剣術大会参加の真意
トレバースに聞いていた通り、あれから間もなく視察に出ていた騎士団達が帰還し始めた。レナードやバレリーが各々に報告を受けた際に見たところ、危険視されていた者達の半数くらいは反省と改心の様子が見られたという。
残る半数は未だ不満を抱えつつも静観と言ったところだろうか。予想以上にカイルのランクが早く上がり、さらには自分達がいない間に残された騎士団達と良好な関係を築いたことで表立っても裏でも動きにくくなったようだ。
カイルも騎士団本部に出かける際には常に警戒を怠らない。そんな中、指名依頼を受けて騎士団が操る騎獣達の獣舎に来ていた。本部と離宮の間くらいにある獣舎では、視察に出ていた騎士達に同行していた騎獣達が疲れを癒しているため、彼らの機嫌取りをしてほしいとのことだった。
中に入ると確かに種族は同じでも見慣れない個体があちこちにいる。魔獣同士が互いの違いを見分けられるように、カイルもまた同じように見える魔獣の個体の区別が可能だった。それを言っても誰にも理解されないのが少し悲しいところだ。
「ああ、来てくれたのか。助かるよ。任務で外に出ると帰ってきた時に機嫌が悪い奴が多くてな。まあ、こいつらは騎獣にするには希少だから町で預けるにしても扱いを知らない奴らも多いせいだろうが……」
獣舎の責任者が出てくる。カイルとも顔なじみになっている。最初はカイルのことを疑っていたのだが、魔獣との交流の様子を見て認めてくれたらしい。
「グスタさん、おはよう。今日は新顔の奴らと会えばいいのか?」
「そうだ。帰還した騎士団員は今のところ八分隊。一分隊十名前後だから、八十匹近くか」
「内訳は?」
「士官の乗る白虎が二十、援護役の乗る白鹿が二十、走狗が十と、一角馬が三十余りだよ」
騎士団の乗る騎獣はなぜか白と黒の魔獣に限定されているのか、それ以外の色が見当たらない。
白虎は三mほどの体格の虎型の魔獣で、白い毛並みに黒い縞模様がある。好戦的で少々のことには物おじしない勇敢な性格だが、認めた相手に対しては尽くす。ただし、認めない相手に対しては頑なで近づくことも良しとしない気難しいところがある。
白鹿は機動力においては他の追随を許さない俊敏な足を持っている。雄も雌も二本の真っ直ぐな角を持っており、臆病だが追い詰められるとその角で反撃することもある。従順ではあるのだが、ちょっとしたことでストレスをためやすく調子を崩したり、ヒステリーを起こしたりする。
一角馬は、体格こそ普通の馬と変わりないが額に一本の角を持ち、総じて黒い体をしている。馬ではあるが雑食で、時としてその角で仕留めた獣を食べたりもする。足が速く持久力もあり騎士団の騎獣の中核を占める。意外と個性が強く気分屋だったりもする。
優秀だが扱いづらい、そんな騎士団の魔獣達。グスタはそれらも含めあらゆる魔獣を愛してやまない、いわゆる愛好家だ。魔獣好きが過ぎてこうして仕事にしてしまったほどの人物だ。一度彼が魔獣について語りだした時があったのだが、そっと逃げ出したカイルが数時間後に戻ってみてもまだ同じ場所、同じ体勢で語り続けていた。
「いつもみたいに運動場でいいのか?」
「そうだな。直ぐに連れていくから他の子達にもあいさつしててくれるかな。君が来るって知らせたら、朝から興奮気味でね。いいなぁ、僕にも彼らの言葉が分かればいいのに……」
グスタは溢れる魔獣愛で個体の区別がつくだけではなく、詳細は分からないもののおおよその意思を汲み取れる。
少々スキンシップ過剰な部分以外は魔獣達からも好かれている。それでも、日がな一日魔獣ばかりを見ていて身についたものだ。初見でも意思の疎通が可能なカイルが羨ましいといつもこぼしている。
運動場に出ると、それまであちこちで気ままに過ごしていた魔獣達が近寄ってくる。カイルはそれぞれに挨拶をしながら体調や不満などがないか聞いていく。空間拡張された運動場は広々としており、多数の騎獣達が走り回ったとしても余裕がある。
最初の内はすぐに囲まれてしまったものだが、何度か言い聞かせると順番を守ってくれるようになっていた。その順番は魔獣の種としての強弱と、個体の強弱による。やはり野生では強いものほど何かにつけ有利ということらしい。
カイルは指定席のようになった木陰にクロと共に座る。最初の内はクロに対して警戒と畏怖を感じていた魔獣達だったが、どうにか慣れたらしい。白鹿などは未だに一定距離以上は近づかないが、以前のようにビクビクすることもなくなった。
グスタにクロを見たいとせがまれて呼び出した時、騎士団獣舎が一時パニックになったのは記憶に新しい。極力気配や威圧を抑えていても、魔獣の敏感な察知能力はごまかせなかったようだ。強くて優秀と言われる種になるほど、相手の強さを感じ取る感覚もまた鋭敏になる。三々五々逃げ出した魔獣達を呼び戻すのは一苦労だった。
そこからクロの紹介をして、クロに彼らを傷つける意志がなくカイルの相棒であることを納得してもらった。視察から返ってきた魔獣達とは初顔合わせになるが大丈夫だろうかと尋ねてみる。返ってきた答えは曖昧な肯定だった。
周りから伝えられているため、おそらく大丈夫だろうが絶対ではないというところだろう。ほどなくしてグスタが魔獣達の一団を連れてくる。
「この子達が帰ってきた子達だ。大分疲れは癒えたと思うが……でも、魔獣にとっては人の中にいるだけでストレスになるだろう? 騎士達の中には騎獣を道具のように思って、そんなふうに扱う人もいるし。信じられないな、まったく!」
グスタの言葉に同意するそぶりを見せた魔獣達は、実際にそう扱われたことがあるのだろう。憤慨した様子を見せていたが、カイルの隣にいるクロを見ると一斉に緊張した面持ちになる。分かっていても本能がそうさせるのだ。
「その通りだけど、落ち着けよ、グスタさん。みんながつられて興奮する。えっと、俺はカイル、こっちは相棒のクロ。聞いてると思うけど、みんなの体調や要望なんかを聞いて伝えるってことをしてる。いっぺんには無理だから順番になるけど、何かあれば伝えてほしい」
カイルの言葉を聞いて、まず白虎の一頭が前に進み出た。この中で一番の強者らしい。大型の魔獣らしく低く喉を鳴らしひげを動かす。一見威嚇しているようにも見えるがそうではない。
「ああ、たぶん水が合わなかったんだろうな。……そう、魔獣用の胃腸薬があったと思うからしばらく飲むと治る。ん? それは俺には何ともなぁ……一応伝えておくよ」
「カイル君、なんて?」
「おなかの調子が悪いってさ。消化にいい餌と薬で治療してやってくれ。あと、同じ隊にいた騎士の若手達が何度も乗ろうとしてきてうっとおしかったって。いっそ騎士をやめさせろって強く訴えてきたけど、さすがにそれはなぁ……」
「やめさせるべきだな! 僕からも伝えておく、この子の隊は……」
ぶつぶつと手元の飼育記録に何か書きつけているグスタを横目に、次々と訪れる魔獣達の対応をしていく。おおむね体調も良好で、注意が必要なものは少なかった。後は餌や寝床など、こまごまとした要望を聞いてグスタに伝えていく。
グスタは嫌な顔一つせずに、むしろ嬉々として記録していく。騎士団の獣舎と町の獣舎の違うところと言えば、種族ではなく個体に合わせた環境作りをしているところだろうか。運動場などはそれぞれの種族が過ごしやすいエリアが設定されており、寝床となる中は個体ごとの特色がある。
グスタのこだわりで、人に個性や好みがある様に魔獣にもある。それを整えてより快適に過ごすことが出来るようにすることこそ自分の仕事なのだと豪語している。だからこうした細かい要望はむしろ望むところなのだ。
面談が終わった魔獣達だが、仲間達のいるエリアにはいかずその場にとどまっている。尋ねられた事柄には答えても、まだ伝えたいことなどがあるのだろう。あるいは愚痴や雑談に付き合ってもらいたいのか。
魔獣関連の依頼では時間がかかることが分かっているため、午前中いっぱいはこの依頼に充てるつもりでいる。最近では午後からのヒルダの授業も座学ばかりではなく魔法の練習や実戦に充てることも多くなってきた。
要望を聞き終えたグスタが、早速獣舎を整えるために走っていったのを見届けると、カイルはクロを背に座り込む。魔獣達もカイル達を囲うようにしてその場で体を休めている。ちらほらと心情を訴えてくる魔獣に答えつつ穏やかな時間が流れる。
しばらくすると魔獣達も落ち着いたのか、ゆったりとした時間を過ごすようになる。カイルも空を見上げながら物思いにふける。
『……年末の剣術大会のことを考えておるのか? それともエゴールのことか?』
「両方、かな」
『主が懸念しておるのは、魔物の増加と例の組織の動きであろう?』
「ああ、ヒルダさんの授業で習ったろ? 十三年前、世界大戦が起きる前にも今と同じような異変があったって。大戦の数年前から世界的に魔物の増加が確認されていた。滅多にテリトリーを離れることのないドラゴンの動きにも変化が見られたって」
それと同じことが近年起きている。ギルドに入る前はそうした情報は入ってこなかった。町から町への移動の際にも、多少魔物との遭遇率は上がったが、一地域では前例がないわけではない。魔界とのゲートの大きさや一度に入り込んだ魔物の数によってはそうしたことも起こり得るからだ。
しかし、世界規模でそれが起きているとなれば、そこには何かしらの理由がある。人為的なものであると否定できないのだ。特に一度大戦を経験した人界だからこそ。五大国をはじめとした各国が剣聖の選出と国力・戦力増強を推し進めている背景にはそれがある。
例の組織が生き残り力を取り戻してきたという情報、そしてかつての大戦前と同じような異変。それだけで十二分に警戒に値する。トレバースもカイルに確認をしていたが、王としての本音では一刻も早く剣聖として立ってほしいのだろう。
「もしまた大戦が起きるような事になれば世界中で大きな被害が出ることは間違いない。剣聖の存在は最大の戦力ってだけじゃなく、士気の向上や抑止力にもつながる。出ないわけにはいかないだろ?」
『ふむ。皇国といえば五大国の中でも魔物が多く出没する地域であったな。ゆえに、常に魔物の動向には気を配っているという。より詳しい情報も得られるであろうな』
「元々あまりよくはなかったけど、孤児や流れ者の待遇が悪化したのは大戦があったからだ。今、少しずつ形だけでも改善し始めてるってのに、好きにさせるわけにはいかない。それに、王国以外の国のトップにも近づけるチャンスではあるからな」
今回行われている恒例の視察とは別に、国中の町や村に国王の勅命を受けた監査が派遣された。施政所や警備隊の意識調査や内部監査はもちろんの事、孤児院の手入れが行われている。カルトーラの町の体制を参考にした改革と孤児の救済・更生を行っているのだ。
ギルドに関してはペロードの町のギルドマスター、トマスが精力的に動いているという。役人達だけでは難しい孤児達の説得や呼びかけに、カイルによって救われた孤児達の中から志願者を募って送り出しているのだという。
緊急性が高く、国の重要案件ということもあってか監査や志願した孤児達も転移陣を使う許可が下りたのだとか。ギルドを通じてカイルに彼らからの手紙も届いている。みんなそれぞれに頑張っているようだ。
「……けど、ちょっと歯がゆいよな。俺もみんなと同じようにあちこち行けたらいいんだけど……」
今のところカイルの移動範囲は王都周辺に限られている。ギルドランクを上げたり、腕を磨いたりする分に不足はないのだが、トレバースからの報告や面倒を見てきた子供達からの手紙を見るたびにもどかしさを感じる。
自分が言い出したことなのに、やり始めたことなのに周囲に任せっきりになっていていいのだろうかと。飛び出していきたい気持ちを抑えるのに必死だった。
『あれ以来さしたる動きは見えないということであったが、王国内に例の組織が潜伏している可能性は高いようだからな。国王としては、主が飛び回って万一目を付けられたらと用心しておるのだろう』
「けど、前の時には共和国に拠点があったんだろ? なんで王国に移ったんだろうな……」
前回の大戦の時、組織の本拠地は共和国にあった。五大国の中央にありどの国にもいきやすいためだろうと思われたが、今の組織の拠点は王国にあるらしい。確証があるわけではないということだが、集められた情報を加味してみると可能性は高いのだという。
『大戦で大きな被害を受け、混乱が大きかった王国であれば身をひそめやすかったのであろう。まさか剣聖の生国に逃げ延びるとは思わぬであろうしな』
「偽情報流しても、俺が敵の懐に飛び込めば意味がない、か」
偶然、組織の一員と遭遇する可能性など万に一つもないのだろうが、カイルの体質的にないとは言い切れない。故にトレバースも気軽にカイルを王都の外に出せないということだろう。
『主は十二分に貢献しておると思うぞ? ハンターギルドで稼いだ金だけではなく、生産者として作り出した商品の売上、商人ギルドの取引で上げた収益の大半を立て直した孤児院の運営費としてテッドに預けてあるだろう?』
孤児院がまともになっても、まともになったからこそその運営には費用が掛かる。それまで孤児達の報酬を略取することで国から支給される低い予算でも運営できていた。だが、それが一切なくなると、孤児達の衣食住を賄うための費用は全て国持ちとなる。寄付は随時受け付けているが、収容する孤児達の数も倍増する孤児院を維持するには心もとない。
王都であのようなことが起きたのももとはと言えば予算不足が原因だった。同じ過ちを繰り返さないためには最低限の予算を組む必要がある。しかし、復興し持ち直したと言えど、国の予算にそこまで余裕があるわけではない。本来あるべき形に戻すためとはいえそう簡単にはいかないのだ。
王都の孤児院騒動で没収することになった財産、治安の回復と孤児の人権を訴えての寄付の呼びかけ、王宮の予備費などをあてている。そんな中、カイルの稼ぎ程度では焼け石に水だろうが、カイルのギルドカードに入ってくる報酬や収益などの大半を寄付していた。
それに倣ってレイチェル達や王都の有力者達も続いてくれたおかげで当面をしのげるくらいは集まったのだという。ランクが高くなるにつれ報酬も高くなる。その分装備にも費用がかかるようになるのだが、使いきれず余らせている者も多かったという。
お金が回れば国の活性化にもつながる。金庫の肥やしにしておくよりはいいだろうと、エドガーやカミラなども寄付をしたのだとか。もちろんカイルの身内を豪語するドワーフ達はこぞって寄付をした。中には材料費を仕入れる元手さえ寄付してしまい、周囲からどやされつつも笑顔で称えられていた。
騎士団の中でもそうした動きは見られた。また、国政を担う貴族と言えど処断されたことから無関係であることや国王の意向に従う意思を見せるためか、貴族達からの寄付もあったのだという。カイルがこれまで行ってきたことや築いてきた人脈がようやく芽吹いてきたのだと感じられる流れだった。
だが、まだ課題はある。これまでカイルは町の人とのつながりを作ってから孤児達を表に出してきた。だが今回の改革は、まず孤児達を保護してから表に馴染ませていくという逆の過程をとっている。周囲の人々の認識や扱いが変わらないまま、形だけ正常なものになるのだ。
孤児達も急激に変わった環境に戸惑ったり反発したりすることもあるだろう。実際に、少なからぬ問題は起きているようだ。孤児達の不安を取り除き、町の人達に認めてもらうためにも世に出る必要性を感じていた。国中に、そして世界中に訴えかけるために。




