連行と尋問
カイルとキリルがペロードの町に戻ってきた時、門のあたりで何か騒ぎが起きていた。顔を見合わせた二人は町に入るためにも必要なため、騒ぎの元へと近づく。
何やら町を出ようとしている人々や、また森へ向かおうとしている人々でごった返しているようだ。疑問に思ったカイルは、顔見知りであった門番に近づく。事情を聞こうと考えたのだ。何とか人々をなだめようとしていた門番は、カイルを見るとなぜかひどく驚いた様な顔をした。
まるで死人にでも会ったかのようだ。だが、次の瞬間には怒りとも憎しみともいえない顔でカイルを睨み付ける。そんな顔をされる覚えのないカイルが疑問を投げかける前に、門番が呼子を鳴らす。これは警備隊を呼ぶ合図のようなものだ。
さすがに門番だけでは対処しきれないと見て警備隊を呼んだのだろうか。それにしてはタイミングが妙な気がする。カイルが何か不穏なものを感じていると、同じことを感じたのかキリルがカイルのそばにやってくる。
「どうなってんだ? これ、普通じゃないぞ」
「……まさか、カミーユが?」
キリルはカミーユの捨て台詞を思い出す。実態はどうあれ、カミーユには立派な肩書がある。それを使って何かしたのではないかと疑う。キリルやカイルにとって望ましくないことを。
呼子の音で門に集まってきていた民衆達もカイルやキリルの存在に気付く。そして、向けられたのはかつてカイルがいつも向けられていた侮蔑や怒り、憎しみ、嘲りといった負の感情ばかり。顔見知りであったり、話をしたことがある者達もいたが、誰もが同じようにカイル達を睨み付けていた。まるでとんでもない犯罪者を見るかのような目で。
一度受け入れてもらった者達からそういう目を向けられた経験の少なかったカイルは町の人々の様子に狼狽する。カイルが何をしたというのだろうか。たとえギルドの仕事で命を落とすことになってもそれは自己責任で、まして生きて帰ってきたのにこんな目で見られる理由が思い当たらない。
だが、右を見ても左を見ても誰もがカイルやキリルを責めるような目で見てくる。こういった場面には覚えがあった。あらぬ疑いをかけられたり、村や町に不都合なことが起きたりしてそれをカイルの責任だと押し付けられ、追い出される時と同じシチュエーションだ。
だが、カイルの存在が受け入れられ始め、孤児達の地位が向上し始めたこの町でなぜ突然こうなるのか。無言の圧力に押され、カイルが一歩引いた時、門番が呼んだ警備達が到着した。門番と短く会話を交わし、そのままカイル達の元にやってくる。
「……キリル=ギルバートとカイル=ランバートだな。お前達には主殺害未遂の疑いがかかっている。警備隊庁舎まで来てもらおうか」
「なっ! そ、それは……」
それはカミーユがやらせようとしたことだ。カイルはそれを止めた。だが、言葉を続けることはできなかった。本意ではなかったとはいえ、もしかするとキリルにはその罪がギルドカードに記載されているのかもしれないのだから。
キリルは一度目を閉じると、カイルの前に出る。
「確かに、知らなかったとはいえ俺は主に戦いを仕掛けた。それは事実だ。だから俺はついて行こう。だが、カイルには関係ない。カイルは俺を止めてくれたんだ、おかげで主殺しにならなくて済んだ」
キリルの毅然とした態度と言葉に警備隊だけではなく、町の人々も二人を見比べる。権威ある立場の人間がそういったから信じてしまったが、思えば人々の知るカイルはそんなことをするような人物ではない。それは半年間の付き合いが証明していた。だが、ならばなぜそんな疑いをかけられることになっているのか。
「そうか……。だが、それはこちらできちんと調べてから判断する。両名ともついてきてもらう」
だが、キリルが事実を告げてもカイルの連行が覆らないことに、キリルはさらに声を上げようとした。だが、それをカイルが止める。
「下手に騒ぎ立てても不利なだけだ。ギルドカードを調べればわかるだろうし……でもそうなるとキリルは……」
「俺のことは心配いらない。だが、大丈夫なのか、カイルの方は?」
「どうだろうな。ギルドに入ってランクも上がったけど……。まともに話を聞いてもらえるかどうか」
だが、少なくともギルドカードも持たず、身の証を立てようもない時よりはましだろうと考えた。向こうも調べると言っているし、カードを調べてもらえればカイルの身の潔白もたつだろうと。前とは違うだろうと、そう、期待してしまった。
拘束はされなかったが、二人とも武器を取り上げられ周囲を囲まれたまま警備隊庁舎まで連行された。道中ですれ違う人々の反応は真っ二つだった。
カイル達を憎々しげに見つめている者と、心配そうにあるいは痛ましそうに見ている者と。ギルドの近くを通った時、親方達の姿も見えたが声をかけることはできなかった。向こうも親方を取り押さえるのに精一杯の様子で、気づかわし気な視線を向けてきただけだ。
カイルは一つため息をつく。これでは親方にもギルドマスターにもちゃんと事情を説明することができそうにない。拘留されていても面会くらいはできるだろうが、果たして会わせてくれるだろうか。
カイルがそう考えていると、隣を歩くキリルが小声で言ってくる。
「取り調べでは全て本当のことを話していい」
「でも、そうするとキリルが……」
「自分の犯した罪くらい、ちゃんと償う。俺はお前の方が心配だ」
カイルから孤児や流れ者が役人達からどのような扱いを受けるか聞いているため、問題なのはカイルの方だろう。下手にキリルをかばったりしたらどんな目にあわされるか分からない。
「……わかった。カミーユのことも、か?」
「ああ、あいつがしたことも全部話してしまえ。ただ、お前の素性は隠した方がいい」
「だな。信憑性も薄いし、あいつと張り合う気はない」
おそらくカミーユは剣聖の息子であることを最大限に利用してこの状況を作り出したのだろう。そこでカイルが張り合ってもどちらが本物かなんて比べるだけ馬鹿らしい。それに今のカイルを見てもそれを信じてくれる人などいないだろう。悪くすれば偽称罪なんかにもなりかねない。
庁舎につくまで二人でこそこそと話していたが、中に入るとそれぞれに別の場所へと連れていかれる。キリルは最後までカイルを気遣うような目を向けていた。カイルもいい思い出などない警備隊庁舎の中を歩きながら心を落ち着ける。
そして、庁舎の地下にある一室に連れていかれた。上にあった建物とは違う、どこか暗くよどんだ空気が漂っている。カイルは促されるまま、部屋の奥にある椅子に座る。正面には机をはさんで警備隊の一人が座り、カイルの両側と後ろを三人の警備隊が固めている。建物の中に入ってから改めて身体検査をされたため、飛び道具の一本さえ持っていないこの状況では、どうあっても逃げられない。
もっともカイルに逃げる気などない。ちゃんと話して身の潔白を証明しなければならない。そうでないと親方達の元に帰ることも、町のみんなに信じてもらうこともできない。せっかく芽生え始めた絆なのだ。失うわけにはいかない。
「さて……まずは、貴様の罪状を伝えておこうか」
「え? お、俺はっ!」
いきなり罪人だと決めつけられるような発言に、カイルが立ち上がろうとしたが、両側から二人に腕を押さえつけられ、後ろにいた男がカイルの頭をつかむと、勢いよく机に叩き付ける。
「がっ……うぐっ」
ガツンと言う鈍い音が部屋に響き、カイルは痛みに耐えながら目線を目の前の男に向ける。両側から肩と腕を押さえつけられ、頭を机に押し付けられているため身動きが取れない。
「お前の言い分など聞く気はないし、その価値もない。貴様らゴミは、大人しく裁きを受けていればいい」
かつて何度も投げつけられた言葉。ゴミとののしられ、価値がないと断じられ、そして声を黙殺される。そんな理不尽を覆すために今まで努力してきたのに、それは少しも彼らには伝わっていなかった。
「貴様の罪状は、主殺害未遂および剣聖の息子への傷害罪だ」
「俺は主を殺そうなんて……それに、あれは……あっちが」
カイルはどうにか伝えようとするが、正面の男はそれを不快そうに聞いていた。そして合図をしてカイルの頭を押さえつけていた男達を下がらせる。少しは話を聞いてくれる気になったかと思っていたカイルだったが、それは大きな間違いだった。
顔を上げようかとしたカイルの髪を、正面にいた男がわしづかみにする。鋭い痛みに顔をしかめるが、次の瞬間頭を持ち上げられたかと思えば、勢いよく机に叩き付けられた。それも、一度ではなく何度も、何度も。
ガンっ、ゴスン、ガスっという鈍い音が部屋の中に響く。そのたびにうめくカイルの声も。しかし、それ以上に冷淡で厳しい言葉が発せられる。
「身の程を知れよ、ゴミが。貴様の言葉など聞く気はないといっただろう? 貴様らは、存在するだけで罪だ。まして町の人々を危機に陥れたばかりか、かの英雄の息子を傷つけるなど、許されることではない。貴様が口にしていいのは、罪の承認と謝罪の言葉だけだ」
額が裂け、鼻の骨が砕けたカイルは自らの血の中に頭をうずめていた。だが、カイルの頭の中を支配していたのは痛みではなかった。虚脱感にも似た失望と、無力感だった。どれだけカイルが努力をしようと、町の人達と良好な関係を築こうと、結局はこうなってしまうのかという。
だが、ならば意地でも罪を認めるわけにはいかない。そもそもカイルには告げられたような罪などないのだから。主を殺そうとなんてしていないし、カミーユにだって大した怪我を負わせたわけでもない。むしろ正当防衛だ。向こうはカイルを殺そうとしてきたのだから。それに、その後にカミーユがしたことを思えば、罪に問われるべきはあちらの方だ。
精霊達もカイルの援護をしてくれている。ただ、精霊達はカイルを守り怪我を治してくれたりはするが、他者を傷つけたりといったことはしない。カイルもそれを望んでいないし、精霊達本来の性質でもある。しかし、その精霊達も怒りをあらわにして口々にカイルの擁護をしてくれた。
一人に見えていても、カイルは一人じゃない。そう思えれば、力も沸いてくる。
「認めるか? 貴様の罪を」
「……誰が、認めるか。俺は、していない。ギルドカードだって……」
カイルは歯を食いしばって答える。だが、正面に座る男は身体検査でカイルから取り上げたギルドカードをこれ見よがしに見せつけてきた。
「裏組織じゃ、隠蔽もできるそうじゃないか。あてにならないな。ふん、それにしても黒にこのランク……ゴミがいい気になるなよ!」
カイルはギルド登録をしてから、目覚ましい勢いでランクを上げてきた。それこそ長年ギルドに所属していた者達を追い抜く勢いで。それを気に食わなく思っていた者達も少なからずいる。特に孤児や流れ者を毛嫌いしていた警備隊の面々はそうだった。
何かあらがないかとカイルの周辺を嗅ぎまわったりもしていたが、少しも引っかからない。苦々しく思っていたところにこの騒動だ。千載一遇のチャンスを得たのは警備隊も同じだ。調子に乗っているゴミを粛正できる。見せしめにもなる。これに懲りれば、町にはびこってきている孤児達も身の程を知って、前のように地べたを這う生活に戻るだろう。
そのためにも、その先鋒であるカイルには徹底的に教え込む必要がある。自分がどんな存在なのかということを。そしてまた、それにふさわしい態度というものを。なにより、警備隊にとって剣聖ロイドとは英雄という以上に崇拝すべき存在だ。その子息を、たとえ正当防衛だろうと傷つけたことは許せるものではない。
カミーユはあえて処罰を望まず、主についてだけ言及していたが、むしろそれによって余計警備隊の中でカミーユの株が上がり、カイルの株が下がった。それがカミーユの策略だったなどと、誰も気づかない。元からあった偏見と差別の目が、カイルを襲う無数の刃となって突き刺さる。
実はそのカイルこそが剣聖の息子であるなどと、誰も考えもしない。何も知らずに、カイルを傷つけていく。
「だが、そうだな……貴様、回復魔法が使えるそうだな」
「? ああ、使える」
魔法ギルドで学ぶにあたり、ある程度の適性は明かしてある。固有に関しては一切明かしていないが、光属性を持っていることは明らかにしていた。その方が大っぴらに学べるし、孤児達に魔法を使いやすいと考えたのだ。それに、光属性を持つ者は重宝されるのでそれ専用の仕事も多い。
「そうか、ならばその傷を治してみろ。血もきれいにするんだ、できるだろう?」
カイルは男の意図が分からなかったが、確かに痛みで喜ぶ性癖があるわけではない。治していいというなら治すまでだ。
「光よ、傷に癒しを与えよ『回復』」
これくらいの怪我なら詠唱付きの下級上位である第三階級の魔法回復で事足りる。それに、キリルから町に帰る道すがら、あまり無詠唱を人前で見せない方がいいと言われていたのでなおさらだ。どうやら無詠唱での魔法発動はそれなりに珍しいらしい。
ただでさえ目を付けられているのに、無詠唱で魔法を使ったりしたらいらぬ警戒心を持たれかねない。攻撃魔法を無詠唱で使えることはそれだけすさまじいアドバンテージにもなるのだから。
「光よ、穢れを払え『浄化』」
傷が癒えると、机の上の血を浄化して消す。続けざまに血を流したせいか、それとも何度も頭を打ち付けられたせいかくらくらする。
「なるほど……なかなか使えるじゃないか。ゴミの割には。付いてこい、お前の仕事がある」
「仕事?」
カイルは口の中でつぶやくが、下手に聞き返せば先ほどの二の舞なると感じて大人しくついて行く。部屋を出て、牢屋が続く道を奥へと入っていく。そして一つの牢屋の前で止まった。
「こいつはいやしくも、警備隊の懐に手を入れようとしたゴミだ。だから、少々強めに罰を与えたらこのありさまだ。だが、こいつはまだ罪を認めていない。だから、お前が治せ。また、罰を与えられるようにな」
「なっ! ……これは、……」
カイルは言葉を失う。牢の中に倒れているのは十歳に届かないだろう子供だった。それも、虫の息だ。鞭で打たれたのだろう背中はただれて腫れあがり、あちこちから血がにじんでいる。カイルが状況を飲み込む前に、牢の鍵を開けて中に押し込まれる。
「どうした? 治してやらないのか? お得意なんだろう、ゴミを助けるのが。それともゴミでも犯罪者を助けるのは嫌か? とんだ正義だな」
あざけってくる男の言葉は聞き流し、カイルは子供のそばに膝をついて容体を確かめる。傷のせいか、それとも環境のせいか高い熱を出している。手早く全身の怪我を見て回り、その間に精霊達から情報を集める。
確かにこの子が警備隊の懐に手を入れたのは確からしい。だが、それは元々その子が懸命に働いて稼いだなけなしの給金だったらしい。給金をもらうところに警備隊が通りかかり、不正な金であると難癖をつけて取り上げたのだという。この子はそのお金を取り返そうとしただけだ。それなのに、こんな罰を受けている。
「光の恩恵を持って、傷を癒し活力を与えよ『大回復』」
薄暗い牢の中に柔らかな光が生み出され、倒れた子供の傷が緩やかに癒えていく。同時に消耗した体力や気力といったものまで回復していく。
「光よ、蝕む病を払え『快癒』」
先ほどとは違う光が子供の体に吸い込まれ、熱を下げて病気を治していく。そのかいあってか、呼吸が安定し意識を取り戻した。
「うぅぅぅ、あ、……ここは……」
「大丈夫か?」
「え? あっ、か、カイル兄ちゃん?」
カイルの方では子供に見覚えがなかったのだが、子供の方はカイルを知っていたらしい。裏路地に住む子供達は全員拾い上げていたつもりだったのだが、取りこぼしがあったのだろうか。
「痛むところはないか?」
「だ、大丈夫……なんで、兄ちゃんがここに……」
彼はここがどこだか幼くても知っている。少なくとも自分達のような境遇の人間にとっては地獄であり、墓場でもあることを。
「まぁ、色々あってな。名前、言えるか?」
「あ、お、俺フィリップ、フィリップ=キルトン」
「そうか、フィリップ。よく頑張ったな」
カイルは笑顔でフィリップの頭をなでる。最初はくすぐったそうにしていたが、次第にカイルの言葉が身に染みて、自らに起きた出来事を思い出し泣き出す。カイルは胸に顔をうずめてくるフィリップを抱えながら、警備隊の男達に顔を向ける。事情が分かったからにはこれ以上フィリップを傷つけさせるわけにはいかない。そんなことのために癒したのではないのだから。




