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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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使い魔との対話

 舞台は計十二あり、同学年の隣り合う二クラスごとに一つの舞台を使うようだ。試合もまた同じクラス内と、他クラスとの二試合あり、それによってはクラスの入れ替えが起きることもあるということで各々気合が入っている。

 カイル達はローザと一緒に闘技場内を移動しながら、それぞれのクラスの模擬戦を見学していた。やはりクラスが下がるごとに戦いの内容なども単純になったり、粗が多くなったりが目立つ。だが、その分工夫なども見られて面白い。


 中でも、カイルは今まで見たことがないくらい数多くの種類の魔獣が一堂に集っている光景に驚いていた。野生の魔獣はたいていが群れ単位で固まって生活している。特に主がいるテリトリー内では主と同種の魔獣しか見かける機会は少ない。

 見たことがある魔獣でも、その魔獣同士が同じ空間内にいるということが不思議でしょうがない。捕食者と被捕食者、犬猿の仲、友好的な関係にある種など、千差万別だ。野生の魔獣と違うところは使い魔契約を結び、パスでつながっているためか契約者と意思の疎通を図り野生では見られない姿を数多く見ることができるところだ。


「使い魔契約すると意思の疎通はできるんだよな?」

「そうね。と言っても大まかな感情が分かったり、こちらの伝えたいことが伝わりやすかったりといった程度よ。共闘するためには互いに交流を深めて絆を強くしたうえで、訓練を行う必要があるわ」

「ああ、道理で……結構ちぐはぐな会話してると思った」

 カイルの目から見れば魔獣の言いたいことが上手く契約者に伝わっていなかったり、契約者の言葉に対して魔獣がまるで違う動きを見せたりする場面が多々見られた。カイルとクロのように明確に言葉としての意思の疎通ができていないというのであればうなずける話だ。


「……そういえば、カイル君は使い魔契約を結んでいない魔獣とも意思の疎通が図れるとか……それを見込んで少しお願いしたことがあるのですが、構いませんか?」

「俺に出来ることだったら別に構わないけど……」

「実は今年使い魔契約を結んだ子なんですが、どうも使い魔とのコミュニケーションがうまく取れていない子がいまして。使い魔となった魔獣自体も小さくて大人しい種なので寮室でともに生活することを許可しているのですが……」


 使い魔とは絆を深めるためにもできる限り共同生活するのが望ましい。しかし、体格や餌の関係で一緒の部屋に住めない場合獣舎に預けるしかない。その分毎日通ったり、休みの日には一緒に出歩いたりしてコミュニケーションをとる必要があるのだとか。

 あまりべたべたすることを嫌う野生の魔獣を知っているカイルとしては、どこか不思議な感覚だが自身とクロとの関係を思えばうなずける話でもある。普通なら餌と支配者の関係である人と妖魔が相棒として一緒にいるのだから。


「それなら普通よりずっと接する機会が多いだろ? 意地悪でもしてるとか……」

「いいえ、とても大切にしていますし、餌にも気を遣っているようです。生徒自体もとても真面目でいい子なのですが……」

 なぜか使い魔と馬が合わないというか、使い魔がその子を避けているような節が見られる。そのたびに傷ついたような顔をしているその子が不憫でもあった。できる限り学園の生徒達は平等に見ようとしているが、やはり頑張っている子に眼が行ってしまうのは人としても教師としても仕方ないことなのだろう。


「じゃあ、その魔獣に理由を聞けばいいのか? 聞いても大丈夫か? 結構その子の生活にまで踏み込むことになるけど……」

「それは確認しています。その子も理由も分からずに嫌われるのは辛いと。例えそれでショックを受けることがあっても、きちんと知りたいと言っています。Fクラスの子ですが、……ああ、彼女です」

 ローザが一年F・Gクラスの舞台まで来て、手で示したのは眼鏡をかけた大人しそうな女の子だった。腕に抱いているのは使い魔だろう魔獣。四十cmほどのウサギ型の魔獣で、色は青。頭には数cmの小さな角が二本付いている。


「水兎、か。あいつらって大人しい上に、基本綺麗な水と少しの果物で生きてけるだろ?」

 水兎とは水属性を持つウサギ型の魔獣で、綺麗な水辺にすむことが多い。水兎がいる水辺の水は安全で綺麗ということから、カイルもよく知っている魔獣だ。彼らは水を主食としており、そこから魔力を取り込んで生きている。また、おやつ感覚で果物を食べるくらいで、ペットとして飼われることも多い種だ。

 今も女子生徒の腕に抱かれて大人しくはしているが、明らかに不機嫌そうなオーラを出していた。カイルはあんなにも殺伐とした雰囲気の水兎は初めて見た。


「アドラーさん、あなたに相談されていた件だけれど、彼に魔獣を見てもらっても構わないかしら?」

 アドラーと呼ばれた女子生徒は、カイル達を見て少し固まっていたが、意を決したように頷く。それからそっと水兎を地面に降ろした。

「えっと、キューちゃんをお願いします。原因が分からなくて……」

「その、一応やってみるけど原因が分かるかどうかは……」

「分かっています。でも、お願いします」


 アドラーに頭を下げられて、カイルは頭をかきながら地面に片膝をついて、キューちゃんと呼ばれた水兎を見つめる。水兎もといキューちゃんも、カイルに対して何か感じ取ったのか真っ直ぐ見上げてくる。

 耳や手足、ひげや口などを小さく動かして、カイル以外には分からない意思表示をするキューちゃんの言葉ならぬ訴えを聞いていたカイルだったが、途中から顔を引きつらせ、キューちゃんの主張が終わるとがっくりとなる。


 その様子に、アドラーは原因を突き止めることができなかったのかと、オロオロとするが、どこかすっきりした表情のキューちゃんが、カイルが立ち上がるのに合わせてカイルの肩に自分から飛び上がって乗ったことに別の意味でショックを受けていた。

 今までアドラーはキューちゃんから接触をはかられたことはなかった。いつもアドラーからキューちゃんに対して行うばかりで、返ってくることがなかったのだ。それなのに、半年近く付き合った自分ではなく、つい先ほど出会ったばかりのカイルに懐いた様子のキューちゃんを涙目で見つめる。


「カイル、原因が分かりましたの?」

「あー、分かったことは分かったけど……」

「双方のためにもはっきり言うべき」

 ハンナの言葉にカイルは頭をかくとアドラーと向き合う。アドラーはどうにか泣くことはこらえてカイルの言葉を待つ。


「えっと、ちょっときついこと言うかもしれないけど、その辺は覚悟してるんだよな?」

「……は、はい。自分ではどうしたらいいか分からなくて……だから、お願いします」

 キューちゃんの態度に傷ついているようだが、その表情も眼も必死さと覚悟が感じられた。カイルはそれを見て一つため息をつくと、先ほど伝えられた事柄をアドラーに伝える。

「お前とこいつが上手くいかないのはな、はっきり言ってお前の構いすぎと無知に原因がある」

「わ、わたしの?」


「こいつらは愛玩用のペットになるくらいだから可愛いのは分かる。色々と世話やきたくなるって気持ちはな? でも、こいつだって元は野生の魔獣だ。元来人とはなれ合わない種なんだよ。べたべたされるのは本能的に嫌がるし、自分の時間だって欲しがる。それに、お前ってこいつが嫌がることたくさんしてるだろ?」

「えっ!? そ、そんな……わたしは、そんなこと……」


「本当にそうか? 水兎ってやつは真冬でも冷たい水につかることを好む種なんだ。それなのにお前、毎日こいつをお風呂のお湯に入れてるだろ? 餌だって魔法とかで生み出した綺麗な水でいいのに、それじゃ味気ないからって甘いジュースをあげてるだろ? 甘い物なんかは時々でいいんだよ。それも生の果物が好ましい。おまけに寝る時は抱きしめてるって? 何度絞め殺されそうになったり押しつぶされそうになったりしたか分からないってよ。しかも、名前はともかく雄なのにちゃん付で呼ばれるのが嫌みたいだな」


 カイルの言葉を最初は懐疑的な様子で聞いていたアドラーだったが、話が進むにつれ本当にキューちゃんから話を聞いたのでなければ説明がつかない事柄にまで及び、真っ青になる。まさか良かれと思ってしていたことがすべて裏目に出ていたとは思わなかったのだ。

 今までやってきたことすべて、水兎という種にとって好ましからぬことで、それを半年も続けたのであれば嫌われるというものだ。むしろ、穏やかな種であるからこそ今まで関係が続いてきたと言える。そうでなければとっくに殺されていてもおかしくないくらいの仕打ちをしていたのだ。


「お前、こいつの事ちゃんと見てたか? こいつの意思、ちゃんと確認してたか? してたなら、そんなことを半年も続けられるはずがない。言葉にならなくても、拒絶する意思は伝えていたはずだ。今回ばかりは、さすがに俺もこいつの味方をせざるを得ない。いくらなんでもやり過ぎだ。使い魔は動くぬいぐるみじゃないんだぞ? こいつの意思を無視し続けたあんたが嫌われるのは当然だ。これからも使い魔としてこいつと一緒にいたいっていうなら、こいつの種族の事もっと勉強してからにしろ。それまでは預けておいた方がお互いのためだ」


 カイルの言葉に、ついにアドラーは泣き崩れてうずくまる。使い魔召喚で水兎が出た時、飛び上がるほどに嬉しかった。可愛くてしょうがなくて、いつも浮かれながら世話をしていた。だが、それはぬいぐるみ遊びの延長でしかなかった。

 生き物を、野生の魔獣を契約の名のもとに縛っていることなど考えてもみなかったのだ。キューちゃんにも意思があり、自分と同じように好き嫌いがあることなど思いもしなかった。ただ嫌われていることが悲しくて、その関係を変えたくて手を尽したつもりだった。でも、最初から間違っていた。


 姿形だけを見て、相手のことなどまるで見えていなかった。水兎について調べようともせず、何も知らずに原因が分からないと、独りよがりに悩んでいただけだったのだ。それが分かったからこそ、アドラーは自分自身が許せなかった。

 水兎はカイルの肩から飛び降りると、アドラーに少し近づいて、名前の由来になったキューという鳴き声を上げる。それを聞いたカイルは今度はアドラーの前に片膝をつく。


「こいつ、お前に悪意があってそうしたわけじゃないことはちゃんと分かってる。だから嫌いはしても憎んではいない。お前がしっかり反省して、こいつの事ちゃんと勉強したなら、また一緒に暮らしてもいいってよ」

 たった一言に込められたたくさんの言葉に、アドラーはまた涙があふれてくる。涙でにじんだ眼で水兎を見れば、どこか心配そうな瞳が覗き込んでくる。よく見ればこれほどまでに表情豊かだというのに、今まで何を見てきたのか。


「ごめん、ごめんね。キュー君、わたし、ちゃんと勉強する。キュー君が暮らしやすいようにするから。だから、また、一緒に……」

 アドラーが謝りながら伸ばした手に、水兎が頭をこすりつける。カイルに教えてもらわなくてもそれが了承を意味しているのだと、アドラーにも確かに伝わってきた。言葉にならずとも、心に直接伝わってきた。アドラーは初めてキューちゃんと呼んでいた水兎の心を知ったのだ。

 アドラーは、今度は水兎を抱き上げることはせず、ハンカチで涙をぬぐってクラスに戻っていった。カイルにお礼の言葉と深々とした一礼をした後で。


「……あれでよかったか? っつうか、あれくらいなら普通に対処できただろ。使い魔との交流ってまずはお互いの認識と生活様式のすり合わせからするもんじゃないのか?」

 少なくとも、カイルはクロと名付けてからはそういう話を積めていった覚えがある。互いに相手のことを知らなければ、相手が何を嫌がるのか、何を好むのか分からない。特にカイルは書物にもほとんど載っていない最高位の妖魔を使い魔としたのだから。


「……まさか彼女が水兎の生態について調べていないとは思いませんでした。使い魔とのコミュニケーションは個人や個体によってもばらつきがありますし。基本を押さえているならそこまで大きな問題にはならないものですし……」

 アドラーが真面目で使い魔に対する思い入れが強いことで先入観が働いていた。まさか水兎の生態を知らず、そぐわない生活様式を続けていたなんて考えもしなかった。さすがに他者の使い魔の意志まで把握することは難しい。当人に原因が分からないのなら、他者が口を挟めることは少ないのだ。


「使い魔召喚の時に説明しないのか?」

「使い魔はその魔法使いのパートナーでありかけがえのない存在でもあることや、野生の魔獣であるため契約を結んでも対応に気を遣う必要があることは教えてから召喚を行うのですが……どんな魔獣が使い魔になってくれるのか召喚するまで分かりませんので」

 ローザはこれから、召喚後にパートナーとなった魔獣について調べさせて、共に生活する場合には生活スケジュールなどを確認する必要があることを痛感する。まさかこんな単純なことが原因で生徒が悩むだけではなく、契約解除、または契約者への反逆が起こっていたかもしれないなんて思いたくない。一歩間違えば使い魔によって生徒が危険になるばかりか、命だって危うかったのだ。


 水兎の生来の気性が穏やかだったことと、契約者であったアドラーに悪意がなかったことで事なきを得たが、そうでなければ問題が起きていただろう。こうした問題は大小の程度の差はあれど他の使い魔にも起きているのではないかと思われた。早急に対策を取る必要がある。

「学園長も大変ね。それにしても、何度見ても不思議な光景よね。わたしにはあの水兎が何を伝えているのかさっぱり分からなかったわ」

 愛くるしい外見と動作から愛想を振りまいているようにしか思えなかった。それなのに内容は非常に切々とした訴えだったらしい。我慢に我慢を重ねてきたが限界だったのだろう。


「そうか? まあ、そうなんだろうな。でも、名前付けるのに性別も知らないってのはどうかと思うけど……」

 カイルと似たような哀愁を漂わせていた水兎。雄でありながらちゃん付され、可愛いを連呼される何とも言えない虚しさと切なさは非常によく理解できた。

「魔獣の性別は分かりづらい。一目で分かるのはカイルくらい」

「そうなのか?」

「はい。意思の疎通ができましても、それで雄雌の区別がつくわけではありませんもの。どんな魔獣でも分かりますの?」

「あー、たぶん。今まで間違えたことはないけど……そうか、名前と性別がミスマッチなやつらはみんな性別が分かっていないせいか……」


 雄雌どちらでも通用する名前ならまだいい。だが、明らかに雌なのにごつい名前が付けられていたり、雄であるのに可愛らしい名前が付けられたりしている。舞台の上で戦っている彼らは真剣なのだろうが、傍から見ているとどうにもおかしくなってくる。呼ばれるたびに使い魔が微妙な表情を浮かべることもまたその笑いを増長してしまう。

「使い魔の名前って変えられないのか? ちょっとかわいそうな奴らもいるんだけど……」

「明らかに拒絶していることが分かっており、また生徒が知らずにつけたのであれば可能ですが……」


 カイルとクロのように深くて強い絆で結ばれている関係ではなく、魔力によって契約している間柄である彼らなら名前の変更は可能になる。クロの場合名前を付けられ、当人が受け入れた以上魂にそれが刻まれてしまうため変更が不可能になるのだ。

「じゃあ、後で本人に伝えた方がいいか? でも、結構多いしなぁ」

「そ、そんなにも?」

「分かんないかもしれないけど、名前呼ばれるたびに確実に闘志が削られてるぞ? 見ててかわいそうなくらいだ。緊急時ならともかく、普段からあれじゃあちょっとな……」

 魔獣とは対等な関係を心がけてきたカイルとしては、いくら使い魔と契約者という関係とはいえさすがに口をはさみたくなる。意気消沈しながらも健気に戦っている姿は切なくなってくるのだ。

 ローザはギルドに依頼を出してでも、一度カイルと使い魔と契約者の三者面談でも行うべきかと真剣に考える。来年からは魔獣の専門家でも呼んで、召喚した時点で魔獣の種族と性別を伝える必要がありそうだ。

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