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レスティア物語  作者: マリア
第四章 再会への旅路
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新たな使い魔?

 カイルはクロと背中合わせになるような立ち位置で、左右に風と火の球を浮かべて迎撃しつつ、正面の敵に剣を振るう。探索中に探知は使いづらいが、戦闘中であれば問題ない。さらに、闇の魔力が混ざっているためか、探知を受けた者がわずかに硬直する効果があることも分かった。

 そこへ下級下位、第二階級のボール系の魔法で攪乱と迎撃、あわよくば仕留めつつも正面の攻撃だけに集中することが出来る。魔界では周囲全てが敵に等しいことから、戦闘になれば常に一対大多数の戦いになる。

 そのため、こうした同時進行をしながらの戦い方に慣れてきた。また、使い続けて習熟度が上がったのか、あるいは繋がりが深くなったのか、自身の周囲十mくらいの範囲なら聖剣の力を作用させられるようになった。


 これは正直言ってありがたかった。魔界の生き物は総じて闇の魔力に高い耐性を有している。そして、魔界で魔法を使おうと思えば闇の魔力をベースにする必要がある。そのためどうしてもロスが出るし魔法の威力も軽減されて落ちるのだ。

 さらには、魔界には光の魔力がほとんど存在していないことや、ベースとなる闇の魔力と相反することから光属性の魔法がほぼ使えないのだ。これまで怪我の回復は魔法頼りだっただけに、精霊の加護も失った今、頼れるのは聖剣の癒しの力だけだった。

 さすがに、回復魔法の一切が使えないと判明した時の衝撃は大きかった。その分、聖剣の力と気功の修練において大きな躍進があったのは不幸中の幸いか。


 今カイルが浮かべている魔法にも微量の破壊の力が込められているため、急所に当たればほぼ一撃で仕留められる。魔物からの攻撃は極力回避し、傷を負ってもすぐに回復して血を消し去る。

 そうでなければ、カイルの元に魔物達が集結し殺到するという事態になってしまうのだ。カイルの血の匂いを嗅いで目の色を変えた魔物達がこぞって押し寄せてくる光景は恐怖でしかなかった。それ以来、面倒でもすぐに対処するようにしている。

 ほどなくカイルの周辺の魔物達も消え、クロが相手にしていた魔物達も揃って影に呑み込まれていた。


「ふぅ、どうにか乗り切ったか」

 今回の魔物達は単体でもCランクと言ったところだった。それが百匹近く。クロには背後を守ってもらいつつ、なるべくカイルが相手をするようにしていた。魔界で生き抜くには、ともかく魔界での戦いに慣れるしかない。そのためには実戦が一番だ。

 カイルは亜空間倉庫アイテムボックスで周辺に散らばる素材と魔石を回収する。とりあえずこれで今日の食料に関しても問題ないだろう。


 試してみて分かったのだが、魔物の種類やランクによって味や濃さが変わる。より高位の魔物ほどちゃんとした味があるのだ。それに満腹度も変わってくる。Cランクであれば三十個ほどで満腹になる。余裕がある時は一日二食から三食食べることが出来た。

『もう日が暮れる。今日はここまでにするか』

「そう、だな。話には聞いていたけど、本当に魔界は広いな」

 自身の影から通じる空間に身を投じながらカイルはため息をつく。


 魔界に落ちてきてから二か月が経っていた。日没でしか一日の終わりを確認できないため、記録を付けつつ、地図も埋めている。もう何周目になるだろうか。徐々に同心円状に広がっていく地図を見ながら今日の記録を付けていく。

 いまだ魔都や冥界の門の手掛かりはつかめていない。毎日倒れるほどに走りこんでいることや、魔法を多用し、聖剣や気功の力を使い続けていることで実力が向上しているのは感じていた。だが、焦りも感じる。二か月も何の進展も得られないことが不安を増長させる。

『……カイル、食事を済ませたらいつものように手合せをするか』

「ああ、頼む」


 最近、昼の移動中の休憩時間や夜寝るまでの間はカイルが作成した空間にいる。停止とまではいかないが、中の経過時間を外では十分の一にまで縮めることが出来るようになっていた。つまり中で十分過ごしても外では一分しか経過していないのだ。

 そうすることで、短い時間で十分な休息をとりさらに走り続けることが出来るようになったというわけだ。それに、短い間とはいえ誰にも邪魔されず、それでいて誰よりも強敵であるクロと手合せをすることが出来るようになってもいた。


 クロ自身もステップアップするには自分と同等、あるいはそれ以上の存在と戦って打ち勝つ必要があるのだという。さすがにカイルではまだクロの相手はできないが、いざクロがそうした相手に戦いを挑んだり、偶然出くわしてしまった場合、少しでも対処できるようにとのことだ。

 手段を選ばないのであれば、カイルがクロに相応の糧を差し出せばできないことはないらしいが、それはクロのプライドが許さないのだという。今カイル自身がやっているように、鍛錬と努力の結果得られる実力にこそ誇りが持てるのだとか。


 だが、妖魔や魔人が皆そんなものばかりというわけではない。中には進化するためにはどんな手段も厭わないというものも多いのだという。そうした者達にとってカイルはまさに絶好の獲物と言えるだろう。

 何せ、高位になればなるほど魔界では進化のために必要な糧を得られる量も少なくなり、人界へ渡れる機会もほとんどない。そこに降ってわいたようなカイルの存在だ。

 魔界で生きていける希少な人族であるだけではなく、魔の者にとって至高ともいえる糧になり得る存在。だからこそ備えはしておかなければならない。


 カイルは早々と食事を済ませる。魔石を胃に納め、消化するように吸収すると、いつものように胸の奥にある魔力の器が鈍くて重い痛みを訴えかけてくる。

 最初は気のせいかと思っていたが、魔石を口にするたびに起こる現象なので偶然ではない。もしかすると、自分でも気づいていない異変が起きているのかもしれない。それでも今更魔石を食べないわけにはいかなかった。


 魔界に来て一月が経った頃、それまでほとんど病気にかかったことのなかったカイルだったが、高熱に倒れ、数日寝込むことになった。その時も、絶えず魔力の器がうずき続けていた。その頃には魔石を食べることによる異変と分かっていたため、熱がある間は備蓄していた普通の食料を取るようにした。

 クロの勧めもあって、一日三食食べると翌日には熱が下がったので、再び魔石を口にしてみた。すると昼頃には動けないほどの熱がぶり返したのだ。


 拒絶反応が起きているのかもしれないということで、しばらく魔石を食べることを辞めて、なくなるまでは節約しつつ普通の食料を食べた。だが、それも尽きていよいよ魔石以外食べるものがなくなった。

 半月以上ぶりに意を決して食べると、直後に魔力の器の痛みを感じ、しばらく体のだるさはあったのだがどうにかなったため、以降も魔石を食べ続けている。聖剣の癒しの力を使うことで痛みやだるさもすぐに解消できると分かったこともある。

 今では不安と疑問を抱えつつも無視するしかない状況になっている。


 カイルはクロの正面に立ち、剣を構えると気功を最大限発動し、聖剣の破壊と癒しの力を纏う。こうすることで多少の攻撃であれば無効化し、傷ついてもすぐに癒すことが出来る。

『では、行くぞ』

 クロの頭上にいくつもの闇の槍ができると同意に射出され、足元からも杭が突き出る。カイルはステップを踏むように上下左右の攻撃を最小限の動きで躱し、弾き、うち砕いていく。まずは準備運動だ。


 少し体が温まったところで、クロの姿が目の前から消える。いや、消えるほどに速く動いたのだ。カイルは考える間もなく剣を動かし、クロの前足を受け止め、踏ん張らずにそのまま飛ばされる。

 着地点にクロが先回りしようとするが、土の支柱を作り出し足場にすると体の向きを変え、加速してとびかかる。何度も爪と牙とを打ち付け合い、かすったことによるクロの毛やカイルの髪の毛の切れ端が宙を舞う。


 何度目かクロの攻撃を受け止めたところで、背筋に寒気を感じ、とっさに影の中に逃げた。少し離れた場所から出ると、カイルがいた場所に黒い槍が何本も付き立っていた。

『大分反応が良くなったようだな』

「さすがに二度目は御免だからな」

 最初に仕掛けられた時は避けきれず、手足に何本もの槍が突き刺さった。急所は外してくれたようだったが、傷が癒えるまで身動きが取れなかった。だが、カイルはクロを責める気にはなれなかった。

 自ら宝と定めたものを自分の手で傷つけざるを得ないことにクロがどれほど苦しみ葛藤し、それでも決断したか分かったから。カイルが立ち上がるまで震えながらも、眼をそらさずじっと見つめていたクロを知っているからだ。


『高位になればなるほど、戦いは力押しでこよう。だが、我がそうであったように、小細工には弱い。手を尽せば対等以上に戦えよう』

「そういう戦い方なら任せろ。大分ロスなく魔法を使えるようになってきた。もう少し発動速度を高めれば、人界にいた時と同じだけの速さで魔法が使える」

 今では意識せずとも魔力を練る時闇の魔力に染めることが出来るようになってきた。そのロスもだんだん短くなってきている。もう少しでほとんど変わらずに魔法が使えるようになるだろう。そうなれば闇の魔力の特性も生かした小細工もやりたい放題に出来る。


 その後も一時間ほど戦い続けると、その日の手合せは終了となった。お風呂に入って汗を流し、着替えると一度空間を出て、クロの影につながっている空間に入りなおす。

「明日は、なんか見つかるといいな」

『そうだな。そう願おう』

 願うことは毎晩同じだ。だが、次こそはと希望を抱きつつ眠りについた。




 カイルは走ってきた足を止めると、目の前に広がる光景に半ば感嘆にも等しい感慨を抱いた。魔界に共通する赤茶けた大地を覆いつくすように色とりどりの十cmほどの物体が隙間なく敷き詰められている。

 まるで花のじゅうたんのようで、美しく眼を奪われるのだが、それを構成している正体を思えば感心してばかりではいられない。

『ふ、む。見事なものだな。これ程スライムが群生しておるとは。よほど豊かな水資源があったのか?』


 数十万にもわたるスライムの群れ。人界ではあまり見ることのない魔物でもあった。いても、子供でも倒せるほどに弱く、水がなければすぐに枯れてしまうほどに環境の変化に弱い。そのためゲートで人界に来たとしてもすぐに淘汰されてしまう種でもあった。

 ただ、スライムは他の魔物達と違い、わずかな瘴気と水さえあればすさまじい速度で分裂して増えていくため、時としてこうした莫大な数が生まれてくることになる

 色とりどりなのは属性ごとに体色が分かれているからだという。やはり黒い個体が多いが、その中で赤や緑、青や茶、黄色などが映えて見える。


「……スライムって好戦的だっけ?」

『いや、そうではなかったと思うが……』

 知能が低い分、自分が触れている存在にしか興味を示さないはずだった。だが、今目に見える範囲中のスライム達がこちらを注視しているのを感じて問いかける。クロもいつにない事態に、自信がなさそうに答える。

 折り重なるようにして動き出したスライム達がいた中心辺りに、それなりに広いくぼみがあった。元は水を満載していたのだろうが、今では枯れたくぼみだ。


『水を失い、飢えて好戦的になっておるのか』

 水が枯れ果てたところに、カイルやクロといった補給源が来たことでうごめきだしたのだろう。

『カイル、こやつらは魔法耐性が低い。特に反属性など余波を浴びるだけで消滅する。共通の弱点である光が使えぬのは難点だが、強い魔法であれば問題あるまい』

「分かった」

 カイルはすぐさま魔力を練り上げると、自分とクロの周りに炎の壁を築く。さらにその壁から炎の輪が波のように幾重にもわたり広がっていく。炎壁フレイムウォール炎流波フレイムウェーブの複合魔法。

 炎の壁を築き、その壁の形に添った波状攻撃が広がっていく魔法だ。攻防一体の一手となる。


 その間にクロは巨大化すると影を広げ、アリジゴクのように押し寄せるスライム達を飲み込んでいく。カイルはその範囲外のスライム達に向けて次々と魔法を放つ。魔界に満ちる瘴気のおかげで魔力は無尽蔵に使える。それでも使い切れなくて、日々魔力回路が悲鳴を上げつつも成長しているのだ。

 また、剣に斬属性の魔力を纏わせると、高速で振りぬき、斬撃を飛ばす。地面すれすれを這う斬撃は何の抵抗もなくスライム達を切り裂きながら後方へ抜けていく。

 戦いとも呼べない、一方的な殺戮かもしれないが、向こうが諦めない限りこちらも命がかかっている。遠慮するつもりはなかった。


 普通ここまですれば、まともな知能があれば逃げることを選択する。だが、それさえもスライムにとっては目の前の獲物を逃がすことには及ばないのだ。

 ほどなくして、地面を埋め尽くしていたスライム達はことごとく消滅して、赤茶けた大地だけが残った。カイルは呼吸を整えると剣を収める。魔界では人目がないからと、聖剣を顕現させようかと考えたのだが、それはできなかった。

 それもまた聖剣の制約の一つで、人界以外では顕現できないのだという。何気に不便な武器だ。


 スライムの魔石はほとんど魔法で消滅したようだし、あってもあまり糧にはならない。

「少し休憩していくか?」

『うむ。あれほどのスライムがおれば、他には魔物もおるまい』

 スライムは最弱ではあるが、何気に侮れない魔物でもあるのだという。魔物の中でも珍しいという喰属性。高位や最高位の妖魔や魔人であっても誰もが持つわけではない属性。それをスライムも持っているのだとか。


 そのため、体に張り付かれたりすると魔力などを吸収されたり、体を食べられたりするのだとか。水のような体のため、物理攻撃はほとんど利かないので、魔法で倒すしかない。魔力を持たない者にとっては厄介な敵だろう。そして、極極まれだが、進化したスライムは魔法耐性を得ることもあり強敵になることもあるという。

 小休止のため、空間には入らずその場に腰を下ろす。魔物の素材で新たに作ったカップに水を入れて飲みながら、最近は見慣れてきた赤い空を見ていた時だった。


 地面についていた手にひんやりとした感触を感じて、慌てて払いのけようとしたのだが、その前にズルリと魔力を抜かれる。手を振ってもぴったりと張り付いているその物体が離れる様子は見えない。

 しかし、先ほどまで相手にしていたスライムのように敵意や害意は感じなかった。色が透明だということもあって見逃がした、スライムの生き残りだった。


『カイルっ! おのれ、まだおったのか』

「クロ、ちょっと待て! こいつ、なんか……なんだろ…………ああ、そっか」

 すぐさま攻撃しようとしたクロを止めて、カイルは手の甲に張り付く十cmほどのスライムを見る。かなり必死になって張り付いているその様子や、どことなく覚えがあるような感覚に、カイルは納得したような呆れたような表情をする。

「クロ、こいつ……たぶん、俺の使い魔になった」

『ぬ? どういうことだ? 使い魔は双方の同意と魔力の交換が……』

「ん、だけど、パスがつながってるし。……というか、これ、クロと同じ十対零の主従だな。おまけに魂の契約みたいだし……」


 クロと同じように枯渇状態にあっただろうスライム。藁をもつかむ思いで飛びついたのか、あるいは自ら望んで使い魔となったのか。

 カイルはどうにか意思の疎通を図ってみようとするが、知能が低いためかなんとなくの感情しか伝わってこない。だが、それでもスライムがこの状況を受け入れている、というよりも望んでいるらしいことは分かった。

 なぜカイルの了承なしに主従の魂の契約が結ばれてしまったのか、疑問は尽きないが旅の道連れが増えたことに代わりはないようだ。


 クロはいたく不満げだったが、頭に乗ってぺたりとくっついてくるスライムを振り払うことはなかった。

 珍妙な同行者が増え、これがどんな影響をもたらすのか、それはまだ分からない。

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