表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
150/275

視察団の帰還

 そんな自分が嫌で、強さを求めひたすらに魔法を練習した。見捨てないで済む実力を身に付けたかった。魔物の脅威を知らなかったとはいえ、迷うことなく駆け付ける二人の背中がひどく眩しく羨ましかった。だからこそ、追いかけた。

 二人の命を助けたいからだけではなく、二人が言ったように強敵であろうと立ち向かうことで強くなれる。逃げてばかりでは本当の強さが身につかないという言葉が心に残ったから。本当はカイルも二人のように飛び出していきたかったから。


「はぁあ、何ともまたすごいですねぇ。偶然の要素もあったとはいえ、十二歳でSランクの魔物を討伐、ですか。ギルドに入ってからの急速な昇格も納得ですね」

「そういえば、ギルドに入ったんだよな。ランクは?」

「ん、この間Sランクになった」

 カイルのランクを聞いたクルトとモニカは悔しそうな、それでいてどこか楽しそうな顔をした。自分達の四年半を一年足らずで超えられたことに対する悔しさはもちろんある。けれど、どこか納得してしまえた。


「そう、魔法も?」

「厳しくも優秀な先生達がいるんでな」

「あの頃から魔法に関しては尋常じゃなかったしな。無詠唱でポンポン信じられない魔法を使ってきて、あんな場面じゃなきゃ問い詰めてるところだ」

「そういえば、五か月くらい前に生活魔法の見直しが広まったけど、あれってもしかして……」

「ま、そうだな。探知とかは特に使い道も多いし、二人も使えるようになったんだろ?」

 モニカの疑問に答えて、逆に二人に聞き返す。二人は顔を見合わせてからうなずいた。敵の位置と強さを事前に察知できることがどれほど重要なことか分かったから。何度も倒れるほどに練習を重ねてようやく身に付けた。


 息をするように自然に扱っていたカイルはこれ以上の努力をしたのかと思えば、馬鹿にしていた自分達が恥ずかしくなった。

「Aランクに上がる前に王都やそこにいる奴らの実力ってやつを見せてやりたくてな。俺達と違ってこの二人は若い。将来も期待できる、あわよくば気の合う仲間を見つけてくれればとも考えていた。しばらくは王都に留まるつもりだ、また会ってやってくれ。一緒に依頼に連れて行ってもいい」

「フランツさん……」

「言っただろう? 俺達はお前らより早く引退する。いつまでもパーティ組んでやれるわけじゃないってな」

 二人は成人すれば当然のように渡り鳥の正式メンバーとなれるものと思っていた。だが、言われてみれば元のメンバーと自分達では世代が違う。いずれ彼らは引退して一線からは離れる。そうなれば二人はこのパーティから旅立たなくてはならない日が来るのだ。


 その前に少しでも経験を積ませ、数多くの人が集まる王都へと連れてきた。ここで新たな仲間を見つけられればいい、そんな期待も込めて。前々から言われていたことが冗談でも何でもなく本気だったことに二人は動揺する。

「お前達はもうひな鳥じゃねぇ。立派に渡り鳥として生きていける、それだけのことは教えてやれたつもりだ。後はいろんな経験を積んで学んでいくことでお前達はもっと成長できる。まあ、パーティの名前を継いでくれるなら大歓迎だがな?」

 最後におどけるフランツに二人は複雑な表情を浮かべる。今までひよっこと呼ばれ続けてきたが、フランツは誰より二人の成長を見て、二人の力を認めてくれていた。たくさんの大切なことを教えてくれた。そして今、二人の巣立ちを後押ししようとしてくれている。


「まだ引退には早いだろ。せめて俺らがあんたらを越えるくらいまではパーティでいてくれ」

「名前はわたし達がもっと有名にしてみせる」

 だが、今少し一緒にいてほしかった。二人にとって渡り鳥のメンバーは親代わりであり家族同然だった。まだ何も恩を返せていない。だから、せめてもう少しだけ同じ時間を共有したい。そして、名前以上に受け継いだ数多くのものを生かしてさらなる高みを目指すと誓った。


 同時に今まで渡り歩きながら自分達でも続けてきた孤児達の救済。カイルのやり方を参考に、自分たちにできる限りの事をしてきた。これからも続けて行くつもりだし、カイルと同じように現場で動きつつ名を上げる努力もしてきた。

 だからこそ違う道を歩いても、同じ志を持ち続けられるだろう。やり方は違っても、助けたいという思いに違いはないのだから。過ちを経験したからこそ、間違わずにいる努力を続けられた。

 王都での互いの住所を交わし合うと、カイルはクルト達と別れた。彼らもまた立派に成長していたことを喜びながら。自身の行いの成果と責任をかみしめて決意を新たにした。




 十一の月の半ば、王宮でのエリザベートとの勉強会もだいぶ落ち着き、今では読書などが中心となっていた。カイルが最初にトレバースに望んだ王宮の書庫の閲覧。離宮にも城よりは小さいが書庫があり、その中から選んだ本を読んでいた。


 休憩時間のお茶会には相変わらずトレバースやテッドが参加している。いつもは和やかな空気を漂わせるトレバースだったが、その日は少し表情が暗かった。アレクシスに関しては、カイルの予測通りエリザベートの突撃によって再教育中だという。

 相変わらずやる気はあまりないようだし、目を離せば逃げようとするようだが、前より多少は落ち着いたという。一緒に悪さをする仲間達がことごとく王都を離れているため一人では行動がとりづらいようだ。使用人達に対する八つ当たりや物に苛立ちをぶつけるという行動は悪化したようだが、そのたびにエリザベートがやってくるので別の方法で鬱憤を晴らすようになったのだとか。


 勉強に関しては教えても頭に入らないが、魔法や剣術、体術に関しては前よりずっと真面目に取り組むようになったという。その理由があまり健全ではないが、有り余る力と募る苛立ちを無関係な他者や物にぶつけるよりはいいだろうと黙認されている。

 少しずつではあるが、家族としての時間を持つようにもしているという。常に厳しい為政者としての教育だけではなく、家族として人の温もりや思いやりを教えられるように。


 アレクシスは専属のメイドが一人いなくなっても気にした様子は見られなかったという。そこまでかの魔人に対して思い入れがなかったのか、受けていた影響が思っていたほど大きくなかったのか。それはそれで問題だがカイルが口を挟めることでもないためトレバース達に任せるしかない。


 ビアンカ達も今の国の在り方をどうすれば変えられるのか、それぞれに考えを巡らせるようになり広い視野で国を思うようになっていた。特にクリストフはいずれ兄の助けになって国を支えられるよう勉学に武術にと力を入れていた。何も知らなければクリストフが跡継ぎだと言われても不思議ではないほどに。

 そんなわけで、トレバースが顔を曇らせる理由に思い当たらなかったカイルは直接聞いてみることにした。


「バースおじさん、なんか心配事でもあるのか?」

「あ、ああ。いやね、……そろそろ視察に出していた騎士団が返ってくる頃だと思ってね。経過報告は定期的に受けていたけれど、実際どれだけ効果があったかと思うとね」

 視察団はどの隊もさしたる問題なく村や町を回れたようだった。移動は転移陣を用いて行うためさほど移動に時間は取られない。その分、一つの町に十日ほどとどまり、町の様子や周辺地域を見回ったり、領主や民から問題がないか聞き取り調査をする。


 年に一度そうして視察をすることで広い国土の隅々まで目や手を伸ばせるのだと知らしめることにもなる。ただし、辺境の村などになると転移陣がないため近隣の町からの移動が必要となる。時間がかかるためすべての村を回ることはできず、年ごとに決められた場所を訪問する。村の場合、視察は数年に一度になるというわけだ。

 今回の視察は今までと同じではあるのだが、選ばれたメンバーに関しては同じではない。信頼がおける者と不祥事を起こした、あるいは起こしかねない者を混ぜての編成になっている。それでも問題なしの報告が上がってきているが、どこまで信用したものか。


 職務的には問題なくても、人間的な成長があったのかどうか。反省して自分の行いを悔いて、国の民のために尽くす心構えができたのか。普段は自分達が守っている人々と接触する機会の少ない騎士団。だからこそ、こうして視察をすることで双方にとって互いを身近な存在として認識するためにも続けている恒例行事だ。


「そっか、あいつも、帰ってくるのか」

 カイルとクロに手痛い傷を負わせたエゴール。その後の調べによって、悪ふざけや若気の至りでは済まされないような事に手を染めていることも明らかになっている。厄介なのはそれに第一王子であるアレクシスも少なからず関わっているということで、エゴールを処分するならアレクシスもまた何らかの措置を取らざるを得ない。

 もしエゴールのみを処分することになれば、おそらく彼は王子を道連れにするだろう。それだけの計算はしているはずだ。未成年であり、第一位王位継承権を持つアレクシス。国の威厳と面目を保つためにも公にはできない内容だった。


 トレバースに出来たのは、被害にあった者達に対して秘密裏に支援と謝罪をして、賠償金を払うことくらいだった。守り、導くべき民を王族が傷つけたというのに、そんなことしかできない己が悔しかった。命に貴賤はない、だが立場が罪人を正当に裁くことを許さないこともある。

 王ではなく、父親としてアレクシスを可愛く思う気持ちもある。だからこそ許してはならないことであり、罪を償わせなければならないという義務感も。トレバースはもし成人までにアレクシスが王として相応しい教養と態度、信念が身につかなかった場合、クリストフを次期王に据えるつもりでいた。

 そして、その時こそアレクシスの罪を明らかにして、一生をかけてもアレクシスを更生させていこうという覚悟も。それはエリザベートも同じことで、アレクシスの罪を共に背負い、償っていくことを決めた。


『あやつが変わっておらぬ場合、また手を出してくることもあろう。そうなれば、反撃しても構わぬな?』

「……そうなれば、こちらとしても処分せざるを得ない。だから、その時には……」

『ふむ、殺して口を封じろということか。我は構わぬが、それでカイルに不利益はなかろうな?』


 トレバースが明言しなかったこと。それは実質死刑宣告に等しかった。もし改めないようであれば、再び過ちを繰り返すようであれば、その時にはいらぬことをしゃべる前に殺してくれと。クロとしては一向に構わない。カイルや、カイルが大切に思う人ならばともかく、敵対する相手に対して情け容赦はしない。

 そうなった場合、無駄にカイルの手を汚させるつもりはないが、それでカイルに何か不都合が出ては困る。裏で話がついていても、エゴールはあれで騎士団員だ。家族もいるだろう。


「そのあたりはこちらで調整します。レナード団長やバレリー副団長も承認済みです。彼らもできれば自らの手で叩き直したいようでしたが……」

 カイルは目を閉じて内心でため息をつく。恐らくそれは難しいことだろうと考えたから。

「分かった、注意しとく。それだけか?」

「……孤児院と官吏の件で、特に悪質な者達の処刑が行われたよ。中には孤児院出身者もいた、君からの情報も、役に立ったよ」

「そうか……」


 罪が軽い者で財産の没収や王都追放、重い者は収容所に入れられ強制労働という名の終身刑に服している。そして、救いようがないほどの者達は服毒による処刑が決定していた。正式な手続きを踏むと、最短でも三、四か月はかかる。

 罪の露見から裏どりをしての逮捕拘留、尋問と捜索による罪の立証。そこから裁判を経て刑が確定する。その刑を執行するのに施政者達の承認を経て初めて可能になるのだ。一月ほど前に最高刑以外の者達は刑が執行されていたが、死刑囚に関してはさらに一月かかったということだろう。


 どれほど悪辣な人物であろうと、法に照らし合わせれば人一人の命を奪う決定にはこれほど時間がかかる。一方で、法に守られることなくあまりにも簡単に失われていく命もある。その不条理に立ち向かい、どうにかしようとしていたのが父なのだろう。そしてまたカイルも同じ道を歩いている。


「それはそうと、年末の世界大会には出ないのかい?」

「あー、そう、だな……出るつもりだ。次は皇国であるんだっけ?」

 ノルディ皇国は魔法分野において力を入れているが、剣聖の選定に関しても消極的というわけではない。むしろカイルやダリルのような魔法剣士を多く育成し、自国から剣聖を出すことを目指している。今のところ優勝者はいないが、年々剣聖候補者における皇国出身者は増えているということだ。


 剣聖を決める大会と言えど、魔法の使用が不可というわけではない。むしろ魔法も気功も使えないようでは上位に残ることすら難しい。純粋な剣技ばかりではなく、あらゆる状況を覆せる強さを求められているためだ。剣という接近戦を主体とする戦いの中で魔法を使用できるのであれば、それはそのものの実力として認められているのだ。


 現在の候補者は皆年若く、最年長でも三十代の前半だ。先代の剣聖を知り、候補者以上の実力を持つだろう者達は皆後進に道を譲っている。カイルとしても、ただ二つ名を得るだけよりはそうした大会で実力を見せた方が受け入れられやすいことは分かっている。

 レナードに鍛えられ、魔法なしでもそれなりの戦いができるようになった今では、いいところまで行けるかもしれないと考えてもいる。たとえ負けたとしても次につながる経験ができるだろう。候補者になっていれば聖剣に触れる機会も公式的に与えられるし、剣聖の誕生を世界に伝える機会にもなるだろう。


「そうだけど、いいのかい?」

「なるべく早く世に出た方がいいだろ? 背負わなければならないものの事思うと、実力不足ではあるんだろうけどな」

「そうですか? カイル様は世に出ても恥ずかしくないほどの知識や実力は身に付けられたかと思います」

「出るだけなら、な。でも、まだ足りない。どんな困難にぶち当たっても負けないだけの力が、まだ俺にはない。心を伴わない力は人を傷つけるだけだろうが、力を伴わない言葉も空しいだけだ。何も守れない。俺が無理してもきっと誰かを傷つける。せめて自分が守りたいと思った人を守れるだけの力を身に付けたい。これは、我儘かもしれないけどな」


 クルトやモニカと再会して実感した。生きるために必要だとはいえ自分の心を偽ったり曲げたりするのは辛い。力がないせいで助けるという選択を選ぶことができず、自分を犠牲にしてしか仲間を逃がすことができなかった。カイルはそれでよくても、二人には辛い経験になっただろう。

 そのおかげで成長できた部分はあるかもしれないが、王都でカイルと再会しなければ一生カイルの死を背負って生きていくことになっていた。当時はあのまま姿を消すことが最善だと思ったが、最良ではなかったのだろう。

 だから、例の組織に知られても、精霊神教に見つかっても、現実の壁に突き当たっても乗り切れるだけの強さが欲しい。自分と、守りたいと思う人を守れるだけの強さを身に付けたい。


「……分かる気が、します。僕もこの国を守ることが出来る力が欲しいです。貴族や王族などは十五歳になれば社交界に出ていきます。みんなその日に備えて教育を受けています。兄様は……国内では一応の顔見せができましたが、他国とは交流を持てていません。もしかすると、その役目は今後僕がやらなければならないかもしれません。それを思うと、とても不安になります」

 クリストフは膝の上で両手を握りしめる。外交は非常に重要かつ繊細な対応が必要になる。今の厚顔不遜なアレクシスがその役目を担えば王国が孤立してしまいかねない。人界の食糧庫ではあるが、それ以外の資源に乏しいこともある。排他的な国民性は他国から優秀な人材を招くこともまた困難だ。 


 五大国間で良好な関係を続けていこうとすれば、外交に出る王族としてクリストフにその役が回ってくるだろう。兄とは別の意味で国の命運を背負うことになると思えば、その重責に潰されそうになる。けれど逃げるわけにはいかない。だから自信をつけるためにもこうして必要な知識と力を身に付けようとしている。

 カイルもまた自分とは違う意味で重責を背負っている。孤児や流れ者の待遇改善は国を存続することよりも難しいかもしれない。さらに、クリストフ達は知らないが、英雄の息子であることや剣聖になってしまったことなど。


「焦ることないんじゃない? 自分でも時間がかかるって言ってたじゃない。まだ成人してもいないんだし、自分が納得できるまで待てないの?」

 それはトレバース達も同じ気持ちだった。できることなら自分達が心配する必要もないくらい強くなってからお披露目したい。問題は不穏になっていく世界情勢やカイルを取り巻く運命のようなものがそれを許してくれるかだ。否応なく突き付けられる難題にどれだけカイルの存在を秘匿しておけるだろうか。


 国内だけならまだいい、だが、例の生活魔法の件もありカイルの噂は徐々に世界中に広まりつつある。他国からも情報開示の要請が来ている。魔法史をひっくり返すような存在ならぜひとも自国に引き込みたいと考えるのは必定だ。二つ名を得ることにでもなればいつまでも隠しておけるものではない。


 皇国は魔法に長けた者が多い。カイルの特異な魔法の使い方を見ればそこからたどり着くことは可能だろう。ロイドを知るものならカイルの素性に気付くものもいるはずだ。

 その時のサポートや各国との調整の準備をいておかなければならない。それまでは帰還する騎士団への対応、特にエゴールへの対処だろうか。

 冷めた紅茶を飲みながら、カイルは今後について考えを巡らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ