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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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二重存在(ドッペルゲンガー)

クロ→カイルサイド

 高速移動を繰り返しながら、爪や牙、尻尾や手足などで相手に攻撃をし続ける。同時に相手からの攻撃を防いでもいる。

『ククク、やはり楽しいなぁ。貴様との戦いは』

『抜かせっ! やはりそなたは悪趣味だ! 冥界の門にもその先にも興味がなかったくせに、何度も我と戦うためだけにそなたは手を変え品を変え!』

 ある時は冥界の門を我が物にしようとする魔人を連れて、ある時は冥界に渡ろうとする妖魔を連れて。それらがクロに倒されるのを見て楽しみ、その後に勝負を挑んできた。


 この赤い豹は強いものと戦うことを好むが、それ以上に弱いものが強いものに蹂躙されるところを見ることもまた同じくらい好んでいる。勝負が見えている戦いに、あえて挑ませそれを見て楽しむのだ。

『あれはまだ若い。経験を積ませてやらないといけないだろう? そう心配せずとも、魔界で生きていけるような面白い人間を簡単に殺したりはしない。何より一思いに食らってはもったいないだろう?』

『……我は人界に渡り、人の愚かしさや弱さを知った。だが、我もまた愚かしく弱いことも知ったのだ! あまり人を舐めるでない。人は我らにはない賢さと強さをも持っておる! こちらこそ、いい経験になろう』

 牙をむいて、嗤うように威嚇し合いながら言葉と攻撃をかわし合う。余波で地面や周囲を荒らしながら、両者の戦いは均衡を保っていた。




 好戦的な物言いとは違って、魔人はすぐには動かなかった。カイルが完全に目を閉じてしまったことを訝しみながら、ゆっくり歩いてくる。

『眼を閉じたりして、もう諦めたの? もっと抵抗してよ、ほら。殺したりしないからさ』

 カイルと魔人の距離が十mになった時だった。黒い刃が魔人の頬を切り裂き、血を滴らせる。魔人は最初何が起きたのか分かっていないようだった。だが、自身の頬に手を当てて血をぬぐい、その手を前に持ってきて確認した時、表情が一変した。


『この、僕に! 高位の魔人であるこの僕に、人間風情が傷をつけただとっ!』

 眼を閉じても音から自分の位置を把握したと考えた魔人は一度離れて、気配を消し音を立てずに移動すると真横から仕掛ける。だが、後ろと正面からも音と気配を持つ幻を襲い掛からせていた。

 本物の魔人がいる場所に顔を向けもしないことから、ニヤリとした笑みが浮かんだ魔人だったが、同じように十mの範囲に入った時、幻二体はみじんに切り裂かれる。それを見てとっさに身を引いたのが功を奏したのか、服と腕の一部を斬られただけで済む。

 痛みが今度は冷静さを取り戻してくれたのか、魔人は一度距離をとって、腕から流れる血を舐めとる。


「へぇ、一種の結界みたいなものかな。範囲に入れば見なくても分かるんだ? 人間って弱いけど面白い魔法の使い方するんだね。でもさぁ、反応速度を超える攻撃や自分がその範囲を外れたら、どうなるんだろうね」

 眼を閉じたことで金縛りの魔眼は使えないが、吸引の魔眼は健在だ。魔人はすぐさまカイルを目の前に引き寄せると鋭利にとがらせた爪を振るう。先ほどのお返しだと言わんばかりに。しかし、切り裂いた瞬間その姿は幻と消える。

 眼を見開いた魔人だったが、危険信号に従って身をそらす。その目の前を剣の軌道が横切る。遊び半分のつもりが、冷や汗をかく事態に混乱しつつ体勢を立て直そうとする。


 しかし、地面が沈み込んで足を取られ、さらに黒い鎖が足に巻き付く。ただでさえのけぞった体勢でがくりと制動をかけられた魔人は、黒い魔力を纏った剣が、自分以外誰も知らない、ご主人様にさえ知らせていない自分の魔石に向けて突き出されている場面を見た。

 すさまじい危機感を抱き、これまでずっと温存してきた魔眼以外のもう一つの特殊能力を発動させた。よもや人相手にこれを使うほど追い込まれた自分の不甲斐なさと、このままでは見限られてしまうのではないかという恐怖が、歳若いとはいえ高位の魔人を本気にさせた。


 カイルはかなり巧みに隠蔽され、見極めるのに時間がかかった魔人の最大の弱点に剣を突き刺し、その感触に疑問を覚える前に嵐の中心に手を突っ込んだような暴風を受けきりもみしながら吹き飛ばされる。

 とっさに空間停止エリアロックを使ったことで深刻なダメージは受けていない。それでも体中あちこちを浅く切り裂かれ血がにじんでいる。直ぐに聖剣の力で傷を癒し、血を消した。そして、それまで以上の威圧感と、同時に底知れぬ怒りを感じさせる魔人を見据える。

 これまでの攻防で倒せたならよかった。だが、相手は高位の魔人、簡単にいくとも思っていなかった。ならばここからが本番だ。


『正直、お前を舐めてたよ。珍しいだけの、ただの餌だと。でも、お前は敵だ! 敵は、殺す。ああ、殺しちゃ駄目か、ご主人様に怒られる。……なら、半分殺す。その手足ぐちゃぐちゃにして、身動き取れないくらい痛めつけて、それからご主人様に献上しよう。そうだ、それがいい!』

 自分の中でも意見が二転三転しながら、自己完結する。何とも魔の者らしい自分勝手さに、眉間にしわが寄る。

「生憎、俺は餌になってやるつもりはない。俺にとってもお前は敵だ。黙ってやられるつもりもない。魔界では勝者がすべてを決める権利があるんだろう? 意見が対立する以上、戦って勝った方が我を通せる」

『アハハ、面白い人間だ。なら、せいぜい足掻け。魔界における格が何を意味するか教えてあげるよ』

「人の強さを決めるのは格じゃない。こっちはそれを教えてやる!」


 剣を握り直し、遮断した視覚の代わりに魔法と気功、他の五感を総動員しながら踏み切った。下から斜め上に振り切った剣を、魔人は爪に魔力を纏い伸ばした刃で受け止める。ならばと重力をかけようとするが、魔法が発動する前に魔法を切り裂かれる。

 やはり高位の魔人ほどになれば魔法を斬ることもできるようだ。そのまま何度か打ち合ったが、もう一度剣を受け止められた時、クロとの手合せで何度も感じたことのある危機感を覚え、すぐに影の中に避難して距離を取る。

 影から出て向かい合った分には異常らしい異常は見当たらない。だが、確かに生命を脅かす何かがあった。


『へぇ、勘も鋭い。それに重力に影まで持ってるんだぁ。面白いねぇ、君、本当に人間?』

「自分でも最近自信が持てなくなってるがな。正真正銘、人界生まれの人界育ちだ。こっちには手違いと成り行きで落ちてきただけだ」

『そう』

 思っていたよりも冷静で、ガンガン攻めてこない。攻めてくれば守りがおろそかになり、付け入る隙もあるかもしれない。だが、最初のやり取りで必要以上に警戒させてしまったのだろうか。


 覚えのある感覚がして、不意に景色が切り替わる。三度目ともなると、瞬時に周囲の状況を把握できる。だが、前振りなければ完璧に対処できるわけではない。向こうは準備万端待ち構えているのに対して、こちらは防ぐ手立てがないのだから。

 振り下ろされた刃を右手の剣と、左手を鉱石属性で覆い斬属性を付与した魔人と同じような刃で防ぐ。そのまま、縦横無尽に振られる刃をどうにか防いでいたが、手数の違いからか躱しきれずあちこちに浅い傷が刻まれる。

『アハッ、アハハハハ。何だろう、ご主人様の気持ちがよく分かるよ。楽しい! 戦うってこんなに楽しいんだ! もっと僕を楽しませろ! もっと、もっと!』


 喚く魔人の一瞬の隙をついて腹に蹴りと同時に発勁を打ち込むと後方に飛んで距離をあける。息を吐きつつ、聖剣の鞘の力で傷を癒して息を整える。向こうは十本の刃を扱うのに対し、こちらは六本。数の上で不利だが、相手に合わせても使い慣れていないのでは不利だ。

『へぇ、初めて受ける技だなぁ。これも人間が生み出したもの? 弱いから色々工夫するんだ? ねぇ、もっと見せてよ』

 技を受けた腹をさすっているがダメージがあるようには見えない。やはりという思いが広がる。クロとの手合せで分かったのだが、魔界の生き物には気が存在していない。


 生物だけではなく土や空気と言った無機物にさえある気。魔界であろうと魔物以外には気が存在し、だからこそこうして気功も扱える。それなのに、生物であるはずの魔物やこの魔人にも気は流れていない。

 瘴気から生ずるゆえに、血や魔力が流れていても気は流れていないというのだろうか。そのため、本来であれば外部だけではなく内部破壊の効果もある発勁もただの打撃技になっている。そして、高位になるほど物理攻撃にはめっぽう強くなるのが魔界の生き物だった。


『引き寄せるばかりじゃ芸がないよね。じゃあ、こんなのはどうかな?』

 魔物はふわりと浮かび上がると、上空から雨あられと魔法を降らせる。複雑な軌道を描く雷が降り注いでくるが魔法を使って軌道を変え、どうにかしのぐ。だが、歯がみするのは抑えられない。

 雷は金属に引き寄せられる。つまりカイルの持つ剣や手にまとわせた鉱石、そして防具などを狙っているのだろう。

 ならばと、カイルは鉱石属性で無数の針を作り出すと射出する。雷にぶつけるのではなく、間をすり抜け、迂回するようにして迫る針を見ながら魔人は首を傾げた。だが、次の瞬間には顔色を変える。

 標的を狙ったはずの雷が針に引き寄せられ逆流してきたからだ。とっさに下に逃れて回避する。それを雷の壁の向こうで感じたカイルは、魔人には到底届かない位置で剣を振りぬく。


 魔人もその行動を見た直後に危険信号に従ってしゃがみ込んだ。しかし、かわしきることはできず背中に生えていた翼が断ち切られる。

 空間属性下級下位、第二階級『空間接続ワームホール』だ。今では事前に空間を開くことなく、剣の軌道に合わせて空間をつなげ、距離を超越した攻撃が仕掛けられる。遠距離にいても手が届くのは向こうばかりではないのだ。

 それにようやく周囲一帯の空間を掌握できたため、これから吸引されることがあっても事前に察知できるだろう。


『ぎゃあぁっ! ぼ、僕の、僕の羽がっ! おのれ、よくもっ!』

 魔人の羽は地面に落ちる前に塵となって消える。自己再生能力に優れている魔界の生き物であればいずれ再生するだろうが、この戦いの中においては元に戻らないだろう。

 魔界では便利な空中機動用の無魔法が使えない。他の魔法で代用できなくはないが、ギリギリの戦いなら一瞬のロスが死につながる。ならば、地に足を付けて戦ってもらおう。羽を失った魔人は激高し、飛びかかってくる。


 両手に刃を携え迫ってくる魔人を迎撃しようとして、不意に右側から攻撃を受ける。先ほどまで影も形も気配さえなかった場所だ。とっさに剣で受け止めたが、直後に正面から魔人の攻撃が迫る。

 身をのけぞらせつつ時間停止タイムロックで壁を作り、どうにかしのいで後方に飛ぶ。しかし、着地点にまたしても影が現れ、カイルは身をよじりながら剣を振った。今度は何の抵抗もなく消えてしまった影に驚く間もなく、背中に衝撃を受けて飛ばされる。


「うぁぁぁっ!」

 気配を感じて前方に飛んだため内臓や骨には影響しない。だが、背中を大きく切り裂かれ、同じように断ち切られた髪と防具が散らばる。

 聖剣の癒しの力は回復魔法ほどの即効性がない。常に回復し続けるが、大きな傷になるほど完治に時間がかかるのだ。最近ではそれもだいぶ早くなってきたが、痛みはすぐには消えない。

 カイルは焼け付くような背中の痛みを、歯をかみしめて追いやるとすぐさま身を起こす。しかし、余裕なのか様子見なのか、追撃はなかった。


『あぁ、思っていた通り、今まで味わったことがないほど美味だよ。これだけで魔界での一年分以上の糧になる』

 爪から伸びる刃に付いた血を舐めとり、魔人は笑みを浮かべる。カイルは呼吸を整えながら、先ほど何が起きたのかを考える。闇属性の幻であれば実体はない。気配や音、匂いまでも再現できるとしても物理的な攻撃はできないはずだ。

 実体のある他の魔法と融合させたというには、魔力感知に引っかからない。まるで、そう、クリアが持っているのと同じ、魔法ではない特殊能力であるかのような。


「……さっきの影……特殊能力か?」

『そうだよ。僕もまさか使わされるなんて思ってなかったけど。そこは褒めてあげるよ。どういう能力か知りたい?』

 自分の力を知られることが不利になると考えてもいないようだ。たとえ知られたとしても、対処などできないと考えているのか。

「教えてくれるのか?」

 だが、回復までの時間稼ぎにはなる。そして、この魔人から勝利をつかみ取るための戦略を練る時間にも。スピードはほぼ互角、力ではカイルがわずかに上回るだろうか。技も同じくらいの練度だが、手数は向こうが多い。魔法に関しては、魔力量はともかく使い方ではカイルに分があるだろう。


 相手と自分の能力を分析して比較し、突破口を探す。特殊能力はいわば向こうの切り札の一つだろう。ならばこちらは? 相手に知られていない技や魔法、属性は武器になる。そしてもう一つ。

『もう一人の自分の存在を聞いたことがあるかな? 魔の者の中には相手の姿を模倣する奴もいるから、それなりには有名だと思うんだけどなぁ』

二重存在ドッペルゲンガーか……。厄介な相手だと聞いたことがある」

 相手の情報を肉体の一部、つまりは髪の毛や皮膚、血などから読み取って完全に模倣してしまう魔物だ。変身してしまえば、魔物自身にもその自覚がなくなるため見分けることが極めて困難だとされている。


 肉体構造も変身した相手と同等になり、魔石も魔力の器に隠されて発見は至難の業だ。だが、共存はできない。変身された瞬間から使い魔契約のように両者の間でパスがつながってしまい、離れることが出来ない。

 そして、互いに対して嫌悪感と拒絶反応を引き起こすのだ。どちらかがどちらかを滅ぼすまで、あるいは共倒れになるまで争うのだという。

 模倣された人が勝てばいい。だが、もし魔物の方が勝ってしまえば悲劇が起こる。オリジナルを殺すことで完全な存在になった魔物は見境なく周囲の存在を喰らってはなり替わるということを繰り返す。

 かつて小さな村がそうして滅んだ。そのことから二重存在ドッペルゲンガーは確認され次第、オリジナルと共に拘束され隔離される。近くに置きながら顔を合わさせないことで、次第に両者の間に差が生まれ始め、数か月でオリジナルが判明するためだ。


『そう。でも、僕はそんな下等な存在じゃない。僕は生まれつき、二つの魂が一つになった存在だった』

 魔人は自らの眼を指差す。人にも双子がいるように、魔の者にも同時に生を受ける存在がいる。だが、たいていは腹の中にいる時から戦い合い、どちらかがどちらかを喰らうことで一つになって生まれてくる。

 その際、喰われた方は消えてしまうのだが、ごくまれに能力の一部や魂が受け継がれることもあるのだという。この魔人もその類なのだろう。二つの魔眼を持つのもそのためか。


「なるほど、そのもう一人の自分を自由に動かせるわけだ」

 意思一つで任意の場所に出現させられ、半自律的な行動をとらせることもできる。さらには実体を持たせるも持たせないも自由というところか。

『それだけじゃない。僕は、もう一人の僕がいる限り死ぬことはない。こんなふうに、ね』

 魔人は自分のすぐ隣に瓜二つの魔人を出現させる。その魔人の背には羽がついている。同一体でありながら、ダメージに関しては別ということなのだろうか。

 そう考えていたカイルだったが、その両者が溶けあうように一つになり、同時に再生にはまだ時間がかかるだろうと思われていた羽が元に戻るのを見て顔をしかめる。そういうことか、と。


『僕達はお互いを補完し合える。僕がいくら傷ついてももう一人の僕が無傷なら、こうして治るんだ。君に勝ち目はないよ。でも、僕はもっと君と遊びたい。だから、付き合ってよ。まだご主人様達も戦っているし、ね?』

 つまりこの魔人を倒そうとすれば、二つの存在にほぼ同時に致命傷を与えないといけないということだろうか。分離し融合する隙を与えればそれまでのダメージが無効化する。魔界の生き物との戦いにおいて唯一カイルが有利と言えたのが、回復速度だった。


 光属性が使えず、回復の魔法がほぼない魔界において、負った傷を癒せるかどうかは死活問題だ。だから、時間がかかってもダメージを蓄積させられるカイルの方が有利なはずだった。傷の回復も血の補充だってできるのだから。そのアドバンテージが消えた。

 削り合いでは勝負がつかない。明かしたからにはこれから常に二対一を強いられるだろう。集中してどちらかを倒せたとしても、もう一方と合流されては意味がない。

 緊張感と魔法を行使し続けていることでかすかな頭痛がする頭でカイルは考えを巡らせる。戦略を組み立てなおし、必要な手段を講じ、生き残りをかけたこの戦いに勝利する道を。

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