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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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ランドとの模擬戦

 先生達はみんなできていたようなので、教えていないわけではないだろう。ただ、実戦慣れしていないことの証明ともいえようか。本当に命のかかった戦いをしていないことが分かる。

 上の階級の魔法が使えるようになれば、自然と下の階級の魔法をあまり使わなくなる。それなのに、カイルが使った魔法は上級魔法にも劣らないほどの威力を秘めていた。それも圧倒的に少ない魔力量で。工夫次第で、使い方次第で魔法はここまで自由に、そして強くなる。


 ローザはできることなら先ほどの魔法をFやGクラスの者達に見てもらいたかった。上級魔法が使えなくても十二分に戦う力を身に着けることは出来るのだと、努力し続ければ下級魔法であっても敵を倒しうるのだという事実を知ってもらいたかった。

 カイルの魔法は、半ば予感していた教師陣にとっても驚きだった。ともすれば教師達よりも滑らかな魔力操作能力、刹那の間に組み上げられぶれることのない魔法制御能力。そして、噂に違わない桁違いの応用能力。確かに生徒達とは物が違うと実感せざるを得ない。


 馬鹿にしていた者達も半数くらいはカイルを見直したような目で見ている。著名人と行動を共にし、指導を受けるだけの素質はあるのだと認めざるを得ない。ただ、半数くらいはそれを認めることができず、ひどく悔しそうな顔をしている。

 同じ上級魔法や最上級魔法で上回られるというならまだ納得もできよう。だが、第二階級の魔法で自分達の魔法を越えたということが気に食わない。まるで馬鹿にされているようにしか思えなくなってくる。カイルにそうした意図はなかったのだが、案外ヒルダにはそういう考えもあったのかもしれない。


「フフッ、見本になったかしら?」

「ぐっ、し、しかし下級魔法の応用ができたからといって……」

「カイル君、ランド君と同じ魔法、使えるわよね?」

「あー、出来るけど……やるのか?」

 それはそれでランドのプライドを傷つけることにならないだろうか。より面倒になりそうな予感がする。だが、ヒルダはニコニコ笑ったまま引きそうにない。カイルは一つため息をつくと、先ほどの的の隣を狙う。

 基本属性なら最上級魔法であっても無詠唱で発動できるが、正確さを期すならば詠唱破棄の方がいいだろう。


「……『火炎嵐ファイアーストーム』」

 先ほどの火球とは比べ物にならない業火が生み出されると、らせんに渦巻きながら的へと迫る。ランドの魔法と違う点といえば、ランドの魔法は的を嵐の中心として台風のように周囲に火の手を伸ばしていたが、カイルの魔法は竜巻のように的に向けて伸びていったところだろう。

 そして、的に着弾すると横向きの竜巻から上昇する竜巻へと姿を変え、的を粉みじんに燃やし尽くした。炎が消えた後には黒く染まった地面と、溶けて高温を発する溶岩のような中心部が残されていた。


「あー、ちょいミスったな」

「カイルでも緊張することがありますのね」

「そりゃそうだろ。こんだけ目があったら緊張しない方が無理だっての」

火炎嵐ファイアーストームは標的の少し上でも大丈夫。巻き上げてくれるから」

「だよなぁ。最上級は周囲への影響も大きいからそうホイホイ使えないし、まだまだ練習が必要そうだな」


 魔法の後の惨状を見て、カイルは頭をかきながら反省する。少し魔法の制御が上手くいかなかった。的を狙いすぎて、魔法の効果範囲を計算に入れ忘れていた。二百人を超える人の前で魔法を使うことなんて今までなかったのだから、多少は大目に見てもらいたいところだが、修行不足を痛感する。

「……あれで失敗?」

「嘘だろ……」

「レベル高すぎ……」

「上級者の会話よね、あれ」


 あちこちで囁かれる声に、ヒルダは笑顔になる。肝心のランドといえばこれ以上ないくらい悔しそうな顔をしていた。本来火炎嵐ファイアーストームとは、カイルが使ったような形が正しい。

 任意で効果範囲を広げることはできるが、上級者や熟練者ほど一点集中が可能になる。狙った敵だけを巻き上げて燃やし尽くす火の嵐となるのだ。ランドはその火をまとめ切ることができず、ばらけて無差別に火の手が及んだ。


 こうして見せつけられると、それがよく分かる。しかも、ランドは詠唱しての発動で、カイルは詠唱破棄。その点でも実力差が現れている。実力を見せつけて思い知らせてやろう、みんなの前で恥をかかせてやろうとしていたのに、実力を見せつけられたのも恥をかいたのもランドの方だった。

「くそっ。なんだよ、それ。結局は才能がすべてってことだろ? あんたは俺より才能があった。だから俺が負けたんだ。それだけのことだ」

「あのなぁ、そんな考え方だといつまでたってもレイチェルには勝てないぞ?」


「なっ、お、俺があんな出来損ないに劣るっていうのかっ!」

「出来損ない……ね。魔力がないってだけでなんでそこまで言われなきゃならないのか、俺には理解できない。魔力がなくてもレイチェルは強い。二つ名持ちで、近衛騎士団の出世頭で、剣聖筆頭。お前だって知ってるだろ?」

「それでも、魔法が使えなければ意味がない。俺は魔法学園に入って強くなった。だから、あんな出来損ないに負けるわけがないんだ」

「……なら、試してみるか?」

「試す? な、何をだ?」


「俺は剣の腕ではまだまだレイチェルに及ばない。でも、たぶんお前よりは強い。俺は魔法は使わない、お前は好きに使えばいい。それで、模擬戦だ。俺が勝てば、お前はレイチェルに遠く及ばないってことだ。分かりやすいだろ?」

「……いいだろう、受けて立つ。その自信を叩き折って、減らず口を叩けないようにしてやる」

 ランドは闘志にあふれた目でカイルの誘いに乗る。カイルも不敵な笑みでそれを受けた。それから仲間達の方を見ると、アミルは少し心配そうだったが、ハンナとヒルダは親指を立ててウィンクしていた。よくやったということらしい。


 見せても分からないなら、直接叩き込めばいいという、ある意味短絡的な思考だが、努力して実力を身に着け、さらには大切な仲間であり好きな女の子をああも侮辱されて怒らないほどカイルは大人ではない。

「……カイル君、ランド君は魔法の腕は学園でもトップクラスです。その彼に自由に魔法を使わせて、君が使わないのでは……」


「ん、たぶん、大丈夫。魔法は使わせない。使わせる前に終わらせるつもりだから。どっちかが怪我したとしてもアミルもいるし、俺も回復魔法使えるから」

「どうしてもやる気なのですね?」

「弟でもレイチェルを侮辱されて笑って流してやれるほど、俺の心は広くないんだ。レイチェルの強さはいつも手合せしてる俺がよく知ってる。そのためにどれだけ努力しているかも。それを馬鹿にはさせない」

「……分かりました。二人ともくれぐれもやり過ぎないように」


 午前中の試験が終わって、本当なら昼食時間なのだが突発的な模擬戦が行われることになった。当事者であるカイルとランドは午後から使う模擬戦の舞台の上に上がり、審判として学園長であるローザが間に入る。生徒達は舞台を囲むようにして地面に座っていた。その中にヒルダ達の姿もある。

 アミルを除き、その表情は余裕そのものでカイルの勝利を疑っていない。アミルも万が一怪我をした時ではなく、カイルが上手く手加減できず相手を怪我させた場合を心配している。自分達の詰め込み式叩き上げ教育は、驚異的な速さでカイルを成長させた。


 カイル自身、自分の強さに実感が追い付いていない部分がある。普段は手加減することなく全力でぶつかっていく立場であるため、下手をすればランドを一刀両断してしまうのではないかと気をもんでいるのだ。

 カイルも、自身がいつも相手にしている人達が規格外であることの自覚はあるため、その人達とそれなりに戦えるようになった自身もその枠に入りかけていることは分かっている。だから本気は出しても全力を出すつもりはない。


 カイルが使うのはレイチェルが使っているのと同じ気功。量や質でいえば圧倒的に人の域を超えるカイルの気だが、まだすべてを把握して制御できるわけではない。そのため今使える力で言えばレイチェルと同程度。ならばより分かりやすいだろう。

 気功は同等でも、技術と身のこなしでは劣るカイルに及ばないようであれば当然レイチェルにも及ばないのだから。


 カイルは軽くストレッチをすると剣を抜く。それから普段は緩やかに循環させている気を活性化させて、自身の強化を行う。魔法での強化とは違う、外側を覆い動きや力を補助するのではない、内側から細胞の一つ一つが力を帯びていくような感覚。

 気功は使い慣れると、活性化した時の内側から力がみなぎるような感覚が一種の快感として感じられる。閉じ込めていたものを解き放ったかのような解放感があるのだ。手足の感覚を確かめ、体に気が行きわたることを確認して、対戦相手であるランドに視線を向ける。


 ランドは魔法を補助するための杖を片手に肩幅に足を広げて立っている。カイルは知らなかったのだが、一端の魔法使いであれば杖を持つのが普通らしい。杖は魔法の発動補助や高価なものになると増幅までしてくれる魔法使いのお供なのだ。

 ハンナが杖を持っていることは知っていたが、どうやらアミルも身に付けてはいるようだ。最初は杖を手にもって魔法を使うというが、慣れると身に着けているだけで杖の効果が得られるようになるという。

 カイルも二つ名を持つようになれば、自分の杖を探すか作るかしてみようかと考えている。なにせ規格外の魔力量を持つカイルの魔法に耐えられる杖があるかどうかが問題になる。


 両者の準備が整ったことを確認して、ローザが少し前に出る。ランドを見て、カイルを見、それから一度目を閉じてから宣言する。

「分かっていると思いますが、これは模擬戦です。互いの技量を確かめ合うものであり、相手を傷つける意図で戦うことはわたしが許しません。それでは、互いの健闘を祈ります。では、始めっ!」

 ローザの合図とともに、ランドは試合が始まる前に準備していた魔法を発動させようとした。これはギリギリルール違反ではない。学園の生徒同士の模擬戦では誰もが行っている。カイルがそれを知らなかったとしても自業自得というものだ。


 ランドは余裕の笑みでカイルの立っていた場所に魔法を飛ばそうとして、目を見開いた。そこにカイルはいなかった。どこに行ったかと視線を廻らせる前に、杖を持ち前に突き出していた手が跳ね上げられ、杖が宙を舞う。

 そして、その杖が舞台の上に落ちる前に、ランドの胸の前に剣が添えられていた。あとほんの少しでも押し込めばランドの心臓を貫ける位置だ。ランドは息をのみ、湧き上がってきた死の予感と共に剣を握る人物に視線を向ける。


 試合前の穏やかな様子とはまるで違う、冷たい目と恐怖さえ感じる無表情。それを見て、ランドは蛇ににらまれた蛙のように身動き一つとれなくなっていた。動けば死ぬ、魔法を使っても死ぬ。そのことを頭ではなく心で理解していた。

 魔法を使っても勝てない相手が、魔法を使うことさえさせてくれない相手がいるなんて思っていなかった。だが、はっきりと分かってしまった。世の中は広く、そして魔法は絶対ではないのだということが。


「……そ、それまで! 勝者カイル=ランバート」

 あまりにも早い決着に呆けていたローザが試合終了を告げる。カイルはその言葉で剣を引くと鞘に納めた。それから表情を元のように戻してランドに話しかける。

「言っとくけどな、レイチェルはもっと速いぞ? お前が魔法を発動させる前に四回は殺せる。レナードさんなら十回くらいか? あの人、ほんと人間やめてるから」

「……それは同感だ。そうか……父さんが魔法使われても殺せないっていうのは、こういうことか……」


「確かに魔法は強い。攻撃範囲も広いし、射程距離も長い。けど、世の中にゃ、それを無効化してくるほどの実力を持つ魔力を持たない人間ってやつがいるんだ。魔物の中にも素早くて魔法が当てられないってやつもいる。死んだ後に、そんなのありかって思っても遅い。魔法を使えることを誇るのはいい。魔力をもたらしてくれた生みの親に感謝するのも。でも、魔力があることに驕るな。魔力がないものを見下すなよ」

「……そう、なのかも、な」


 ランドは今まで自分を形作ってきた何かが崩れ始めていることを感じた。レイチェルが名を上げても、意固地になって凝り固まってしまっていた価値観。周りの心無い大人達によって、その大人達を真似する子供達によって植え付けられた固定観念。敗北によって、それがバリバリとはがれていく。

「お前らが着てる服や食べてる物、作っているのは半数は魔力を持たない人だぞ? その人達無くして今の生活が成り立つか? 魔力があっても食べるものがなければ生きていけない、着る服がなければ人としての尊厳を保てない。孤児達の中にだって魔力を持つ奴らはたくさんいる。そして、魔力があってもない奴らと同じように虐げられて、飢えて死んだり、殺されたりしてる。もしかしたらその中にはこの学園に入れるくらい才能がある奴だっていたかもしれない。それでも、支えてくれる人達がいなければ人として満足に生きられないんだ」


「……あぁ、そうか。そういえば、お前は孤児……だったんだよな」

「俺だって十六になるまで、ギルドに入るまで魔法なんてろくに使えなかったぞ? 生活魔法しか使えなくて、それでもどうにか生きていくために応用方法を編み出して、使い続けて、んでもってそれがたまたま認められただけだ」

「たまたま、か?」

「たまたまだ。新魔法何てそんなもんだろ? それがなきゃ困る奴が必死こいて考えて試行錯誤して、どうにか形になった奴が認められて初めて世に出る。今ある魔法だって、そうやって増えていったんじゃないのか?」


 ランドは虚を突かれたような顔をする。既存の魔法がどのようにして生み出されたのか、考えを巡らせたことなどなかった。それはそういうものだと受け止めていただけだ。だが、新魔法があるということは、元来あった魔法もまた誰かが編み出した魔法が広く知られるようになったということだ。

 素質や適性に関係なく、練習すれば誰もが使える魔法。それが今知られている魔法なのだ。そして、きっとこの世界の魔法使いの数だけ、オリジナルの魔法だって存在する可能性があるのだと初めて気付いた。


 新魔法など、才能ある一部の人達が長い研究の末に編み出すものだと勝手に思い込んでいた。でも、きっと違うのだろう。カイルを見ているとよく分かる。必要だから、それがないと困るから。そういう理由で編み出された数々の生活魔法の応用。

 かつての人々もきっと魔物と戦うため、身を守るために必要だから数々の魔法を生み出してきた。それが使えると便利だから、使い続けてきた。それだけのことだったのだと。魔法を使えるものが特別なのではない。誰もが特別な自分だけの魔法を持つことができる、それを教えられたような気がした。


「なるほど……あの人が、姉さんが惚れた男っていうのも分かる気がする」

「レイチェル、頭を悩ませながら、考えて考えて手紙を書いてるんだ。読めば分かる、レイチェルは不器用だけど、ランドの事弟としてちゃんと大事に思ってる。だから、次、レイチェルから手紙が届いたら、ちゃんと読んでやってほしい」

「……なんで俺が手紙読んでないこと……」

「ま、俺には優秀な情報源が存在するってことだ。噂にもなってるだろ?」

「……あれは誇張だと思ってた。でも、噂も案外馬鹿にできないな」

 カイルは周りを飛び交う精霊達に心の中でお礼を言う。そして、ランドはどこか憑き物が落ちたような顔をしていた。ローザや教師陣もそれに驚いていたが、安心したような顔になる。優秀だが精神面で問題児でもあったランド。だが、これで本当に生徒達の模範生になれるだろうと感じられた。

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