食べる幸せと綺麗な体
一人一人がその自覚を持ち、さらに、自身の行動が仲間達すべての未来にもかかってくるのだという責任を持ってもらいたいのだ。そればかりは、いくら言葉を重ねようと強制できるものではない。
「どこまで話してる?」
「一応、お前の提案はみんなに話した。みんな半信半疑だった、お前が来るまでは……」
「それでもここに来てくれたってだけで希望は持てる。どうにか信じてもらえるように努力するさ。で、少しでも俺の言葉を、俺のことを信じられるようになったら、表にも目を向けてほしい」
カイルは片方の鍋には水を、もう片方には米と水を入れて蓋をすると、それぞれに手を当てて一気に過熱する。火を使いづらく、また自身でも炎を見られないため編み出した魔法。水を一瞬でお湯に変え、継続すればそのまま高温で中の具材を煮ることもできる。
この町に来て、初めての食材である米に出会ったカイルは最初はその火加減というか、炊き方に苦労した。焦がしてしまったり生だったり、何度か無駄にしてしまいながらどうにか最適な加減を覚えた。そのおかげか、普通に米を炊くよりも短時間で炊き上げることが可能になった。
食べ物を前にすると我慢が効かない孤児達を待たせずに済むという意味ではよかったのかもしれない。それに、米というのは意外に炊き方や調理法によって病人食にも最適で栄養価も高い。腹持ちもいいことから理想の食材と言えた。
カイルは鍋から手を放すと今度は人数分の器を作る。そして、背負っていたカバンから木を使って削り出した箸とスプーンを取り出す。器はともかく、箸やスプーンを毎回作るのは骨が折れる。そのためあらかじめそれなりの数を確保していた。
「器は後で浄化して土に返すけど、箸とスプーンは個人の物になるから大事にしろよ?」
「……くれるのか? これ」
「俺が作った奴だから元手はかかってない。それに、流行病とかの感染防止にも個人で分けた方が都合がいいんだ。水はあるんだから、使ったら洗ってくれ。じゃ、並んでくれるか」
カイルはいい匂いで目を覚ました自分よりも小さい子供達にも目を向ける。大きい者達が押し合い圧し合いするので、歳の小さい順に並ばせた。さすがに見苦しいことに気付いたのか、みんな大人しくなる。同じく木で作ったお玉で、器に小さく刻んだ野菜と肉が混ざったおかゆを注ぎ分けていく。
モニカが教えてくれた十人にはスープを運ぶ。孤児達は皆、長らく食べることのなかった温かい食事というものに夢中になっていた。モニカはお腹を鳴らしつつもぐっとこらえ、共に寝たきりの孤児達にスープを飲ませていく。七人は自分で食べられるくらいではあったため、器とスプーンを渡している。
少しおかゆの方を羨ましそうに見ていたが、カイルの言葉に実体験を伴う信憑性があったためかぐっとこらえる。これで体調が戻ればまた同じようにして食べられるようになると自分を励ましながら。
ずっと水しか飲めなかった三人も、温かく野菜や肉のうまみが溶け込んだスープに小さな笑顔がこぼれる。弱った体にしみわたるかのような温かさに涙をこぼすものもいた。このまま死んでしまうのかと思っていたのに、生きる気力と力を与えられたようだった。
モニカは長い前髪の下で笑みを浮かべて、それから自身も食事をとる。あっという間に作った食事はなくなった。量的にはそれほど多くはなかった。けれど、食事というものがあれほどの幸せをもたらしてくれるのだと多くの孤児達が思い出しかみしめることになった。
例え一日一食でも、盗みを働き罪悪感や嫌悪感を感じながら食べる、味も分からないような食事とは違う。生きていることを実感できる一時。それを与えてくれたカイルという新参者。そして、それはこれからも与えられるのだという。
食事をする前はカイルに対する警戒心の方が強かった孤児達だが、今ではカイルの話を聞こうと考える者達の方が多くなっていた。カイルはクルトに告げたように、確かに自分達に食べ物を与えてくれた。ただ食べ物を与えてくれる以上の、食事をする楽しみや幸せを思い出させてくれた。
この場所に初めから用意されていた甕にあるきれいな水。カイルは確かに言葉通りの物を与えてくれる、それだけの行動力と実力がある。カイルが表で働いているところを見てはいないが、嘘を言っているようには思えない。
「一息ついたところで、俺の話を聞いてくれるか? 聞いたかもしれないけど、俺はカイル=ランバート。これでも十二だ、あと、男だから」
知っていても年齢や性別で驚きの顔を浮かべる孤児達。カイルは彼らに向かい合って座りながら明るくなってきた空を見る。そろそろ働きに出る時間が近づいている。
「俺がみんなにお願いしたい条件を言っていく。それを守ってくれるなら、俺もクルトに言ったことは守る」
みんな表情を引き締める。そう、いくらなんでもこれだけのことをしてくれて、何も条件を付けずにいるはずがない。見返りとまではいかなくても、きちんとした目的というか相応の対価は求められるだろう。
「昨日はそんなこと言ってなかったが……」
「最初から条件付けてたら集まらないやつもいたかもしれないだろ。俺がそれを守る保証はなかったしな。少なくとも、昨日の時点では」
「計算通りというわけか? 確かに、食っちまった以上話を聞かないわけにはいかないしな」
何より出入り口はカイルの後ろにある。素通りさせてくれるとも思えないし、武器を持ち、魔法を使えるカイルは敵に回せば厄介極まりない。それさえも計算に入れての配置と言動だったのかとクルトは予想以上に強かなカイルに舌を巻く。
「悪いな。これでも裏通り育ちだ、それくらいの計算はするさ。まず一つ目、生活の場をここに移してほしい。集まって分かったと思うけど、ここなら生活するに十分な広さがあるし、お互いのフォローもしやすい。さっきみたいに食事も分配しやすいしな」
出された一つ目の条件にクルトだけではなく孤児達も目を丸くする。それはむしろ自分達からお願いしたいくらいのことだった。ここより条件のいい寝床などそうはない。しかも守ったり、逃げる際のことも考えられているとなればなおの事だ。
「二つ目、最低限の衛生観念と病気や怪我への対処法を身に着けること。まぁ、身だしなみに気を使って、応急処置とかその後の看病の仕方を覚えろってこと。俺もそこまで知ってるわけじゃないけどな、少なくともみんなより経験と知識はある」
先ほどの食事内容をとってみてもそうだ。それに、カイルと自分達を見比べてみればよりはっきりとする。カイルが表で働けて、自分達がそうできないわけが。不潔でいることが病気を招くだけではなく、表の人達から避けられる要因でもあった。腹が膨れて落ち着けば、今まで気付かなかったことの方が不思議に思える。
「三つ目、出来る限り表や裏とのトラブルを避けてくれ。これは盗みをしたり、俺達をいいように使ってくる奴らの指示には従わないでほしいってことだ。表でも注意が必要なやつは後で教えるから近づかないでくれ」
「……それは危険だからか? ここから出るなってわけじゃないんだろ?」
「そうだ。盗みはリスクが大きいし、捕まったら死ぬこともある。表の人達から嫌われる原因にもなってるからな。俺らを使い捨てにする奴らの指示に従うことも同じことだ。表には、なるべく出てほしいと思う。表にだっていい人達はいる、きちんと知ってもらえれば俺達のことを気にかけてくれる人はいるんだ。それを知ってもらいたい、自分の目で見てもらいたい」
そうしなければ自ら表に踏み出すことなどできないだろう。盗みを目的で表に出る場合、標的やその周りの人以外に注意は向かないだろう。そしてまた、そんな目をしているからこそ町の人達にも警戒され、嫌われる原因になる。
しかし、ただ表を見るだけなら、歩くだけならきっと今まで見てこなかったものも見えるだろう。その分、意識してこなかった厳しい目にさらされることにもなるだろうが、それこそが自分達の今までの行動がもたらした罪の結果なのだと知ってもらいたい。罪は自覚しなければ償うことなどできないのだから。
「それと同じように、表にも危険なやつらはいる。俺達の命なんてゴミ以下だと思ってる奴らも、な。そういう奴らには近付かないのが一番だ」
その言葉には多くの孤児達がうなずく。路地裏で生き抜くためにまず身に付けなければならない事柄でもある。
「四つ目、少しずつでいいから表で生きるための覚悟と努力をしてくれ。俺が今やっていることは、全てこのためにある。せめて、俺が支えていられる間に決断してくれるとありがたい」
「……それが、お前の出す条件か?」
「そうだ、難しいか?」
薄く笑みを浮かべるカイルに、クルトは髪をかきむしる。何とも質が悪い、これではうなずかないわけにはいかないのだ。カイルが出した条件は、全て自分達のためになることばかりだから。そこにカイルの私利私欲など含まれていない。むしろこの町の孤児達が人として生きていくために必要な条件なのだ。
「くそっ、本当に十二とは思えないな。分かったよ、やればいいんだろ」
カイルはクルトのやけくそ気味の言葉に笑みを浮かべる。とりあえずは了承を得られたものとして進められそうだ。事前に用意していた物資なども無駄にならなくて済む。カイルはまず表に出る際の注意事項や、要注意人物について教える。知っている者もいれば知らない者もいたようで、それでも真剣な顔で聞いていた。こうした情報一つが生死の分かれ目になることはよくある。
それから男女で別れてもらう。やはり女の子の割合は少なく、六十人ほどの孤児の内十二人。五人に一人くらいの割合だ。それも、十歳を超えるとなるとさらに少ない。モニカを含めても三人だった。
カイルは十人前後のグループを作ってもらうとそれぞれに衣服を含め浄化の魔法を使っていく。とりあえず動けない者も含め、一応は清潔にはなった。みんな光ったかと思えば体や服の汚れが消えて見違えるほどきれいになったことに目を白黒させていた。自身の肌の色さえ忘れるほどに薄汚れていたと分かったらしい。
「これは……」
「光属性の生活魔法『浄化』だ。俺は基本属性と、光と闇が使える。あとで呪文を教えるから試してみるといい。光と闇はともかく、人で魔力があるなら基本属性は使えるらしいから。ただ、使う時には周りに気を付けた方がいい。慣れないと周りに被害が出ることもあるみたいだから。ま、生活魔法だからそうたいしたことはないんだけど」
当時魔力感知のできなかったカイルには誰に魔力があって、どんな属性が使えそうなのか判別するすべがなかった。そのため、呪文を教えてそれが使えたなら魔力ありと判断していた。属性に関しても同じことで、光や闇と言った属性を持っている者は非常にまれだった。
「……魔法が使えても、お前と同じことがすぐにできるわけじゃないのか……」
「そりゃ、な。俺はこれでも五歳くらいの頃から魔法を使ってきてる。直ぐに同じレベルってわけにはいかないだろ。でも、これも練習次第だ。このまま表に出るのが不安なら、魔法が使えるようになるまでここらで練習するのもいいんじゃないか?」
毎日の食糧確保の心配がなくなるのであれば、その分時間的な余裕が生まれることになる。その時間を利用して魔法の修練に充てるというのもいいだろうと。それまで敵視していた場所に出るのであれば、少しでも力を付けていた方が心強いだろうと。
「でも、無理はするなよ。気分が悪くなったらすぐに魔法を使うのをやめた方がいい。魔力切れって言って、そのまま使い続けると死ぬらしいから」
「死ぬって……」
「魔力は血と同じなんだってよ。魔力がある奴は、魔力が足らないと生きていけないらしい。続けて魔法を使うと血を流し続けるのと同じですぐには回復しないみたいだ。ただ、血と違うのは人によってその限界値が違うってとこかな。同じ魔法でも魔力量が多い奴はたくさん使えるし、少ないと回数も限られてくる。その辺はやってみないと分からないな」
これまでにも魔法を教えてきた孤児達の例からして見ると、数時間続けて魔法の練習をすると魔力切れになることがほとんどだった。しかも翌日になっても完全には回復していない。魔力切れを経験したことのないカイルにはその辛さは分からなかったが、ジェーンに教えられたり実際に見たりした感じでは本当に命に関わるだろうことは分かった。
「お前、結構魔法を使ってたみたいだけど、大丈夫なのか?」
「ん? ああ、俺の場合魔力量が多いみたいでな。普段からこれくらい使ってるけど特に問題はない。……心配してくれたのか?」
「ちっ、ちがっ……お、お前が倒れたりしたら食糧とか問題が多いからだ」
「ははっ、似たようなもんだと思うけど。ま、とりあえず今から町の外に出てくる。夕方には帰ってくる予定だから。クルトって文字の読み書きはできるか? 簡単な計算は?」
「あ? あ、ああ。一応は……どっちもできるけど」
クルトが子供達のリーダーになったのはそうした知識や基本教養があったおかげでもある。店の看板が読めず、お金の数え方さえ知らない孤児も多い。
「他にもできる奴っているよな」
「そう多くはないけどな。モニカもできたはずだ」
「なら他の子達に文字や計算も教えてやってくれないか? 表に出る時に読み書きができると仕事の幅が増えるし、計算できれば報酬をごまかされても分かる。昼中は俺ここにいないことの方が多いからな」
カイルはカバンの中から筒状にまいた布を取り出す。それを渡されたクルトは布を解き中を確かめる。そこには炭で書いたのだろう文字がつづられていた。孤児になる前に学んだ知識をもとに読んでみて、それが呪文や魔法名であることに気付く。
「これって……魔法、か?」
「ああ。できれば直接教えたいとこだけど、そこまでの余裕がない。俺もちゃんと習ったわけでもないしな。ただ、魔法は呪文を唱えるだけじゃ不十分だ。自分の魔力を操って、そこにイメージを乗せて形作って初めて発動する。だから文字の読み書きができた方がそのイメージをつかみやすい」
口頭で伝えるよりも、文字として頭の中に入れた方が魔法のイメージをつかみやすい。また、昼中は教えることが出来ないカイルだが、あの布があれば練習することは可能だ。さらに、小さい子供でも興味がある事柄に関して習得が早いというのは経験上知っていた。
魔力がない子であっても、魔法を使えるか試すために文字を覚えようとするだろうことは予測できる。そこをきっかけとして文字の習得につながればと考えた。なんでもきっかけが必要で、それが面白いと思えることほど受け入れやすい。
「そう、か。思えば、お前の提案に乗るってことは食糧調達を任せっきりにするってことか……」
クルトはカイルの意図を理解しつつも、改めてそのことに気付く。自分達が総力を挙げても満足に確保することの難しかった食糧。これからはその確保がカイル一人の肩に乗ってくるということにもなる。そのことに申し訳ないような、あるいは不安を伴った危機感を感じてしまう。
カイルはそんなクルトの表情を見て、それからその後ろにいる孤児達にも視線を向ける。クルトの不安も、自分の肩に乗る責任の重さも重々承知している。だからこそ全力を尽くすし、もしもの備えだってしているのだ。




