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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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王都動乱

 カイル自身に残された課題も多い。シェイドを筆頭とした精霊達に探ってもらっているが、例の組織に関しては有力な情報はつかめていない。

 あまりにも闇が深すぎるためか、精霊に対する備えをしているのか。シェイドが囚われていたように不可視の存在である精霊の動きを抑制することは不可能ではない。


 シェイド自身、自らが捕まったことが不思議でしょうがなかったという。初めからシェイドを狙ったものだったのか、あるいは偶然の結果なのか。

 ともかく、精霊を強制的に召喚し服従させる技術を持つ者達がいるということだ。


「他にも大精霊クラスが囚われてたりすると問題だよな」

『それはないんじゃないかしら。アタシが捕まったことも精霊王様は知ってたけど、掟上手出しが出来なかったってことみたいだし』

 シェイドがカイルの隣に姿を現す。顕現はしていないため今はカイルにしかその姿が見えていない。シェイドは現在十歳前後の姿にまで力を取り戻してきている。全盛期の力を取り戻せば、例えどれほど深い淀んだ闇に覆われていようとそこへ行くことが出来るし、二度と捕まったりもしないという。


「精霊の掟っていうのも大変だよな」

『人は楽を覚えてしまうと堕落するわ。だからアタシ達は無差別に手助けすることが出来ないのよ。まあ、それよりアタシが気になるのはあの男よ、ブライアン、だっけ?』

「ああ、裏社会の首領の?」

『ええ、あれからも時々様子を探りに行くんだけど、不気味なくらい大人しいのよね。絶対あり得ないわ。何か企んでいるに違いないわ』


 ブライアンの組織は壊滅状態で、生き残りもブライアンくらいしかいなくなったという。しかし、未だにブライアンは健在でありカイルへの報復を考えていることは間違いない。組織力を失ったとはいえ、それで大人しく引っ込んでいるだろうか。

 そう考えているところへ、白虎の一頭がカイルの膝に鼻をこすりつけてくる。視線を向けると、尻尾をパタリパタリと動かしながら顔を騎士団本部の方に向ける。伝えられた内容に思わず眉根を寄せる。


『どうかしたの?』

『ふむ、トップ達の温情や願いは伝わらなかったということか……。まあ、よい。敵とあらば排除するのみだ』

「エゴールを含め、一部の騎士達は反省の色が見えないってよ。視察中も不穏な動きをしていたらしい」

 カイルに伝えてきた白虎はエゴールの騎獣だった。グスタが対談中に教えてくれた。帰ってきてからも白虎は常に不機嫌でなだめるのに苦労したとこぼしていた。

 また何か企んでいるのだろうか。カイルはクロの首筋を撫でながらため息をつく。遅かれ早かれ衝突は避けられないだろう。


「クロ、レイチェル達の影にも細工しているよな? 影の支配から守ることが出来るように」

『うむ。少々魔力は食うが下位であれば妖魔や魔人クラスが来てもそう簡単には手出しはできぬであろう』

 影は本体を映す鏡ともなる。影を支配されれば本体を動かすことができなくなるように、影に細工を施しておけばいざという時に防壁ともできる。また、それを目印として居場所や状態などの確認もとれる。レイチェル達パーティメンバーにはその細工をしておいた。緊急時にはそれを目印に影を伝っての移動も可能だ。逆にレイチェル達をこちらに引き寄せることもできる。


 影属性上級下位第六階級『影移動シャドウリープ』。最近カイルも自由に使えるようになってきた魔法だ。空間魔法の『空間扉ゲート』とも似ているが、影属性の場合影の中にしか移動できないため、後者の方が利便性は高いだろう。移動の速さでも空間属性の方が優れている。ただし、影属性の方が隠密性には優れている。


「何かあれば動けるようにしとかないとな。シェイドも、引き続いて見張りを頼んでもいいか?」

『任せておいて。王都中の闇の精霊を動員してでも監視をしておくわ』

「クロも、なんかあれば頼ることにもなると思うけど」

『我も王都にはそれなりの思い入れもある。妖魔である我を受け入れてくれたことも含めて、な。好きにはさせぬ、守護者の誇りにかけて』

 使い魔と専属精霊、両者からの同意を得られたカイルは、自身もまた気を引き締める。世界に出る前に王国での地盤を固める正念場だと。




 十一の月二十二日、その日も朝の日課を終え、グレン達やキリルと朝食をとっている時だった。シェイドから言葉にならない悲鳴のような警告が届いた。思わず立ち上がった瞬間、爆発したような地響きが連続して起こり、直後に悲鳴と背筋がザワリとするような気配があふれかえるのを感じた。


 カイルはキリルと顔を見合わせると、各々の剣を手に店の外に飛び出す。そこに広がっていたのは、ありうべからざる光景。多くの人がひしめく王都内に数えきれないほどの魔物が出現し猛威を振るっている様子だった。

 王都に限らず町は結界で守られ、魔物が入ることはおろか、魔物が出現するゲートが開くこともない。結界に異常があればもっと早くから大騒ぎになっていただろうし、中央区にこれほどの数の魔物がいるというのもおかしい。シェイドでさえ直前まで気付かなかったのだから。


「これは……どういうことだ?」

 キリルも状況を把握しきれないのか、大通りを屋根や壁を、空を我が物顔で暴れ回る魔物達を見て瞠目する。しかし、それも一瞬のことで素早く剣を抜き向かってきた魔物を片手で一匹ずつ両断し魔物の群れの中に突っ込んでいく。

 カイルの影から飛び出したクロは目にも留まらぬ速さでキリルを抜き去ると大きくなって爪と牙ですれ違う魔物達のことごとくを切り裂き、かみ砕く。少し離れた魔物であっても影から飛び出した闇でできた杭が逃げることを許さず貫いていく。


 カイルもまた剣を抜くと空を飛ぶ敵を重力魔法で撃ち落とし、物理障壁シールドを足場に中央区を見渡せるくらいの上空に上がる。空を飛ぶ敵がカイルを標的として狙ってくるが、近づくことさえできず、数十倍になった重力に押しつぶされ地面に叩き付けられていく。進路にいる魔物は剣に魔力を纏わせて切り裂きながら進む。

 たどり着いた中空で見渡した王都は、一種の地獄絵図だった。魔物の雄たけびに混ざって悲鳴と怒号が響き渡り、あちこちで火の手が上がっている。王都の上空は黒く染まるほどに魔物達が飛び交い、見える通りにも人より魔物の姿の方が多い。


 朝早かったことが幸いしたのか、あるいは災難だったのか。外で襲われている者は比較的少ないようだが、家ごと破壊されている様子もうかがえる。そんな中、カイルの目に飛び込んできた光景があった。

 商店通りでいつもカイルに声をかけてくれる店主が、今まさに魔物の手にかかろうとしていた。


 カイルは瞬時に身体強化ブーストの重ね掛けをして気功を発動させると足場にしていた物理障壁シールドを破壊する勢いで蹴る。

 バキンと、外からの衝撃には強固であるはずの物理障壁シールドが壊れる音がした時、カイルの姿はそこにはなかった。音速を越えるほどの速さで飛んだカイルは、進路上にいた魔物達を蹴散らしながら目標地点に到達した。


 着地する前に店主に物理障壁シールドをかけ魔物の攻撃からも、カイルの攻撃の余波からも守ると、目にも止まらなぬ速さで魔物を切り裂いた。血しぶきが散るよりも早く塵に帰った魔物を一瞥すると、クロを真似て周囲の魔物達すべてを影と闇の複合魔法でことごとく串刺しにした。

 これまで見た限り魔物は下位の者が多く、いても中位といったところ。数は脅威だが、一匹当たりの強さはそこまでではない。単体であればCランク以上の強さがあれば倒すことは可能だろう。それでも囲まれれば危険なため少数で対抗するのではなく、こちらも徒党を組む必要がある。


「大丈夫かっ!」

「ひっ、あ……カイル? ま、魔物が、何で王都に、こんなところに魔物が……」

「それは分からない。だが、ともかく避難を。ギルドや集会所に行けば戦える奴らも多いはずだ。みんなまだ家にいるのか?」

「あ、ああ。商品整理をしていたらあの音が聞こえて、外に出たら……」

「なら人を集めてくれ。集まったらヒルダさんか俺がギルドの近くまで送る」

 ヒルダかカイルの空間扉ゲートであれば、つなげた場所の状況を確認しつつ人を送ることが出来る。さすがに多数を守っての移動は不可能だ。


「わ、分かった!」

 その間にカイルは付近にいた魔物達を一掃すると、通り百mほどの範囲を空間魔法中級下位第四階級『空間隔離エリアロック』で覆う。これは時間停止タイムロックと対を為すような魔法で、外と中の空間を切り離すことができる。そのうえ、任意対象を中に入れることは可能なため魔物の侵入を防ぎ、避難してきた人を入れることは出来る。


 そうしていると、先行して魔物を減らしていたキリルとクロが合流してくる。キリルは多少息が乱れているがまだまだ余裕そうだ。デニスの指導の元、キリルもまた気功の力を扱えるようになったため、持久力も強さも以前より格段に上がっている。

「商店通りの魔物はほぼ片付けた。これは王都中で?」

「上から見た感じではそうだった。直ぐに警備隊や騎士団も出るだろうがあまりいい状況じゃないな」

「各地区のギルドも動くだろうが、出来る限り敵を減らしたほうがいいか」


 キリルは今なお上空を飛び交う魔物達に視線を向ける。あちこちで地上から魔法が飛び交っているため、一方的に攻撃を受けているというわけではないだろう。しかし、戦える者よりそうでない者の方が多い。近くにそうした者がいない場合は被害が広がるだろう。

「カイル君! ここの人達の保護は任せておきなさい。少しでも早く、一匹でも多く魔物を倒すのよ」

「分かった、任せる。空間隔離エリアロックも、任せていいか?」

「もちろんよ、行きなさい!」

 カイルが魔法を解くよりも早くヒルダの魔法が発動し、同じようにして安全地帯を作り出す。例え向こうの状況や人数の関係で避難ができなかったとしても、この中に立てこもっていれば一応の安全は確保できる。それに、ヒルダはその中からでも外の敵に対して攻撃が可能だ。任せておいて大丈夫だろう。


「クロ、影を広げて魔物だけを影に沈めることは出来るか?」

『無論だ。少し時間はかかろうが王都中に影を広げれば地に足を付けている魔物はことごとく影に引きずり込んでくれよう』

「なら頼む。キリル、俺達は魔物を討伐しながら負傷者の救護と逃げ遅れた人の回収を優先しよう。俺は空の敵を中心にやる、キリルは地上を頼む」

「承知した」

 キリルは短く承諾の意を伝えるとカイルと並んで走り出す。カイルは探知を使いながら通りをかけていく。外気功と併用することでかなりの範囲を網羅できる。気功と魔法で処理速度を上げた頭で人や魔物の気配を感知しながらそちらへ向かう。


 クロはいつもはにぎやかだが、今は閑散としてしまっている中央区の広場にたどり着くと、王都にあるどんな建物も優に超えるほどの大きさになり全方位に向けて影を伸ばした。影魔法は元になる影が大きければ大きいほど広い範囲に影を伸ばすことが出来る。クロほどの巨体となれば王都中を網羅できる。まさに一都市を掌中に収めることが可能なのだ。

 王都中に広げるため、いつもより薄いが広がっていく影を感じながら、カイルは目につく魔物を切り払っていく。最初の混乱が落ち着けば、国中から有力者の集まっている王都だ。あちこちで反撃ののろしが上がっていた。上空も絶えず魔法が飛び交い、カイルが重力魔法で動きを鈍らせるだけで事足りた。その分、負傷者の救護に手を割ける。


 血を流して道端に倒れていた女性を助け起こして回復魔法をかけ、クロに倣って作り出した影の空間に入れておく。元々空間魔法の中に亜空間収納アイテムボックスとは異なり、生物も入れられる自分だけの空間を作り出す魔法がある。最上級下位、第八階級『空間作成エリアメイク』だ。

 通常であればその入り口は空間扉ゲートと同じように任意の場所に開くのだが、その入り口を自身の影にしたのだ。そうすることで、治療で手がふさがっていても影を操って人を収容できる。中央区を走り回り、逃げ遅れた人や負傷者を回収していく。助けが間に合わず犠牲になった者は亜空何収納アイテムボックスに入れておいた。そうすればこれ以上魔物に蹂躙されることはない。


 少し前までは美しかった街並みはあちこちが破壊され、白い石畳や壁にも血が飛び散っている。助けを求める声や子供の者と思わしき泣き声、充満する血と煙の臭いはかつての村の惨劇を思い起こさせた。あの時は何もできなかった。けれど、今はできることがある、助けられる人がいる。それだけを支えに走り続ける。

 魔力にも体力にもまだ余裕があるのだが、息をつく暇もない魔物との戦闘や悲惨な光景は精神力をガリガリと削っていく。ギルドのある通りにたどり着いたところでキリルが一度立ち止まった。休みを取るためではなく、それ以上進めなかったためだ。


 みんな考えることは同じなのかギルドのある通りは逃げてきた人でごった返していた。ギルドの周辺は早々に魔物達の殲滅が行われたのだろう。あちこちに転がる魔石や素材を回収する間もなく人が押し寄せてきたようだ。

「迂回するしかない、か」

 同じく立ち止まったカイルはクロとの繋がりを通じて、クロの影が王都中に広がり一挙に魔物達を落とし込んだことを感じ取った。あちこちで上がる困惑の声がその証だろう。残るは上空の敵だが、それはもはや時間の問題のように思われた。


 一仕事を終えたクロが、あれだけの魔法を使ったとは思えないほど元気な様子でカイルの影から出てくる。どうやら影に落とし込んだ魔物達の血と魔力を残らず奪い取って糧としたらしい。そのおかげで消費した魔力を補充できたのだろう。ぺろりと舌なめずりする様子は余裕すら感じられる。

「クロ、お疲れ。魔物はあらかた片付いたみたいだけど、重傷者や死者は……」

『ふむ、魔物を片付けるだけでは芸があるまい。我が伸ばした影に触れておった奴らは我の空間に入れておる』

「! キリル、ちょっと行ってくる。エドさんならなんとなく分かってると思うけど一応事情を説明しておいてくれ。あと、重傷者の受け入れや……死者の安置先もどうなってるか知りたいから」

「分かった、そちらは任せておけ。無理はするなよ」

「ああ、クロ」

 カイルはキリルの忠告にうなずくとクロと共に影の中に入る。魔人を入れた時と同じ黒い大地に重傷者と死者が混在して横たわったり座り込んだりしている。みんな状況が分かっておらず呆然としていた。


 カイルは彼らの様子を見て説明するより治療が先だと判断した。そのため光魔法最上級下位第八階級『回復陣ヒールサークル』を複数発動して怪我の治療を行う。回復陣ヒールサークルの有効範囲は半径十メートルほど。それを魔力操作と魔法制御を用いて三十mほどに広げ、移動しながら隙間なく行使していく。

 魔法の有効射程は最大でも百mほど。人の間を縫うように歩きながら続けざまに魔法を使っていく。訳の分からぬままに魔物の襲撃を受け、さらに影に呑み込まれた人々は、驚いた表情のまま自らの傷が癒えていく様子を眺めていた。


 最後の一人まで一応の治療を終えたカイルは、それでも起き上がることなく沈黙したままの人々を痛まし気に見やる。パニックを避けるため、隣に倒れている者が死者だと気付かれる前にクロが別の空間に移してくれる。カイルも自らの空間に入れていた人々をその場に出しておく。気絶している者もいるが、意識のはっきりしている者はつぶやくように疑問を口にする。

「何なんだ、一体。ここは……」

「あー、えっと。混乱していると思うけど落ち着いて聞いてほしい。ここは魔法で作り出した空間の中だ。魔物の襲撃で負傷したみんなを集めてここに入れた。一応治療はしたけど、まだ治っていない人はいるか?」


 カイルとその隣に寄り添うクロの姿を見て、納得したような顔をした者もいれば驚愕の表情を浮かべる者もいる。前者はカイルやクロのことを知っていて、後者は知らなかった者だろうか。カイルの呼びかけに答える者はなかったが、窮地を脱したことを実感すると次第にざわめきも大きくなっていく。その中でも届くようにと、カイルは先ほどより大きな声を出す。

「魔物はある程度片が付いたと思う。だからみんなを外に出したいけど、安静が必要だろう? 今負傷者や避難者をどこに収用するか聞いてるところだ。たぶん、そう時間はかからないと思うから、それまではこの中にいてほしい」


 あまり居心地のいい空間ではないが、安全は保障されている。治療のこともあり、自分達が保護されていることも分かったのか、そう大きな不満を漏らすものはいなかった。それを見届けると、クロは一足先に空間から出る。カイルはクロの目を通して外の様子をうかがう。

 唐突に始まり、これからというところで唐突に終わった魔物の襲撃に、どこか拍子抜けというか不完全燃焼と言った面持ちのエドガーがキリルと話していた。カミラはギルドの表に集まった人達に呼びかけている。話を聞かない者は問答無用で口を封じられるため不気味なほどの静けさだ。

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