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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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最終試験

 自分達よりもよほど厳しい現実の中を生きているはずなのに、自分達よりも人としての誇りと意識を持って生きている。カイル生来の気性もあるのだろうが、家族や今まで出会って来た人々の影響もあるのだろう。

 きっと辛いこともたくさんあっただろうに、それさえも生きるための力に変えて。自分を支える強さに変えて生きている。自身のことをあまり語らないカイルだが、なんとなくそれが伝わってくるからこそ、カイルの言葉には不思議な力がある。カイルの存在に勇気をもらえる。


 ふと、昔読んだ絵本の登場人物を思い出す。幼くても、少々ひねくれていて気の強かったエミリーが鼻で笑って馬鹿にした存在。人々が苦難にさらされた時、助けを求める時、どこからともなく現れて問題を解決し、人知れず去っていく、そんな英雄譚だった。

 弟はそれを見て憧れていた。いつか自分もそんな存在になりたいと。けれど、エミリーはそんな存在は物語の中だけの存在だと思っていた。孤児になった後は余計その思いも強くなった。世間の冷たい目と、昼夜を問わずに心身を蝕む飢餓。そして、何度も夢に見る思い出したくない恐怖の体験。


 そんな英雄がいるなら、なぜ自分を助けてくれないのかと。どうしてこれほど辛いのに、誰もそれを分かってくれないのかと。馬鹿にしていたくせに、都合よく期待して頼ろうとした存在。けれど、現実にはそんな英雄などいないのだと、諦めていた。

 しかし、もしかするとそれはカイルのような存在を指すのではないかと。絵本の絵ほど頼りがいがある立派な体ではないかもしれない。物語ほど都合よく何でもできて、誰でも助けられるわけではないのかもしれない。


 それでも確かにカイルは自分達に救いをもたらした。希望を、光を見せてくれた。暗く行き詰まりだった道を照らしてくれて、光の中に通じる道を教えてくれようとしている。自分達と同じ場所に立っているのに、進むべき道に導いてくれる。

 弟が憧れた、雲の上のような英雄ではない。すぐ隣にいて、だからこそ伝わる温かさと勇気をもたらしてくれる、小さな英雄。自分達と同じで厳しい現実と戦いながら、それでも小さな体で必死に自分達を守ろうとしてくれている。こんな英雄なら悪くない、そう思える。等身大の、けれど希望の象徴のような自分達の……孤児達の英雄だ。


「カイル、あなたってまるで……孤児達の英雄、みたいね」

「英雄? ははっ、そんなたいそうなもんじゃないさ。それに、本当の英雄ほど色々背負える強さも覚悟も持ってない」

「? まるで、本当の英雄を知っているみたいな口ぶりね」

「知ってるっつうか、聞いた話がほとんどだけどな」

 少なくとも、カイルはロイドが剣聖として働いているところを見たことは一度もない。すべて残された記録やジェーン、人々の話から聞いた事柄に過ぎない。それでも、ロイドがあれほど大切にしていた家族より優先させなければならないほど重い責任を負っていたことは分かる。そして、世界中の人々から期待を寄せられるほどの強さと、人々を救うために命を懸ける覚悟を持っていたことも。


 どれだけ孤児達のために行動しようと、カイル一人では彼らを助けることが出来ない。彼らの協力と、町の人達の理解があって初めて少しましになるという程度だ。本当の英雄なら、カイルが殺した孤児達を含めて救うこともできたのかもしれない。それができないカイルは、自身を英雄などと思うことはとてもできなかった。そんな覚悟など持てなかった。

「フフッ、それでも、わたしにとってカイルは英雄みたいよ」

「……褒めてるのか、脅してるのか分からないな。ま、自分の言動に責任を持つ覚悟はしてる。それでいいか?」

「ええ、わたしも頑張ってみる。いつまでも年下の子におんぶにだっこじゃ情けないものね」

 エミリーは立ち上がり、カイルの頭をなでると満足そうな顔で戻っていった。カイルはといえば子供扱いされたことを喜ぶべきか悲しむべきか葛藤していた。




 タイムリミットが近づいた三か月後、カイルはアルミラの町の外にいた。と言っても、町を出ていこうとしているわけではない。そのための準備は進めていたが、アルミラの町の孤児達が自立するための最終調整を行っていたのだ。

 クルトやモニカと言ったまとめ役の協力やエミリーなど年長者の協力が得られたおかげか、表に出る基盤を固めるための教育や準備は驚くほど順調に進んだ。一月も経つ頃にはエミリー達が町に出て働くようになり始めた。


 一月前と比べると随分健康そうになり、小ざっぱりとした彼女達の様子に町の人々も眼を見張っていた。カイルが彼女達のために探した仕事場は保育院。三歳くらいから初等教育を受ける六歳までの間、昼中仕事をする人々に代わって子供達を預かる施設だ。孤児院と違い、ここはきちんと機能している。

 大人や男達が少ない職場ということで、あちこち探し回った末にようやく見つけ出した。しかし、そこで働くことを許可してもらうためにはそれこそ血のにじむような努力が必要だった。幼い子供達という、ある意味最も孤児達に近づけさせたくない存在。下働きや雑用と言えど、難色を示す者達は多かった。


 何度も説得や話し合いを行い、エミリー達を連れての面接や試験的に短時間働いてみるといったいくつもの過程を経てどうにか認めてもらった。ただし、何かトラブルを起こせば即座に辞めさせるという条件の元。

 しかし、本格的に働き始めて三日が経ち、一週間が過ぎ、十日を越える頃になると少しずつ彼女達に対する評価が変わり始めた。元々彼女達のような年長者であり数少ない女の子達は年下の孤児達の面倒を見ることが多い。出歩くことが危険であり、粗雑な孤児と言えども男の子よりは面倒見がいいということで。


 そのため小さい子供達の扱いにも慣れており、仕事に関しても拙く不慣れではあったが真剣に真面目に取り組む姿に厳しかった目が緩み始めた。文字の習得をしていたことで子供達に絵本の読み聞かせをしたり、共に遊んだりといったことも任されるようになっていった。

 院長他、職員も皆女性であり、エミリー達の事情を知って同情的でもあった。子供達の受け入れの時などに、父親の姿であっても怯えを隠せない様子を見ればなおさら彼女達の傷の深さを理解したようだった。付き合っていくほどに町の子供達と変わらないばかりか、よほどしっかりしている彼女達を見て自分達の中にあった偏見や無関心のもたらした罪深さにも気付いてくれた。


 そんな彼女達の活躍もあってか、それ以降の孤児達の受け入れはそれほどもめることなく進んでいった。まだ小さい子達は仲のいい年長者と組んで一緒の仕事場で働くようになっていた。食事時、お腹を鳴らしながらも我慢して働く姿は心に響くものがあったようだ。

 飢えた孤児達による盗みやスリ、集りといった犯罪行為がパタリと途切れたことで町の治安が向上したばかりではなく、わずかばかりの報酬や食事で煩わしい雑用を肩代わりしてくれる。それが判明したことが孤児達の受け入れを加速させてくれた要因にもなった。裏社会の連中は孤児達を手足として使えなくなり苦い思いをしていたようだったが、それこそ望むところだった。


 もう孤児達の犯罪を隠れ蓑にしたり、自分達の罪を押し付けたりすることもできなくなったのだ。何度か報復に動いた裏社会だったが、精霊情報と探知によって事前に察知したカイルが全員を避難させたためどうにか被害を出さずに済んでいる。

 三か月が経った現在では、孤児達の半数以上は固定の仕事場を持ち、そこに住み込みで働かせてもらっている。建物の中で寝られるということや、三食食べられるということにみんな地に頭をこすりつけるほどに感謝を示したという。町の人達も自分達にとっては当たり前であった生活が、孤児達にとってはあまりにも遠く得難いものであったのだと分かってくれたようだった。


 残りの半数だが、こちらはほぼ魔力持ちの孤児達だった。魔力があって、多少でも魔法を使ったり魔力操作ができれば臨時の仕事であっても得やすいことから、魔力がないものを優先して固定の職場に就かせたためだ。

 クルトやモニカもこちらのグループで、カイルに作ってもらった訓練用の武器を時間がある限り練習し続けていた。その姿を見て、魔力があるグループは自分達の役目をそれとなく悟ったのか二人に続く動きを見せた。大変だったのはカイルだ。


 食料の確保と町への根回し、必要物資の確保はもちろんの事、町の外に出た時は食事や資金のための素材収集だけではなく、武器の材料の確保までしなければならなくなった。おまけに加工もまたカイルの仕事だ。

 全員に武器が行きわたった頃には連日の睡眠不足と過労でフラフラになっていた。その様子を見て、さすがに悪いと思ったのか、一日休みをもらえたのは幸いだった。ただし、翌日復帰した際町の人達に予想以上に心配されていたことに謝罪をしつつも心が温かくなった。この町ならもしかすると流れ者であってもカイルを受け入れてくれる可能性もあるのではと考えた。


 だが、うまくいけばいくほど、笑顔と人間らしさを取り戻す孤児達を見れば見るほど、今もなお暗闇の中にいるだろう他の町の孤児達のことが気にかかる様になっていった。そんなカイルの姿をエミリーは好意的に受け止めてくれたが、クルトやモニカは少し違っていた。

 一緒にいてもどこか心に距離のあるカイル。誰かに手を差し伸べても、差し伸べられるであろう手を素直にとることのできないカイルに反発にも似たやりきれなさを感じていたようだった。自分達が夢にまで見て、けれど決して叶わないと思っていた生活が実現しようとしていた。それなのに、それをもたらしてくれたカイルは孤児達の現状に満足しても、自身ではそれを享受しようとしない。


 同じ場所にいるはずなのに、どこか遠いカイルに怒りさえ覚えるようになっていた。自ら言い出したことなのに、そのために誰よりも苦労と努力を重ねたはずなのに、なぜ自分達と同じように今を喜び幸せに浸ることが出来ないのか。流れ者だから遠慮しているのか、それとも自分達が感じる最上の幸せはカイルにとってはそうではないのか。いらない詮索までしてしまう。

 武器と魔法の扱いに慣れ始めたクルトやモニカはカイルが外に出るのに合わせて、自分達も町の外へ出たいと言い出すようになっていた。初めは反対していたカイルだったが、モニカの説得やクルトの言い分にうなずかざるを得なくなった。


 いずれ町を出ていくだろうカイルに代わり、食料と資金調達に町の外に出る者が必要になってくること。武器の扱いにも慣れ、簡単な狩りならできる程度の腕にはなっているだろうこと。何より自分達を置いていくことになるカイルに必要以上に指図されるいわれはないと。止めても自分達だけでも外に出ると言われたなら、付いてくることを許可するしかなかった。

 それを聞いていたエミリーが彼らに怒ってくれたことで、多少救いにはなったが心に突き刺さる言葉でもあった。生活が安定したからといって町を出ていくことは、見捨てることと同義だと言われたようだった。今までカイルが最後まで関われなかった孤児達は皆そう思っているのかもしれないと考えると心が重くなった。こうして成功した場合でさえもそう思われるのならばなおの事、彼らはカイルを恨んでいるのだろうか、と。


 うつむいて震える手を握りしめるカイルを見て、クルトやモニカはさすがに言いすぎたかと焦りの表情をする。あまりにもしっかりしすぎていて、弱音を吐くことなどなかったカイルが見せた傷ついたような顔が後悔を増長させる。

 けれど謝る前にエミリーの猛襲にあい、その間にカイルは自分達に背を向けてしまっていた。言いたいことを言ったエミリーがその後カイルと何事か話していたが、クルト達は翌日カイルによって町の外に行く旨を伝えられるまで話すことができなかった。それから一か月以上が経った今でも謝ることが出来ていない。


 次の日になればいつもと変わらない表情と態度で接してきたカイルに二人が甘えてしまったという面もある。年下なのに、自分達に光を与えてくれた存在だったのに、あれほど自分達のことを考えて行動してくれていたのに、カイルに対して何一つ返せていなかったことに気付けなかった。

 本来であれば年上である自分達が守らなければならないはずだった。どうするのが最善かもっとよく考えなければならなかった。カイルのことを知り、考えて行動しなければならなかったのだ。なぜあれほど外に出ることを渋っていたのか、もう少し深く考えるべきだった。きちんとカイルの言葉に従うべきだったのだ。




 その日は最終試験でもあった。カイルはクルトやモニカを中心としたグループに町の中での勉強と外での実践を含めた採取と狩りの仕方を伝授していた。薬草の種類や見分け方、解体の仕方は街中でも教えられる。けれど、それが実際にどういう場所にあって、どんな風に仕留めればいいかということは実際に見たりやってみたりしなければ分からない。

 実践してみて、やはり自分には向かないと考える者も少なくなかった。結局のところ積極的に外に出るのはクルトとモニカ、他数人になっていた。みんなが働くようになっていて余裕が出てきたカイルは、丸一日をかけて少しずつ彼らに町の外での歩き方を教えていった。


 慎重に慎重を期したようなやり方に、もどかしさや歯がゆさを感じる者は多かったようだが、初めて魔物を間近に見て、戦闘を経験すると文句をいう者は少なくなった。町の中とは違った危険性を肌で感じ取ったようだ。

 しかし、クルトやモニカはむしろ魔物との戦いを経て好戦的に、そして積極的になっていった。魔物を倒した際に得られる魔石や素材は、採取などでちまちま集める素材などより平均的に高値で売れる。また、獣などのように倒した後に血生臭い死体が残ることがなく命を奪っているという感覚が薄かったこともあるだろう。そして、恐ろしい風貌の魔物を倒せば倒すほど自身の強さを実感できた。


 三日に一度と言わず、毎日でも行きたがる彼らを止める方が大変になり始めた。魔力などはすぐに回復しないものだし、慣れた者でも外での生活には思っていた以上の疲労がたまる。常に気の抜けない緊張感が自覚しないままに気力と体力を削るのだ。

 何度もそう説得したのだが、勢いづいた二人を止めることはできなかった。そのままでは本当にカイルが知らないうちに町の外に出ていきそうで。だからこそ、カイルは外に出る周期を二日に一度にすることで二人の暴走を抑えていた。


 そうして、月の半分を外での採取と狩りにあてたかいがあったのか、それなりに安定した収入を得られるようになり、ぼろくて小さいが表で家を借りることが出来た。生活の場もそちらに移すことになり、路地裏からついに孤児達が姿を消すことになった。カイルは備蓄していた食料もその家に移し、自身もまたその家の一角で生活させてもらうようになった。

 そうなると孤児達の方針を決める役もカイルからクルトやモニカに戻っていった。そして、コツコツためたお金で質素ながらもきちんとした武器をそろえたクルトとモニカが最終試験としてカイルと共に町の外に出た。


 いつもはカイルが先導役をするのだが、今回は二人が主導になる。カイルはその補佐に回っていた。カイルが教えた生活魔法は魔力を持つ孤児達みんなが使えるようになっていたが、応用に関しては別だった。カイルの場合、応用魔法を生み出す場合でも詠唱を必要とせず、魔力操作と魔法制御能力に任せて、膨大な魔力を持って回数をこなすことで身に着ける。

 しかし、カイルほどの魔力操作や魔法制御能力を持たず、魔力も少ない孤児達ではそれが難しかった。なにより、生活魔法であろうと無詠唱で使えるということ自体が異例であるとカイル自身も自覚がなかったのが問題だった。

 どうすれば使えるようになるかと言われても、首を傾げざるを得ない。最初はもったいぶっているのかと考えていた面々だったが、本当に分からないのだと知ってからは無理に聞き出そうとはしなくなった。家があって町中で暮らす分には今ある魔法だけで十分だったからだ。

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