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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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守護者の一族

 魔人化ができるようになって以来、時間遅延の空間の中や外で色々試してみた。それで分かったことも多くある。

 やはり糧は瘴気であるらしいこと。そのためただ魔界にいるだけで成長や進化に必要な糧が常時入ってくる状態だ。人としての体にはそこまで大きな変化は見られないが、それは見かけだけの問題だ。

 力や身体能力はもはや人と言い張るにはありえないほど強くなったし、限界値も日々上昇し続けている。それに魔人化した時の姿にも徐々に変化が出始めているのだ。正確に言えば、より人に近い姿になっているというべきだろうか。


 クロの話によると、魔人でも人に近い姿形をしている者ほど高位であるのだという。変化すれば別だが、それが相手の格を見分ける基準にもなっているという。魔王など見た目では人とほとんど変わりないと言われているのだとか。

 カイルの場合耳の形は変わらなくても小ぶりになり、翼や尻尾は出し入れが可能になった。そして何よりカイルの念願でもあった自分の身一つで空を飛ぶという夢がかなったのだ。翼を広げ一度はばたいただけで驚くほど上昇した。


 翼の機能は飛ぶためというより方向や速度を調整するために使うようだ。しかも、飛んでいる間は速度に関係なく風圧を軽減できるようで驚くほどの速さで飛ぶことも可能だった。

 少しはしゃぎすぎて魔物を引き寄せてしまい、後でクロに説教を受けることになった。いつになくハイになっていた自覚があるので甘んじて受け止めた。途中から一緒に連れて飛んでいたクリアは喜んでいたようなので良しとしよう。

 五感や感覚も鋭くなったし、魔人化した状態でも人であった時に使えた技能はそのままだったのはありがたい。やはり元の肉体の構成が違うことが大きいのだろう。魔人化して上昇した身体能力にプラスする形で気功も使えるのだから。


 だが、魔人化で何より大きい変化といえるものは魔眼だ。魔人化のきっかけになっただろう魔人が両目で違う魔眼を持っていたためか、偶然か、カイルも右と左で違う魔眼を有していた。

 右目が『吸魔』、視認した対象の魔力でも魔法でも吸い取ることが出来る。吸い取ったものは自身の魔力に変えることが出来る。つまり、相手の魔法攻撃をほぼ無効化できるだけではなく、離れていても喰属性と同じように魔力を喰らえるということだ。

 左目は『治癒』、見た相手の傷を治すことが出来る。傷の度合いによって消費する魔力は異なるが、聖剣の癒しの力で治すよりは速い。何より範囲指定がなく、視界が及ぶ範囲なのである意味魔法よりも便利かもしれない。


 自分の怪我も治すことが出来るが、その場合は傷が見えなければ意味がないので鞘の力もお役御免というわけではない。最近影が薄いことを嘆いて拗ねていた聖剣が、この一件でまた落ち込んでいた。『所詮某など、役立たずの駄剣でござる』と影を背負っていた。

 この頃では魔人化についても慣れてきて、一部分だけを変化させられるようにもなってきた。つまり魔眼の力や翼は人の姿である時にも使えるということだ。もう少し経てば、魔人化とそうでない時の差がほとんどなくなるかもしれない。


 飛んで移動すれば速いのだが、鍛錬と魔石確保のため移動はこれまでと同じで地面を行く。少し前から素の身体能力に気功を使うだけでクロについて行けるようになっていた。その分魔力があぶれるので走りながら魔法の練習も行う。

 前よりも生産される魔力量が増えたことでクリアにも魔力消費を手伝ってもらっている。クリアも見た目は透明なスライムのままだが、前より進化したようで、クロかカイルに触れていれば他者の魔力だけではなく属性も利用できるようになっていた。


 そうして一か月弱、カイル達はついに目的地への目印であり、重要な中継地でもあった冥界の門にたどり着いていた。

 近くで見ればなおの事その巨大さが確認できる。雲をつくという表現がまさしく当てはまる大きさだった。ただ、意外だったのはその門が大きく開かれているわけではないということだろうか。

 冥界の門は外開きで、人一人通れる幅しか開いていない。それでも大きさが大きさのため、地上から天に続く道か亀裂のように見える。門の向こう側は灰色で見通すことはできず、さらに横に回ってみても天に続く柱のように見えるだけだ。

 荒野にポツンと扉だけが存在している。それが、冥界の門だった。


「これが……ずっとクロが守ってきた?」

『そうだ。我や我らの一族が守ってきた門だ。今の守護者の姿も見えよう?』

 今カイル達がいるのは門から一kmほど離れた場所だ。魔法を使わなくてもこの距離からはっきりと冥界の門の模様まで見える。巨大な冥界の門だったが、その前には今まで魔界で見てきたどんな生き物よりも大きな巨体が寝そべっていた。

 地面に伏せて前足の上に頭を乗せて目を閉じていても、眠っているわけではないことはすぐに分かる。元々魔界の生き物に睡眠は不要だし、ピンとたった耳やかすかに動く鼻が周囲に気を払っていることを感じさせる。


<わー、おっきいねー。クロ様とどっちが大きい?>

『ふむ、あれが守護者の標準的な大きさだな。我はそれをはるかに超える大きさになれたからこそ異端と言われたのだ』

 守護者があえて巨大化しているのは威嚇のためなのだという。意思一つで大きさは自由に変えられるのだが、大きいほどに相手に与える威圧感は大きくなり、同時に影響を及ぼせる範囲も大きくなる。

 そうやって門の一定範囲内を守護しているのだという。今の守護者でさえ、四つ足で立ち上がっても高さは二十mを越えるだろうし、頭から尻尾までは四十から五十mはあるだろうか。


 人など足の一ふみで踏みつぶしてしまえるだろう。それを超えるクロが門の前に鎮座していたとすれば、近寄ることさえも難しかっただろうと思わせる。

「……クロの家族、になるのか? ガルムの一族はどこにいるんだ?」

『ふむ、我らの一族は冥界の門の側を離れることはない。だが、冥界の門より一定の距離を保っておる。その範囲内に踏み込めば、例え一族の者と言えど敵対者と見る。それが守護者としての心構えであったからな』

 死者の魂以外で冥界の門に近付く者は全てが敵であり排除すべき存在。守護者として守るべき唯一の掟だった。それが分かっているからこそ、守護者を交代するために必要な時以外他のガルムが冥界の門に近付くことはないのだという。


「会っていかないのか?」

『……歓迎はされぬであろうな。我は異端者だ、ガルムの中にあって守護者でありながら、他とは異なる道を選択した』

 ガルムの一族は魔の者でありながら、使命のために生きる種だ。いわば魔の者の中の異端、自らの欲求よりも定められた使命を優先し、与えられた任務を遂行するために存在している。それはガルムであれば誰しもが持っている本能であり、導だった。


 守護者は死ぬか代替わりをするかでしか交代しない。守護者が倒されることがあればガルム一族総出で撃退し、一番の実力者を後任に付ける。そのためいつもガルムの一族は冥界の門を見張っている。守護者はガルムの代表として、真っ先に敵と戦うためにいるのだ。

 そんな守護者だが、自らの力の衰えを感じたり定められた任期を終えると代替わりをすることがある。前者であれば任期を待たず、後者であれば二百年をめどに次代に任を譲る。変わる必要がないと判断された場合は継続して任に当たることもある。クロの場合もそれだ。

 クロはあまりにもの圧倒的な実力から五回分の任期を任されることになったのだという。


 本当ならさらに延長を望まれていたのだが、クロ自身の意志で次代に譲ることを決意した。きりがいいということもあったし、ガルムの本能を自らの欲求が上回るのを感じてしまったからだ。

 このままでは守護者としての務めを果たせない、そう思ったからこそ任を下りた。誇りと信念をもって任に当たっていたからこそ、それ以上務めることができなかったのだ。

 通常であれば守護者の子が時代の守護者となる定めだった。クロもまた前代の守護者である母からその任を受け継いだのだという。しかし、クロは子を残さなかった。クロの異質さに他のガルムが寄り付かなかったということもあるし、クロ自身興味がなかったからだ。


 そのため、当時のガルムの中から若くて実力のある者が後継者として選出された。クロの目から見てまだまだ頼りない印象だったが、それでも最高位の妖魔だ。自分がそうであったように守護者として生きていくうちにそれらしくなるだろう、そう期待して魔界を後にした。

 残念ながらあの赤い豹には負けてしまったようだが、その傷も癒えたのだろう。今では異常は見られない。ある意味いい経験になっただろうと考えている。


 カイルとしては近くで冥界の門を見てみたい気はしたが、それは守護者が許してはくれないだろう。クロも一族と会うのは気が進まないようだったし、どうするか考えていると、周囲にいくつもの気配が現れる。

 この出現の仕方は間違いなく空間属性の魔法を使った移動だ。視線を向けてみると、クロと同じくらいの体格の狼犬、ガルムが周囲を囲んでいた。クロの一族は闇と影、空間は種族的に誰しもが有するというのでこれくらいの芸当は簡単だろう。

『……貴様、忌子だな? 冥王様の温情により人界に渡ったと聞いた。何故戻ってきた?』

 一族のリーダーなのだろうか、一頭のガルムが一歩前に出てくる。クロと同じ金の眼には敵意と猜疑の色が濃い。


『我とて戻りたくて戻ってきたわけではない。それに、そなた達と敵対する気もない。ここは通りがかっただけだ。そちらが何もしなければこちらもただ通り過ぎるのみ』

『それを信じよ、と? ガルムの本分を忘れ、己が欲求に走った貴様をか?』

 牙をむきだして唸るリーダーにつられるようにして周囲の殺気と威圧感が増していく。いつもは能天気なクリアも、カイルの胸元に逃げ込んでいた。

『確かに、我はガルムにしては異端であろう。己の欲求を優先させたことを否定する気もない。だが、忘れるな! 我は歴代のガルムの中で最も長い任期、守護者であったことを! ゆえに敵対したとして殺しはせぬ。だが、容赦はせぬと思え!』


 周囲を囲むガルム達すべてを上回るほどの殺気と威圧。クロから周囲に放たれた目に見えない重圧が何もしていないのに多くのガルム達の膝を折らせる。かろうじて耐えているのは年長者のガルム達であろうか。クロより年若いガルム達は揃って地面に伏せていた。

『なるほど……実力は健在というわけだな。まあ、よい。貴様の処断に関しては冥王様より直々のお許しがあったのだ。それに我らがどうこう言うことは不遜に当たろう。だが、守護者の一族として確かめておかねばならなかったのだ。今の貴様の立ち位置をな』

 先ほどまでとは打って変わり、穏やかになったリーダーが、小さくため息をつきながら威圧することを辞める。


『ふむ、確かに必要であろうな。今の我はガルムであってガルムではない存在ともいえる。敵であれば厄介な相手であろう』

『……驚いたな。貴様は分別はあるが融通が利かぬところがあった。敵対すれば相手を喰らいつくすまで引かぬと思っていたが……』

 リーダーは驚いた様な表情を向けてくる。クロはそれにふんと鼻息荒く答える。

『我とて成長するのだ。魔界の常識が通じぬ人界で、我もまた多くを学んだ。ゆえに……そなた達に感謝もしておる』

 クロの言葉に、別の意味で驚愕を浮かべるリーダー。それは彼だけではなく周囲のガルムすべてが信じられないものを見た、あるいは聞いたという反応だった。それだけ今のクロの言動は意外だったようだ。


『我は異端だ。生まれついてより分かっておった。故に他のガルムが寄り付かぬことも。だから、子を残さなかった。年々強くなる欲求に、守護者としての使命を果たせなくなる前に代替わりする必要があった。だが、我が門を離れられたのはそなた達の存在があったからだ。我がおらずとも、そなた達が、次代の守護者が門を守ってくれる。そう信じられたからこそ我は旅立てた。当時は意識しておらなんだが、今思えばそうだったのだろうと確信できる』

 例え守護者でいられなくなったとしても、自分以外門を守れるものがいないとなればクロは守護者を辞めることはできなかっただろう。それだけ長い間、生涯の全てをそのためだけに費やしてきたのだから。

 だが、連綿と続くガルムの一族が、常に研鑽を怠らない種の在り方が、クロの背中を押してくれた。


 自分がいなくても大丈夫だ。クロの前がそうであったように、きっと次代の守護者が引き継ぎ、守り続けてくれるだろう。心のどこかでそう信じられた。千年の間、例えどれだけクロの実力が優れていようと、門を見張るガルムの眼が途絶えることはなかったのだから。

 常に一族全員で守り続けるという意思を本能だけではなく、実感として持っていたからこそ託すことが出来た。きっと今まで守護者だった者達もみなそれを感じていた。だからこそ守護者の任を終えれば、安心して冥界に旅立つ決断ができたのだろうから。

 ただクロは死ではなく、新たな生を選択した。異端のガルムらしく、ただの魔の者として生きる選択をした。それができたのは一族がいてくれたおかげだ。そのおかげで探し求めていた宝を見つけた。同じ夢を見てくれる仲間を手に入れた。生涯を共にする相棒を得られたのだ。


 それを思えば感謝しかない。自分一人で守っていたつもりで、見えないところで支え続けてきてもらっていたのだと理解できたから。だから感謝の言葉を口にする。それがカイルと出会って学んだ、なすべきことだと感じたから。

『……手の付けられぬ暴れん坊が、立派になったものだな。ガルムとしては間違っておるのかもしれぬが、我自身は貴様の帰還と成長を歓迎しよう』

『……そう、か。ああ、そうだ。我は、名を得た。これより後はその名で呼ぶがいい。今の我の名はクロという』

 クロの言葉にリーダーはクロを見て、それからカイルを見る。心の中までも見通そうとする眼だったが、カイルは真っ直ぐに見つめ返す。しばらくにらみ合いが続いたが、ふっとリーダーは笑みを浮かべた。


『なるほど。魔界に人とは珍しい。それに人にありながらまれに見る魂と魔力、素質、面白い存在と出会ったものだ』

「……分かるのか? クロも俺と出会った時、似たような事を言ってたけど」

『我らガルムは冥界の門にて門をくぐる魂を見送り、出てくる魂を追い返す。故に長く生きればそれだけで魂の在り方を感じ取れるようになるのだ。我は守護者ほど近くで見るわけではないが、それでも長く生きておれば分かることもある』

 物の目利きのように、経験を積み日々それらを見続けることで養われる特技のようなものだろうか。


『……先だって赤いのの襲撃があったと思うが……』

『あの忌々しい赤豹か。貴様が守護者であった折、何度も来たやからであろう。我らが駆け付けた時にはすでにその場を去っておったが……次こそは……』

『ふむ。それには及ばぬ。どうやら我の帰還を知り、匂いをたどったようでな。こちらに来た』

 クロの言葉にリーダーを含めガルム達の視線がクロに向く。そして、今ここにクロがいることの意味と先ほどの言葉を合わせれば出る結論は一つだ。

『……よもや、仕留めたのか? 長年引き分けてきただろう?』

『我も成長したといったであろう? あやつも驚いておったがな、ゆえに二度と来ることはなかろう』


 それでもまだいぶかしげな顔をしている面々にクロは赤い毛皮と最高級の魔石を取り出す。それを見てガルム一族に安堵の色が広がっていった。赤い豹の実力は確かで、例えガルム一族総出で当たったとしても仕留めるのは難しいかもしれないと考えていた。

 さらに、神出鬼没で気まぐれな赤い豹。いつまた襲撃があるか分からなかった。ただの暇つぶしで守護者が殺されるかもしれない。そう考えていたところで、この朗報だ。

 この時ほど、リーダーがクロの生存に感謝したことはない。守護者でなくなったとしても、結果的に冥界の門を守る一助になってくれた。異端であっても、ガルムとして使命を果たしてくれたのだ。例えついでだったのだとしても。


『こちらこそ感謝しよう。異端のガルムと人よ、我らがそれを覚えておる限り、こちらから敵対行動はとらぬと約束しよう』

『なれば我も約束しよう。不当に冥界を荒すものあれば、ガルムの誇りと信念をもって全力で排除しよう。例え魔界を離れたとして、我がガルムであることを忘れることはない』

 堅物と呼ばれ、生涯を誇りと信念に捧げる一族。異端であろうと、一族を離れようとガルムとしての生き方は忘れない。そう明言したクロにリーダーは不適に笑うと誓いを交わした。

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