ランドの変化と昼休み
模擬戦が終わった舞台の上にヒルダが意気揚々とやってくる。カイルをねぎらうように見て、それからランドに目を向ける。
「どうかしら? カイル君はなかなかのものでしょ?」
「……ああ、そのようですね。その、すみませんでした」
「いいのよ。若い頃の失敗は誰にでもあることだもの。今なら自分がどれだけ危険なことをしたのか理解できるでしょう?」
「はい、その……学園長も申し訳ありませんでした」
「心から反省しているのならいいでしょう。生徒達を守り導くのがわたし達の役目です、これからも失敗を恐れずに積極的に腕を磨いてください」
「はい! カイルっていったっけ。確かに俺、魔力がない奴を馬鹿にしてた。でも、これからはそうは思わない。姉さんにも父さんにも勝てないんじゃな……。お、お前にもすぐに追いついてやるから!」
「あぁ、なるほど。追いかけられるってこんな気持ちか。確かに、気合入るな」
「そうですわね。わたくし達もうかうかしていられませんわ」
「みんなで最高ランク目指す?」
カイルは今までずっと追いかける立場だった。だが、Sランクになり追いかけられる立場にもなったことを実感する。なるほど、これは負けられないと気合が入るというものだ。生来の負けず嫌いがうずいている。
アミルも両者怪我なく終わったことに安堵しつつ、穏やかな笑みを浮かべる。目指す頂はまだまだ先だが、目標は大きい方がいい。だからこそ、ハンナの言葉を誰も否定しなかった。今では世界に二人しかいない最高ランク。いずれは自分達もそこへ登れたら。カイルもいつも見ていた父親の背中に少し近付けたような気がして自然と笑みが浮かぶ。
二つ名で満足したりしない、さらなる上を目指そうとするカイル達の姿勢は学園の生徒達にも刺激を与えたようだった。開始直後に決着のついた模擬戦だけではなく、今まで自分達が見てこようとしなかった人々の支え。それがあって初めて自分達もここにいられるのだと理解した。
馬鹿にしてきた下級魔法でも使い方次第だと分かった。これを使いこなせればより少ない魔力でより大きな成果を残せることになる。魔法使いは魔力の使い方や戦い方が強さの基準となる。どれだけ強い魔法を使えたとしても、持久力のない魔法使いは戦いの場において役立たず以外の何物でもない。
厳しい現実を戦い抜ける魔法使いになるために、必要な事柄の一つを教えられたようだった。魔力の器を鍛えるだけではない、より階級の高い魔法を使えるだけではない。今使える魔法を熟達することもまた強者への道へとつながるのだと。
「それでは、午前中の試験はこれで終了とします。午後一時の鐘が鳴る前にはまたここに集まってください」
レスティアの一日は二十四時間。午前と午後の十二時間に分け、一時間ごとに鐘を鳴らして時を知らせる仕組みになっている。ただし、夜の間は鐘はならず、午前の五時が最初の鐘、午後の九時が最後の鐘になる。
今は午前十一時の鐘が鳴ったばかりだ。午後の試験まで二時間ほどあることになる。その間に食事を済ませ、使い魔を迎えに行って試験の準備をする時間ということになる。使い魔は寮室で待機しているか、学園内の獣舎に預けられているということで、広い学園の敷地内ではそれなりに時間もかかるのだろう。
意外なことにアミル、ハンナは使い魔がおらず、ヒルダは空間属性を持つため、使い魔となった魔獣は普段自然の中で暮らしているのだという。必要な時にはパスを通じて空間をつなげ呼び出すことができるのだとか。
ヒルダも自由人だが、その使い魔もまたしかりのようだ。カイル達は学園長であるローザに案内されて学園内にある学食へと足を運ぶ。今日は休日ではあるが、試験があるため臨時で営業をしているという。
先ほど試験を受けていた生徒達も半数近く同じ場所へと向かっている。全寮制である学園では基本的に食事は三食ついている。ただし、自炊も認められておりその分食費を控除されるという特典があるという。学園内で販売されている品物は相場よりも安く、うまく活用すれば貧しい家庭でも学園に通うことができるのだとか。
さらに、入学時の成績がよく家庭の事情などで学費を払うことが難しい場合でも特待生制度がある。一定以上の成績を保つ必要はあるが、特待生になれば学費も食費も免除されるため孤児であれば積極的に狙っていく地位だ。
特待生の数は決められていないらしく、優秀な生徒が多ければ特待生も多くなるという。逆に特待生が一人もいない年などもあって、ばらつきがあるのだとか。センスティア魔法学園も国が主体となって運営されている公的機関のためそのあたりの制度はしっかりしているという。
こうした学園に通わなくても、通常六歳から十歳までの間、文字の読み書きや計算などを習う基礎教育機関はどの町や村にも存在している。十歳になってギルドに登録すると、当人の希望や資質に沿った道を選び、ギルドで依頼を受けながら下積み期間を過ごす。そうしてある程度心身共に成長した十五歳程度から本格的に将来を見据えた準備期間に入るのだ。
専門機関に入りさらなる研鑽を積むもよし、どこかに弟子入りして腕を磨くもよし、またギルドの依頼をこなしてランクを上げ名を上げるもよし。このあたりは比較的自由に選ぶことができる。よほど高い地位にない限り、将来の道を限定されるといったことはない。農家の息子が兵士になろうと、騎士の娘が服屋になろうと、能力さえあれば認められる。
逆に能力がなければ、どれだけ望もうともその道を貫くことは厳しい。親の七光りでその道に進んだとしても、結局は弾かれてしまうことになる。大戦で多くの有能な人材を失ったことで、そのあたりは非常にシビアになっている。
騎士団で起きた問題のように、能力を優先させるあまり人間性を二の次にしてしまっている例も少なくない。今後の王国の、そしてトレバースの課題ともいえるだろう。間接的に、カイルもまたそれらと戦わなくてはならない。能力だけではなく、人間性も考慮に入れて評価してもらえるように。
闘技場が一番遠かったためか、カイルやS・Aクラスの面々が学食に入った時には他クラスの生徒達は皆食事を始めていた。隅っこの方で小さくなっている生徒達は、どこか嫌そうな顔で見ていたが、他の生徒達は会話を中断して彼らを迎える。トップ二クラスが下位二クラス以外のクラスの生徒達にとって憧れであることに違いはないらしい。
また、滅多に学食に来ることのないローザやその後に続く部外者であるカイル達にも視線が集まる。ローザは一度咳ばらいをして、生徒達の前に立つ。
「午後からの、使い魔との共闘を含めた模擬戦は全クラス闘技場で行います。またその時に改めて紹介しますが、今日の試験を見学してもらっている方々です」
カイル達は軽く一礼する。割と特徴的なメンバーが多いためか、紹介をされなくてもカイル達の正体に気付いてあちこちでざわめきが起こる。事前に通達は受けていたが、午前中にその姿を確認することのなかったクラスの生徒達はにわかに緊張する。
主にカイルの後学のためなのだが、その意図を知らなければ何をしに来たのかと勘繰るだろう。ヒルダなどノリノリで手を振って生徒達を赤面させているし、三年生はハンナのことを先輩として知っている。変わり者でもあるが、同時に攻撃魔法において類を見ないほどの使い手であることを。
「彼らも勉強の一環としてこの学園に来ています。緊張するかもしれませんが、いつも通りの力が出せるように健闘を期待しています」
ローザは生徒達を激励すると、カイル達を予約席として確保していた席に招く。本来は四人席のようだが、余裕があるため椅子を一つ追加して五人が座れるようになっている。
「ここではいくつかのメニューの内から一つを選び、自分で取りに行きます。肉・魚・野菜とメインに違いがあります。量などもあらかじめ伝えておけば変更が可能です」
主食もパンと米から選べる。農業大国であり、水資源も豊富な王国では小麦だけではなく稲作も盛んで、食卓を彩ってくれる。
結論として、ローザはパンと野菜、ヒルダは米と肉、アミルがパンと肉、カイルはパンと魚、ハンナが米と魚とバラバラになった。ローザは分かるのだが、残りのエルフがそろって肉食であったことに食堂の職員達が驚いた顔をしていた。カイルの大盛り設定にも顔を引きつらせていた。
「意外。カイルって魚を食べるイメージがなかった」
「ん? 魚は好きな方だぞ? 火を通せば大体は食べられるし、外れが少ないから。ただ、俺の食べ方に引かれることが多いから普段はあまり食べないだけだ」
「食べ方ですの? カイルの食事の作法にそれほど問題がある様には思えませんでしたが。最近は王宮でも習っているようですし」
そう、エリザベート達との勉強では身分が高い者との会食を想定した訓練を行ったりもしている。お茶会程度ならそこまで問題にならないが、会食となると色々と面倒な作法があったりする。ジェーンに仕込まれて、上品な食べ方もできるカイルだったが魚だけは違った。
「ふふっ、カイル君はね魚だと頭から丸かじりしちゃうのよ。骨も残さないんだもの、最初は驚いたわ」
「だって、もったいないだろ? 食えるのに残すなんて」
「ナイフとフォークで切り分けるのに四苦八苦してたものね」
「身だけ食べるなんて考え方したことなかったから。俺がいた村って山の方で魚は食べたことなかったし」
同じ王国内でも地域によって出てくる食材は異なる。水場が近ければ魚が豊富になるし、畜産を営んでいれば肉が多くなる。ポルヴィンは近くに魚の取れるような川はなく、水は井戸を掘って確保していた。そのため食卓に魚が上るということがなかった。
カイルが魚を食べるようになったのも十一歳以降のことだったため、その辺の作法までは教えられていなかった。獣と違って魚の骨は調理次第で全部食べられるため残すという習慣がなかったのだ。それにカイルはナイフやフォークより自然の素材から作りやすい箸のほうが得意だったりする。
エリザベートと子供達、そしてヒルダの指導があって今ではナイフとフォークで綺麗に骨と身を分けて食べることができるようになった。それでも残った骨や頭を見てもったいないと思ってしまうのは、孤児出身ゆえの悲しい性だ。
「ず、ずいぶんとワイルドな食べ方ですね」
「心配しなくても、ここではちゃんとするよ。野営する時には別だけど」
頭から丸ごと食べるところを想像したのか、若干頬をひきつらせたローザにカイルは苦笑しつつも請け負う。さすがに、人の目が多くあってカイルの行動がヒルダ達の品性にもつながる可能性を思えば下手なことはできない。
「そういえば、カイルと野営した時には魚を食べたことがありませんでしたわね」
「ちょっと見てみたいかも」
アミルがこれまでのことを思い出し、ハンナは自分の皿の魚を見ながら興味深そうな顔をする。
ハンナにとってみれば、頭や骨を丸ごと食べるという方が新鮮な考え方だ。サバイバルをすることの多かったカイルは、おそらく野生の獣達を見て魚を食べられるものとして認識したのだろう。とすれば獣達のように丸ごと食べてしまう習慣がついたのもうなずける。
ローザは難しいと言われる箸を器用に使い、魚のみならずスープやサラダ、付け合わせの煮物などを行儀よく食べるカイルに感心の目を向けていた。前情報がなければ、カイルを元流れ者の孤児だなどと思えなかったに違いない。
一方でヒルダやアミルと魚と肉の交換を行ったりするところは学園の生徒達と変わらない微笑ましさを感じていた。生徒達も和やかな食事風景を見て、大分緊張も和らいだのか賑やかな喧騒が戻ってきていた。
学食で食事をした後は、学園の見学がてら敷地内を散歩していたカイル達だが、試験の時間が近づいてきたため闘技場に戻る。ローザはスケジュールが厳しい立場であるためか、個人所有の懐中時計を持っていた。
魔法具や装飾品の製造を得意とするエルフの匠の一品ということで、ドワーフの作る作品がおおむね持つ武骨さなどとは正反対の繊細な作品だった。ドワーフと違い、エルフの職人達は精霊界にとどまっていることが多いらしく、領域間交易によってしかエルフ作の製品には巡り合えないという。
個人主義の頑固一徹で、常に新しい技術や素材、製法を追い求めるドワーフに対し、祖先を敬い伝統を重んじ、古くから伝わる技術をさらに磨き上げて次世代に伝えようとするエルフ。
外見ばかりではなく内面でも相反することの多い種族であるため、両者が共同制作した作品は意外に少なかったりする。その分、出来た作品は国宝級というのだから相性は悪くないのだろう。
親方達もエルフには一目置いている部分もあるし、ヒルダ達もドワーフを見下したりはしない。ただ、共に生活するには習慣的にも性格的にも問題が多いというだけの話だ。こればかりはどうしようもない種族特性といえる。
闘技場に入ると学園の全学年全クラスが集合しており、さらにはそれぞれの使い魔達などもいたため、なかなかに壮観な光景だった。一学年八クラスの三百二十人、三学年で単純計算九百六十人。教師陣を入れれば実に千人以上の人々と、その数に近い使い魔達が集まっているということになる。
それぞれのクラスの前に教師が立って、整列させると生徒達を座らせ後ろに下がる。その生徒と教師の間をローザに連れられてカイル達も進んでいった。半数程度の生徒達はカイル達を知っていたが、残りの生徒達からざわめきが起こる。
ローザは三段ほど登って壇上に立つと、拡声の魔法具を使って話をする。
「午後からは、各自の使い魔を含めた模擬戦を行います。結界を張った舞台内で試合を行い、各クラスの担任と副担任が持ち回りで審判を務めます。救護班も準備できておりますので怪我の治療は可能ですが、各々やり過ぎることのないよう、また日頃の練習の成果を発揮できるよう頑張ってください」
ざわめきも、ローザが話し出すと小さくなって消えた。ローザは生徒達から尊敬されているだけではなく、怒らせてはならない相手としても知れ渡っているようだ。温かく生徒達を見守りつつも、厳しい一面を持つローザらしい評価といえよう。
「また、先だって通達しましたが、本日の試験には見学者がいます。中間試験での観客は珍しいですが勉学の一環ということで受け入れました。簡単に紹介しておきます。友人のヒルダ=ゲーベル。学園の卒業生、ハンナ=テレサ=ルディアーノ。ハイエルフの姫、アミル=トレンティン。そして、ヒルダの教え子のカイル=ランバート。以上四名が見学者となります」
王宮ばかりではなく、たびたび王都を揺るがす騒動を起こす『狂乱の薬剤師』ことヒルダ。桁違いの実力を見せて入学から卒業までトップを譲らず、SSSランクになったハンナ。ハイエルフの修行の一環として王宮に預けられ、多くの人々に癒しをもたらし、同じくSSSランクになったアミル。紹介されるごとに、生徒達の中で驚きが広がっていったが、最後のカイルの紹介で別の意味での驚きも広がっていった。
カイルはまたしても性別を間違われていたのだと分かり、げんなりとなる。確かに女性陣の中に男が一人とは考えにくいだろう。だからといって格好で察してほしかった。いつもギルドに行くのと同じ格好だ。女らしさのかけらもない服装を見て、なぜそう思われてしまうのか。
わずかにうつむいたカイルだったが、背の低いハンナと目が合い、声に出さず口の中でドンマイと言われ、なぜか無性に腹が立ってきた。だが、どうにか押さえつけると顔を上げる。千人近い生徒達の視線というものはそれ自体が圧力を持っているかのようだった。
父や母はかつてこんな、これ以上の視線の中で生きてきたのだろうか。それを思えば両親が背負っていたものの重みがよく分かる。二人がせめてカイルだけは静かに暮らさせてやりたいと考えた理由も。
しかし、カイルは自身の意思で人前に立つことを選択した。これからもきっと多くの人の前に出ることになるだろう。これくらいでくじけているわけにはいかない。圧力に負けて下がるわけにはいかないのだ。




