学園の孤児達の顛末
ぐるっと一年の試合を見終わると、次は二年の試合を見る。たった一年でも、洗練され戦い慣れた様子が見られる。学園では普段の授業でも模擬戦を積極的に取り入れているという。また、半年経って課外授業などが行われるようになると、月一くらいでハンターギルドでの採取・討伐依頼も取り入れるのだとか。
受ける依頼は学園でクラスやギルドランクごとに選別し、さらに五人一組でパーティを結成して一つの依頼を受けるなど安全面においても考慮されている。パーティも気の合う者同士というわけではなく、役割分担をしたバランスのいいパーティになる様に教師達が指定する。
その上でどうしても相性が悪いようであれば次の課外授業ではパーティメンバーが変更になることもある。個性が強かったり、アミルやハンナのように得意魔法に偏りがあったりするとパーティを組むメンバーも考えなければならない。
ただ、生徒達は基本後衛である魔法使いのため、一組に二人から三人ほど護衛を兼ねた前衛をギルドで雇うようだ。護衛に慣れた傭兵、採取や魔物との戦いに長けたハンター、両方のギルドから人員を派遣してもらうのだ。
そうやって先輩達の指導と守護の元少しずつ実戦経験を積んでいく。休みの日は届け出を出せば個人やパーティでハンターギルドだけではなく魔法ギルドの依頼を受けることも可能となる。長期休みなども同様で、学園生でギルドランクが高い者は皆そうした独自の研鑽を積んでいる者達だ。
ただし、その場合は個人の自己責任において学園は関与しないため、実力以上の依頼を受けて命を落としたとしても自業自得という厳しい一面もある。とはいえ、学園のある東区は人材育成に力を入れている区でもある。
東区のギルド限定の制度ではあるが、学園生が依頼を受ける際、護衛を格安で雇える学割や、先輩達の依頼に同行させてもらう教育実習制度などが充実している。その場合当然得られる報酬やポイントは低くなるが、安全性はおおむね確保される。
魔法使い同士の戦いというものは、基本的に距離をとっての魔法の打ち合いが主体となる。身体強化などの魔法や、無魔法第二階級『物理障壁』、無魔法第四階級『魔法障壁』といった無属性魔法は補助でしか使っていない。
カイルの場合、身体強化で直接殴りに行ったり、物理障壁を足場としたり、魔法障壁で魔法を反射させて狙ったりもするのだが、そうした使い方をしている生徒達は見受けられない。やはりカイルの魔法の使い方が特殊なのだろう。あるいは魔法剣士という存在が特例なのか。
最後に、最終学年である三年の模擬戦を見学する。三年になると使い魔との連携や戦術なども巧みになっている。お互いの動きを邪魔することなく、魔法を使って相手を追い詰め有利な試合運びになるよう双方が戦略を練っている。
「やっぱ、無魔法ってああいう使い方なんだな……」
内容的には見ごたえがある試合ばかりなのだが、やはり二年と同じく無魔法に関しての使い方は変わらない。身体強化で体の動きをよくして反応速度を上げ、物理障壁で魔法の余波による物理的な被害を防ぎ、魔法障壁で相手の魔法を阻害し弱体化させて受け止めている。
「そうね。基本的に無魔法って言うのは攻撃のためというよりは守備のための魔法だと認識されているから」
「……カイル君は違うのですか?」
「カイルの場合、立派な攻撃手段になりますわ。魔物との戦いで一度剣を飛ばされたことがあるのですが、拳に物理障壁を纏わせて殴り倒したのは驚きでしたわね」
「それに、カイルは物理障壁を足場に使って空中戦をやったりする。魔法障壁で自分の魔法を反射させて追尾させたり、魔法ごと相手を閉じ込めたりもする」
「身体強化も全身強化の上に部分強化を重ねることもあるわね。そんなこともできるんだって驚いた覚えがあるわ」
ローザは次々と出てくる魔法の意外な使い道に目から鱗が落ちるようだった。守備向きだからと言って使い方を限定する必要などない。攻撃魔法だって相手の魔法に合わせることで相殺という名の守りにも使える。同じように守護に長けた魔法であっても使い方次第で攻撃にも転用できるのだ。
肉体的には魔獣にも魔物にも劣る人だが、外側の物理攻撃に関して高い防御能力と内側へ衝撃を伝えない物理障壁を使えば、ただの拳でも凶器となり得る。また、魔法を弾いたり弱めたりと術者の意思一つで強度や性質を変える魔法障壁を自分の魔法に使ったり、逃げ道をふさぐ用途で使うなど斬新だ。
何より空中の敵は物理攻撃を主体とする者達にとっては天敵ともいえる。それなのに、下級魔法を使えれば空中戦も可能になるなど新発見だ。地面から離れるため、度胸と足場を確保するための精密で瞬発的な魔法発動が必須ではある。だが、魔法具などで補助すれば魔力がなくても空の敵と戦える。
身体強化は熟練度により全身の強化から、部分強化が可能になる。その分消費する魔力量が減り、効果は高くなる。素早い切り替えが可能になれば、必要な時に必要な部分だけを強化して魔力を節約しつつ高い効果を得られるようになるのだ。その分、強化していない部分の守りがおろそかになるという欠点はある。
しかし、全身強化を施した状態でさらに部分強化をするとなるとそうした欠点を補いつつ、どれだけの相乗効果が得られるのか。
「ちょっと前に思いついて、レナードさんとの模擬戦で使ってみたんだけど……。それ以来身体強化も禁止になった」
実質、魔法が禁止されたのと同じになってしまった。回復魔法と気功で強化した身体能力だけで戦うようになってしまった。進歩と言えば進歩なのだろうが、その原因は正直言って予想外だった。ちょっとした思い付きだったのだが、少々効果が高すぎたのだ。まさかカイルの蹴りを防御したレナードの腕をへし折るとは思わなかった。
すぐに回復魔法をかけて事なきを得たが、国の守りの要である騎士団長の利き腕を折ってしまったことは少なからぬ衝撃だった。足から伝わってきた感触と、普段は自分の体から聞こえてくる鈍い音に、驚いて頭が真っ白になったところを猛烈な反撃にあって久方ぶりに気絶した。
鬼の騎士団長を止めるためには利き腕一本をへし折るくらいでは不可能らしい。顛末を聞いたローザは考えていた以上の効果の高さに頬を引きつらせる。魔法の難易度もそうだが、危険性を考慮して学生達には教えるべきではないだろうと思われた。
ぐるっと一周したところで、同じクラス同士での模擬戦が終了した。これから少し休憩をはさんで今度は他クラスとの模擬戦だ。隣り合うクラス以外とは戦わないのかと聞けば、地力が違う相手では双方ともに満足に実力を発揮しきれないことも多いためこの形になっているのだという。
しかし、模擬戦では戦うことはないが、上位クラスに入れないというわけではない。先に受けているという筆記試験を含め、実技試験の成績が良ければBクラスからAクラスにクラス替えということも可能なのだとか。その辺は公平に判断してもらえるようだ。
カイル達も休憩時間の間は闘技場の端の方で雑談をしていたのだが、そこに近付いてきたグループがあった。男性比率が多かったことから実力者であり、容姿にも優れているヒルダ達を目当てに来たのかと思えば、彼らはカイルに睨み付けるような視線を向けてくる。
学園の生徒は制服や戦闘服の襟についている本数で学年が、色でクラスが分かるようになっている。Sクラスは銀、A~Gクラスは曜日の属性の色と順に合わせて、赤、緑、青、茶、白、黒、無色となっている。
彼らはいずれも二年と三年、それもBクラス以上の生徒達のようだ。少々不穏な空気にヒルダ達も話を辞めて彼らに注視する。
「……名を上げていい気になっているようだけど、知っているのか? お前の……お前らの暴き立てた真実とやらのせいで、俺らのクラスメイトが学園を辞めざるを得なかったり、自殺未遂をしたやつもいるってこと」
王宮の官僚の中にも孤児院出身の者達がいたように、学園にも孤児院出身の魔法使い達がいた。彼らの多くは孤児院のシステムを知っていながら見て見ぬふりをしてきた者達だ。それを指摘することは自身の破滅を意味していたから。
けれど、真実が明るみに出ると逆に保身のために黙っていたことがその生徒を攻め立てた。無言の圧力に耐えかねて学園を去っていったもの。罪悪感を感じてはいても、自分自身のためと割り切っていたが耐え切れなくなって命まで断とうとした者。いずれもこの試験には参加できていない。
後ろ暗い過去があったとしても、全て自分を守るために必要な自己防衛手段でもあった。多少優越感や競争意識をあおられていた自覚はあっても、将来を棒に振るほどの罪であったのだろうか。彼らはただより良い暮らしを求めただけだ。その結果、あぶれてしまった多くの孤児達が命を落としていたのだとしても。
「……知ってる」
「っ! 知っていて、知っていてよく顔を見せられたものだな!」
「自殺未遂をした子、わたしの友達だったの。入学した時からずっとどこか思い悩んでいる様子で。一年かけてその理由を聞きだしたわ。驚いたし、ひどいとも思ったけど、その子はすごく優しくて人のことばかり気にかけるような子だった。ずっと心を痛めていたのよ」
「学園を出ていったやつらもいい奴らばかりだった。どうしようもなかったんだ。みんながみんなお前みたいにご立派な生き方ができると思うなよ!」
「……ご立派ねぇ。それで? あんたらは俺にどうしてほしいんだ?」
次々に訴えかけてくるが、彼らの望むところが見えない。謝罪しろというなら断る。カイルは、例え自身の行動によって犠牲が出たとしても、より多くをより弱きを救う道を選ぶ。償えと言われても、それは当人達から言われることであり彼らに指示されるようなことではない。それに、彼らが犠牲の上に安寧を得ていた事実は変わらない。知っていて踏みつけ、優越感と安堵を得ていた過去は変えられない。
さらに、カイルは自身の生き方が立派だとは思っていない。いつだって恥辱と苦痛、苦悩にまみれた人生を送ってきた。それでも譲れない思いが、変わらない心があったからこそ人としての道を踏み外さずに済んだ。それは他者から見れば立派な生き方に見えたりもするのだろう。
カイルの開き直ったかのような問いに、そこまでは考えていなかったのか、想定外の切り返しだったのか生徒達は何も言い返せずに表情を歪める。
「俺には夢がある。その過程で一人の犠牲も出さず、何の被害もなく実現できるなんて思っちゃいない。時に人を傷つけ、死なせてしまう可能性も、俺自身が傷つけられて死んでしまう可能性も考慮してる」
強い意志のこもった眼差しと、覚悟を決めている口調に年上である生徒達が気圧される。カイルだって自分の行動が何をもたらしたのか知らずに済ませるほど能天気ではない。例の騒動で処断された貴族達やその家族、また孤児院出身の者達の動向にも気を配っていた。だから、どんな被害があったのか大まかには把握している。
「生きるっていうのは少なからず何かの、誰かの犠牲の上に成り立ってる。確かにそれは正しいし仕方ないっていう部分もある。でも、人として許しちゃならない犠牲もある」
「だから、だから将来を潰されても当然だと? 命を持って償うことが当たり前だって言いたいのか!」
「魔法学園を辞めたからって、人生が終わるのか? 本人にやる気さえありゃいくらでも挽回ができる。命を持って償う? そんなこと誰が望んだ? 自分の弱さに負けて見ないふりをして、明るみに出たからって死に逃げようとしただけだろう! お前達こそ知っているのか! 選択肢も未来も与えられることなく、どれだけの子供達が無慈悲に殺されたと思っている。生きたくても死んでいった孤児達がどれだけいると思っているんだ! 王国が公的に把握できているだけで、あのシステムができてから七年、毎年六百人以上、計四千二百人余りの犠牲者が出てる。俺独自の調査では五千人を超えてる。小さな町なら一つ分、その総人口と同じだけの子供が王都の中で十五歳になる前に殺されている」
勢い込んで反論した生徒だったが、それ以上に返ってきた言葉の重みに今度こそ声を失う。毎年この学園の生徒数に近い数の孤児達が王都の中で殺されていた。優秀な子供を残したい、それによってよりよい生活がしたいと望む大人達と、その大人達によって誘導されて便乗した孤児達によって。
「本当に心を痛めていたなら、人のことを思いやる気持ちがあったなら、外に訴えかけることはできなかったのか? ギルドに入っていたなら、ギルドマスターに訴えて保護を求めることだってできたはずだ。孤児院の庇護を離れた後で声を上げることだってできたはずだ。人として本当にいい奴ならそうすべきじゃないのか?」
「……だ、だから、みんながそうできるわけじゃ……」
「でも機会はあった。孤児院を出たあんたの友達があんたに真実を告げたように、信頼のおける誰かに話すことは出来たんだ。それを聞いたあんたはどうした? 友達に同情して、励まして、それで、終わりか? 仕方ないことだって諦めて見捨てて、真実に蓋をして見ないふりをした。所詮は魔力なしの自分達とは命の価値が違う子供達だから死んでも仕方ない? 自分一人が死ねば、それで殺された子供達の命とつり合いが取れるとでも? 馬鹿にするなよ? 魔力があろうとなかろうと、能力があろうとなかろうと命の重さに変わりはない。上から見下ろしていい気になって、自分の足元が泥沼だったと気付けなかっただけだろう」
「そ、そこまで……」
「言うさ。俺達がどれだけ大声で真実を叫ぼうと、誰も聞いてくれない、信じてくれない。それが嫌で俺は上を目指した。いい気になるな? 名を上げる以外に俺達の言葉をきちんと届ける方法が他にあるか? 俺がこうして王都で名を上げるための努力をしている間にも、死んでいく孤児達がいるんだ。俺はそれを知っている。けど、言われたんだ。その子供達を助けることは俺じゃなくてもできる、俺がやらなきゃならないのはその現状を伝えること、多くの人に孤児達の現実を知ってもらうことだって。それが俺の役目だと。だから俺は、それに伴う犠牲を背負う覚悟はしている」
声を上げたくても届けられない多くの孤児達に代わって、その孤児達の代表として誰にでも話を聞いてもらえるだけの立場が、立ちはだかる厳しい現実と多くの障害を乗り越えられるだけの強さと味方が必要だった。
だから、カイルはこうしている間にも出ているだろう孤児達の犠牲を知りながらも腕を上げ、名を上げることに腐心してきた。結果的にはその間に死んでいく孤児達を見捨てるに等しい選択であっても、それを自覚しながら背負う覚悟をした。
今まで自分が関わり、人に戻すことが出来たと考えている孤児達が、自分の後を継いでくれていることを信じて。彼らもまた自分と同じように努力して生きているのだろうことを信じて。そして、様々な事情で身動きのとりづらい自分の代わりに手を尽してくれる味方を信じて。
「俺が何も知らず、何の覚悟もなしにここにいると思っているようだけどな。それくらい、教えてもらわなくても知っている。逆に聞くが、お前らには覚悟があるのか?」
「か、覚悟?」
「王都の孤児達の現状を知っていて、何もしないっていう選択をした場合に出る犠牲を自覚しながら背負う覚悟だ」
カイルの言葉に生徒達が息を飲む。今まで友人のことや自分達のことだけを考えていたがゆえに、カイルに指摘されるまで意識してこなかった現実。多くの孤児達が無慈悲に殺されている事実を知っていながら黙認するということが何を意味しているのか、自覚してこなかった。
「お前らは友人のためにその秘密を守ることを選択したのかもしれない。だったら、その選択によって犠牲になるだろう奴らのこともちゃんと自覚して背負え。そうでなければ、無責任なのはお前らの方だ。今回の追い出しでは、ギリギリのところで防げたおかげで犠牲者は少なかった。それでも死者は出てる。八十三人、この学園で言えば二クラス分、それが知っていながら見捨てる選択をしたお前らが背負わなければならない犠牲者の数だ」
孤児院の騒動によって、この学園を去っていた孤児は全部で十三人、不登校になった孤児が五人、そのうちの一人が自殺未遂をした。それでも、彼らは命までは失っていない。そして、これからやり直すチャンスだっていくらでもある。
だが、殺されてしまった孤児達の命はもう元には戻らない。彼らが真実を知った時に、先生に相談するなりギルドで相談するなりしていればもう少し犠牲者は少なくなっていたかもしれない。けれど黙っている選択をした。ならば、その選択で失われた命は彼らもまた背負わなければならない重みであろう。
「自殺未遂をしたって友達に伝えろ。本当に償う気があるなら、犠牲にしてきた同じ境遇の仲間達の命を背負って生きろって。自分から死を選ぶことは許されない、それこそ犠牲になった孤児達の命を侮辱する行為だってな」
最初の勢いはなくなり、彼らは揃ってうつむく。正直、カイルの外見や雰囲気から侮っていた。信じられない噂ばかりが飛び交っているが、どう見てもそんな過去を持っているようには見えなかった。だが、その実力は確かに自分達を上回っている。だからこそ鬱憤をぶつけるようにして罪を突き付けた。
しかし、本当に自覚がなかったのは自分達の方だった。甘かったのだ。ことがあまりにも大きくて、しかも想像さえできない他人事で。だから自分には何もできないと決めつけて、何もしなかった。それが何を意味するのか、そのことによってどれだけの犠牲が出るのか知っていながら自覚していなかった。




