使い魔達の性別診断と改名
休憩を挟んでの模擬戦の観戦は少々変わった趣となった。入れ替わり立ち代わり魔獣達がカイルの元に集ってきて、中でも力を持つ魔獣は率先して自身の試合にカイルを招く。試合での見違えるような動きに、勝者となった契約者はどこか複雑な顔をしていた。ご満悦の魔獣とは大違いだ。
負けたら負けたで、その魔獣が代わりにカイルに付き添って、敗北による傷心を慰めては去っていく。使い魔契約によって意思の疎通ができても、やはりカイルほど正確に詳細にくみ取ってくれる存在というのは魔獣達にとって特別なのだと分かる。
ヒルダからの情報でロイドは大戦中、足が速くて強いが、気難しい種も多い騎士団の騎獣達のご機嫌取りの役目も果たしていたと聞いたことがあった。特別に何かをするわけではなくても、自分達の意思をくみ取って、余計なことをせず、気を回さずに済む存在の側では安らげるのだとか。
魔獣同士でも種が違えば当然意思の疎通もできなくなる。自然の摂理の上で当然と言えば当然だが、使い魔となると事情も少し変わってくる。大型の使い魔ほど普段は獣舎にいるため、意思の通じない者達ばかりに囲まれることになる。
伝えたいことも伝わらず、伝えても汲み取ってもらえない。仕方ないとは思えどストレスもたまるのだろう。だから気兼ねなく伝えたいことを伝えて、それを理解できるカイルといられるだけで浮かれてしまうものらしい。ストレス発散に付き合っていると思えば、契約者に対して申し訳ないという気持ちも薄れる。
会話のできない動物によって癒されるアニマルセラピーならぬ、意思の通じるカイルによって癒される逆セラピーになってしまっているようだ。特に外見だけで性別などを考慮されずに名前を付けられてしまった魔獣など、怒りと悲しみ交じりに心情を伝えてくる。
だからカイルは青と赤のリボンを取り出して、雄には青、雌には赤のリボンを使い魔の証である首輪に結び付ける。こうしておけば後で性別を伝えて、名前を変更する際にも分かりやすいだろう。それが分かってからは、リボンを付けてもらうためだけにやってくる魔獣達も大勢いた。契約者が取ろうとしても頑として触らせない。
生徒達にはカイルの意図が分かりづらかったようで、みんな悔しげな顔をしながら使い魔とカイルを交互に見ていた。
他クラス同士での模擬戦では、やはりクラスが上の者ほど勝利を収める率が高いようだった。対戦相手との相性や筆記の結果もクラス分けに影響するため一概には言えないが、やはり実力順というのは間違いないようだった。
途中あのアドラーと水兎もそれなりの戦いをしていた。水兎をかばってアドラーが怪我をしていたが大したことはなく、逆に両者の絆が深まったように見えた。そして、もう一周回る頃には、全ての使い魔にリボンを結び終えていた。
服の製作や孤児達や自身の髪留めのためにリボンを多めに買っておいてよかった。二週目にはローザはついてきておらず、審判をしていない教師達を集めて何やら話し合いを行っていた。何度かカイル達の方を指差すようなしぐさも見えたので、カイルが何をやっているのか、どうしてそんなことをしているのか伝えていたのかもしれない。
四時間ほどで試験が終了すると、始まる前と同じように生徒達が集められる。そしてローザが再び壇上に上がった。
「皆さん、お疲れ様でした。これで前期試験を終了とします。試験結果によるクラスの発表は明日実技・筆記試験の結果と合わせてお知らせします。その結果によりクラス移動になった場合、上がった者はさらなる精進を、下がった者は再び上がれるよう研鑽を積んでください。なお、先ほどの試合中にカイル君によって使い魔達にリボンが結ばれていると思いますが、それは使い魔の性別を表しています。青は雄、赤は雌となります」
生徒達はローザによってリボンの意味を知らされ、改めて自身の使い魔を見る。その結果引きつった顔をした者も少なくない。どう考えても性別に相応しくない名前や扱いに気付いたようだ。
「それに伴い、使い魔との対話によって改名を行いたい場合はクラス担任まで申し出てください。あまりそぐわない名前は、使い魔の士気を下げるばかりではなく、円滑な交流の妨げになる可能性があります。また、後日通達しますが、自身の使い魔について生態を調べレポートを書いていただこうと考えております」
レポートと聞いて多くの生徒達が嫌そうな顔をする。どうやら学園に通う生徒にとって宿題というものはできるならばない方がいいらしい。カイルには理解できない感情だ。知りたいことを自由に学べる環境がどれほどありがたく幸せなことなのか。
「何度も聞いているかと思いますが、使い魔はよきパートナーであり、最も頼れる友人でもあります。その友人について知らないということが、時として命の危険さえ伴うトラブルを起こしかねないことをわたし達も改めて教えられました。使い魔の魔獣について知ることでさらに深い絆が結べることでしょう」
特にそれを痛感したアドラーのいる一年F組はローザの話を真剣な顔で聞いている。見違えるように動きのよくなったアドラーと使い魔の共闘を見ていれば、自分達のさじ加減一つで使い魔を生かしも殺しもしてしまうと理解した。どれだけ絆を深める努力をしても、相手を知らなければ裏目に出てしまうこともあるのだと、実感した。
「相談したい方は随時受け付けております。一人で悩まず、まず友人からでも構いませんので相談してみてください。では、これで前期試験を終了とします。解散してください」
ローザの合図があっても、生徒達はすぐに動こうとはしなかった。自分の使い魔に話しかけ、色々と聞いている様子がうかがえる。勘違いによる命名をしていた者は、地面に突っ伏している者もいた。使い魔も同じくどんよりと項垂れている。
「皆様もお疲れ様です。何か参考になりましたか?」
「ん、今まで俺がやってきた修行がいかに常識外れだったか理解した。魔力操作や魔法制御が得意で、魔力感知ができるようになったからって、ぶっつけ本番で初めての魔法を使わせたりはしないってことも」
「大丈夫、カイルは本番に強い」
「いきなり魔物の群れの前に押し出しといてよく言うぜ」
「しかし、カイルは切り抜けてきましたわ」
「そりゃ、やらなきゃ死ぬからな? 命がけの特訓の方が伸びるだろうが、もう少し心臓に優しい修行を考えてくれてもよかったんじゃないか?」
「ふふっ、素質と意欲があって、どんなことにでも意地と根性で諦めず、頭と体を使って努力して、予想以上の結果を残してくれるからね。教える側にとっては理想の生徒なのよ。ライバルとしてはうかうかしていられない存在だし、敵にとっては厄介この上ないと思うわ」
「……褒め言葉として受け取っておくよ」
ローザはカイル達のやり取りに小さな笑いをこぼす。かつてないほど楽しそうで生き生きしているヒルダはもちろんの事、在学中も一人でいることの多かったハンナの充実した表情。また、一人人界に修行に来て不安を隠せなかったアミルも、今では余裕が見える。
使い魔達だけではない、仲間達にもカイルが癒しと救い、そして未来への希望と光をもたらしているのだと分かる。願わくば学園の生徒達にもそれを理解してほしかった。特に下のクラスでくすぶっている子達には。上のクラスで驕っている者達には。
常に上を目指しながらも、かつてそうだった下の者の気持ちを忘れず強い意志と揺るがぬ心を持ってもらえるように。下を見下すのではなく引き上げ、上を引きずり下ろすのではなくさらなる輝きを与えられるような存在になってもらいたい。
そんなローザの元に生徒の一団がやってきた。近くにカイル達がいるのを見て、少し物おじした様子だったが、中の一人が前に進み出る。最高学年でさらにSクラスの生徒のようだ。カイルが見る限り、性別と名前がそぐわず、使い魔達が不満を抱えていたペアばかりだ。
「あの、学園長。えっと……改名ってどうやればいいんですか?」
使い魔との対話によって改名を強く望んでいることが分かったらしい。担任に相談する前に、滅多にない機会なので学園長に直接聞きに来たようだ。
意思の疎通ができても話題に上らなければ伝えようもない。たとえ伝えたとしてもなぜ怒っているのか、不機嫌なのか理解不能だったのかもしれない。その理由が分かったのだ、学園長の言葉を聞けばすぐにでも改名の必要があると考えたのだろう。
「そうですね、みなさん最初に名前を付けた時、使い魔契約と同じように魔力を流しながら行ったことを覚えていますね?」
ローザの言葉に生徒達がうなずく。カイルは知らなかったのだが、通常であればパスは相互間の魔力的なつながりを示すのであって、カイルのように常時魔力を与え続けるということはないらしい。そんなことになれば使い魔がいるだけで魔力切れになってしまう。
クロの場合、魔界以外では魔力の自然回復が行われず、存在するだけで魔力を消費してしまうために魔力の供給が必要らしい。人界に来た魔物や妖魔、魔人が人や魔獣を襲って糧とするのはそこに理由があるのだという。成長のためだけではなく、人界で生きていくために必要不可欠なのだ。
また、使い魔に名前を与える際の正式なやり方というものもヒルダに教えられるまで知らなかった。偶然にも常に魔力が流れ続けていたためとクロがそれを受け入れたためにスムーズに行えたようだ。通常は契約の一つとして魔力を流しながら行うという。
「改名の場合も同じようにして魔力を流しながら行います。ただ、これは何度も行わない方がいいでしょう。双方ともに混乱が生まれてしまいますし、何度も名前を変えるということは望ましい状況ではないでしょう」
これは人の方が良く理解できる感情だろう。人は生まれながらにして名前を与えられる。名前が変わる可能性があるのは、養子になった場合や、夫婦になった場合など。
ただし、こちらもかなりの融通が利くようになっている。夫婦間でどちらの家名に統一しても構わないし、夫婦別姓も認められている。子供達もどちらを名乗ってもいい。養子の場合も必ずしも養父母の家名を名乗る必要はなく、元の名前のままでいることも可能だ。
王族や貴族といった伝統と立場がある家でない限りは寛容なのだ。ドワーフの場合、身内意識が強いため、妻や子供達は夫や父の家名を名乗る。これは寿命が長いことも関係しており、家名によってどこの家の誰の身内なのかが判断できるからだという。
「新しい名前……やっぱり、気にいる名前の方がいいんですよね?」
問われたローザは思わずカイルの方を見る。ローザには改名のやり方や魔獣の種類、生態についての知識はあるが個々の魔獣の好みに関してまで知っているわけではない。さらには、他者の魔獣の意思を読み取ることもまた難しい。専門家であってもカイルほどに正確に読み取ることなど不可能なのだ。
ローザにつられるようにしてカイルを見た生徒達は、わずかに眉を顰める。これまでのことで、カイルが魔獣達に好かれるばかりではなく、契約を結んでいないのに魔獣との意思の疎通が可能であることはなんとなく分かっていた。それでもカイルに頼るということにいまいち納得できないのだろう。
自分達と年が変わらないとはいっても、自分達とはあまりにも違う世界、境遇で育ってきたカイル。強さや志において及ばないというだけではなく、人殺しの経験があるということに恐れを抱くのは人として当然の感情だ。魔物相手には勇敢に立ち向かえても、同じ姿形をした人に向けられる殺意や敵意というものは想像以上に人を委縮させる。
カイルにもその感情は伝わったのだが、同時に彼らが本当に困っていることも分かったため質問に答えないわけにはいかないだろう。
「あー、えっと、基本魔獣は名前を付ける習慣はないからなぁ。でも、気に入った名前を付けられるとうれしいみたいだぞ?」
主の子供であったクロがそうだった。幼い子供故の安直な名前ではあったが、とても気に入っていたし呼ばれるたびに尻尾を振っていた。今の相棒であるクロも、最初は戸惑いの方が大きかったようだが、今ではその名前に誇りを持ってくれている。
魔獣などは妖魔のように明確に言葉を発するわけではないので、親兄弟の間でも微妙なニュアンスの違いで呼び分けているところがある。要は区別さえつけばいい。そのため、人のように名前を付けるという習慣はない。だからこそ、使い魔契約などを結んで与えられる名前というものが特別になるのだ。それが性別にも心情的にもそぐわない名前であれば、それは落ち込むというものだ。
代表して聞いている生徒の使い魔は二mほどの大型の猫だ。尻尾は二本ある。両耳と両手足、尻尾の先だけが黒く、それ以外は真っ白な体をしている。雄なのだがミーニャという名前を付けられている。
雪猫と呼ばれる種で、主に標高の高い山に住んでいるという。常に雪の降りしきるような地域にいるため、保護色として真っ白な体毛を持ち、水や氷属性を有する魔獣だ。知識としては知っていたが、冬でも雪が降ることの少ない王国では見る機会の少ない魔獣だ。カイルも初見だった。
猫は喉をゴロゴロ鳴らし、ひげをぴくぴく、片耳を後ろに動かして、尻尾をフリフリと振る。他の人にとっては何気ない動作に思えるが、カイルにとってはそれで伝えたい内容が理解できる。雪がなかったり暑いのはどうにか我慢できるものの、せめて名前だけはどうにかしてもらいたいようだ。
自分が元いた場所にありふれていて、自身の体の色でもある白。それをさらに伝統や威厳のある言い回しにしてもらいたいらしい。カイルは今現在ヒルダから古代エルフ語を、デニスから古い武国の言葉を習っている。その中でも伝統があると言えば古代エルフ語だろうか。
「白……ねぇ。古代エルフ語では、ヴァイス……だったか?」
カイルはヒルダを見る。カイルの反応からどういったことを伝えられたのか把握したらしいヒルダは微笑んでうなずく。魔獣の方に視線を戻すと、通訳するでもなく気に入ったらしいことがうかがえる。尻尾をぶんぶん振りながら、ご機嫌そうな顔をしている。
「ヴァイス……、その名前がいいのか?」
生徒も使い魔に確認して、それまでにない好反応が返ってきて呆れたような喜んでいるような顔をする。思った以上に簡単かつ迅速に解決への道が見つかったはいいが、それを自力で行えなかったことや、他者のあげた名前に飛びついたことに思うところがあるのだろう。
しかし、気に入ったというのであればその名前に改名することに決めたのかローザと、それからカイル達にも一礼してその場を離れていく。残された相談者達は各々顔を見合わせた後、ローザを、それからカイルを見る。
カイルはその視線を受けて一つため息をつく。どうやらこのまま帰るというわけにはいかなくなったらしい。仲間達を見れば、分かっているというような顔をしてうなずいてくれる。これもまた勉強だと意識を切り替え、次々と訪れる生徒と魔獣達の相手をすることに決めた。
結局、早急に改名したいという使い魔達の相手をしている間に夜になってしまい、いったん切り上げることになった。また何か問題があるようなら、今度はギルドを通して仕事という形で依頼してくるということだ。その場合はなるべく受けてほしいことをローザに念押しされた。
ローザと一緒に三者面談をしていくうちに、カイルに対する恐怖心もだいぶ和らいできたのか、次から次へと押し寄せてきたため休む暇もなかった。これが噂として広まれば、指名依頼として使い魔関連の仕事が増えるかもしれない。
指名依頼とは、依頼者が受注を受ける人や条件を特定して仕事を依頼するもので、いくらランクが高くてもその条件に当てはまっていないと受注できない依頼のことだ。個人指名である場合は当人しか受けられない。指名依頼はギルドに行けば職員によって知らされ、受けるか否かを問われる。
二つ名を持つに至った者達の間でも、指名依頼があるかどうかで実力を競ったりしている部分もある。逆に言えばそれくらいの実力があって初めて指名依頼というものが得られる。実績と信頼、何より依頼者の求める技能があることの証明なのだ。
後日、魔法学園からだけではなく、王宮からも騎獣や使い魔との対話の依頼が舞い込むことになった。奇しくもロイドと同じように、気難しい騎獣や、魔法師団にとっての一戦力である使い魔達のご機嫌伺いをすることになったのだ。
 




