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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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東地区に至る経緯

 だが、そんな思惑など関係ないと言わんばかりにナナが鼻息荒くやってくる。

「ささ、みなさん。あちらへどうぞ、ギルドはメンバーのために最大限の協力を惜しみません」

 カイルやモニカ達の背をぐいぐいと押してくる。モニカ達は困ったようにパーティメンバーを見るが、周囲の圧力に各々ため息をつきながらも席に向かう。カイルの方も仲間達を見るが、むしろ乗り気だ。両者の関係だけではなく、自分達の知らないカイルの過去にも興味があるのかもしれない。しかも四年半前と言えばカイルは十二歳になったばかりだ。


 結局それぞれの中心人物を真ん中にお互い向かい合うようにして席に着くことになってしまった。カイルの右側にレイチェル、ハンナ、アミル、左側にキリル、トーマ、ダリルが座る。向こうはカイルの正面にクルトが、その左側にモニカが座り、パーティの女性メンバーがその横に、クルトの右側に男性メンバーが座ることになった。

 なぜか進行役としてナナがテーブルの端に当然の顔をして座っている。

「コホン、では、まず当時の状況を教えていただけますか?」

 ナナに言われてカイルはクルトやモニカと顔を見合わせる。思えば出会いも良好なわけではなかった。印象的ではあったが、衝撃的でもあった。


「……わたし達は王国の東地区にあるアルミラの町の孤児だったわ」

 モニカの言葉に、周囲で聞いていた者達もカイルとの繋がりに納得しながらも、やはり今の孤児達の現状には大きな問題があることを再確認する。カイルやクルト達のように前途がある子供達が不当に虐げられ命を脅かされてきたのだから。今もなおその状況にある孤児達も多いのだろうから。

「東地区? カイル君、確か十歳の時には西地区にいましたよね? そこから東地区に?」

 十歳の夏ごろにカルトーラの町にいたことは確かだ。そこから二年足らずで大陸を横断したのだろうか。ナナの知識によればアルミラという町は東地区でも中央の方。王国最大の湖の近くにある町だったように思う。


 子供の足でそんな短期間にそれほどの距離を移動できるだろうか。騎獣でもいなければとても信じられない移動距離だった。

「いや、十一の夏ごろまでは西地区にいたけど?」

 カイルの発言にさらにナナの混迷は深まる。ならば半年あまりしか移動期間がないことになる。それでどうやれば東地区の中央まで行けるのだろうか。

「カイル、どうやって移動したの?」

 ハンナもナナと同じ結論に達したのか、首を傾げている。カイルのことだから魔獣の知り合いがいたとしても不思議には思わない。それでも大陸横断は難しいだろうと思われた。


「さあ? その辺は俺も知らないんだよな」

「は? なんでだよ。移動したんじゃないのか?」

「移動したというか、気が付いたらしてたというか……」

 問われたカイルも首を傾げるのを見てトーマが突っ込みを入れるが、カイルとしてもそれ以外に答えを持たない。本当に気が付けば東地区にいたのだ。

「それは、その……記憶がないということか?」

 記憶をなくしていたのは十歳の頃だけではないのかと、心配になったレイチェルだったが、返ってきた答えは予想外だった。


「いや、記憶がないというか、たぶん意識がなかったんだと思うけど。その前で覚えてるところって言うと、エルキン大峡谷の橋から落ちたのが最後だったし……」

 それにはカイルの仲間達だけではなく、クルト達のパーティ、ナナを含め話を聞いていた者達すべてが驚愕の表情を浮かべる。

 カイルの言ったエルキン大峡谷というのは王国の西地区と南地区を隔てる世界最大の峡谷のことだ。全長は数千kmあり、幅は狭い場所で数百メートル、広い場所だと数キロにも及ぶ。地下水脈にまで届いていると言われる亀裂は、誰もその底を確認したことはない。


 落ちれば決して助からず、二度と上がってこられないことから”奈落の亀裂”あるいは、”死への入口”とも称されている場所だ。幅が狭まった場所にいくつか橋がかけられており西地区と南地区を繋げているが、亀裂をよけようとすれば中央を迂回する以外にない。

 カイルの話が本当であれば、エルキン大峡谷からの初の帰還者と言えるかもしれない。最もカイルに意識がなく記憶もないのであれば底の様子を確かめるすべはないのだが。

「な、何がどうなればそのような状況になるのか理解に苦しみますわ」

 アミルは頭を抱えて首を振っている。カイルの人生が波乱万丈であることは知り合ってからのことや、今まで聞いたことがある過去からも明らかだったが、まさか奈落の亀裂からの帰還者であるとまでは思っていなかった。どうすればそんな状況になるのか想像することさえできない。


「……俺が初めて人を殺したのが十一の時ってのは知ってるよな? で、俺らみたいな境遇の奴がそれをすると、理由はどうあれ手配されて追手がかかるんだよ」

 仲間内ではなるべく情報の共有を行っているため、仲間達はみんなそれを知っていた。クルトやモニカも知っていたのか驚かなかったが、それ以外の面々は息を飲むのが分かった。予想以上に早くカイルが一つの壁を乗り越えていたというか、人としての苦境に立たされていたのだと理解したから。


「でも、裏同士のいざこざならそこまで大きな問題にはならない。殺した中に表の人がいた?」

 カイルと付き合うようになって、ハンナは裏についても色々と調べるようになっていた。その結果裏では暴力などは当然のことながら、組織同士の抗争や些細な喧嘩から人死にが出ることも珍しくない。

 しかし、裏同士でやっている分にはそこまで取りざたされることはない。関わるとろくなことにならないことを知っているため、その被害や影響が表に及ばない限りは関知しないという不文律があるようだ。

 いくらカイルが表との繋がりもあった孤児とはいえ、裏の人間を殺したのであれば手配までされるというのは行き過ぎている気がした。特にカイルを知っているのであれば、そこには深い理由があったのだろうと想像がつく。それでも問題になったのだとすれば、それはカイルが手にかけた人が表の人間だった場合。


「まぁ、な。医者、だったよ」

 カイルが初めて殺した人が表の人間、それも医者だったと聞いてあちこちで眉を顰める者達もいた。孤児達と犬猿の仲の職種として、商人・医者・畜産業者がいる。畜産業者や商人は商品を盗まれるため、医者は町に病気をもたらしたり、衛生面で問題を抱えている孤児達をいい目で見ていない。

 その医者と孤児とのトラブルと言えばあまりいいものでないことは想像がつく。カイルが十一歳であったにも関わらず、手にかけなければならない理由とは何なのだろうか。


「西地区で、医者ですかぁ。パッと思い浮かぶのはあれですね。『光の使い』と呼ばれ腕も人柄もよく、町の人々からも好かれていた医者が、裏では孤児達を攫っては薬や治療の実験台にしていたと言われる殺人鬼ですね。ちょうど大戦の復興が落ち着いた頃でしたし、わたしもギルドに入った年だったのでよく覚えています。王都でも話題になりましたねぇ……あの、まさかとは思いますが……」

 ナナは暗くなりかけたその場を盛り立てるかのように、わざと明るい声を出して有名な事件を上げる。犠牲になったのは、普段なら取りざたされることのない孤児達だったが、その医者自体の知名度や死者の数の多さから広く知られることとなった。


「……あれも、確か五年前。今十六ってことは、当時十一……計算には合う、か」

 フランツもその事件なら知っている。フランツ達は出身地区であった東地区を中心にあちこちを移動していたが、王国中に広まったその事件については色々と思うところもあった。だが、自分達が関わることがないと思っていた孤児達が犠牲者だったため、すぐに記憶も薄れていった。クルトやモニカを迎えた今ではその事件に対しても別の感慨が浮かぶ。

 そしてまた、否定も肯定もしないがカイルの表情からその事件とも関わりがあったことが分かってしまった。


「それって犠牲者が三百人近くいたっていう?」

「孤児の反撃にあって死んだとか言われてたけど……」

「……俺が、記念すべき三百人目だって自慢げに言ってたよ。俺の次は、俺がその町でどうにか表に戻そうとしてた孤児達だって言われて、生かしておけないと思った。俺個人としても許せない相手だったしな」

 渡り鳥のメンバーの言葉にカイルが答える。思い出したくもない存在だが、カイルに初めての殺意を抱かせ、人を殺した感触と罪を刻んだ相手でもある。


「それで、その者を殺して町を出たのか? いや、出られたのか?」

 エルキン大峡谷まで行ったということは町の外に出たということだ。いくら事件の発覚を遅らせたとしても、そんな人物が相手であるなら大きな騒ぎになっただろう。スムーズに町を出られるとは思えない。

「……殺したのはそいつだけじゃない。裏通りに住むごろつき達もその後で、町を出る前に殺した。医者に、孤児達の供給をしてたのがそいつらだったから。町を離れなきゃならない状況になって、一人殺した後で、そいつらを殺さないって選択はできなかった」


 あるいは殺しに手を染める前ならばためらっていたかもしれない。けれど一人殺してしまえば、言い方は悪いがあとは何人殺そうとも同じことのように思えた。守り抜きたいならば、時として汚れる必要もあるのだと思い知らされた。殺さなければならない相手もいるのだと、深く刻み込まれた。

「町を出られたのはあれだ、まぁ、蛇の道は蛇ってな。手段を選ばなけりゃ、門をくぐらずに町を出入りする方法くらいあるってことだな。そういう緊急時以外は使わないようにしてるけど……」

 進んでそんな手段に頼ってしまったのでは裏社会の人間達と変わりない。後ろ暗い部分はなるべくない方がいい。命がかかっているような場面でなければ使わない手段だ。キリルもそれが分かったのかそれ以上追及はしなかった。


「確か最初は町の著名な医者が殺されたってことで大騒ぎになりましたね。……でも、病院の調べを進めていくうちに色々な疑惑も浮上してきたんですよね……極めつけは、その、地下から大量の子供達の骨や遺体が発見されて……」

 そうした国内での話題に関して様々な情報が入ってくる王都のギルドに務めていたナナは、当時の状況の移り変わりもリアルタイムで聞かされ身を震わせていた覚えがある。特に中央区のギルドにおいてはそうした情報を逐一仕入れていた。なぜなら、当時から副ギルドマスターであったカミラが無類の子供好きであることは公然の秘密だったからだ。


 その時のカミラの機嫌の悪さと言ったらなかった。カミラ自身、その医者を評価していたことがあっただけに、裏に隠されていた殺人鬼の顔にそれこそ鬼のような形相で怒っていた。たとえ相手が孤児であろうと、年端もいかない子供達の遺体を積み上げてきた医者はそれこそ万死に値すると豪語していたくらいだ。死んでいなければカミラが骨の髄まで凍らせていたと。

「それが分かって、医者を殺したと思われる孤児の正当防衛が認められて手配も解かれたはずです。その孤児の情報も錯綜していたこともあって、結局どこの誰だったかも定かではないという話でしたが……」

「あー、たぶん、俺が関わってきた町の人達がかばってくれたんだろうな。俺は、最初にその医者を見た時からヤバい奴だと分かって徹底的に避けてたんだけど、具合悪くて寝込んでた間に心配した町の人がそいつのところに運び込んじまったみたいでな。俺、孤児の仲間達にもその医者には絶対関わるなって言い聞かせてきたから、そのことを知った仲間達が慌てて駆け付けてはくれたんだけど。まぁ、その時には、な」


 表向きはいい医者で知られていたし、確かに表の人達にとっては無害で頼れる医者であったことに違いはないのだろう。町の人達はその医者の裏の顔を知らず、善意でカイルを助けようとしてくれた。だからこそ、カイルは町の人達を恨む気にはなれなかった。しかし、町の人達にとってはそうではなかったのだろう。

 恐ろしくもおぞましい本性を知らず、助けようとした子供を墓場に届けてしまったなどと誰が思うだろうか。そして、そのせいで子供が手を汚してしまったと知って犯人として突き出すことが出来るだろうか。カイルの情報を正直に話すことが出来るだろうか。


「それで、無事に町を出ることは出来たのだろう? なぜエルキン大峡谷の橋から落ちることになったんだ?」

 峡谷にかけられた橋は見た目よりもずっと丈夫だし、魔法で補強もされている。風や渡る人の動作で揺れたりもしないし、そう簡単に落ちるような作りにはなっていない。しかし、エルキン大峡谷は死への入口の名の通り、ある闇を抱える者達にとって一種の名所にはなっていた。

 落ちれば決して助からず、遺体も上がらない。そのことから死を望む者達にとって自殺の名所としても知られていた。カイルに限ってそんなことはないと思うが、初めての殺人の衝撃というものは思っている以上にキツい。レイチェルも戦いの場であるにもかかわらず、茫然としてしまっていた覚えがある。その感触を思い出しては気持悪くなり、血の色や匂いに拒絶反応を起こしそうになった。


 父や母、同僚達のおかげでどうにか乗り越えられたし心の整理も付けられたが、それでも十五歳の心身には重い負担だった。まして、まだ心も体も出来上がっていない十一歳でそれに耐えきれるかというと自信が持てない。

「具合悪かったって言ったろ。何とか知り合いの主のテリトリーまで逃げて、少し落ち着くまで匿ってもらってた。でも、そこに町で依頼を受けた追手の一人と鉢合わせして……」

 カイルもまさか主の寝床にやってくるような追手がいるとは思わなかった。向こうもそう期待していなかったのか、お互い無防備な状態で顔を合わせることになってしまい慌てた覚えがある。


「戦いになった?」

「ん、ってより戦いになる前に捕まった。たぶん二つ名持ちでランクも上の方だと思う。全然動き見えなかったし」

 ハンナの問いにカイルは肩をすくめる。あまりに実力差があると戦いにさえならない。諦めたくはなかったが、絶望的な実力の差にさすがに死を覚悟した。ああいう手配は通常生死を問わずであるため、町の外で捕まえた場合は殺して証拠だけを持ち帰る。犯罪者というお荷物のせいで自分の命まで危険に晒すものは少ない。

「捕まったのになぜ大峡谷の方に行かれましたの?」

「あー、その人がな、話のわかる人で、事情を知ったら俺のこと他の地区に逃がしてくれるって言ってな。しばらく行動を共にすることになったんだ」


 カイルの奇跡的な巡り合わせというものは、必ずしも不運や過酷な状況を呼び込むばかりではない。今もそうであるように、人との出会いや縁において驚くほどの幸運もまたもたらしてくれる。

 王国のギルドは一つの地区内において強い横のつながりをもつが、その分他地区においてはある種の対抗意識を持っているという。年に一度あるというギルドの総会でも地区ごとにグループを作るのだとか。

 そのため、ある地区で問題を起こしても他地区に渡ってしまえば情報が回っていないということがよくあるという。裏社会の暗躍を防ぐためには好ましからぬ実態だが、深い事情を抱える者にとってはありがたい。

 その人物もギルドの悪しき風習だと愚痴っていたが、せめて真実が明らかになるまでの時間稼ぎにはなると妥協したようだ。

 わずか十日ほどの付き合いだったが、その人物の人柄や実力について知ることはできた。流れ者の孤児であるカイルの言葉を信じて、本気で助けようとしてくれていることも。

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