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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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生の代償

 クロは戦っているうちに距離が開いていたカイルの元に駆け付ける。使い魔同士のパスを通じて、クリアの焦ったような感情が伝わってきたからだ。同時に、カイルの変調をも感じ取る。

 先ほど魔人の気配が消える前に大量の血の匂いを感じてもいた。クロが傷を負った後に念話で、『大丈夫、クリアと二人で必ず勝つ』そういったメッセージを受けていたからこそ動揺を抑え込むことが出来た。それもまた作戦かもしれないと。

 だが、実際に見てみないと本当のところは分からない。


 駆け付けたクロは、魔人の遺した素材と思われる丸い鏡とそのそばで倒れこんでいるカイルを見た。スライムのクリアがカイルの頭の横に寄り添ってプルプルと震えている。

『無事かっ! 何があった、カイルは……』

<あ、あるじ様、急に倒れたんだよー。ぼくと一緒に、あの魔人を倒して、やったーって思ってたのに……>

 クリアはすぐにクロの頭の上に乗ってくると、説明ともいえない説明をする。クロは鼻先でカイルの胸元をゆすると頬を舐める。

 見た感じ、怪我を負っているようには見えない。近くの地面に血の跡はあるが、カイル自身に大きな傷は見あたらない。なら、なぜ倒れたのだろうか。


「ク……ロ、勝った、のか?」

『カイルっ! ああ、我が勝った。それより主はどうしたのだ!』

「分から、ない。……中途半端な、攻撃じゃ……通じないから……。魔石を、狙ったんだ」

 カイルは服の胸元を握りこみ、苦しそうな息をしながら答える。あの魔人に知られていない属性は喰、そしてクリアの存在だ。知っていたとしても、たかがスライムに何ができると思っていたのかもしれない。だが、意識外にあるからこそ意表をつける。

あるじ様、ぼくと協力して魔石を食べたの>

 クリアの拙い説明でも、どのようにして勝利したかは分かった。大抵のものは喰らえる喰属性でも、素材として残ったものならともかく、生きている魔の者の魔石を喰らうのは容易ではない。


 まず、正確な位置を把握していなければならない。そして、魔石に直に触れること。これは自分の体だけではなく魔法でもいい。ただし、魔石までの道がわずかでもなければ無理だ。道がなければ相手の体に触れて魔力は奪えても魔石は奪えない。

 その上で、相手に防がれたり、隠されたり移動される前に隙をついて喰らわなければならないのだ。最大の弱点であるだけに、魔石への直接攻撃は一朝一夕にはいかない。そのためにあらゆる可能性を考慮して手を打ったのだ。


 クロはカイルの体に触れて、以前一度あったように高熱を発していることに気付いた。どうにか乗り切ったと思っていたが、高位の魔人の魔石を喰らったことで再び拒絶反応が起きているのか。

 確かめたいが、カイルの血の匂いにつられたのか、周囲に魔物達が集まってきている気配を感じ取った。クロは魔人の遺した鏡と素材を回収すると、カイルとクリアを空間の中に入れ、全速力でその場を離脱する。

 空間の中に入っていれば手出しはできないにしても、周囲を囲まれるのはあまり好ましくはない。それに、何か出入りしなければならなかった時に面倒だ。


 ある程度離れ、周辺に何もないことを確認して、クロもまた空間の中に入る。クリアがカイルに毛布を掛け、いつだってひんやりと冷たい自分の体を額に押し付けている。

 熱を出したらクリアに冷やしてもらおうかなどと、雑談の中で言っていたことを覚えていたらしい。あるいは必死であった故に、無意識でそうしたのか。

 先ほどは意識のあったカイルだが、今は目を閉じ、赤い顔で荒い息をしている。こういう時負担を分担できればいいのだが、聖剣の例がある様に、分担できない類の痛みや苦痛というものもあるらしい。


 クロはプルプル震えたままのクリアから、魔人との戦いの経緯を聞き出す。主観的で、時系列もばらばらの説明は分かりづらかったが、おおよその流れは把握できた。

 カイルと戦い、いたぶることを楽しんでいた魔人。その魔人を油断させ、最も大きな隙を作り出すために、カイルがどんな手を打ったかということも。そして、クリアが果たした役割というものも。

 魔人の性格や戦い方、余裕の態度からカイルは魔人が自身の二重存在ドッペルゲンガーについてカイルに隠している情報があることを悟った。それがある限り、自分は絶対に負けることがないと確信していることも。


 だからあえて劣勢になるまで喰属性を使わず、クリアも参加させなかった。魔人が見極めていたと同時に、カイルも見極めていた。こちらの誤認を向こうが感づくことが出来るまで。融合してでしか回復ができないと思い込ませることが出来たと確信するまで。

 そして、一度影に潜った時、影とつなげた空間の中で作り出していた人形と入れ替わった。土属性上級下位、第六階級『土人形アースゴーレム』と影属性上級下位、第六階級『影人形シャドウドール』の複合魔法だ。

 土人形アースゴーレムは人型の兵隊を作り出し操る魔法。実体があって攻撃にも防御にも使える。練度によってはかなりの戦力になるが、見た目はただの土の塊だ。対して影人形シャドウドールは、元にした影の持ち主そっくりの姿形と能力を有しているが実体がない。


 その二つを合わせれば、持ち主そっくりで実体を持つ分身が作れるのだ。魔人もまさか自分のお株を奪うようにカイルが分身を使っていたとは思わなかったようだ。

 操作している人形を通じて、さらに武器の操作も行う。頭がオーバーヒートしそうだったがどうにかやり切った。そして、その分身には、髪の毛に同化したクリアが引っ付いていた。

 勝利を確信した魔人が自分からカイルの分身に触るだろうことは予測していた。そして同時に触れたクリアが、同調を利用して魔人を一つに戻し、傷を回復される前に胸にあけた剣の傷口からカイルが魔法を使って魔石を喰らった。

 余裕を見せて、剣を刺さったままにしていたがゆえに魔石への筋道が付いたのだ。綱渡りの部分も多かったが、相手の切り札に考えを巡らせていたカイルと、相手を舐め切ってそれをしなかった魔人。それが勝負を分けた。


『クリア、そう自分を責めるな』

<だって、ぼくが、ぼくがもうちょっと強かったから。そうしたら、あるじ様をもう少し助けられたかもしれない。そうしたら、……あるじ様が無理をして倒れることも……>

 クリアの透明な体の上を、透明な滴が流れる。体の大部分が水で構成されているスライムが涙を流すことは死活問題だ。だが、それほどに自分を責めているのだろう。敬愛する主人とクロが戦っている時、ほとんど役に立てなかった自分のことを。


『前も言ったが、そなたは十二分に役に立っておる。今回もそなたの活躍があったからこそあの魔人を仕留められたのだ。カイルもきっとそういうだろう。今も、我は見守ることしかできぬが、そなたは熱を冷ましてやっている。それは、我にはできぬことだ』

<……うん。でも、ぼく、悔しかったんだぁ。あるじ様が傷ついて、クロ様が苦戦しているのに、ぼく自分では何もできなかった。あるじ様が作戦を立ててくれたから……>

 クロは止まらぬ涙を舐めとり、クリア用に水を入れている容器を出す。クリアは体の一部を水の中に付けて失った水分を補給する。死ねばカイルにさらなる負担がかかる。それだけは何があっても忘れない。


『そうだな、ただ見ているしかできぬのは悔しい。なれば、強くなれ、クリアよ。そなたはスライムだ。喰らえば喰らうほど進化し強くなる。特殊能力とてある。さらなる経験を積み、最強のスライムとなるがいい、我も協力しよう』

 クロは今日の分だった魔石を取り出してクリアの近くに置く。体を伸ばして魔石を体内に納め吸収しながらクリアはこれまでにないほどの強い意志で誓う。

 いつかこの二人の隣に立てるくらい、共に戦うことが出来るくらいに強くなると。話せるだけでは駄目だ、一緒にいるだけでは満足できない。仲間の一人として、カイルの相棒と呼ばれるほどに強くなってみせると。




 暗い、黒い闇がまとわりついてくる。体が重苦しく熱に浮かされたように頭はボーっとしているし吐く息は熱い。何より、魔石を喰らう度に感じていた魔力の器の異常。それがはっきりと感じられた。

 周囲の無属性の魔力をもとにして生産される生き物の魔力。無属性がベースであるそれに、ポツンと黒い染みが落ちて広がる。魔力の器はどうにかそれを追いやろうとするのだが、そのたびに鈍い痛みを生み出す。

 魔力の器の外に追いやられた黒い染みは降り積もり、融合し凝縮して結晶化する。広がる黒い染みが大きいほどに追い出した時の反動も大きい。これが拒絶反応であり、カイルの体に起きていた異常だ。


『あーあ、僕が負けるなんて……しかも、それだけじゃなくて食べられちゃった』

 どこか客観的に異常の原因を見ていたカイルは、後ろから聞こえてきた声に振り返る。覚えのある声だ。カイルが魔石を喰らって殺した魔人がそこにいた。

<どうして……>

『どうしてって、魔石は僕達の魂みたいなものだよ。まぁ、僕も死ぬのは初めてだから、何でこんなことが起きてるか、よく分からないけどね。でも、こうして話せる時間はあまりないってことは分かるよ』


 口調は変わらないのに、相対していた時のような悪意や愉悦は感じられない。どこかすっきりしたというか、あっさりしている。

『僕は君に負けて、喰われた。魔界の掟というか理みたいなものだから、それにどうこう言うつもりはないよ。でも、これから先の君を見られないことが少し残念かな』

<なぜだ?>

 敵対していた相手の行く末を見られないことがなぜ残念なのか。やはり魔人の感性は理解しがたい部分がある。


『こうして君に喰われたことで、君について色々知ったよ。実に興味深い人生だよね。でも、これから先はもっと面白くなる。だって、君、もう半分以上人じゃないもの。人じゃない君が、人の中で人としてどう生きていくのか。見てみたいと思わない?』

 ただただ純粋な好奇心と興味。それだけに深く心をえぐってくる。無邪気ゆえの言葉の刃が突き刺さる。

<俺が……人じゃない?>

『自分でも言ってたじゃない、自信がないって。寿命だけじゃないよ、肉体的にもそして……フフっ、ここから先は自分で見るといい。それを見て、まだ自分が人だって言えるなら、素直に賞賛してあげるよ』


<どういうことだ?>

『もう、時間切れだね。楽しかったよ、じゃあね』

<待てっ! どういうことだっ!>

 手を伸ばすが魔人は闇に溶け込むようにして消えて、空を切る。だが、視界に入ってきた手を見て、大きく眼を見開いた。見えたのは……自分のものであって自分のものではない手。魔人の言った言葉の意味が、そして自分に起きていた異常の正体が、そこにあった。


「うあぁっ!」

 悲鳴を上げて飛び起きる。頭の上から、膝にポトリと何かが落ちる感覚があった。額に残っている感触からクリアだろう。

 カイルはぎゅっと閉じていた眼を開き、恐る恐る自分の手を見る。いつもと変わらない、いつも通りの自分の手だ。ではあれは? ただの夢だったのだろうか。消化され消えゆく魔人が見せた嫌がらせ、最後のあがきだったのだろうか。

 夢で見た光景と急に動いたことで吐き気を感じ、口元に手を当てる。そこでようやく自分を見上げるクリアに気付いた。


あるじ様? どうしたの? 大丈夫?>

 ずっと頭を冷やし続けてくれていたのだろうか。いつもよりぺったりしているクリアに、ようやく笑みが浮かぶ。

「ああ、大丈夫だ。ちょっと、嫌な夢を見ただけだ。クリアも怪我はなかったよな? クロは?」

 クロの空間の中だろうに、クロの姿が見えない。クリアは膝の上でぴょこぴょこ跳ねながら答えてくれた。

あるじ様の熱が下がってきたから、クロ様は僕達を入れたまま移動してるんだよー。早く魔界を出た方がいいかもしれないって、言ってた>


 魔界にいる限り、魔石を食べ続ける限り異常が起こるなら、早く戻る方法を探したほうがいい。その判断から、カイルの容態がある程度落ち着いたのを見計らって昼夜問わず移動してくれているらしい。

 カイルはゆっくりと体を動かしてみる。まだ少し病み上がりのだるさはあるが、熱は下がっている。カイルが目覚めたことはクロも感じているだろうから、そのうち切りのいいところで戻ってくるだろう。

 その間に水を飲んで体を洗い、着替えを済ませる。とりあえず魔石を出して考え込んだところでクロが空間に入ってきた。


『眼が覚めたか、異常はないか?』

「ない、と言いたいとこだけど、ちょっと問題がある」

 体を動かしながら確認していて、夢がただの夢ではなかったことに気付いた。魔力の器のすぐそばに生み出された、人には決して存在しないあるものに。

 意識をそこに向けると、喰属性で吸収した瘴気の一部がそちらに向かっている。本当なら魔法の効果ですぐに魔力となるはずが、瘴気のままでそれに吸収され魔力を生み出していた。それも無をベースとしたものではない。闇をベースとした魔力を。


「たぶん、これ、魔石だと……思う」

 カイルは自分の胸元を指差して、苦笑とも自嘲ともいえない笑みを浮かべる。

 魔界の生き物は魔力の器の代わりに魔石がその役割を果たす。瘴気と融合した闇の魔力を自身の魔力に変えて全身に流すのだ。試しに一度喰属性の魔法を解除してみた。しかし、瘴気によって体に起きるはずの異常は起こらず、生み出される魔力量はむしろ増加した。

 ただし、それは闇をベースにした魔力で、無をベースにした魔力は回復しないことが分かった。実質魔力の器が二つあるような状態だ。喰属性の魔法を使うと、すぐに無属性の魔力に変換されるものと瘴気のままで吸収されるものがあり、割合は七対三といったところだ。

 ただし、魔石に取り込む場合、瘴気と混ざった闇の魔力も吸収変換されているため、生み出される魔力量に違いはない。同じ量の瘴気を取り込んでいても生み出される魔力量が上がった形になった。

 どちらも魔力切れを起こしては困るので魔法は今まで通り使っている。問題はこの魔石がもたらすだろう変化だ。


 魔界の環境に適応するため、究極の毒ともいえる瘴気への耐性としてカイルの特異体質が生み出したものか。あるいは瘴気の塊でもある魔石を食べ続けたことで起きたのか。もしくはその両方か。

 ともかく、魔石が今現在カイルの体内にあることに違いはない。これがあればもしもの事態でも瘴気を恐れる必要はない。それに、生み出される魔力は魔界で魔法を使うにはうってつけだろう。

 しかし、カイルの頭をちらつくのはこちらに来る原因ともなった『デリウス』の構成員とその駒として使われたエゴール達のことだ。


 エゴールの場合、殺す前に魔石を破壊したからか魔人化が解け、死体も残った。だが、他の騎士達は肉体は残らず、魔石もなく、ただ黒い液体となって消えたのだとか。それに、エゴールや構成員以外、自我が薄かったようだ。

 カイルの場合、自然に生み出されたものではあるが、生物の在り方としては不自然極まりない。ならば彼らと同じように、人でも魔人でもない存在になったということなのだろうか。

 耳の奥であの魔人の笑い声が聞こえたような気がする。同時に思い出す。夢で見た自分の手。浅黒いだけならまだいい。だが、節くれだって鱗に覆われその隙間から毛が生えていた。爪も先がとがった黒い爪だった。人ならざる者の、化け物の手だった。


『……防衛反応か、魔石を喰らった影響か……もしや、魔人化も?』

 クロもカイルと同じ結論に達したようだ。難しい顔をしている。カイルも眉間にしわを寄せる。魔石からは心臓とは違う拍動を感じる。望めば魔人化も可能かもしれない。

 だが、もしそうなった時、元に戻れるのだろうかという不安が二の足を踏ませていた。戻れるならいい。だがもし戻れなかったら? 例え人界に戻れたとして、みんなのところに帰れるだろうか。

 人々に受け入れてもらえるだろうか。同じ人であっても、髪や眼の色が違うというだけで差別されることもあるというのに。

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