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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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アルミラの町の孤児達

 改めて、自分達がどれほどの苦境に立たされているのか自覚して、クルトとモニカは体の震えが抑えられなかった。ただその日を生きていた時には恐怖など感じなかった。それよりも生き抜くことだけを考えてきた。夜中にふと目覚めた時、包み込むような闇に心が押しつぶされそうになることがある。それと同じような恐怖が、足元からせり上がってくる。

「でも、影の中ならまだ光の中に戻れる可能性がある。闇に堕ちる方が簡単だろうし、そうする奴の方が多い。でも、どれだけ大変でも俺は諦めたくない。ただ光に手を伸ばすんじゃなくて、自分からつかみに行く。そうすることが唯一、俺が……俺達がここから抜け出す道だと思うから」


「……そのために、あいつらが邪魔、だったのか?」

「もう闇に近すぎて……俺には戻すことができなかった。何度も話をしたんだ、でも、届かなかった。俺の言葉も、願いも、何一つあいつらには届かなかったんだ……」

 クルトは自分が知らない間、何度もカイルが彼らと話をしていたことを知らなかった。この町の孤児達のことは何でも知っているつもりで、でも、本当につもりだったようだ。彼らの計画のことも、彼らの心も何一つ分かっていなかった。


「……他の二人も殺したの?」

「ああ、こいつで、最後だった」

 カイルは血の海に沈む少年の背中に手を当てると、自身を含め血の浄化を行う。それだけで凄惨さが幾分か和らぐ。カイルは見開いたままだった目を閉じ、用意していた大きめの布で彼を包む。少しの間黙とうをささげ、それからクルトとモニカを見る。

「他の二人と同じように、こいつもちゃんと弔いはしてくる。明日の朝、俺が指定した場所に孤児達を集めてくれるか? そこでみんなにも話をしたい」

「っ! お、俺がそれを許すとでも?」


「許されなくても、俺はあんたの目を盗んでも他の孤児達と接触を持つ。なら、目の届く場所だったほうが安心じゃないのか? 確かにこの町の孤児達をまとめてるのはあんたらなんだろうけど、個人の選択まで縛る権利はないはずだ。俺は、ここから抜け出したいと考える奴らのサポートを全力でやる」

 思っていた以上に丁寧な扱いをするだけではなく、明らかに魔法を使ったカイルをクルトは警戒する。しかも大人達でさえできないような無詠唱で。話の内容もだが、簡単にうなずけることではない。

 しかし、カイルの意思は揺らがない。この三人の例を見て分かるように、カイルがその気になればクルトやモニカの目の届かない場所で孤児達と話をする可能性は十二分に考えられるのだ。そうなってしまえば別の意味で統制が取れなくなる。そればかりかおいて行かれる可能性さえ。


「サポート? 何をするつもりなの?」

「そうだな、まず一つ目は食事。最低でも一日一食は食えるように食料の供給を行う」

「っ! ど、どうやってだ? 盗みをしても満足に食べられないのに……」

「働くって言ったろ? まっとうに生きろって言ってる俺が盗みをしてどうすんだよ」

「働く? カイルが? で、でも……ギルドには……」

「確かに、ギルドで仕事はもらえない。でも、探せば町中での仕事はそれなりにある。ギルドに依頼するまでもないけど、自分達でやるには億劫だって仕事がな。仕事ってより、手伝いって範囲になるかもしれないけど。それでも、真面目に毎日やってりゃどうにか食ってける。実際、俺はそうやって生活してきた」


 華奢ではあるが健康そうに見えるカイル。ボロを着ているし、靴も履いていないが、それでも自分達よりはまともで綺麗な格好をしている。ならばその言葉に信憑性はあるのだろう。

「ここにきて一週間、昼中はずっと町で働いたり伝手を作ったりしてた。人数からしても腹いっぱいは食えないだろうけど、飢えないくらいには食わせていけると思う」

 孤児達にとって最も身近な問題は食糧だ。それさえ確保できるのであれば、誰も盗みを働こうなどと考えない。クルトだって危険を伴う盗みを進んでやりたいとは思えない。見つかれば殺されても文句は言えないのだから。


「二つ目、これは水、だな。綺麗な水が飲めるし、毎日体を洗うこともできる。あと洗濯もな。それだけで体調を崩したり、病気になったりするやつが減る」

「水? 確かに今は排水を飲んでるけど……どうやって綺麗な水を確保するの?」

「魔法で、だ。さっきも見ただろ? 俺は魔法が使える。と言っても生活魔法だけだけどな? それでも水は確保できる。お湯も使えるから体や服を綺麗にすることもできる。水って思っている以上に重要なんだぞ? 食う物なくても、水さえあればそれなりに生きられるし」

 これは実体験から証明済みだ。水がなければもって数日だろうが、水さえあれば一月近くは生きられる。最も、活動するには不十分ではあるが。


「それに、孤児達の中にも魔力を持っている奴はいるだろうから魔法を教える。これが三つ目だな、それだけで結構働き口が増えたりするんだ」

 通常魔法を習うのはギルド登録を行ってから。それまでは心身ともに未熟で暴走を起こしやすいためか、生活魔法であっても教えることはない。そのため、孤児達の中で魔法が使える者はいなかった。たとえ生活魔法と言えど、使えるだけで便利になることは間違いない。

「魔法……」

「生活魔法だけだから、偉そうには言えないけど。そうやってある程度体と心の準備ができたら、表に出る時のフォローをする。これが四つ目、ま、そこまでくりゃあとは本人次第だ。二人もこれからどうしたいか考えておいてくれ。できる限りフォローはするけど、俺はいつまでこの町にいられるか分からない」


 打開策として説得力があり具体的な内容にクルトだけではなく、モニカも考え込む。あまりにも魅力的な提案で、だからこそ簡単に乗ることが出来ない。ここまでして、カイルに何の得があるというのだろう。人を殺してまで、どうして自分達を助けたがるのか。カイルもまた同じ孤児という立場であろうに。

「どういう、ことだ? この町を出ていく予定があるのか?」

「今のところはないけどな。でも、何があるか分からないだろ? たぶん町中の稼ぎだけじゃ足りないから、三日に一度は外に出るようになる。慣れてても町の外は安全じゃない、町中でも危険がないわけじゃない。それに、俺は流れ者だって言ったろ? 町で何かあれば、何もしてなくても追い出される可能性がある」


「追い出されたことが、あるの?」

「そりゃ、な。叩きだされるだけならましな方だ。騒動によってはリンチされて、魔物が出る森に捨てられたことだってある。それに、これは俺の欲張りなんだろうけどさ、少しでも多く孤児達を影から解放したい。だから、うまくいってもいずれ旅立つことになると思う」

「なんで……なんでそこまで」

「言ったろ? 俺がそうしたいからだ。何もできず、ただ死んでいくのを見てるだけなんて、嫌なんだ」

 握りしめたカイルの手が震えているのを見て、クルトはカイルもまた自分と同じような悔しさを感じているのだと分かった。クルトはそれを表に対する憎しみに変えた。だが、カイルは影から抜け出すための原動力に変えたのだと。


「……チビのくせに、でかいこというんだな」

「こっ、これから伸びるんだ、たぶん」

「そういえば、カイルは何歳? わたしは今年で十四、クルトは十五」

「えっと、今二の月の下旬だから……十二になったかな」

「……十二? は? いくらチビでもそれはないだろ」

「なんでだよ!」

「だって、クルトよりしっかりしてる」

「……歳いう度に驚かれるんだよなぁ。まぁ、性別もそうだけど」

「男……だよな? 俺って言ってるし」

「案外わたしと同じだったり」

「しない。俺は男、顔が母さん似なだけだ」


 モニカの疑惑には即座に否定する。それに身長だって少しずつ伸びている。きっとこれから大きくなるはずなのだ。そうなってほしいと切に願う。王国の人々は割と成長が早い方で、表では十二になればそれなりの体格になる。十四、五になれば大人と変わらないくらいの身長にはなるのだ。その中にあって、カイルの背は低い方だった。クルトだけではなく、モニカも見上げなければならない。

「母親……きれいな人だったんでしょうね」

「らしいな」

「らしい?」

「俺を生んですぐ死んだから、顔も覚えてない。父さんも忙しい人だったから、実質母さんの知り合いって言うか、友人かな。に、育てられたんだ。その人も死んで九歳からは一人だけどな」


 孤児達を表に戻すための道筋。それを見つけられたきっかけが何だったのか、記憶の中の空白に関係しているのだろう。そして、それ以来まともに火を見ることが出来なくなったことにも。初めてそれに気づいた時には混乱したし、思い出そうともした。けれど、火を見た時と同じような恐怖と耐えがたい頭痛がそれを邪魔する。

 そんな調子ではまともに生活できない。だから、いったん棚上げすることにした。とりあえず目の前の状況に対応していくことを優先した。いつか思い出せる日も来るだろうと。あとから思えば、これは無意識の忌避行動だったのだろう。


「……この剣は父さんがくれたものだ。これのおかげで町の外でも生きていける。これで人を殺したことには悲しむんだろうけど……俺は後悔しない。こいつらには悪いと思ってる、でも、これ以上罪を重ねてほしくもなかった。闇に使いつぶされるくらいなら、俺がこの手で終わらせる。それが俺の精一杯だ」

 カイルが彼らのために出来る最善。それが彼らを殺すことだなんて、どちらにとっても悪夢だ。でもこれ以上見ていることもできなかった、放っておくことも。取り返しがつかないほど闇に染まった彼らを見る精霊達の悲しそうな顔、伝わってくる痛み。それが彼ら自身の悲しみと痛みのように思えた。彼らを解放するためにはこうするしかなかった。せめて来世ではもう少しましな人生を送れることを願って。


「……この町の他の孤児達に危害を加える気は、無いんだな」

「ない。信じられないなら見張ってても構わない。二人が協力してくれるって言うなら、他の孤児達に俺が一人で接触することはしないって約束する」

「……指定した場所って言うのは?」

「裏の連中の目に届きにくくて、表からも隠れられるところ。それに、俺の案内はいるだろうけど、もしもの場合にも逃げ道がある場所だ」

 長年この町の孤児をしていたクルトであっても、そんな場所に心当たりはなかった。無差別に思える孤児達の寝床だが、実は表と裏から追いやられ両者の目に届きにくく邪魔にならない場所という共通点がある。


 カイルからその場所を聞いた二人は驚きに目を見開く。その場所は今まで二人がほとんど近寄ることのなかった場所でもあった。路地裏を熟知していた自負があった二人だが、どうしても慣れ親しんだ道を使うために目に触れることのなかった場所だ。

「本当に、そこは安全なのか?」

「ん、俺は一週間そこで寝泊まりしてる。袋小路のように思えるけど、地上じゃなく地下の通路は確保できる。むしろそうすることで出入り口は一か所を警戒していればいい。広さもそれなりにあるから全員がそこで生活できる」


 路地裏と言っても、どこもかしこも狭い道ばかりというわけではない。建物と建物の間に出来る空白地帯もまた存在する。そうした土地は利用価値がないために放置されていることがほとんどだ。そうした小さな空白地帯に孤児達は寝床を築く。カイルが指定した場所はそんな空白地帯の中でも広い場所だった。しかも四方を壁に囲まれるような形の行き止まりで、出入りできる路地は一つしかない。

 だが、その場所には地下に、つまりは地下水道に通じる出入り口がある。カイルにとっては地下水道は迷路でも何でもない。明かりが確保できて、おまけに道さえ分かれば最高の逃げ道となるのだ。


 クルトとモニカは考えて二人で話し合った末、カイルの言葉に乗ることにした。全員が一つの場所で共同生活できるとなれば今のような見回りをしなくても済むようになる。それまではお互いに助け合うことが難しかった相手でも面倒を見れるようになるのだ。

 それぞれに思いを抱えつつ、その日は解散となった。二人は小さな体には不釣り合いなほどの力を発揮して布に包んだ遺体を地下水道に運び込むカイルを見送った。また一人、自分達の仲間が消えたのだということを感じながら。




 翌朝、カイルは日が昇る前に二人に指定した場所に戻ってきていた。昨日、あの後すぐに二人によって集められたのか、私物と言えないほどの数少ない荷物を携え多くの孤児達が集まっていた。小さい者達はまだ寝ていたが、半数近くは起きてクルトやモニカと共にカイルを待っていたようだ。

 カイルが路地から姿を現すと、一瞬警戒したようなそぶりを見せた孤児達だったが、二人から聞かされていた以上に小さく幼いカイルと、整った容姿に呆けたような顔をする。そしてまた、カイルが両手や背中に携えていたものに目を奪われる。孤児達が命がけで手に入れようとするもの、つまりは食糧だ。


「早いな、これで全部か?」

「……俺達が把握している限りではな。で、そ、それは……」

「見ての通り食糧だけど? これだけあれば一日一食で数日分にはなる。あるからってがっつくなよ? 計画的に食わないと、後でひもじい思いをすることになる。水は用意してたけど、飲んだか?」

「あ、ああ。その、水でもあんなに違うんだな」

「だろ? みんなの服や体もきれいにしたいとこだけど、まずは食事してからの方が落ち着きそうだな」

 カイルは食料に眼が釘付けになっている孤児達を見て苦笑する。これでは真面目な話をするには集中できないに違いない。


「体調崩してたり、このところまともに食べてないやつはどれくらいいる?」

「……十人くらい。そのうち三人は起き上がれない」

 カイルの問いにはモニカが答えてくれる。孤児達のしのぎにはクルトが、体調管理や生活補助はモニカの役割らしい。カイルはそれを聞いて持ってきた食材を分ける。

「そっか。水は飲めるのか?」

「少しずつなら大丈夫」

「なら、そいつらはスープから始める。それ以外の奴らも、まずは消化に優しいものからだな」


 カイルが外で仕留めて下準備をしてきた肉もあるが、これらも焼くのではなく煮たり出汁を取ったりするのに使った方がよさそうだ。薄暗いことを加味しても、みな顔色が今一つだ。

 そんなカイルの言葉にあちこちから不満の声が上がる。目の前に食べ物があるのになぜ食べられないのか。ともすれば生のままでもかじりついてしまいかねない様子に、カイルはため息をつく。

「あのな、人の体ってのは案外弱いんだ。ずっと物を食べていなかったりすると食べ物を消化する力そのものが衰えてる。そこに普通の食べ物を入れてみろ、どうなると思う? とてもじゃないけど受け付けずに消化不良を起こして、逆に体調を崩すんだよ。スープみたいな液体から慣らしてって、次はおかゆみたいに柔らかい食べ物、それで大丈夫になって初めて普通の食い物に移れる。食べてない奴に無理に普通のもの食わせる方が余計体調を悪くするんだよ」


 魔法で土から作った鍋に、魔法で下ごしらえをして切り分けた野菜や肉を入れながら説明するカイルに、多くの孤児達が驚きの顔を浮かべる。鮮やかな手つきや、見慣れない魔法もそうだが、今まで知らずに行ってきたことが逆に自分達の体を壊していたという事実。思えば、食べているものがものだけに気にすることは少なかったが、孤児達にとって胃腸は常に問題を抱えていた。

 食べていなければ空腹で悲鳴を上げてキリキリと痛み、食べたら食べたで猛烈な気持ち悪さと下痢などに襲われる。それが、食べ物と見るとがっつかずには入れれない自分達の習性にも問題があったのだと言われたのだから。


「きれいな水が飲めて、体調に合わせて適切な食事をとればそうそう腹を下すことはなくなる。だから、腹が減ったからって他所で食ったりするなよ。さすがにそこまでは面倒見きれないぞ? でも、ここで食事をする分にはできる限り配慮する」

 さすがにカイルも孤児達一人一人の行動を管理することなんてできないし、する気もない。そもそもにおいてカイルの提案というものは、それに孤児達が賛同して乗ってくれないと始まらないのだ。孤児達一人一人にどれだけの決意と覚悟が持てるかによる。欲望に負けて、飢えに負けて勝手な行動に出ればそれは自身の首を絞める行為でもあると自覚してもらわないといけない。

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