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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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生還と勘違いの救出劇

 ユラユラと水の中を漂っていたような意識が少しずつ浮上していく。それにつれて体の感覚も戻ってくる。フワフワとした毛皮と、伝わってくる温かさ。そして、顔に当たる日の光。

 瞼を震わせるとゆっくりと目を開ける。まばゆい日の光が差すような痛みを訴えかけ、目を細める。光に慣れてきた目に映ったのは、森の木々と、枝葉の間から漏れてくる日の光。そして、傍らに寄り添う人ならぬ獣の姿。


「……主? 俺、生きて……るのか?」

 カイルは自らが柔らかな下草が生える場所に横たえられ、そばに主が寄り添って伏せていることに気付いた。昨夜、カミーユ達から拷問にも似た仕打ちを受け、その後狼に襲撃されたところから記憶がない。

 そして、記憶が戻ってくると同時に忘れていた痛みもまた復活する。

「うあっ、いっ、てぇ……」

 精霊達が頑張ってくれたのか、見た限りで傷はふさがっているように見える。だが、骨を砕き肉をえぐるような傷だ。完治には程遠いのだろう。絶え間なく両腕を痛みが走り、また散々踏みつけられた背中からも鈍い痛みが伝わってくる。骨の一二本くらいは折れていたのかもしれない。


 カイルが起きたことに気付いたのか、主が鼻先を寄せてくる。カイルは体を起こすことを諦め、寝そべったままで主の鼻先を軽くなでる。涙が出そうなくらい痛いが、命の恩人? 恩狼に感謝の意を伝える方が大事だ。

「助けて……くれたのか? でも、あの狼は……」

 カイルを解放してくれた狼は主ではなかった。いくら主の匂いをつけられていても、それだけで弱った獲物を見逃す理由になるだろうか。その答えを示すように、主が鼻先を別の方向に向ける。カイルはそれにつられて視線を動かし、そこに昨日出会った狼が体を横たえているのが見えた。


「そうか……主の、旦那、か」

 カイルと視線が合うと、主の番はのそりと体を起こして歩み寄ってくる。まだ満足に動けないカイルに顔を寄せると、低く唸り声をあげた。

「ああ、これで貸し借りなしってことだな。分かってる、でも、ありがとう。あんたが来なけりゃ、俺、たぶん……殺されてた」

 カイルは主の番に答えながらも、声が震えてくる。話しているうちに昨日の恐怖がよみがえってきた。両腕で顔を隠すと、服が濡れてくるのが腕に伝わってくる。唇をかみしめて声を押し殺す。カイル自身、なぜ自分が泣いているのか分からない。ただ、色々な感情があふれてきて消化しきれない分が涙になって流れていくようだった。


 カイルが泣いている間、主夫婦は静かに寄り添っていてくれた。下手に言葉などない分、それは優しくカイルを癒してくれる。

 カイルは涙をぬぐい、呼吸を整えると回復魔法を発動させる。このままでは町まで自力では帰れそうにないからだ。それに、夜が明けているということは、親方達を心配させているだろう。


 日の光とは違う柔らかな光がカイルの全身を包み込む。これは光魔法の第五階級『大回復ハイヒール』だ。魔法はその規模や威力により十階級に分けられている。第一階級は最下級で生活魔法とも呼ばれている。第二~三階級は下級魔法、第四~五階級は中級魔法、第六~七は上級魔法、第八~九は最上級魔法、そして第十階級を超級魔法と呼んでいる。現在超級魔法を使える魔法使いはいないとされている。それだけ桁違いの代物だということだ。

 カイルが使っている大回復ハイヒールも、使い手が多いわけではない。人の中では特殊属性である光属性に適性がある者は少ないし、いても中級上位のこの魔法を使いこなせるものは限られている。まして、カイルのように無詠唱でなどともってのほかだった。


 だが、階級が高いだけあり、その効果も確かだった。ある程度精霊達によって癒されていたこともあるが、しばらくすると痛みが治まり体を動かせるようになってきた。

 カイルは慎重に、体の調子を確かめながら手足を動かしていく。血が足りないせいで多少ふらつくが、歩くくらいなら支障がなさそうだ。そして、カイルは自分の格好を顧みる。

「これは……まずいよな、さすがに」

 上着は穴だらけの血まみれ、ズボンも血と泥で汚れている。浄化をしたとしても使い物にはならないだろう。カイルは仕方なく亜空間収納アイテムボックスから替えの服を取り出す。こういう時、空間属性が使えると便利だ。


 まずボロボロの上半身の服を脱いだのだが、何を思ったのか主の番がカイルの体をなめてくる。それも、傷がふさがりその周りについた血をなめとるように。

「うわっ、ちょっ、待って。え? その、俺の血ってうまいのか?」

 番の狼の意図が分からなかったのだが、うなり声で伝えられた内容にカイルの頬が引きつる。それを聞いた主まで参戦してきたのだからたまらない。あちこち嘗め回されて、まるで味見をされているかのようだった。本当に主との繋がりや、助けた貸しがなければ危ないところだったのかもしれない。

 獣や魔獣にも味の好みがあるようで、カイルは彼らにとって美味だと感じるらしい。ぞっとしない話だが、深く考えないでおこうと心に決める。下手に考えると鬱になりそうだ。


 そんな、危機一髪だが和やかな交流をしていると、近くの茂みから何かが飛び出し、一直線にこちらに向かってきた。主の番はすぐさま身を翻し迎撃する体勢を見せ、主も体でカイルを隠す。そうして、主の爪と襲撃者の剣がぶつかり合う。

 カイルは主の体の横からその襲撃者を確認して目を見開く。

「キリル?」

「彼を、返してもらおうか」

 キリルは感情が高ぶっているのかカイルのつぶやきが聞こえていない様子で番の狼と戦い始める。主も低く唸り声をあげながらその様子を見ていた。キリルの言葉からすると、カイルを取り戻しに来たという感じだが、もしかすると主に何かされたと思っているのだろうか。


 戦っているうちに番の狼も気が荒ぶってきたのか、攻撃に容赦がなくなってくる。このままではどちらかがどちらかを殺してしまうかもしれない。カイルはとっさに剣をとって立ち上がると、二人の元へ走る。戦いを集中してみていた主は、その動きに反応が遅れた。

 カイルはカミーユがやっていたのを参考にしながらも体の周りに水の膜を纏わせ鎧代わりにすると両者の間に割って入る。

「やめろ! あんたらが戦う理由がないだろう!」

 カイルは右手の剣でキリルの剣の片方を受け止めて声を上げる。突然の乱入に、キリルは驚いた顔をしていたが振っている最中のもう片方の剣を止めることができずカイルの脇腹に当たる。かろうじて手首を返していたため柄で殴りつける形になった。


 一方の主の番の方も攻撃を加えようとしていた腕がカイルの背中に当たる。鋭く伸ばしていた爪が、服を着ていなかったカイルの皮膚を切り裂いた。水の膜のおかげか多少緩和されて重傷には至らない。

 両者の攻撃の間に割って入ったカイルは腹と背中両方に強い衝撃を受けたせいで、どちらかに飛ばされることなくその場で挟み撃ちされる形になった。

「かっ、は……」

 短く息を吐くと、カイルはその場に倒れこむ。背中から血を流しながら、血が混じった胃液を吐き出す。お腹を抱えて体を丸め痛みに耐える。主が慌てて駆け寄ってくる。夫でもある番の狼を威嚇するように牙をむいて遠ざけ、キリルにも低いうなり声をあげて睨み付ける。


 大きな狼二頭にカイルが襲われているように見えて、頭に血が上り戦いを仕掛けたキリルだったが、そのカイルに止められ、あまつさえ傷つけてしまった。番の狼も、適当にあしらうはずが予想外の強さに戦いに夢中になり、結果止めようと体を張ったカイルを傷つけてしまった。

 両者はそれぞれに気まずい思いを抱えて戦意を失い、剣と牙を納める。そして、主が気遣うカイルの元に歩み寄った。


「カイル……」

「……ってぇ、くそっ、手加減しろよな。ただでさえ血が足らねぇってのに」

 キリルが膝をついて覗き込むと、カイルは悪態をつきながらも回復魔法を発動させて怪我を治していた。主は流れ落ちる血を舐めとっている。癒そうとしているのか、もったいないと考えているのかは主のみぞ知るだ。

 治療を終えたカイルはふらつきながらも体を起こす。そして、不思議そうな顔でキリルを見た。

「キリル、何でここにいるんだ? それに、いきなり仕掛けてくるなんて。またカミーユの差し金か?」

 事情を知らないカイルからすれば、そう思われても無理はない。キリルはかすかにあざの残るカイルの腹部を見て眉をひそめた後答える。


「いや、ここへ来たのは俺の意思だ。その、カミーユが昨夜カイルにしたことを聞いてな……それで、助けに……」

「ああ、なるほど。で、死んでても遺品か遺体の一部でも持って帰れないかってきたわけだ」

 キリルの中にそういった考えがなかったわけではないが、カイルの口からきくとその可能性も高かったのだと、改めて悪寒を感じる。本当に生きていてよかった。

「カミーユ達を止めた、というか襲ったのが狼だと聞いて、もしかしたらと思ったんだ」

 この森の主は狼、そしてカイルは主と懇意にしていた。ならば、生きている可能性があるのではないか。そう考えていた。血痕が、昨日行ったばかりの主の寝床の方に近づいていることでその可能性が高まった。

 生きていることも十分考えらえると希望を持ったところで、カイルが襲われているようにも見えるあの場面を目撃したのだ。その瞬間、いろんな考えが頭から吹き飛び無意識で飛び込んでしまっていた。


「へぇ、でもいいのか? こんなことしたら、あいつ……」

「……構わない。元々真偽を疑っていたところだった。それに、カイルの言う通りあいつの好きなようにさせるのはよくない。カイルにも……恩がある」

「恩?」

「主殺しになるところを止めてもらった」

「はぁ? あんなの恩なんて言えないだろ。誰だって止めるさ」

「いや、そんなことはない。さっきも、止めてくれた。怪我をするのもかまわずに」

「これは俺が未熟なだけだって。魔法で防御も固めてたんだけど、ぶっつけ本番だったからやっぱ気休め程度にしかならなかったみたいだ」

 カイルは何とか立ち上がると、今度こそ着替えるために木陰に入る。ついでに浄化クリーンもかけておく。これで血も匂いもさっぱりだ。だが、それが主にとっては気に入らなかったのか、新しい服に改めてマーキングをしてくる。今度は番の雄も同じように体をこすりつけてきた。


「あんたらなぁ……、まあ、いいけど」

 どうやら主と番両方に認めてもらえたらしい。これで今後、森に入るのは限りなく安全になったということだ。カイルは、自身という美味な存在を取られないためでないことを祈る。

「それにしても、真偽、ねぇ。疑わしいところでもあるのか?」

 カイルは木陰で着替えた時に亜空間収納アイテムボックスに入れていた荷物を取り出しておいた。中には食料も入っている。干し肉とパンと水だけの朝食だが、昨日の昼から食べていないカイルにとってごちそうだ。主と番にも干し肉を分けてやった。今もおいしそうに食べている。


「これは、俺がそう思いたいだけかもしれないが。剣聖の息子というには言動があまりにも、な」

 誰だって、憧れていたり尊敬している人物には夢を抱く。そして、それはその人に連なる者達にも向けられる。キリルの考えていた、いや求めていた剣聖の息子とはカミーユのような存在では決してなかった。

「まあ、そうだろうな。でも、実際どうなのかは分からないだろ? がっかりするような人物だからって、偽物とは限らない」

 事実、剣聖の息子であるカイルでさえ分からないのだから。


「それは分かっている。だから、今まで付き合ってきた。だが、今回のことがあって……たとえ本物だろうとこれ以上は剣を預けられないと感じた」

 キリルの剣士としての誇りと矜持がこれ以上カミーユに付くことを拒否した。そしてその心の赴くまま、カイルの探索と救助に向かったのだ。

「そもそもさ、何でカミーユを剣聖の息子だと思ったわけ?」

「それはあの髪と、あとは指輪だ」

「指輪?」

「剣聖になった時に与えられた家紋が彫られている。あれは代々当主に受け継がれるものだと聞いている」

 キリルの言葉に、ふとカイルの脳裏によみがえってくる記憶があった。一度だけロイドが見せてくれたもの。竜ではなく龍が彫られた綺麗な指輪だったように思う。だが、家を追い出された時、持ち出すことが叶わなかった一品でもある。それが流れてカミーユの元にたどり着いたのだろうか。それとも、それとは別にカミーユに与えられたものなのか。


「覚えがあるか?」

「ああ、確か父さんに一度見せてもらったことがあったような。龍が彫られたやつだろ? あれ、世界に一個だけしかないんだとか自慢してたけど、もう一個あったのかな」

 キリルの質問に、記憶を思い出しながら答えていたカイルは、はたと気が付いてキリルの顔を見る。

「カイル、お前……やはり、剣聖ロイドの」

「あー、……別に隠してたわけじゃないんだけど、機会がなかったっつうか」

「いや、なんとなくそうじゃないかと思っていただけだ。だが、本当に?」

「これが証拠だって確かなものはないけどな。顔は母さん似だし、剣の腕もそこそこだから」

「いや、素質はある」

「ほんとか? 俺もちゃんと学べば今よりも強くなれるかな」

「間違いない。その、俺でよければ教えてもいい」

「……それは、俺が剣聖の息子だからか?」

 カイルの問いかけにキリルは少し考えると首を振った。

「いや、カイルだからだ。恩を返すのは大事だが、囚われるのはよくないと実感した。教えるのは俺の意思だ」

「なら頼む。俺に剣を教えてくれ。あんたやカミーユ達と戦って力不足を痛感した。あんまり親方達に心配かけるわけにはいかないからな」

「バーナード武具店の、か。心配していた」

「やっぱなぁ。親方のことだから森に入ろうとしてたんじゃないかな」

「その通りだ」

 カイルは頭を抱える。これは帰ってからもお説教や小言が続きそうだ。キリルはそれを見て少し表情を緩める。他種族であるドワーフにあそこまで思われているというだけでカイルの人となりが想像できる。


「じゃあ、さっさと帰らないとな」

 カイルは立ち上がったが、立ちくらみを起こして体がふらつく。

「無理はするな。肩位なら貸してやる」

 キリルはカイルの腕を自身の肩に回すと、腰を支える。身長的にちょうどいい杖代わりになっている。

「じゃあ、ちょっと世話になる。主達も、元気な子を産んで立派に育てろよ」

 カイルの言葉に答えるように二頭はそろってうなり声をあげた。カイルは手を振って森の外へと向かう。


「カイルは不思議なやつだな。主があんなに気を許している」

「そうか? ちゃんと決まり事守って、相手に敬意を払ってりゃ主は認めてくれる。それに、主は慣れあわない。もし俺が森を荒らすようなことすりゃ、たちまち敵になるさ」

 主には主のルールがある。それを守っている限りは味方でいてくれるが、破ればたちまち敵になる。そういう存在なのだ。キリルは興味深そうにうなずく。


「それに、主の言葉が分かるのか?」

「言葉なんて分からねぇよ、そもそも話してないだろ。ただ、なんとなく感情のニュアンスが伝わってくるだけだ。あとはしぐさとか声とかで判断してる」

「……なるほど、俺にはさっぱりだが……」

「そうかな……。結構わかりやすいと思うけど」

 少なくとも今までカイルが彼らの意図を読み間違えたことはない。どの町に行っても、周囲にいる主だけはいつもカイルのことを受け入れてくれていた。

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