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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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トップクラスの実力

 今行われている試験は魔力操作や魔法制御の精度を見るもの。決められた魔法をより早く、より正確に精密に発動するというものだ。

 基本四属性で中級魔法にあたる四・五階級の魔法が試験内容になっている。中級魔法が使えれば一端の魔法使いに含まれる。

 やはり優秀な子供達であることに変わりはない。社会に出れば否が応でも己の驕りを悟ることになるだろうが、ローザは出来るなら学生である間にそれを知って欲しかった。


 そうすれば成人までに今よりもさらなる努力ができるようになると思うから。人の痛みが分からずに大人になって欲しくなかった。魔法が使えることは人の個性の一つでしかないのだと理解して欲しいのだ。

 学年が上がるほどにやはり実力も上がっていくようだが、中には学年を飛び越えて優秀な成績を修めるものもいるようだ。

「さっきの、ハーフエルフだよな? ってことはレイチェルの?」

「ランド君ですね、確かに彼は姫騎士レイチェルさんの弟で優れた魔法使いでしょう。少なくとも学園内では、ですが」


「一年生が課外授業を受けるのはこの試験の後。王都の外から来ている子でないと魔物を見たことがない子も多い」

「つまり、実戦経験は少ないということですわね」

「学園では三年かけて実戦経験を積ませているのよ。世界情勢や歴史、魔物や魔獣、動植物なんかの知識と一緒にね」

「ああ、俺と逆なわけだ。俺は姿形や能力とか効能とか知ってても正式な名前知らない魔物や魔獣、動植物も多いからなぁ。ギルドで依頼受けて初めて名前知ったのも少なくないし」

 ヒルダとの授業や図書館で借りた図鑑などで少しずつ経験と知識のすり合わせも行なっている。知っている魔物や薬草でも、知らなかった生態などが見られて結構楽しかったりする。


「本当に実戦派ですね。確かに君はヒルダに習った方がいいのかもしれませんね。あなたのようにイレギュラーな存在を教えられる教師はそういないでしょうから」

「そうよ。カイル君はわたしが教えるの」

「薬の実験台にしているという噂も聞きますが?」

「あ、あれは相互の利益のための契約よ。カイル君は格安でわたしの授業を受けられて、わたしは薬の被験者を得られる。お互いの理解と了承あってのものよ」

「……それにしては楽しんでいる様子ですが?」

「ま、まぁいいじゃない。それよりランド君のことよ。確かに同じ学年だけではなく、この学園でも頭一つ分抜きんでているようね?」


 ヒルダは強引に話題をすり替える。ローザは小さなため息をつきながらそれに応じる。ランドは確かに光属性と火属性に高い適性を示し、魔力量や魔力操作、魔法制御においても同学年でトップであることに違いはない。全校生徒含めても上位に食い込むだろう。

「ええ、そうですね。さすがはあのティナの血を引く者……といったところでしょう」

「ティナさんも有名だったのか?」

 あのおっとりしたティナからは想像もつかないが、まさか二つ名持ちなのだろうか。


「ええ。彼女は水を手足のように操ることから『青の奏者』と呼ばれるほどの使い手ですよ」

「へぇ……そういやマルレーンのほうは水属性を受け継いでたっけ」

 レイチェルからも火と水の属性を持っていても水属性を主に使っていたと聞いている。水属性の方が適性が高かったのか、ティナの性格的にそちらの方が向いていたのかは当人に聞かなければ分からない。ただ、ランドを見ていると火属性の適性も高そうなので、後者の方だろうか。


 ランドはあのティナの息子とは思えないほどの荒々しさを秘めているように見えた。時折レイチェルにも見られる猛々しさと似ているが、根っこの部分が違うように見える。レイチェルのそれがプラスの方向とすれば、ランドはマイナスの方向にそれを発揮しているように見える。

「俺、王都に来るまで魔力のあるなしをそこまで気にしたことはなかったけど、案外根が深いものなんだな」

 魔力がないというだけでつまはじきにされた孤児達。魔力があるというだけで驕る学園の生徒達。それもまた孤児や流れ者に対する偏見と同じように根深い要因がありそうだ。


 一つ目の試験が終わり、今度は魔法の威力を見る試験に移った。これは五十mほど離れた的に魔法を当てるというものらしい。的は大きめではあるが狙いにくい場所などは得点が高いのか色がついている。魔物の形をしているところを見るに、実践を想定した試験でもあるのだろう。色がついている場所は一撃必殺ともなる場所でもある。

 数人の組になって線に並ぶと、一斉に詠唱を始める。この試験の場合魔法の階級までは指定されていないのか、中には上級魔法を使用する生徒もいた。ただ、魔法の発動に気を取られたのか的を外してしまったり、低い階級で正確に当てても的を撃ちぬけなかったりしている。


「あの的は魔力に耐性のある素材が使われています。そして威力を見ると言っても、敵に当たらなければ意味がないということから場所によって得点を変えてもいます」

 ローザが試験内容に関して説明してくれる。魔力親和度が高い物質や性質を持つ素材がある様に逆の素材もまたある。上級者になれば魔法に対応するため、防具などにそうした素材を使う者も多い。魔物でも強い種になると魔法を使ってくることがあるからだ。魔獣と敵対することは少ないが当然魔獣も魔法を使う。魔獣が野生の獣と違うのは知性が高いゆえに、魔法もまた扱えることだ。


「ハンナはああいうの得意そうだよな?」

「当然。一撃で消し炭にした」

「わたくしには向いておりませんわね。攻撃魔法も使えないわけではありませんが、得意ではありませんもの」

 ハンナとアミルはまさに修めた魔法が正反対だ。攻撃特化型で補助や守護、回復を苦手とするハンナと防衛特化型で、攻撃魔法を苦手とするアミル。役割分担がはっきりしているだけに、この二人のコンビはなかなかに侮れないものがあったりする。


 ハンナの攻撃をかいくぐり、アミルの防御を突破することは実に骨が折れる。しかも二人ともトーマやレイチェルなどと違い頭脳派であるためはめ技なども使ってくるのだ。何度それにはまって沈められたことか。

「ハイエルフはとくに穢れを嫌うところがありますからね。ですが最近は苦手分野にも力を入れていると聞きますが……」


「そう。最近は補助も使えないと、カイルの修行にならない」

「そうですわね。わたくしも攻撃できなければ押し込まれてしまいますもの」

「……せっかく、ちょっとは追いついたかと思えばいきなり戦い方変えるんだもんな。驚いてまた負けたし……」

「なるほど……彼の修行のためでもありましたか。なかなかいい関係を結べているようですね」

 カイルが一方的に与えられるばかりではなく、カイルの存在によってアミルやハンナも上達している。その結果がSSSランクへの昇格なのだろう。


 その時、ひときわ大きな魔力の高まりを感じた一同はそちらに目をやる。そこにはランドがいた。最上級下位、第八階級の火魔法『火炎嵐ファイアーストーム』だ。担任達も止めようとしたのだが、すでに発動した魔法が的だけではなく静止の声も悲鳴も呑み込む。

 渦を巻くように荒れ狂う火はランドの的だけではなく周囲の人々の的をも巻き込み、さらにはランドの制御を受けていないのか生徒達にまでその手を伸ばそうとしていた。ローザは厳しい顔をすると手をかざす。


 ローザの体から冷気が放たれ、直後に発動した魔法が迫りくる火の嵐を余さず包み込み、そして火ごと凍結させた。逃げようとしてしりもちをついた生徒は、すぐ近くで氷の中に閉じ込められた火を信じられないという顔で見ていた。

 いくら上位属性とはいえ、属性の相性的にも信じがたい光景だった。炎は氷の中ですぐに勢いを弱めると消え、直後に氷も細かな破片となって砕け散る。さすがは魔法学園の学園長、その名に恥じぬ魔法に助けられた生徒達は感謝と尊敬の念を向けていた。


 試験で少しでもいい成績を残そうとしたのか、今まで使ったことのない最上級の魔法を使い暴走させてしまったランドは、苦々しい顔をしていた。目に物見せてやろうと意気込んだ結果、魔法はランドの制御を離れ、危うく他の生徒達を巻き込むところだった。

 言い訳をしても逃れようのない失態と言えるだろう。ここまで順調だった学園生活で初めての失敗だ。それもこれも、あいつの、カイルのせいだとランドは担任に叱られながら内心でカイルに怒りを向ける。


「魔法って精神状態にも影響を受けるよな。それで失敗したと思うか?」

「発動までいけたのでしたら、魔力量的には問題はないかと思いますわ。魔力暴走に至らず、魔法が暴走したようですし。見る限り魔力操作で込める魔力が適正でなかったことや、魔法制御の甘さが大きな要因かと」

 魔力暴走と似ているが、発動後の魔法を制御できなくなる現象も起こりうる。精神的に不安定だったり、能力が足りない場合魔法は術者の制御を離れ、込められた魔力が尽きるまで暴走する。


  痛みや熱などでも集中が阻害されるとうまく魔法が使えないこともある。しかし、その場合はそもそも魔法自体発動しないので、精神状態ばかりが要因とは考えにくいとアミルが指摘する。

「上級は魔力操作や魔法制御が多少雑でも使える。でも、最上級はちょっとのミスが魔法を暴走させる要因になる。一定以上の腕になるまで使うことは避けるべき」

 階級が上がるほどに繊細で正確な魔力操作や魔法制御の能力が求められる。魔力の多さや勢いだけでは使いこなせないのだ。


「無様な魔法ね。自身の力を見誤って無謀なことをすれば周りを巻き込んで大惨事よ」

 カイル達はランドに聞こえないように話していたのだが、ヒルダはお構い無しに声を上げる。レイチェルもヒルダのお気に入りでもある。

 あのやる気のない王子の遊び相手としてヒルダとも顔を合わせる機会の多かったレイチェル。ハーフエルフの恥さらしと呼ばれ続け、エルフであるヒルダにもどこか遠慮がちだった。

 だが、レイチェルは自分から立ち上がった。顔を上げて、魔法以外で認めさせる道を選んだ。その姿勢は教育者でもあるヒルダの目に好ましく映った。


 最近は心のトゲが抜け、角が取れて丸くなった。また、恋をしているからか可愛くなってきている。カイルを冗談半分にからかうかたわら、ロイドとカレナを結びつけたように二人を応援しようという気にもなっている。

 女として見てカイルは魅力的ではあるが、やはり子供としての意識の方が強い。もしかすると、本当に教え子の息子として引き取っていたかもしれないのだから。

 暖かく見守っている二人の障害になり得るものは先んじて排除する心積もりでいる。特に家族でありながら、レイチェルを見下すランドは前々から気に食わなかった。


 ランドはようやく終わった説教から列に戻ると同時にその言葉を聞く。思わず睨みつけたが、ヒルダは妖艶に笑っているだけで、少しも怖がってなといなかった。

「あれは、部外者がいたせいで気が散っただけです。次は上手くやります」

「あら、そうは見えなかったわよ? どう見ても魔力操作と魔法制御が追いつかない階級の魔法を使って失敗しましたって感じだったけど? これでは、わざわざ見に来た甲斐がないわね」

 ヒルダの言葉に、先ほどのこともあって非難の視線が集まる。せっかく著名人達の目に触れる機会だというのに、ランドのせいで帰ってしまったらどうするのかと。


 それにあれが学園のトップを走る生徒のレベルだと思われたくない。いつもはもっと他の生徒の羨望を集めるクラスなのだと、実力なのだと主張したいが故に。

 ランドも部外者ならともかく、同じ学園の同じエリート達からの視線は堪えたのか、俯く。だが、すぐに顔を上げるとヒルダに噛み付いた。

「そ、そこまで言うなら見本を見せてくださいよ。アミル様やハンナさんだけじゃなく、そいつもできるんでしょう?!」


「ふふっ、いい度胸ね。アミルちゃん、戻せるかしら? あなたはそちらの方がいいでしょう?」

「分かりましたわ。では、『時間復帰タイムリターン』」

 アミルが、詠唱破棄で唱えたのは時属性最上級下位、第八階級の魔法だ。指定した範囲の時間を遡らせて元の状態に戻す魔法だ。さすがに生物には使えないが、服や道具、今のように闘技場の一部を元通りに直すことは可能だ。

 そうして直したものは時間が経って同じように壊れるということはない。遡った時間からまた別の時を刻み始めるからだ。


 生徒達も滅多に見ることのできない固有属性である時属性、その最上級魔法を見て魂を抜かれたような顔をしている。

「これで綺麗になったわね。ハンナちゃん」

「分かってる」

 元通りになった闘技場を見て満足そうに頷いたヒルダはハンナに目を向ける。ハンナは心得たとばかりに手を前に出すと握りしめる。

 それだけで復活した的の一つが消滅した。重力で圧縮して消しとばしたようだ。生徒達は無詠唱で行われた離れ技に口が開いたままになる。


「じゃあ、カイル君ね」

 容赦ないヒルダのやり方に呆れつつも手招きに従って近付くとヒルダに耳打ちされる。その内容にはさすがに驚いた。ヒルダのことだから火力を見せるのかと思っていたが逆だった。

「……それでいいのか?」

「その方がカイル君らしいでしょ?」

「ま、な」

 カイルは的の一つに狙いを定める。先の二人のことがあり、生徒達は固唾を飲んで見守る。しかし、カイルが発動させた魔法は別の意味で度肝を抜いた。


 火属性下級下位、第二階級魔法『火球ファイヤーボール』。小さい子供でも使える魔法だ。それにはランドだけではなく、生徒の誰もが嘲笑を浮かべる。

 所詮その程度かと。しかし、魔力感知をしてカイルの魔法を見ていた教師陣やローザは冷や汗を浮かべていた。

 見た目こそ『火球ファイヤーボール』だが、中身がまるで違う。込められた魔力量、無詠唱発動とは思えない緻密さと、見たことのない魔法の形。明らかにオリジナルだった。


 カイルの合図で放たれた火球は、生徒達の嘲笑を吹き飛ばす勢いで的に迫ると直前で弾け、加速と反動の二つのエネルギーを的にぶつけた。

 結果、無数の火の鞭により的は千々に切断されて燃やされた。爆発したように散らばる破片を見ればその威力は疑うべくもない。

「な……んだ、それ。何なんだよ!!」

「何って、見ての通り第二階級『火球ファイヤーボール』の応用だけど?」

「だ、第二階級? あ、あれが?」

「魔法なんて結局使い方次第だろ? 生活魔法だって、やりようによっちゃ人だって殺せるんだぜ?」


「馬鹿な、そ、それでは魔法の階級の定義自体が……」

「んなの、難易度と必要とする魔力量で分けてるだけだろ。ま、さっきのにはそれなりに込めはしたけど」

「ど、どれくらい?」

「ん、『火球ファイヤーボール』五つ分くらいか。一つ一つは弱くても、まとめて圧縮すればあれくらいの威力にはなるからな。下級魔法だってバカにできたもんじゃないんだぜ?」

 魔法は階級が上がるほどに必要とする魔力量が前の階級の五~十倍必要とする。生活魔法を一とすると。第二階級の『火球ファイヤーボール』は五、第三階級の『火刃ファイヤーブレード』は二十五消費することになる。

 先ほどの火球ファイヤーボールは第二階級ではあったが、魔力量的には第三階級程度の魔力量が一つの魔法に込められていたということだ。


 それなら通常は第三階級魔法になってしまうところだが、そこが魔法の面白いところで、応用の場合どれだけ変化させたとしても元になった魔法の階級に準ずるというルールがある。そのため、階級を超越したような威力を持たせることができるのだ。

 実力者になるほど、切り札ともなるオリジナル魔法を持っている。見かけだけで判断していると痛い目をみるどころではすまない。常に魔力感知をしておく必要がある。魔法学園の生徒で、しかもトップクラスでありながら誰一人としてそれができていなかったのは残念としか言いようがない。

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