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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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王子の算段と誤算

 レイチェルはより重く、より速くなった騎士達の動きに翻弄されつつも一人、また一人と騎士達を討ち取っていく。あちこちかすり傷だらけになるが、すぐにアミルが治してくれる。気功も最大限発動したままだ。

 うなりを上げて迫ってくる剣をよけ、鎧の隙間や首を狙っていく。幸い騎士達は兜をかぶっていない。王宮内に入るために顔を出している必要があったからだ。だが、それは逆に騎士達の顔もよく見えるということでもある。


 騎士団に入った経緯や考え方は違えど、国を思う気持ちに変わりはないと思ってきた。カイルに対する非道な仕打ちを知っても、若さゆえの一時的な気の迷いと魔人の扇動による過ちだと信じたかった。それなのに、国を裏切り、仲間を裏切った。

 許さない、許せない。同僚を斬る悲しみと涙を押し殺すように怒りを爆発させて剣を振り続ける。気付けば周りには持ち主のいなくなった鎧や剣が転がるばかりだった。


 何とも言えない虚しさに膝をつきたくなるが、ドミニクとフードの人物の戦いはまだ続いている。戦況を見て、レイチェルは加勢よりもアレクシスの身柄を安全な場所に移すことを優先する。このまま戦っていたのではいつ巻き込まれるかしれない。

 アミルが障壁を解除して、アレクシスはレイチェルに腕をとられ引きずられるようにして塔を出される。すぐに王族達と合流しようとするが、それを遮るように塔から城につながる通路に一人の騎士が立っていた。レイチェルもアミルもよく知る人物。アレクシスの悪友であり、因縁の相手でもある。


「エゴール……貴様も、貴様もかぁ!」

「レイチェル、僕はね、今の王族に失望したんだ。ドブネズミ風情を王宮に入れ、周りがこぞってかばいたてる。当然のことを言った僕は追い払われるようにして視察に出された」

「当然のことだと! 殺そうとしたことも当然だというのかっ!」

「……知らないなぁ、そんなこと。僕がやったという証拠でも? まさか、あのドブネズミの言葉を信じてなどと言わないだろうね」

「……あなたをすぐに処断せず、視察で思いなおさせようとした方々の思いは伝わらなかったのですわね」

「なぜ僕が処断されなければならないんだ? 僕は国に、騎士団に必要とされた。だから騎士になったんだ。それなのに、そんな僕よりあいつの方が優先される? 何の冗談だ? この国はあいつによっておかしくなり始めてる。だから僕が正してやるんだ」


 エゴールは自身の正義を疑ってもいない。まるで偉大なことを成し遂げようとしているのだと言わんばかりだ。視察に行っても、行く先々であのドブネズミと同じような子供達を助けようとする動きがあった。

 助けようとした手を振り払い、咬みついてくる獣風情に情けをかける必要があるのか。力ない者は死んでいくのが世の常だ。ならば、力を持つ者が正しいというのも道理。何が悪いというのか。エゴールは国にとっての異物を排除しようとしただけだ。


 それが認められないというのであれば国の方がおかしい。今まで散々尽くしてきたのに、それを認めずにぽっと出の孤児を重用するなど。流れ者を信用するなど。このままではこの国はおかしくなる。

 だから王族を殺し、聖剣を奪いアレクシスを王として新しい国を作るつもりだった。今度こそ力ある者が正しいと言える国を。そのために必要な力をもらった。残念ながらエゴール以外の者達はそれにうまく適応しきれず、半端な強化につながったようだが、エゴールは大きな力を得た。今は誰にも負ける気がしない。そう、自分に不当な扱いをしたレナード団長にも。


「アレクシス王子、あなたも賛同したことでしょう?」

 エゴールの言葉にレイチェルはアレクシスを驚きの表情で見つめる。まさか連れ去られたのも同意の上の芝居だったのか? 思えば拘束一つされていなかった。

「そ、そうだ! この国はおかしくなっている。あ、あいつに洗脳されたんだ! 父様も母様も妹達も、れ、レイチェルだってそうだ!」

「わたしが洗脳されているだと!」

「そうだろう! お、お前は僕が好きだったはずなんだ! それなのに、あいつを選んだ。おかしいだろう! 僕が王になって、レイチェルが王妃になる。そう決まっていたのに、あいつが邪魔をした。僕の居場所を奪い取ろうとしている! だから、僕が王になってみんなを助けるんだ!」

「助けるだと? 陛下達を殺すことが助けることだというのかっ!」

「そうだ! 僕が何を言っても聞いてくれない。もう手遅れなんだ。なら、殺すしかないじゃないか! レイチェル、分かってくれるだろう? 必要なことなんだ、これは国にとって必要な犠牲なんだよ」


 アレクシスの言葉に、レイチェルは嫌悪と侮蔑を隠すことができなかった。同じようなことをカイルも言っていた。それなのに、そこに込められた思いも決意も覚悟もまるで違う。思いや言葉を届けようとするのに、自分自身は周囲の言葉を何一つ聞いてなどいない。

 手遅れだからと身内を殺すのに、自ら手を汚すことなく看取りもしない。相手を理解しようとしないのに理解を求めてくる。必要な犠牲だと言って、どれだけ無関係な人を傷つけ死に追いやったというのか。

 アレクシスは自分がしたことを何一つ正しく理解していない。許されない行為であると分かっていない。


「そういうことだ。僕達は正しいことをしている。間違っているのは君達の方だ。だから、新しく得たこの力で僕が正してあげよう。二度と、間違いなど起こさないように、ね」

 右足で踏み切ったエゴールは騎士達の誰をも上回る速さで肉薄してくる。それは気功と魔法を併用したレイチェルに迫るほどのもの。レイチェルはアレクシスの腕を離すと剣を抜き放って迎え撃つ。


 すぐさまアミルがアレクシスと自分を覆う物理障壁シールドを発動させるのを横目に、縦に横に切り結ぶ。同じ王宮騎士剣術同士、次の動きの読み合いになる。今まではレイチェルの速さと技についてこられなかったエゴール。

 それが強化されたためか互角に近い戦いをしてくる。やはりエゴールの言った新たに得た力というものは非常に厄介だ。もし敵がそれを常用してくるのであれば通常の戦力では対応しきれない可能性もある。だが、エゴールではまだ剣聖筆頭にまで上り詰めたレイチェルには届かない。


 受けた剣を回転させて跳ね上げると、鎧の上から叩き付けるようにして胴を薙ぐ。そのまま数m飛ばされたエゴールは片膝をついて腹を押さえる。武器もなく負傷したエゴールを捕えれば有力な情報も得られそうだ。そう考えたレイチェルが一歩を踏み出した時だった。

 うつむいて体を震わせていたエゴールが、突然顔を上げて大笑いを始めた。

「ハハハハハ、アハハハハハハハ。強いな、やはりレイチェルは別格か。このままでは勝てないようだな」

「……大人しく縛に付け。洗いざらい情報を吐けば楽に死ねる」

 国に反旗を翻した以上、死罪は免れない。代わりに死に方を選べるだけだ。楽に死ねるか苦しみぬいて死ぬか。それはこれからの情報次第だ。


「死ぬ? 僕が? まさか。見せてあげるよ。これが、僕の手に入れた力だ!」

 エゴールの体から黒い霧が吹きあがると瘴気の渦が巻き起こり全身を包み込む。思わず距離を取ったレイチェルだったが、冷や汗が浮かんでくるのを押さえらえない。レイチェルがかつて何度か感じた脅威、あれには及ばないものの近しい威圧感を感じたためだ。

 剣を握り直し、渦を見つめていると霧がエゴールに吸収されるようにして消えた。しかし、現れたのはエゴールであってエゴールではなかった。


 白い肌は褐色になり、王族に似た薄い金髪には黒い髪がメッシュで入っている。青い目は赤く染まり、額からは一本の角が突き出ていた。

 体は一回り大きくなり、鎧ははじけ飛んでいる。背中からは服を突き破って蝙蝠のような翼が生えており、尻尾もある。尻尾の先は矢のようにとがっている。お伽噺でも、魔界から時折現れる脅威を記した歴史書にも登場する、代表的な魔人の姿だった。


「魔人……どういうことだ!?」

「コレガ、本当の効果ダ。試したナカで、僕だけが適応シタ。魔人の圧倒的な身体能力ト膨大な魔力を得る方法。僕は、生まれ変わったんダヨ。新たな人種トシテ!」

 まだ完全には馴染んでいないのか、あるいは副作用なのか、ところどころおかしな話し方をしながらエゴールが両手を広げてアピールする。それからおもむろにレイチェル達の背後の塔に手を向けると、数mにもなる火の玉が手の先に現れ発射される。


 塔を守る結界はアレクシスによって解除されている。そのため火の玉が着弾した塔は轟音を上げて崩れ落ちた。しかし、レイチェルはそれを確認することもできなかった。

 エゴールが目の前から消えたと思った瞬間右側に気配を感じてとっさに剣を盾にする。しかし、おもちゃのように吹き飛ばされ、吹き抜けの通路の屋根を支える柱の一本に叩き付けられた。

「がはっ……ぐぅ…………」

 呼吸ができず、骨が折れた痛みを感じながらも立ち上がる。魔人や妖魔は下位でもSSランク以上の実力を持つという。だが、エゴールの場合下位でも上位に入るか、もしくは中位に位置するのではと思えるほどの実力を持っていた。


 最大限の強化をしていたのに、警戒を緩めることなく注視していたのに見失った。体をふらつかせながらも立ち上がったレイチェルをエゴールは笑いながら見ている。ともすれば一生かかっても勝つことなどできなかったかもしれない相手。

 ライバルであるだけではなく、自らの欲望を満たす相手として前々から目を付けていた相手でもある。その相手を手玉に取ることが出来る。それは得もしれぬ快楽をエゴールに与えてくる。そして、それはそのままエゴールの力となる。


 レイチェルの劣勢を見たアミルはすぐさま拘束魔法をエゴールに放つ。しかし、光の帯はエゴールを捕えることなく空を切る。目を見張ったアミルは、直後に物理障壁シールドに激しい衝撃を感じてとっさに魔力を込めて耐える。

 両手に黒い魔力を纏わせたエゴールが物理障壁シールドを殴りつけていた。そのたびに物理障壁シールドがたわみ、ひび割れる。物理攻撃にはめっぽう強い物理障壁シールドだが、魔法や魔力を纏った攻撃を防ぎきることは出来ない。また、魔法障壁バリアは魔力は止めても物理的な攻撃は止めることが出来ない。


 何度も障壁の張り直しと修復を繰り返しながら、アミルは攻撃の圧力に押されるかのように後退し秀麗な表情を歪める。アレクシスは味方であるはずのエゴールの激しい攻撃に初めて危機感を覚えたようだった。

 女性であるはずのアミルを盾にするように腰にしがみつき、震えて膝をついている。それでも聖剣を手放さないのは、それが命綱だと考えているのか。国を裏切ったことが露見した以上、見捨てられる可能性もある。しかし、聖剣を盾にすればそれも難しいだろうという打算で。


「どうシタ? 守るばかりデハこの僕に勝つことは出来ナイゾ?」

 アミルの苦しそうな表情をおぞましい笑みで見ながらエゴールが嬲る様に言葉を出す。アミルは答えることもできず、徐々に消耗していく自分自身を感じていた。せめてレイチェルを回復することができれば。

 アミルはちらりとレイチェルがいた方向を見る。しかし、そこにレイチェルはおらず攻撃を続けるエゴールの背後に現れていた。


 完全に不意を突き、死角を突いたはずだった。しかし、レイチェルの剣がエゴールを捕えることはなかった。激しく地面をける音と風圧、羽ばたきの音がしたかと思えばエゴールは空中にいた。背中から生えた魔人と同じ翼は飾りではなかったらしい。

 緩く羽ばたきながらでも失墜しないのは、翼事態の仕様かあるいは種族的に飛行の固有魔法が存在するのか。空から見下ろしながらエゴールはところかまわず火の玉を放つ。それはレイチェル達の近くだけではなくあちこちで火の手を上げさせる。


「ヤハリ浄化は炎に限る。そうは思わナイカ? きれいサッパリ燃えてしまえばコノ国も生まれ変わる」

「痴れ者がっ! 騎士の本分を忘れたような貴様に、国を語る資格などないっ!!」

「騎士の本分? いつまで古臭い騎士道ナドにしがみついているツモリだ? 騎士は国を守る者。僕はあのドブネズミから国を守ってイルんだ。君こそ国を裏切ったのデハないのか?」

「何をっ!」

「国に忠誠を誓いナガラ、君の心はアノ男に向けられている。近衛騎士が聞いて呆レル、君コソ騎士失格だ!」


 レイチェルはとっさに反論できない。確かにそういう意味で国を裏切ったと言えるのかもしれない。役職上では王族を優先するが、本心で優先したいと考えているのは別の人物だ。忠誠も献身も余さず捧げるほどに心酔している。

 その様が周囲からどう見られていたのか、考えることをしてこなかった。エゴールの指摘もある意味正しい。自分達はそれまで出会ったことのなかった輝きに酔いしれ、英雄の息子の存在に浮かれ周りが見えていなかった。

 指摘されて初めて自覚した。カイルを知らない者から見れば、その本質に触れたことのない者から見れば、それは異様な光景だったのだろう。


 洗脳されたわけではない。それでも、自分の今までの行動は異常と言えるのかもしれないと。自らの殻を破り、心の闇を晴らせたことに代わりはない。人として一回り成長できたことは確かだ。感謝してもしきれず、そのこともあってついカイルを優遇してしまう。

 けれど、思い返せばことカイルに対してはやり過ぎともいえる過干渉と過保護、盲目的とも妄信的ともいえる部分がなかったかと言われれば否定できない。

 カイルの体質か過酷な運命ゆえか、良きにしろ悪しきにしろ人の注目を集め、時に執着さえも生み出す。カイルはそれを知ってか知らずか、人と接する時には一定の距離感を保つようにしている。人を変える力というものは、人を狂わせることもできる力でもあるのだと彼だけが自覚していたのかもしれない。


 カイルと向き合った者は、自らの本心とも向き合うことになる。揺さぶられいい方向に転がればいい。しかし、悪い方向に転がってしまうこともある。そして、どちらであっても自身を変えた存在に対して並みならぬ執着を覚えてしまう。

 英雄の持つ求心力とは人々を導き変化をもたらすだろうが、こうした負の面、闇の部分も内包するのだと思い至った。人を平常心ではいられなくする。周りが見えなくなるほど人を狂わせもするのだと。


「ですが、あなたのやっていることもまた己の欲望を満たすためだけの行為ではありませんの? 国のためなどと、わたくしにはとてもそうは思えませんわ」

「この国に、ましてコノ領域に関係のない者に口をはさんでホシクないな。コレハこの国の問題だ」

「ええ、そうでしょう。しかし、わたくしはこの国に修行に来ている身。全くの無関係ではありませんわ。レイチェルは良き友人であり、カイルもまたわたくしの友人ですわ。その方を傷つけられて怒るのは当然ではありませんの? それが正当性を感じられない理由であればなおの事」


 エゴールは言い返せなかったのか口の端を歪めると、アミルに向けていくつもの火の玉を放つ。アミルはすぐさま魔法障壁バリアを幾重にも展開しそれを受け止めた。緩和しきれない熱が肌を焼くが回復魔法を使用することで中和する。アミルの背後にいるアレクシスにも同じようにして回復を施した。

 アレクシスは何度も情けない悲鳴を上げながら聖剣とアミルの腰を抱きしめる。どうにか火の玉が消滅した時、アレクシスは思わず空に浮かぶエゴールに顔を向けた。友人であり、護衛を務めたことも少なくないエゴール。

 彼の理想のためにアレクシスは欠かせない存在のはずだ。それなのに今の攻撃はアレクシスの命さえも脅かしかねなかった。どういうつもりだと、声にならない言葉を投げかける。

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