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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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絡まる悪意の闇

 しかし、そんなクロの言葉に男性はひどく不快そうな顔をした後声を張り上げる。

「我らは選ばれたのだ。崇高なる目的のために、力を授けられた」

「目的? なんだろうねぇ? 王都を混乱させ、王宮を襲い、聖剣を奪取しようとした。その目的は?」

「我らが宗主が人界の、そしてレスティアの頂点に立つためだ! あのお方こそが至高! あのお方こそが偉大なる王に相応しい!」

 青白い顔で、けれど眼に狂気を宿してわめく男を見てドミニクとエドガーの眉根が寄る。気持ち悪さだけではない、かつて覚えのある言葉だったためだ。


「なるほどねぇ、君はやはりあの組織『デリウス』の構成員だね? 内側から食い破るような陰湿な手法、どこから仕入れるのか、怪しげな邪法に下法。十二年前、壊滅寸前にまで追い詰められても少しも変わらなかったようだ」

「こいつが……」

 『デリウス』こそが、ロイドを死に追いやった、世界大戦の引き金となった組織だ。そしてまた、世界に動乱を引き起こそうとしている。今回のことはその先駆けだろうか。


「なるほどナ。前回痛い目を見させられた王国に復讐すると同時ニ、実験ト、あわよくば王族の殺害と聖剣の奪取を試みたというわけカ」

 魔物を召喚する魔法陣、人を魔人に変え、魔力がない者にも魔力を与える技術。それらの実戦運用も兼ねた襲撃だったというわけだ。例え手の内を知られても、知られたからこそ世界に混乱と恐怖をまき散らすことが出来る。

 何食わぬ顔で隣にいる者が突然魔人に変わるかもしれない。結界で守られた町の中でも安全とは言い切れない。それが人々にもたらす悪影響は計り知れない。


「相変わらず嫌な連中だねぇ。うーん、どうするかな、これじゃ口を割らせるのも一苦労だ」

 前回の大戦でも、捕虜となった組織の構成員が内情を吐くことはほとんどなかった。狂信者と化した彼らは使命に準ずることにためらいがない。

 追い詰めてもむしろ殺せと叫ぶくらいなのだ。カイルは眉根を寄せて男性を見ていたが、ふと思いついたことがあった。ヒルダからの授業でも学んだ内容だ。

「なぁ、確か魔物の魔石に細工して隷属させるってこと、あの組織はやってきたんだろ? 大戦があってその研究も続けられてるって話だけど……」

「ああ、確かにそれは……なるほどねぇ、仮初とはいえ彼は魔石を持つ魔人。その技術が使えるかもと?」


 カイルの話にぎょっとしたのは男性の方だ。魔人となって強大な力を得たが、魔人であるからこその弱みもある。光に弱くなり、魔力の自然回復が極端に悪くなる。さらに、魔石を砕かれれば瀕死になるし、支配されれば隷属してしまうだろう。

 一度魔人化してしまえば、魔石を砕かれない限りは元に戻ることは出来ない。こうして魔力を奪われ、回復する手段を自然回復に限定された以上抵抗は難しい。妖魔や魔人はその膨大な魔力を持って状態異常への抵抗力としているのだから。


「すぐに手配するよ。魔石の位置は……心臓部か」

 ドミニクは通信機を取り出し、本部と連絡を取り始める。エドガーも人型に戻り、腕を組んで男を見張る。クロの拘束があるとはいえ、目を離すわけにはいかない。

 カイルは亜空間収納アイテムボックスから丈夫な縄を取り出すと手足と体を縛り付けておく。こうした捕縛術はバレリーに教わった。外そうとすればするほど絡まる縛り方だ。一応自害を防ぐために猿轡を咬ませ、気功と魔法の合わせ技で首から下の神経を麻痺させておく。

 王都襲撃の主犯であり、デリウスの貴重な情報源でもある。念には念を入れて厳重に捕縛しておく。縛られるまでは想定内だったろうが、いきなり首から下の感覚が消えうせたことには目を見張っていた。おびえとも怒りともつかない表情でカイルを見てくる。


「彼はこちらで引き取るからねぇ。カイル君だったねぇ、また今度ゆっくり話をしよう。君のもたらしてくれた魔法は斬新で、衝撃だったよ」

「機会があれば……そいつの事、よろしくお願いします」

 ドミニクは男を担ぎ上げて運びながらひらひらと手を振る。一応の危機は去ったと考えていいのだろうか。魔物はほぼ殲滅し、裏切り者の騎士も黒幕もとらえるなり殺すなりした。これで、本当に終わりなのか。

 どこか腑に落ちないというか、何かを見落としているような気がする。クロや王都を守ろうと奮闘した人々のおかげで被害は最小限に抑えられたはずだ。王族も無事だし、聖剣も奪われてはいない。それなのに収まらない胸騒ぎは何なのだろう。


「浮かない顔をしているナ。今まで手がかりがほとんどなかった組織の内情を知る者を捕えテ、情報を得られる手段を見つけタ。死者も少なからずいるガ、あの状況下においては避けられなかった犠牲ダ。クロやお前の活躍はむしろ大金星だと思うガ……」

「あ、ああ。でも、こうしっくりこないというか……単純すぎる気がして……」

「単純すぎル? 結果的にうまく転んだガ、十分に練られた襲撃だと思うガ……」

 労をねぎらい、功を称えてくれるエドガーにカイルは笑みを返すことが出来ない。できる限り被害を抑えられるように最善を尽くしたつもりだ。それでも、直前まで彼らの動きに気付くことができなかった。


 シェイドを筆頭として王都中の精霊達が監視してくれていたはずだ。例え行動を起こしていなくても不審なものがいれば報告してくれただろう。それなのに、襲撃の直前、叫び声のような警告を最後にシェイドと連絡が取れない。

 闇の玉を通じてシェイドに呼びかけても、何かに邪魔をされているようでうまく繋がらないのだ。それまではどれだけ遠くにいたとしてもすぐさま呼びかけに応じてくれていたのに。瞬きほどの間に姿を見せてくれていたのに。

 眼前の対応に追われ、一区切りついた今改めてその異常に不穏なものを感じてしまうのだ。まだ終わっていないのではないかと。見えざる敵が潜んでいる可能性に。


 カイルの考察にエドガーも唸る。万全でないとはいえ、大精霊を抑えられる存在がいるとなれば看過できない。問題は専属契約を結んだカイルをしても行方の知れないシェイドをどう探すかだ。

 周囲に目を向ければ、騒乱で右往左往していた精霊達も少しずつ落ち着きを取り戻し始めている。しかし、問いかけても返ってくる言葉は分からないというものばかり。カイルは最悪の事態を思い浮かべ、慌てて否定する。

 少なくとも、シェイドが死んだり堕ちたりすればカイルには分かるはずだ。闇の玉を通じて感じ取れるはずなのだ。だからきっとシェイドは生きているし、堕ちてもいない。自分に言い聞かせるように何度も反芻する。


 物心つく前から精霊には助けられてばかりだ。彼らにも癒しや霊力を分け与えていたのかもしれないが、そうした自覚はなかった。ただ、何より身近で常に共にある存在だった。専属契約を結んだシェイドはより身近に感じられていた。そばにいなくても、常にその存在を感じていたのだ。

 今もシェイドの存在は感じている。けれど、それはひどく弱々しく遠い。それがもどかしくて、焦りと苛立ちを生んでいる。死にかけている仲間を見た時などに感じるゾクリとした悪寒ではない、じわじわと心を侵食していくかのような恐怖に蝕まれる。


『精霊の扱う闇と、我らの扱う魔法の闇とは違う。特に魔の者は魂を持つ生物でありながら霊力を持たぬ。ゆえに精霊の存在を感知できぬし、あやつらの使う魔法もまた看破できぬのだ。精霊の力で姿を隠されたのでは我には見つけることが出来ぬ。すまぬな……』

 言葉にしなくてもカイルの心情が伝わってくるクロは、慰めるように、労わる様にカイルに寄り添う。妖魔であるがゆえに目に見える脅威の排除はできる。しかし、相反する存在である精霊に関しては力になれない。

 似たような効果があっても、精霊が使う魔法と魔力を持つ者が使う魔法は別物だ。魔法が超自然的な力なら精霊魔法は自然の力そのもの。ある意味、気功で言うところの人の気と龍の気の違いのようなものだ。そのため精霊魔法は魔力感知ではとらえられないし見破れない。紫眼の巫女が魔法使いの一歩先を行くのはそのためだ。


「クロのせいじゃない。ちょっと気功で広範囲を探知してみる。その間少し無防備になる、だから……」

『守りは任せておくがよい』

「ふム、俺は通信機を持っているかラ、このまま陛下の所へ行こウ。カミラや各地区とも連絡を取って今後の対応と後始末についても打ち合わせをしなければならなイ。まあ、大丈夫だとは思うガ、気を付けろヨ」

「ああ、エドさんもな。どうも嫌な予感がするんだ」

「肝に命じておこウ」

 エドガーは真剣な表情でうなずくと城の中に入っていく。カイルの直感が馬鹿にできないことは知っている。まだ気を抜くわけにはいかないということだ。


 エドガーの背中を見送ると、カイルは地面に胡坐をかいて座り、意識を外へと向ける。風と共に上昇し、王都を見下ろせる上空へ。火の手はあらかた消し止められたようだ。煙を上げる建物はもうない。しかしあちこちに残る戦闘の跡や破壊された建物が被害が決して軽微ではないことを知らしめている。

 多くの人が集まっている場所があるかと思えば、せわしなく走り回る者達もいる。泣き崩れている者もいるのは犠牲者の身内だろうか。カイルも救護したり、回収した遺体の中に顔見知りがいた。

 そのたびに胸の疼きと襲撃者達への怒りが積もっていった。警戒していたのに、未然に防げなかった己の不甲斐なさと予想外だった敵のやり方に心は乱されるばかりだった。キリルやクロがそばにいてくれなければ、助けたいと願う人々の存在がなければ迅速な行動はとれなかったかもしれないと思うほどに。


 父や母はいつもこんな思いをしていたのだろうか。こんな光景をたくさん見てきて、だからこそカイルには平穏で静かな暮らしをさせたかったのだろうか。

 カイルは一度目を閉じると、闇の玉を通じて感じる感覚だけを頼りに意識をシェイドがいるだろう場所へと向かわせる。近づくにつれて、それまで言葉として聞こえてこなかったシェイドの声が認識できるようになる。

『めっ……駄目よ、カイルっ! 戻って、ここはっ!』

 目を閉じても周囲の気がカイルにその場の情景を伝えてくる。闇の大精霊であるはずのシェイドが、闇に囚われていた。鳥籠のような檻の中に入れられ、格子をつかみながら叫んでいる。


 カイルがそれを見て取ったのと同時に、シェイドを捕えている闇がカイルにもその手を伸ばしてきた。意識だけの状態では肉体を伴う時以上にダイレクトに影響を受ける。周囲に満ちるおぞましい気が侵食するように迫ってくる。

『逃げてっ! アタシは大丈夫だから、逃げてっ!』

<どこに、どこにいるんだ、シェイド!>

『あの、男の…………精霊の、像…………』

 闇の気から遠ざかりながら叫ぶカイルに、シェイドが声の限りに伝えてくる。それが限界だった。一瞬で意識を肉体に引き戻す。だが、それでも少なからぬ闇の気の影響を受け、激しくせき込む。


『カイルっ! どうしたのだ? シェイドは……』

「げほっ、……封じられてる。前に、聞いたことが、ある。悪霊になった精霊は、形代に封じて浄化し、弱らせてから無に帰すんだって」

 カイルは胸元を抑えながら、かつてシェイドに聞いたことを思い出す。とても悲しそうに、苦しそうに話してくれた悪霊になった精霊達の行く末。強い負を宿したまま散らしたのでは周囲への影響が大きい。

 そのため、一度別の何かに封じて、長い時間をかけて負の浄化をする。そして、問題ないくらいになれば無に帰すのだと。


 今シェイドが受けているのはその逆だろう。封じて、悪霊に堕とすために負を注がれ続けている。大精霊であるシェイドだからこそ、まだ無事でいられるのだ。一刻も早く助けるに越したことはない。

『場所は分かるのか? 何に封じられておるのだ?』

「封じられているのは精霊の像、場所は……」

 最後にシェイドが伝えてくれた手がかりと、存在を確認した方角と距離からおおよその場所を割り出す。そして、顔色を変えた。まさかという思いが強くなる。同時に、胸騒ぎの理由も。


 顔色を変え、無言で空間扉ゲートを作り出すカイルを見て、クロも気を引きしめる。どうやらまだ終わりではないと気付いたためだ。

 空間扉ゲートがつながった先は騎士団本部の入口だ。こちらも門のあたりが破壊され、塀も一部崩れている。門から建物に通じる中庭には騎士達とレナードやバレリー、トーマ達の姿もある。レイチェルやアミルも少しは回復したのか、今では自分の足で立っている。

 空間扉ゲートが開いたことで緊張が広がっていたが、そこから出てきたカイルとクロを見て様々な思いのこもったため息をつく。


「カイル、どうした? 向こうは……」

「あっちは大丈夫だ。今回の件、『デリウス』が関わっているらしい。構成員を捕えて、自白させる手段も講じてる」

 焦っている様子のカイルを訝しみながらキリルが近づいてくる。レイチェルやアミルもカイルの無事な姿を見て安堵するが、かつての大戦を引き起こした組織の名前を聞いて顔をしかめた。それは場にいた騎士団達も同じようで、この場にいるのはたいていがあの大戦を経験した者達だ。

 組織の悪辣さや厄介さは骨身にしみている。またしてもしてやられたのかと、苦々しい思いを感じていた。


「なら、なぜそんなに焦っているんだ?」

「今回の件、デリウスとエゴール達だけじゃない、あの男も関わってる」

「あの男?」

「ギルドがつぶした、裏社会の……っ!」

 言いかけたところで、カイルは前にいたキリルの腕をとって一足飛びに後退する。それまで二人がいた場所に闇色をした棘が地面から生えていた。

「あーあ、避けちゃったか。つまらないなぁ、嫌になるよね、全く。ロイドといい、君といい、周囲に恵まれ、才能にあふれ、あっという間にのし上がる。だから嫌いなんだよ、君達は……」


 解毒処置を受け、動くことが可能な騎士達が集まっていた中庭の奥から一人の男が現れる。それまで誰もその男の存在に気付いていなかった。そして、男がしゃべるたびに、周囲の温度が下がるかのような錯覚を覚える。

 それほど冷たく、悪意に満ちている。軽い調子であろうと、ごまかしきれない濁った感情がにじみだしていた。

「……ブライアン……」

「やぁ、久しぶりだね? 僕がこの日をどれだけ待ったか分かるかい? 君に、君達に追い落とされてからずっと、この日が来ることだけを楽しみに生きてきたんだ」


 前に見た時よりも濁り、ゾクリとするほどの闇を内包した眼に見つめられ鳥肌が立つ。やはりこの男とはどこまでも相いれないのだと、出会えば殺し合うしかないのだと再確認する。カイルは腰にある剣の柄を握りしめ、自身を強化していく。

 隣にいるキリルも、クロも牙をむき出しにして戦闘態勢を整える。周囲全てを敵に囲まれている状況であるのに、ブライアンの態度は変わらない。余裕綽々で、周りなど気にせずカイルを見てくる。眉根を寄せるカイルに、ブライアンは裂けるような笑みを浮かべた。


「あぁ、関係ない人は動かないでくれるかなぁ。これは僕と彼の問題だからね」

「それが通じると思っているのか?」

 レナードは温情をかけた騎士達に裏切られたばかりか、薬を盛られ、肝心な場面で王族も町も人々も守れなかったことに底知れない怒りを覚えていた。それは自分自身に向けているものでもあるし、こんなことをしでかした敵に向けているものでもある。

「君達は僕の言うことを聞くしかないんだよ。だって、僕にはこれがあるから」

 そう言って、おもむろにブライアンはしゃがみ込む。そして、自身の影に手を突っ込むとそこから何かを引き出した。


 引き出されたものを見て、全員が凍り付いたように身動きを止めた。ひどく苦々しいものを見るような目で、ブライアンとその前にいる人物に視線を向ける。

「ほぅら、君達の大事な大事な王子様だよ? それも聖剣付き、ついでにおまけもあるしね」

 カイルは今まで一度も会ったことがなかった。だが、ブライアンの言葉で、それがこの国の第一王子であるアレクシスであることが分かった。

 身長はカイルより十cmほど低いだろうか。王族らしく整った顔立ちだが、今はそれが恐怖によって歪んでいる。トレバース譲りの明るい金髪に、エリザベートと同じ緑の眼をしている。

 しがみつくようにして聖剣を抱きしめ、渡されて持たされているのか、両手を広げて歌うような姿勢をした精霊の像を手に持っていた。

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