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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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見失った光を求めて

「…………」

 目を覚ますも、自身が拘束されていることに気付き、恐ろしい形相で無言で睨み付けてくるアレクシスに、トレバースはひどく疲れたような表情を向けた。

 この頃は少し改善してきたと思っていた。勉学や武術はまだまだだが、これまでになく積極的に魔法を学ぼうとする姿勢から、少しはましになったと。だから、せがまれて閲覧制限のある書庫の立ち入りも許したのだ。それなのに、まさか自分達を殺そうと考えただけではなく、あんな魔法を学んでいたなどと。


「アレク、アレクシス……。お前は自分が何をやったか、分かっているのか?」

「ぼ、僕は……僕はこの国にとって必要なことをしただけだっ!」

「わたし達を殺して、組織に聖剣を渡し、お前が王になることが、か?」

「それは……そうしなければ、いけないって。僕が王になるために必要なことだって……」

「そう、影に言われたのか?」

 アレクシスはビクリと肩を震わせる。アレクシスも小さい時から影を知っていた。時に自身を守り、自身を監視する存在。だが、影とは無言でただそこにいるだけの存在だった。慣れれば無視できる程度の存在。


 だが、友人とも会えず、自分を認めてくれる者も、慰めてくれる者もおらず、やりたいこともできない。そんな時に一人の影が話しかけてくれた。そして、黙ってアレクシスの言葉を聞いてくれた。批判せず、失望せず、鬱陶しがらずに。それがどれほどアレクシスにとってありがたい存在であったか。

 自身の意見はほとんど言わない影だったが、時折意味深なことを口にしていた。閲覧制限のある書庫の魔法を学べば見返せると教えてくれたのも、王族にしか使えない魔法があると教えてくれたのも。


「カイル君から指摘があった直後、動いた影がいただろう? 逃げようとしたけど、エドガーとドミニクが捕まえてくれた。自殺しようとしたけどとらえている。影は、よりわたしに近い場所にいる。だから、将来的にカイル君が組織にとって厄介な敵になると考えたんだろうね。だから、ブライアンの提案に乗って、お前を誘導した。同じ構成員に伝えていなかったのは、出し抜いて組織内でより高い地位を得るため。あそこは構成員達でさえ、互いを敵視しているような所だ」

 見抜かれ、もう内通者としていられないならば、せめて王の首を取る。その覚悟で向かってきた。だが、Xランク二人を前に、その刃がトレバースに届くことはなかった。しかし、彼らのたくらみを完全に防ぐことはできなかった。


 身内ゆえの甘さが、王族としての不足が、取り返しのつかない喪失をもたらしてしまった。知っているはずがないアレクシスの詠唱を聞いた時、トレバースはそれこそ顔から血の気が引いた。なぜ知っているのかということよりも、それが向けられたものがどうなるのか知っていたから。

「アレクシス、お前が使った魔法は”盟約魔法”。王族に伝わる、古い魔法だ」

「そうだ! 僕だって、やればできるんだ!」

「あの魔法は、人の手に負えない妖魔や魔人が現れた時、王族と贄によってそれらを『魔界』に送り返す扉を開く魔法」

「ああ! だから、あいつを送り返してやったんだ。みんなを洗脳して、簡単に人を殺せるようなやつ、人間じゃない。だから、だから僕を褒めてよっ! よくやったって!」


 アレクシスの言葉に、トレバースは一拍置いて部屋中に響き渡る怒号を上げた。

「この痴れ者がっ! 貴様のしたことは王国のみならず、人界を窮地に陥らせることであるのだぞっ!」

 国王としての顔で一喝するトレバースにアレクシスは泣き顔を浮かべ、母親であるエリザベートを見る。しかし、エリザベートも痛ましげな顔で見るばかりで助けてくれる様子はない。

「なんでっ! なんで、あんな奴いなくなったくらいでそんな……」

「カイルは……カイルは次代の剣聖だったのだ。それも、歴代最高の資質を持つ……それを、貴様はっ」

「そんな……だって、聖剣は…………嘘だっ! なんで、何であんな奴がっ!」


「これはただの模造品です。本物はカイル君が所持しておりました。ですが、今となってはこれが希望の証となるでしょう。カイル君によって作られたこの剣がある限り、彼は生きている可能性があります。ただ、聖剣が人界より失われたことに代わりはありません。そして、いつ戻ってくるか……いえ、戻ってこられるのかも……」

 ハンナは国王からアレクシスの使った魔法の効果を聞いて、目の前が暗くなるようだった。魔界は地の三界の生命が生きていける環境ではないと言われている。魔界に満ちる瘴気は肉体を蝕み、魔力でさえ侵食する。さらに、魔界にあるすべての動植物は魔物であるという。


 生身で踏み入れば、間違いなく命を落としてしまうだろう。だからこそ、カイルの生存は絶望的だと考えていた。もう会えないのだと、あれが最後だったのだと。しかし、テッドの手の中に、模造品でありながら、確かな輝きと神秘さを保つ剣がある。

 もし仮にカイルが死んだなら、それは跡形もなく消えてしまうのではないか。なら、それがある限りカイルは生きている。そう思いたい、そう信じる。カイルが諦めない限り、生きている限りハンナも諦めない、最後まで信じぬく。生き抜いて、帰ってくるといったカイルの言葉を。


 ハンナと同様、カイルが送られたのが魔界と聞いて顔色をなくし、脱力していたメンバーも少し血の気が戻ってくる。同時に、どれほど手の届かない場所へ行ってしまったのかと愕然となる。

「なんで……なんであいつばっかり、何で僕は……」

 アレクシスはぶつぶつと自分の世界に入り込もうとする。そんなレクシスを見て、トレバースは父親の顔に戻ると頭を下げた。

「すまない、アレクシス。わたしはいい父親ではなかった。だが、お前の罪も許されることではない。だから、最期までわたし達が見届けよう」

「最期?」

 トレバースの言葉に、アレクシスが力のない目を向ける。そこには怯えや恐れより疑問の方が大きかった。


 トレバースは、やはりかという思いをかみしめながら、言い聞かせるようにして王族に伝わる盟約魔法の真実を伝える。

「……魔界への扉を開くのは、自らが望んで贄となった者の血と肉体と魂。送り返すものを捕える鎖は王族の魔力、盟約は血によって受け継がれ回避も介入も不可能な理を生み出す。そして、魔法を使った者の命と引き換えに発動する」

「え!? そんな、だって僕は生きてる! そ、それに、そんなの書いてなかった。僕はそんなの知らない! そんなはずないんだ」

 アレクシスは困惑と恐怖を張り付かせたまま、声高に主張する。


 死んでしまうというなら、あんな魔法使わなかった。何のために、誰も行くことが出来ない場所へ送ったと思っているのか。これで全てが元通りになると、レイチェルを取り戻せると思ったからこそやったのに。

 詠唱にだって、魔道書にだってそんな記述はなかった。影も大丈夫だと言ってくれた。だから実行したのに。だから切り札として必死に覚えたのに。

 死んでしまっては意味がない。いや、死ぬはずがない。だって、カイルはいなくなったのにアレクシスは生きている。だから、間違いなのだ。自分が死ぬなんてそんなことはあり得ない。あってはならない。


 そんなアレクシスを見る国王の眼は、深い悲しみを宿していた。同時に、同じくらいの憤怒を。覚悟もなく、安易に禁忌に手を出した息子。そんなことさえ教えてやれなかった自身への怒り。だからこそ、伝えなければならない。逃れられない現実を、死にゆく息子に突き付けなければならない。

「そう、それは盟約を授けてくださった神王様からのせめてもの慈悲だよ。自らの死を覚悟して魔法を使う王族へ一日だけ猶予が与えられている。明日になればお前の元に死神が来る」


 死神は死者の魂を導きくばかりではない。時に理を犯した魂を処断し、また盟約の代償の執行も執り行う。死神の鎌に斬られた者は、肉体に傷は一切なく、命だけが刈り取られる。そして、死神から逃れるすべはない。

 カイルやクロが抵抗できなかったように、よほどのことがない限り盟約の効果は絶対だ。その分、代償もまた必ず支払わなければならない。アレクシスの死は、決定しているのだ。

 これで少しは償いになるだろうか。いつだって辛い役目ばかりをさせてしまい、自分の息子のせいで帰ってこられるかどうかも分からない領域に送られた親友の息子に対して。

 トレバースは息子のように思っていたカイルだけではない、実の息子であるアレクシスも同時に失うことになった。エリザベートは扇を広げて顔を隠す。忠告されていたのに、結局アレクシスを救うこともできず、カイルを巻き込んでしまった己の不甲斐なさに、顔向けができない。


 真実を知っても、わめき続けるアレクシスをドミニクが再び眠らせる。

「そういう、ことだよ。君達の心情としてはアレクシスを殺しても足りないだろうが、そうすれば盟約を侵害したとして君達にも矛先が向いてしまう。これはわたし達に任せてほしい」

 トレバースの言葉に、それぞれ言葉に出来ない思いを飲み込む。アレクシスを殺してもカイルは戻ってこない。盟約を害せば、自分達も命を取られるかもしれない。

 責め立てて気は晴れたとしても、そんな安易な道には救いもなければ進歩もない。ならばどうすればいいのか。どうしたいのか。


 最初に動いたのはハンナだった。胸を抑えていた手を放すと顔を上げる。

「……分かった。でも、お願いがある。わたしは、わたし達はカイルと一緒に歩んで、自分達の夢も叶えるって約束をした。それはまだ果たされていない。だから、帰ってくるのを待つだけじゃなくて、迎えに行きたい」

「しかし、魔界は……」

 カイルが今も生きているらしいことさえ奇跡なのだ。魔界に行く方法だって確立されていない。魔界と人界がつながるゲートは一方通行で、魔物が出てくるだけなのだから。

 それでも、ハンナの目には緋がともっていた。譲れない思いがあった。何が何でもやるのだと、いう意思があった。


 それを受けてアミルもまた両手を胸の前で組む。修行に来ている身で、世話になっている身で図々しいかもしれない。だが、ここで諦めてはこれから先、前を向いて生きることが出来ない。

「確かに、難しいかもしれませんわ。ですが、このままでは自分が許せませんわ。ですから、道を探したいのですわ。カイルへと、わたくし達にとって光でもあった存在につながる道を」

 今度こそ、自分の意志で道を決める。カイルがそうしたように、自分が信じた道を貫き通す。アミルのそんな顔を見て、レイチェルは唇を引き結んだ。そうだ、もうすべてをカイル一人に背負わせてしまうなんてまっぴらだ。このまま会えないかもしれないなんて冗談ではない。

 何年かかろうと、必ず連れ戻す。そして、今度こそカイルの騎士として己の道を貫くのだ。何があっても揺るがないくらい心も体も強くなって、預けられた心に恥じない大人になりたい。


「陛下、近衛騎士の職を辞職させてください」

 今のレイチェルに騎士である資格はない。身命を賭すと決めた相手に刃を向けた。そんな自分が騎士であっていいものか。今一度、甘えた自分の心身を叩き直さなければならない。そのためには、父や王国の庇護下にいては駄目だ。

 もっと世界を知らなければならない。もっと広くに、遠くに、先に眼を向けられるようにならなければ、彼の隣にいる資格などない。笑って再会などできない。


 トレバースは深いため息をつく。レナードもまた、娘に旅立ちの時が来たのだと眼を閉じる。切られて目が覚めた後も、さして混乱がなかったのは直前にカイルの眼を見たからだ。冷たく凍るほどの冷静さを保ちながら、やりきれないほどの痛みと確かな覚悟を見た。

 自身の死が愛する者の生につながるならと、痛みと共に受け入れた。だから、自身も生きていて、爆破も防げたことを知った時、どれほど感謝したか。アレクシスのせいで魔界へ送られたことを知った時、どれほど怒りを覚えたか。

 騎士団長という立場でなければ、王子でなければすぐにでもアレクシスを叩き切っていたかもしれない。


 いまだ成人していない娘の旅立ちに不安や戸惑いはある。だが、同時にそれがレイチェルにとって必要なことなのだと聞かなくても分かった。ここが次代を担う彼らにとっての正念場でもあるのだと。

 今も苦境にあるだろうカイルと再会し、共に歩んでいくためにも。レナードの予想以上に成長しているカイルの側にいるために、今のレイチェルでは足りないのだ。

 生きているのならば、いつかきっと帰ってくるだろう。自力では帰ってこられなくとも、今ここにいる仲間達がどうにかするかもしれない。そして、その時にはさらに成長しているはずだ。それを思えば、楽しみなような悔しいような気がしてくる。


「……特例任務に就いて、実質休職中ということにしておくよ。わたしもできる限り手は尽くそう」

 カイルの帰還はトレバースも望むところだ。そして、個人的な意見はおいて国王としての判断であれば、聖剣だけでも人界に取り戻さなければならない。

 動き始めたデリウスの活動にも目を光らせていなければならないしやることは多い。それでも、出来る限りの援助はするつもりだった。王族としての伝手を最大限に使って、他の領域とも連絡を取ることも考慮に入れて。


 キリルはふっと肩の力を抜く。魔界へ送られても、生きている可能性がある。それだけで十分だ。キリルが動くには、それだけの根拠があればいい。共に歩むべき存在がいるのなら、つるぎである自分はそこに駆け付けるまでだ。

「また、親方や祖父さんにどやされるな……。けど、探しに行って来いと言われるだろう」

 ちょっと迷子になった子供を探して来いというように、背中を押してくれるだろう。カイルからは任されたが、子供に面倒みられるほど耄碌していないと怒鳴られる様が目に浮かぶ。それまでのキリルなら、頑なに約束を守ろうとしたかもしれない。けれど、いつだって自分のことを後回しにする大切な弟を放って置けるものか。


「しょうがねぇよなぁ、全く。世話が焼けるったら、それに、また一人で勝手に背負い込みやがって。一発殴ってやらねぇと気が済まねぇ」

 いつも元気でいろと言われた。トーマといれば元気が出てくるからと。けれど、親友を失って、元気でいられると思っているのか。言いたいことだけ言っていなくなった。また一人で抱え込もうとした。再会したら言ってやりたいことがたくさんある。

 思えば本気で喧嘩をしたことはなかったかもしれない。一発殴って、それからカイルにも殴ってもらおう。そこからまた始めるのだ。


「……俺はもう自分に負けない。だから、生きていろ。必ず、探し出すから」

 人と話す楽しさを教えてくれた、人を受け入れる難しさを知った。人を信じることの尊さを学んだ。だから、もう、自分の中にある闇に屈したりしない。得られなかった愛よりも、ずっと大切な絆を与えてくれた存在だったのだと、いなくなって初めてその大きさに気付けたのだから。

 ある意味、ダリルにとってもう一人の家族と呼べる存在だった。お互い競うようにして高めあっていた。いつもはカイルがダリルの背中を追いかけていた。今度はダリルがカイルを追いかける番だ。

 一人、誰も知らないような闇の領域に入り込んでしまった、大切な仲間を。




 それぞれの思いを胸に、王国と仲間達は新たな一歩を踏み出そうとしていた。

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