外に潜む恐怖
ただし、クルトやモニカはどうにかしてカイルの使う魔法を身に付けようとしていた。特に探知などは重要で、敵や獲物の場所だけではない。慣れたならば採取したい素材の場所や数まで特定できるようになるのだ。カイルが通行料を払ってもどうにか収入をプラスに出来るのはこのおかげだ。
時間を無駄にせず、効率よく採取と狩りができる。また、極力危険を避け、戦闘する場合でも先手を打てるというわけだ。今回の最終試験においても、周囲の探知はカイルの役目だった。
「どうだ?」
「……この辺に魔物はいない。採取できる素材ならそれなりにあるけど……」
「それは帰りに取っていく。獣は?」
「この先六十mあたりに小さい反応が三匹。でもこれは食べるには向かないな」
外に出た時、クルトは常に魔物の姿を探し求める。そのため、カイルも何を探すか聞かなくてもクルトが聞いていることが魔物の存在だと分かるため答える。それはモニカも同じで、魔物がいないなら食用の獣を追う。
カイルなら行きだろうと帰りだろうと、出来る時に出来ることをするのだが、二人は荷物になるような素材の採取は後回しにするという方針のようだ。カイルは内心でため息をつきつつも、二人が進む方向にあったいくつかの素材を採取していく。
これは二人の試験ではあるが、別にカイルが二人の方針に従う必要はない。離れるわけにはいかないが、道中での採取くらいは構わないだろう。カイルは食用には向かないが強力な麻痺効果のある茸をいくつか袋に入れたところで視線を感じてそちらを向く。
そこには不満そうな憮然とした顔のクルトがいた。モニカは前を向いていたが、あまりカイルの行動を快く思ってはいないようだった。移動には問題ない程度の採取しかしていないのだが、何が気に入らないのだろうか。
「どうかしたか?」
「お前、いつもそうやって持ち帰れるわけでもない代物を採取するよな? 無駄だとは思わないのか? 帰る時、わざわざ取り出して捨てないといけなくなるのに、何で毎回そうするんだ?」
カイル一人ならこれらは全て自身の食糧にもなるのだが、下手に真似されても困るので誰かと外に出た時には持ち帰れる食料が減ることを承知で食べられるものしか食べていない。また、食べなかったとしてもこうして目についた素材は少しずつ採取するようにしていた。何事もなければ食べることもなく町に戻る前に捨てることになってしまい、少々もったいない思いをしている。
「これか? ま、外では何があるか分からないからそのための備えってとこだな」
「備え? 何に備えるっていうんだ? そんな食えもしないもの……」
「食わなくても用途はそれなりにあったりするんだよ。使わなきゃそれに越したことはないけど、足止めや補助に使えたりするんだ」
例え森で迷ったとしても、食べられるものさえ知っていれば。獣を狩ることが出来れば食料に不自由しない。実際、クルトやモニカは町の外に出て、周囲にあふれる食材に感動していた。これ程豊かなのに、なぜカイルは外に出ることを渋ったのか。
食料を盾に、自分だけが外に出られることで優位性を確保しようとしたのかと邪推したこともある。実践してみればそう簡単なことでもないのだと実感したため、その疑いは晴れたのだが未だにカイルの行動を理解しきれない部分がある。
町の外で見せるこうした行動もまたしかりだ。探知という便利な魔法がありながら、金になる魔物を積極的に狙うわけでもなく、危険と感じたらすぐにでもその場を離れ引き返す。荷物になるのに採取をしながら森を歩き、無駄になる素材もとっては帰りに捨てていく。どれもこれも二人にとっては理解できず、慎重な姿勢も臆病なようにしか見えなかった。
町の中では、最初に出会った時にはあれほど強気で固い決意を見せたのに、町の外では別人のように弱気で慎重になる。戦闘においても実戦慣れしているのは確かだが、体格やリーチ的にクルトやモニカの方が仕留める数も多くなっていた。
今の二人にとってカイルは探知と荷物持ちくらいにしか利用価値がないと言えた。アルミラの町の孤児達はもうカイルなしでも自立して生きていけるし、町の外でもクルトやモニカの方が実力的に上になってきている。
カイルが二人に課した最終試験ではあったが、二人にとってもカイルに対する最後通牒になるとも考えていた。町を出ていくカイルに、もう自分達は大丈夫だと分からせる一方で、もはやカイルの助けなしでも自分達は生きていけるのだと突き付けるために。
いまだに謝ることが出来ない二人の背景には、どこか裏切られたような思いがあった。あれだけ苦楽を共にしてきたのに、一緒に頑張ってきたのに、カイルにとって自分達は通過地点でしかないということが分かってしまった。
カイルの持つ強さと優しさ、そして流れ者という境遇故に放浪を運命づけられているのかもしれないが、それでも共に在りたかった。カイルと共にいればいるほどにその生き方や人間性にひかれていくのが分かった。だからこそ、旅立とうとしているカイルを引き留めたかったし、置いて行かれるような気持ちになった。
自分達にとってカイルは唯一無二の存在であるのに、カイルにとって自分達は救うべき孤児達の一人でしかないということが悔しくてたまらなかった。エミリーなどはそれを自然に受け入れていたし、孤児達の多くもどこか眩しいものを見るような顔で見送ることを決めた。
だが、カイルにより近かった二人は違う。エミリーも近かったが、彼女には魔力がなく町の外に出る意志も実力もなかった。一歩引いた位置から見ていたからこそ、エミリーにはカイルの強さや眩しさだけではなく、弱さや抱えているだろう闇の部分も見えていた。だから、エミリーはカイルを常に子供扱いしたし、反発するということもなかった。
エミリーだけにそっと打ち明けられた、同じ痛みを、恐怖を知る者だと分かってからはなおの事気にかけるようになっていた。そんなことがあっても見知らぬ人の中に飛び込んでいくカイルを頼もしくも、痛々しくも思いながら。そうすることでしか人として生きていけない自分達の現実というものをかみしめながら。
しかし、二人は知らない。そうしたカイルの心情や脆い部分を見ることができず、躍起になって見返そうとしていた。自分達にはできるのだと、もう守られる必要などないのだと知らしめたかった。それが逆にカイルに負担を強いていることに気付きもせず、危険を引き寄せてしまうかもしれないなど思いもせずに。
「足止めや補助? ふんっ、そんなことをしなくても倒せばいいだけだろう?」
「倒せる相手ならな」
カイルは普段二人に無茶をさせないためにも実力で敵わないような魔物とは遭遇させないように気を配っていた。後から考えれば、少し無茶をしても自分が叶わない相手もいるのだと教えておくべきだったのかもしれない。そういう点で、確かにカイルは臆病だったのだろう。自身が体験してきた恐怖を味あわせたくなくて、そのせいで彼らの思い違いを訂正することができなかった。
「このあたりの魔物なら問題ないわ」
「そりゃ、そうなんだろうけどな。でも、魔物ってやつはいきなり現れることもあるんだ。その場合どれだけ警戒してても逃げたり避けたりすることが難しい」
人界と魔界を繋ぐゲートは何の前触れもなく突然つながって魔物を吐き出し、自然と閉じる。どこにそのゲートが現れるのか、そのゲートからどんな魔物が出てくるのか。全く予測がつかない部分があるのだ。熟練者であってもそれで命を落としてしまうことがある。それほどに油断がならず、何が起こるのか分からないのが町の外だ。
「お前はいつもそうだよな。町の外ではビクビクと逃げ回って、折角の魔法も宝の持ち腐れだ。なんでお前に使えて、俺達に使えないんだか。そうすりゃ、ずっと稼げるってのに」
「……もともとこれは身を守るために覚えた魔法だ。クルトの言う通り、逃げ回るために鍛えた魔法なんだよ」
それが最も生存確率の高い方法だったから。町の外で生き抜くために必要な技術と心構えだったから。けれど、そんなカイルの思いはクルト達には伝わらない。たった半月、しかも明るい昼中にカイルが神経をとがらせて外でも安全地帯と言える場所だけで採取や狩りを行ってきた彼らには外の恐怖というものが理解できていなかったのだ。
「情けねぇな。あれだけ大きなこと言っておいて、本当は見かけ通りの小さな度胸しかないってか?」
「何度も言っただろう。町の外では慎重に過ぎるくらいがちょうどいいって。舐めたら死ぬ、なんと言われようと、俺は自分から危険に近づいたりはしない」
「そうね。あんなに弱い魔物相手にも奇襲しかできないカイルにはお似合いかもしれないわ」
魔法で先手が取れるということが大きく関係しているが、カイルはどんな相手だろうと真正面から戦うということをしない。常に死角から飛び道具や魔法の攪乱を含めた奇襲をかける。体が小さく、一人で行動することの多いカイルが最も安全に高い成果を得られる方法だ。
魔物は小さくても人よりは力が強いし、思わぬ能力を秘めていたり魔法を使ってきたりする。最下級の魔物であろうとなめてかかることが出来ないのだ。クルトやモニカも初戦闘の時には奇襲をかけることに文句は言わなかったし、慣れるまでは常に警戒していた。しかし、慣れてしまえば真正面から戦っても負けるような相手ではないと判断した。
カイルが発見した魔物の種類と数が分かれば、カイルの合図を待たず静止の声にも耳を傾けずに向かっていくことも多くなっていた。そのことに対して何度も注意喚起をしたカイルだったが、二人は聞き入れてくれなかった。多少の怪我を負おうともそれこそ勲章のように誇っていた。
外の恐怖を知らないまま、自身の実力に己惚れるようになっていく二人にカイルは危機感を抱き、己の過ちに気付いた。二人はカイルが思っていた以上の実力を身に付け、度胸もあったためか町の周囲、カイルが連れていける範囲においてさほど苦労することなく戦果を挙げることが出来たのだ。
同じ魔物相手でも、カイルが加勢したり指示を出す必要もなく倒すことが出来るようになっていった。未だ戦闘中に死につながるような危機に直面したことも、力不足を痛感したこともない。そのため、カイルの言葉や話を実感することが出来ないでいた。これのどこが危険なのかと、どこにそれほどまで警戒する必要があるのかと。そう思うようになっていったのだ。
そんな二人の思い違いを矯正するためには、実力で到底かなわない相手と向かい合わせるのが一番なのだろう。しかし、それは同時に二人の命を危険にさらすことでもあった。そんな相手であれば、例えカイルと言えど逃げ切れるか分からない。どちらかに、あるいは双方にとって死の可能性がある方法をとることが出来ないでいた。
最終試験、カイルの先導がない状況で、全てが自分達の判断に任された状態で少しでも危機感を感じてもらえれば。自分達がやっていることが命のやり取りであるのだと理解してもらえればと思っていた。魔物と言えど命ある生き物であり、戦いとは互いの命を懸けた生存競争であるのだと分かってもらいたかった。
生きていくために必要なことだからこそ、作業や腕試し感覚で、自らの命を懸けているという自覚なしに戦いに身を投じてほしくなかったのだ。それは相手の命を軽んじるばかりではない、自らの命もまた危険にさらす行為であるのだと気付いてもらいたい。
「……弱くても魔物は、魔物だ。やり方を変える気はない。お似合いと言われてもむしろ本望だ。危険を冒して真正面から戦うより、臆病や卑怯と言われても安全で確実に勝てる方法を選択する。だからこそ俺は今まで生き残ってこれた」
「お前はそれで満足なんだろうさ。でも、俺達は違う。真正面から戦ってねじ伏せないと、いつまでたっても自分の力が確認できない。お前のやり方を俺達にまで強要する資格も権限もないだろう? 俺達はお前よりも強くなった。それは、俺達が怪我をしてでもきちんと戦ったからじゃないのか?」
移動を再開したが、周囲の警戒はカイルの探知とモニカに任せ、クルトはカイルを見下ろしながら言葉を紡ぐ。それにカイルはとっさに答えることができなかった。確かにカイルの方が経験は豊富だろう。しかし、カイルは魔物相手に正々堂々と戦った記憶はほとんどない。
あまりにも幼い頃から放浪を繰り返していたがゆえに、ろくに実力をつけることもできないうちから魔物との戦いを余儀なくされた故に身に付いた歩き方と戦い方。魔物の恐怖も脅威も身をもって知るカイルは、今までそのことに疑問を覚えたことなどなかった。
しかし、ある程度の年齢に達しさらにそれなりの実力を身に付けた者達からすると、見苦しく思えるのかもしれないと。例えそれが外の恐怖を知らないために出てきた発言であろうと、二人が強くなったことに違いはない。
カイルの場合、危機的状況を経験し必要に駆られて新たな力を身に付けるといったことを繰り返してきたが、二人は脅威に対して真正面から立ち向かうことで力を身に付けた。その違いが両者の認識だけではなく価値観の違いも生んだのだろう。
「…………そうかもしれないな。でも、これだけは覚えておいてほしい。生きるために、時には逃げることも必要だ。敵わないと思ったら、逃げてくれ」
「心配いらないわ。カイルが逃げるような相手でも、わたし達二人ならきっと勝てるもの。わたしは、逃げたくない。もう、おびえて暮らすのは嫌だもの」
髪をすっぱりと切り、女の子の孤児がさらされる恐怖と向き合う覚悟をしたモニカ。強くなったことで、逃げるだけではなく戦う選択ができるようになった。だからこそ、背を向けたくない。怖くても立ち向かわなければ勝てないのだ。
「怖ければお前は逃げたらいい。でも、俺達は逃げない」
クルトの言葉に、カイルは空を見上げて一度目を閉じる。言葉を交わしているのに、思いがかみ合わない。ひどくもどかしくて、本当に伝えたいことが伝わらないことに虚しさと悲しさを感じてしまう。最近はこんなすれ違いばかりだ。
「確かに俺は相手によっちゃ逃げる選択をすることが多いかもしれない。でも、逃げたらいけない時ってのは知ってるつもりだ。同時に、何があろうと逃げなきゃいけない時があるってことも」
例え腕一本を犠牲にしようとそれで命が助かるなら逃げなくてはならない。誰かが襲われているのを感じ取っても相手や状況によっては見捨てる選択をしなければならないこともある。逆に、どれだけ不利でどれだけ危険があろうとも踏みとどまらなければならない時がある。特に仲間の、大切な人の命がかかっている場合には。
カイルの中でその線引きはあった。孤児や仲間達のために命を懸けて身を削る選択はできても、見ず知らずの大人の……他者のために徒に自らの命を危険にさらすことは出来ない。助けられるならば助けるが、そうでないなら見捨てる。それが自然の摂理でもあったし、生きるために必要な犠牲だと割り切る様にしてきた。
心にわだかまるものが、重くのしかかるものがあったとしても、力ないカイルにはそうする以外の選択肢が持てなかった。孤児達の英雄などと呼ばれようと、カイルだって自分の命は惜しい。物語の英雄のように誰彼構わず命を懸ける選択などできるはずもなかった。
それに、やむを得ず放浪する者を除き、基本的に町の外に出る者達は生死に関しても自己責任となっている。ギルドに多くの依頼が集まるのは、自ら町の外に出ることのできない者達の代わりに危険を負担しているということだ。ギルドで実力者が優遇されるのもそのためだ。
ランクが上がるほど難易度が上がり危険も増す。つまりそれだけの危険を肩代わりして、なおかつ要望に応えてくれる。町の人達の大半はギルドに登録していても職業に関係しないギルドに関してはDランク以下であることがほとんどだ。そのランクまでなら町中の依頼だけで済むためだ。進んで町の外に出ようという者は皆ある程度の実力と覚悟を持って臨むのだ。
 




