいたんだけど』

『お戯れが過ぎます。仮にも魔王様に挑んだ妖魔を生かしておくなど……』

 女性は顔をしかめる。たとえどれだけぐうたらだろうと、尊崇する魔王には違いない。畏れ多くもその魔王に逆らった挙句、挑んできた者をなぜ生かしておいたのか。

『その方が面白そうだったからさ。退屈は人を腐らせるというけど、あまりにも長く生き過ぎるとそうした遊びがなければとてもじゃないが耐えられない。俺に負けた後も屈していない眼をしていたからな。いつか実力をつけ、あるいは味方を付けて再戦をしてくると思っていた』


 そう語る魔王の表情は喜悦を称えており、魔の者であれば誰もが持つ闘争本能を感じさせた。殺気とも闘気ともいえない威圧感に背筋を震わせながら女性は後ろ向きに下がって退室する。

 元々そういうしきたりだが、背を向ければ殺されるかもしれない、そんな予感があったから。どれだけだらけていようと、確かに魔王は魔王なのだと改めて実感した。

 魔の者が持つ純粋で異質な本能。それが誰よりも強いのは魔王に他ならないのだと分かった。普段だらけているのも、そうした本能を抑え込むために必要なのかもしれない。そうでなければ、きっと魔王自身の手で魔界を崩壊させてしまうかもしれないから。


 一人玉座の間に残された魔王は、荒ぶる本能を抑え込むと事情を知っているだろう存在達に連絡を取る。天の三界の中でも魔界と冥界は人界との接点が多いようで少ない。魔界は魔物を送り込むことで働きかけるが、魔物を通じて人界を把握しているわけではない。

 冥界は死者の魂を受け入れる場所であり、その魂を通じて折々の情報が入ってきても常に受け身の立場だ。冥王も滅多なことでは冥界を離れない。

 唯一天界だけが、常に人界を監視する立場にいる。魔界が試練と恩恵、冥界が生と死を司るなら天界は摂理と天罰を司っている。


 人界における摂理を定め、摂理に大きく反するような行いをすれば、それにふさわしい報いを与えるのが役割だ。そのため人界の動向には一番詳しいだろう。

 魔王からすれば瞬きほどの間にしか感じられないが、十三年ほど前に人界で大きな戦いがあったという。その時にも魔物達が人に使われていたらしい話を聞いた。人とはどれほど業が深いのかと思ったものだ。

 魔王は強い者が好きだ。だからこそ、魔物を送り込んでいても人界にも人にも興味は持てなかった。所詮は遊び相手にさえならない、脆くて儚い種であるという認識しかない。


 ただ人界はこのレスティアにおける基盤となる領域であるために、義務を果たしてきたに過ぎないのだ。報告を受けた件も、人界に関係しているのは明白だ。今度は何をやらかそうとしているのか。ため息をつきつつ、他の領域の王達と連絡を取るための大鏡の間へと移動していった。

 大鏡は王のいる領域と同じ数があり、この鏡を通じて話し合いができる。四枚の縦に長い楕円の大鏡を見渡せる位置にポツンと椅子が置かれている。その椅子に座り魔力を流すと、水の中に入った時のようなひんやりとした感覚が全身を覆う。

 これで自分の姿も他の王達に見えるようになったということだ。魔王はもう一度気だるげなため息をつくと呼び出しをかけた。




 何事もなければ通り過ぎるつもりだった冥界の門だったが、ガルム一族の誘いによって一晩彼らと過ごすことになった。あの赤い豹と連れていた魔人の最期についても聞きたがっていたし、戻ってきたのなら冥王に挨拶をしてから行くのはどうかという話になったためだ。

 クロは特に世話になっているし、カイルもクロの相棒としてお礼を言っておきたい。尊い方であることは分かっているが、それ以上に慈悲深い方だろうことは分かっていたからだ。

 冥王は通常冥界にいて門の外に出てくることは滅多にない。ただし、こちらから呼びかけられないわけではない。冥界の門の守護者を任されているガルム達であれば門を通じて冥王と連絡を取ることも可能なのだという。


 そのため、一頭のガルムが守護者に報告に行き、その守護者を通じて冥王に話をしてみるということになった。冥界を取り仕切る方であるため希望通りいったとしても時間がかかるかもしれないと考えていた。

 しかし、予想外に早く返事が来たため明日の朝お目通りが叶うということになったのだ。ガルム達も驚いていたが、それよりカイル達の方が驚いていた。ダメ元だったのだが、こんなに迅速に対応してくれるなど予想外だ。

 だが、合ってくれるというなら是非もない。そんなわけでガルム達の宴に参加することになったのだ。


 酒も食べ物もなかったが、ガルムの一族とカイル達で輪になって会話を楽しんだ。ガルム達はクロやカイルの話を聞いて悔しがると同時に盛り上がってもいた。いかにしてあの手強い豹と魔人を倒したのかというくだりになると、誰もが真剣な顔で聞き入っていた。

 クリアも慣れてきたためか拙く幼い言葉で必死に説明しようとする。ただし、その言葉はカイル達だけにしか聞こえず、ただプルプルぴょんぴょんはしゃいでいるようにしか見えなかったが。

 遊び半分と言えど、冥界の門を脅かした彼らを自分達の手で倒したかったということもあるだろうし、戦いを好む種でもあるガルムにとって高度な戦闘話ほど花が咲くものはない。


 始めは人ということで多少侮られていた節もあるカイルだったが、話が進むにつれてそうした眼で見る者はいなくなった。やはり人とは違ってとても純粋な精神構造をしているのだろう。相手の実力を知っても嫉妬や憎しみを感じるのではなく、称賛や悔しさを感じ、さらなる研鑽を積もうという方向に意識が働くようだ。

 クロの場合、忌子、異端として避けられてはいたものの、その実力に関してはガルム一族の誰もが認めるところにあった。五任期、千年にわたり門を守り続け、一度の脱走も侵入も許さなかったその行いは、ガルムとして誇るべき偉業でもあったのだから。


 だからこそ、クロが他とは違う道を選択した時反発や批判の声が強まった。これ程偉大な存在が冥王の元に行かないことなど、それこそガルムにとっては考えられないことであったから。誰よりも称えられるべき存在だからこそ、尊崇すべき方の側に行くべきだと考えていたからだ。

 ただ、今のクロの様子を見て再びそれを口に出す者はいなかった。守護者であった時、クロは確かに頼りがいがある強大な存在として君臨していた。

 だが、どこか憂いを感じさせる時があったし、職務に忠実であってもそれを心から望んでいるわけではないように見えることがあった。冥界の門をくぐる魂を見ながら、どこか遠くを夢想する眼をよくしていたのだ。


 だから、クロが他とは違う選択をした時、クロを長く知る者ほど口では批判しながらも心のどこかでは納得していた。きっとそれこそがクロが本当に望んでいたことなのだろうとすぐに分かった。ようやく長きにわたる守護者としての任を終えて、自由を得たのだと。

 冥王に背中を押され、一族を振り返ることもなく人界へのゲートをくぐっていったクロの背中を見送りながら、ガルム達は一抹の寂しさをも感じていた。たとえ最終的には冥王の側に行くことを選択したとしても、きっとそれはクロの寿命が尽きる遥か先のことになるだろうと分かったから。


『なるほど、我らは冥界の門より離れることはないため、魔界でも情報に疎い部分がある。よもや人がそれほどのことをしでかしたとはな……』

 リーダーはクロによって、ここに来るまでの経緯を聞いて鼻にしわを寄せる。冥界の門をくぐる死者の数はそうそう大きな変動が起こることはない。それはつまりそれだけ安定していることの証明になる。

 しかし、十三年前はひどいものだった。ひっきりなしに、人の魂ばかりが冥界の門に殺到するという事態になった。当時守護者であったクロもいつにない事態に何が起こったのかと考えたものだ。


 カイルと出会い、ヒルダの授業を受ける過程でその原因を知ることが出来たのだが、あの光景は今でも忘れられない。大きな争いが起これば、時としてあのような事態は起こり得るが、それでも死者となるのはほとんどが前線で戦った者達、つまりは兵士や騎士、魔法使いといった大人達だ。

 しかし、女子供も老人も、むしろそちらの方が多いのではないかというほどに無差別に門をくぐっていった。生まれてくることさえできず、明確な形をとらない胎児の魂でさえ多くあったのだ。

 それを知っているからこそ、クロは人とは愚かで弱い種であると考えるに至った。なぜ戦うこともできない存在をああも容易く、多く殺すことが出来るのか。魔の者であっても信じがたいことだったのだ。


 それが、食べるためでも生きるためでもない。自らの欲望を満たすためだけに行われたと知って、なおの事嫌悪は募った。だが、冥王から実際に見て聞いて感じてみないと分からないこともあると諭されたからこそ、人界へ行くことを決めたのだ。

 冥王の言葉の意味を確かめるために。自らが冥界の門を守り続けたに足るだけの価値がその世界にあるのかどうかを見極めるために。長年夢想してきた領域が、ただの幻想であったなどと信じたくなかったがゆえに。


 そうやって人界に来て、冥王の言葉は間違いではなかったのだと分かった。魔の者には生きづらい環境だが、それでも魔界で見ることも聞くこともできない事柄があった。分からないことがあった。だが、カイルに出会うまでは人に対する評価は変わらなかった。愚かで弱く、脆い種であるという認識は。

 カイルを通じて人を知り、人とはそんなものばかりではないと知った。劣る部分を工夫で補う賢さ、弱さを認めて強くなろうと努力する強さ、結んだ絆のために命も懸けられる強靭さ。

 クロが感じたそれらを、冥王への感謝と共に伝えたい。予見していたように、予言してくれたようにクロは確かに自らが望む宝を見つけられたのだと。

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