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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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アルミラの町での出会い

カイル→クルトサイド

 正直、人を殺したことによる衝撃も混乱も大きかったその時には、彼の申し出は地獄に仏のようなものだった。少々人間不信になりかけていたカイルの心を救ってもくれた。少し変わった話し方をする人だったが、不思議と違和感なく受け入れることが出来た。

「名前は聞かなかったんですか?」

「えっと……ああ、そうだ。クラウスって言ってたかな。変な口癖があって、名前を教えてくれる時も『クラウスッス』って言ってたから、よく覚えてる。歳は二十五って言ってた。おじさん呼ばわりしたら、まだそんな歳じゃないッスとか言ってプリプリしてた」


 外見の割に言動がどこか幼く感じる部分があった。強いし、見た目格好いいのにどこか新人というか後輩臭を漂わせる雰囲気をしていた。あの歳であの実力なら若い時から大人達の間でもまれていたのかもしれない。それならば自分より年上とばかり付き合ってあの口癖になったのもうなずける話ではある。

「クラウス? ……カイル、その人って背が高くて緑の髪と目をしてて、格好いいのに口を開けば残念で、けど戦闘は意外に荒々しかったりしたか?」

「ああ、そういやそうだな。……知り合いか?」


 カイルはなぜか眉間をつまむようにしてうつむくダリルを見る。カイルの証言やダリルの反応で、心当たりがあった者達は揃って何やら呆れたような顔をしている。本当に、カイルの持つ人との縁というものは信じられないあたりを引くことがあると。

「……恐らく、俺の養父だ。クラウス=アドヴァン。Xランク『剣の申し子』の二つ名を持つ、大戦の功労者でもある。そして、かの剣聖ロイドの一番弟子だったと、当人は自称してる。そういうと事実だって否定するが……」


 カイルは思わぬところでつながっていた縁に目を見開く。そういえばクラウスはどこかカイルを懐かしそうに見ていた時があった。何かを聞きたそうにして、あるいは言いたそうにしてはやめていた。あれはカイルにロイドの、あるいはカレナの面影を見ていたのだろうか。一番弟子というなら当然両親ともに面識はあったのだろうから。

「へぇ……そういえば、俺と歳の近い子供を拾ったけど全然懐かないって言ってたな。しばらく面倒見る代わりに友達になってくれないかとか言ってたけど……」

 その約束は果たされることはなかったが、もしかするとその時からカイルとダリルの縁はつながっていたのかもしれない。巡り巡ってこうして共にいる今を考えれば運命の不思議を思わざるを得ない。


「……あの人は少しおしゃべりなのと、迂闊なところがあるから。カイルが橋から落ちることになったのもその辺が原因か?」

「ん、ってより俺の勝手な行動が原因かもな。俺が何もしなくても対処できたのかもしれないし……」

 あの時は勝手に体が動いたかし、そうしたことにためらいも後悔もなかった。けれど、それだけの実力者であるならカイルの行動は余計なお世話だったのかもしれない。むしろそれで不利な状況を招いてしまわなかったか、今更ながら自身の行動の迂闊さを反省する。幼かったとはいえ状況判断の甘さは否めない。


 人の相手が主になる傭兵ギルドでは、犯罪者が他地区に逃れるという行動は予測の範囲内だったのだろう。特にあの町の位置からでは南地区に逃れるのが一番近くて速い。騎獣もおらず、子供の足による移動の先回りをすることは十分に可能だった。

「橋の上で、追手との戦闘になった、ということか?」

 レイチェルは予想以上に大物との繋がりもあったという衝撃から立ち直り、状況を確認する。いくら迂闊だろうと、何もないのに橋から落ちるようなことにはならないだろう。それに、カイルの勝手な行動というものは得てして誰かを思っての行動であることがほとんどだ。


「ってより、あれは……たぶん俺じゃなくてクラウスさんを狙ったものだと思う。俺の手配がきっかけではあるだろうけど、それに対するあの人の行動を予測してたみたいだったから。傭兵ギルドには手配犯を乗せるブラックリストってやつがあるだろ?」

 カイル達のパーティでは唯一傭兵ギルドにも登録のあるトーマがうなずく。手配犯の氏名や性格、特徴、武器、戦い方や魔力の有無などかなり詳細に記されている。それをもとにして手配され賞金首となった者達を追うブラックリストハンターを生業とする傭兵もいるのだ。


「あれってな、表向きな奴と、裏の奴があるんだ。裏のは裏社会の奴らが作るブラックリスト、つまり裏の連中にとって邪魔な、厄介な人達を集めたもの。傭兵って割とダークなとこもあるだろ? 特に仇討ちだとか、恨みを晴らすためだとか後ろ暗い理由で傭兵になった奴らってのは、相手の情報を裏で買うってこともよくやってんだよ」

「えっ、そ、そんなことが……そんなものが本当にあるんですか?」

 ナナとしても初耳だ。それに、その情報はギルドにとっても無視できない。裏社会にとっての邪魔者とはつまりギルドにとっての実力者、有望株などを意味しているのだろうから。そんな人達の情報が裏で流れ、取引されているとなれば危険で厄介極まりない。


「あるさ。実際その取引を目撃したってことで殺された孤児達もいる。それに買うばかりじゃなくて、売る連中もいるんだ。かなり高値で買ってもらえる上にそうした罪の隠蔽もできたみたいだから……今は難しいだろうけどな?」

 闇の大精霊であるシェイドを失ったことで裏社会の隠蔽工作は前ほど多岐に広範囲にわたって行うことが出来なくなった。あくまで旧時代のやり方、つまりは人を抱き込んだり脅迫したりしての隠蔽に頼らざるを得なくなった。そのことで表の情報が裏に流れにくくなったのは朗報だろう。


 ギルドでさえ把握できていなかった裏の取引。裏通りに住む孤児だからこそ知っている裏事情に話を聞いていた者達は苦々しい顔をする。もしかすると自分達の情報が裏で飛び交っているかもしれないと思えば安眠できない。

「そ、そういうことは早めに教えてくださいよ」

「てっきり知ってるもんだと思ってたからなぁ。今までにもどさくさ紛れの襲撃で被害もあったんじゃないのか? あの時も、俺じゃなくてクラウスさんを標的にしてたみたいだし。足場が限定されて戦うには不向きな橋の上で襲撃をかけただけじゃなくて、二重三重にからめ手を使ってきた。逆に、俺には目もくれなかったな。まあ、だからこそ邪魔できたんだけど」


 カイルの存在は彼らの眼中になかった。むしろクラウスの行動を封じるための足枷の一つとして利用していたようにも見えた。実際、クラウスはカイルを背後にかばっていたことで行動を制限されていた。

「邪魔? その人は気付いてなかったの? 魔法を使ってた?」

 ハンナが首を傾げる。いくら前に気を取られていても、Xランクほどの者が背後の気配に気づかないものだろうか。考えられるとすれば、闇属性の魔法を使って姿や気配を隠していた場合。まさか手配されているカイルを逃がす途中で、自身が襲撃に遭うとは思わないだろう。ならば行き先をふさぐ正面だけに注意を向けるのもうなずける。ハンナの考察にカイルはうなずいて答える。


「ん、前に注意を向けておいて、背後から矢と魔法を打ってさらに奇襲をかけてきた。でも、俺は探知が使えただろ? 魔法で気配を消して姿を隠してても、人が潜んでるのとか気付いて警戒してたから。距離があったおかげで矢は弾いて魔法は切った。仲間もいたし、奇襲がメインだから橋に影響があるような強い魔法は打ってこなかったからな」

 魔法を切るという、ある意味出鱈目な対処法に渡り鳥のメンバーが驚きの表情を浮かべる。中央区のギルドメンバーはそれを知っている。カイルがSランク昇格の試験の時に見せた驚きの技で、話題になったし真似しようとする者も大勢いた。今では魔法使いに攻撃可能範囲で劣る武器主体組が対抗する手段の一つとして知られることとなった。


「……魔法って、切れるんだな」

 フランツも長くハンターをやってきていたが、初耳だった。むしろそんなことをしようと考える方がどうかしている。魔法は避けるか打たせる前に術者を倒すというのが定石だ。真正面から切って捨てるなど常識外れもいいところだ。

「普通には切れないけど、武器に魔力を纏わせたらできる。反属性とかだと相殺もしてくれるから結構便利だぞ? まぁ、そんなわけで邪魔されたことに腹を立てた奇襲組の一人に橋の上から放り投げられてな。亀裂の光が見えなくなるくらい落ちたところで水に包まれて、感覚が麻痺してたのか痛みとかは感じなかったけど、スゲー冷たかった。そこで意識を失って、気が付いたらカリスト湖に浮いてたんだよな。あとで逆算すると落ちてから四か月くらい経ってたみたいだし、自分でもよく生きてたなって思ったからな。儲けたな、とも思ったけど」


 さすがにあれは助からないと思っていた。自分の力ではどうすることもできず、ただ恐怖しか感じなかった。どんなに魔法を使おうと、生活魔法では落下速度を弱めることも止めることもできず悔しさと恐ろしさに涙ばかりがあふれてきた。光が消えて闇しかなくなった時、もしかしたら自分はもう死んでいるのではとさえ思った。だから感じた水の冷たさに安堵して、同時にそれが死の抱擁にも思えたのだ。

 それよりは温かく、けれど全身を震わせるほどの冷たさに目を覚まし、見上げた空の青さを忘れることはないだろう。水から上がり、水気を飛ばしても収まらない体の震えは寒さからばかりではなかった。ただ生きていることに対する歓喜が全身を駆け巡っていた。四か月も飲まず食わずだった割に体はそこまで弱っていなかった。


 あまりに冷たい水によって体の機能が著しく低下し仮死状態になっていたのだろう。一月ほどの野外暮らしで元のように動けるようになった。そしてクルト達と出会ったアルミラの町へと入ることになったのだ。

「……お前、俺達と出会う前もそんなことがあったのか…………」

「歳の割に肝が据わってるとは思ってたけど。それに、やっていることは相変わらずね」

 町での行動も、そしてまたクルト達と渡り鳥のメンバーを結び付けた例の一件でも。そして、それは今も同じなのだろうと、カイルや仲間達を見ていればなんとなく分かる。クルト達をひきつけ、同時に対抗意識を燃やしたカイルの在り方と、人としての心の強さ。自己犠牲も厭わない他者への献身は今なお変わらずにカイルの中に生きているのだろうと。


「……遅いと思ったら、何か面白そうなことをしているわね? 参加してもいいかしら?」

 と、そこへヒルダがやってくる。普段ならカイルが来ているだろう時間帯になっても来ないため心配したのかギルドまで足を運んできたらしい。そこでこの場面を目撃したようだ。ヒルダの名前は渡り鳥のメンバーも知っていたようで、二つ返事で了承する。ヒルダの魅力もあるだろうが、主な原因は厄介な薬の犠牲者になりたくなかったからだろうと全員が推測した。

 ナナの向かい側にヒルダが座る形で、クルト達とカイル、そして渡り鳥との出会いについて語ることになった。




 広大な国土を持つ五大国は、同じ国内でも場所によって生息する動植物や気象条件などが大きく異なることはままある。王国の場合、全体的に温暖とはいっても、南地区より北地区の方が寒いし、西地区と東地区では土地にあった主産物が異なる。

 西地区では地下水は豊富だったものの、大きな河川が少なかったことから水田は少なく、米より小麦が主に作られていた。逆に広大な湖と豊富な河川を有していた東地区では水田が多く、米の栽培が盛んだった。

 元々米は武国から伝わってきたらしいが、今では王国の方が種類や生産量が多くなり、逆に輸出しているくらいになっている。カイルが米や魚を食べるようになったのは東地区に来てからだ。米は魔法を使えば炊くのに時間がかからない割にパンよりも日持ちする上に腹持ちもいいので、食糧のストックにも一日一食の食事情的にも最適な食材だった。


 アルミラの町に入ったカイルは早速孤児達の選出と拠点の確保に動いていた。そこでクルトやモニカにも出会った。カイルよりも年上であった二人は、アルミラの町において孤児達のリーダーとなっていた。つまりその二人と話を付ければ、おおよその孤児達の掌握ができるということでもあった。

 だが、二人との出会いは最悪の形で始まった。四か月の空白期間があったとしても、カイルの意識として前の町の出来事は記憶に新しい。そのため、カイルはまず危険因子の排除から始めた。精霊達のもたらしてくれる情報をもとに、敵となり得る者達のリストアップと危険度の判定を行った。


 また、それまでためらってできなかったこと。そのことで、努力が無駄に終わり後悔したことにも取り組んだ。すなわち、手遅れだと思われる孤児達の居場所や堕ち具合を実際に見て判断すること。そして必要なら殺してでも他の孤児達の未来を守る決断を。

 カイルが把握できただけでその町の孤児達で手遅れだった者の内、まだ闇の一員となっていなかった者は三人。それも時間の問題のように思われた。闇にとって利用価値があるうちはいい。あるいは能力を見出され、本当に闇の組織の一員となるならば命だけは助かるだろう。


 しかし、カイルが見たところその三人では利用されるだけされ、後は使い捨てられることが分かってしまった。何度か話をしてみたが、彼らが改心する様子は見られなかった。表面上は話を合わせてきても、脅しをかけて反省させようとしても、彼らの心には響かなかった。そこでカイルはその三人を殺す決意をした。

 一人目と二人目は目撃者もなく、そしてまた一撃で殺すことに成功した。決断して覚悟をしていても、耐え切れず何度も吐いた。けれど、必要なことだと自分に言い聞かせ遺体の弔いをした。涙は流せなかった。彼らを殺した自分には、彼らのために泣く資格などないと思ったから。


 そして、三人目。最後の一人を殺した直後に、クルトとモニカが現れた。普段なら絶対にしないだろう失態だった。路地裏で、しかも後ろめたいことをしようとしているのに周囲への警戒を怠るなんて。けれど、カイルにとっていくら障害になると言っても同じ境遇の孤児達を殺すことは、全精力を傾けなければ、意識をそこに集中させなければできないことだった。

 前の二人の時にはそれでも何とか事なきを得た。けれど、三人目は抵抗にあった。自分と同じような孤児達が二人消えてひどく警戒していたようだった。そして、クルトやモニカもまた同じように見知らぬ敵の存在を感じ取ったのか、見回りをしていたのだ。




 当時十五歳だったクルト、町を出ていく親に捨てられたのは八歳の時。それから七年間、路地裏で生き抜いた。生きていくためなら何でもやった。ゴミをあさり、酔っ払いの懐を探り、店頭から食べ物をくすねる。大人何て信用していなかった。自分を捨てた親の家名を名乗る気にもなれず、けれど名前だけは捨てることもできず、中途半端なつながりが常に心を苛立たせていた。

 昔から体も丈夫で大きい方だったクルトは、いつしかアルミラの孤児達のまとめ役のような立場になっていた。鬱陶しく思うこともあったが、頼られればやはり自分がしっかりしなければと思うようになる。しかし、どれだけ要領よく盗みを働いたとしても全員を食わせていくことなどできなかった。


 新しく入ってくる孤児達もいれば、飢えや大人達の気まぐれによって死んでいく孤児達もいる。冷たくなって転がる彼らを見るたびに、表への憎しみは強くなるばかりだった。そんなクルトの支えでもあり、同じようにして孤児達をまとめていたのがモニカだった。

 孤児達の中でも女の子のさらされる危険度は段違いで高い。特に体が大人へと近づけばそれだけ醜い欲望の目で見られるようになる。それでもモニカは未だに清い体のままでいられた。それはひとえにモニカの機転によるものだった。


 路地裏に住む孤児達は皆似たり寄ったりの姿形をしている。パッと見て女だと思われなければ、もしかすると女であるが故の危険を極力減らせるのではないか。顔を見られなければ、女らしい膨らみがなければその眼をかいくぐれるのではないかと。

 元々栄養が足りないせいで成長不良を起こすことの多い孤児達。わずかに膨らんだ胸を布で押さえつけ、髪を伸ばして顔を隠す。そうすることでモニカは生き抜いてきた。クルトの相棒として五年間、路地裏の孤児達を支え続けてきた。

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