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レスティア物語  作者: マリア
第一章 剣聖の息子
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キリルの葛藤と決断

キリルサイド

 キリルははやる心を押さえて、ある場所を目指していた。間に合ってくれ、と。無事でいてくれと願いながら。




 昨夜、カイルと別れカミーユと合流したキリルだったが、一足先に町へ行き宿を取るように言われた。そこに少し不審なものを感じたが、少し頭を冷やしたいと言われたら無理強いはできない。取り巻きの二人はそれなりに腕が立つので、このあたりなら危険はないだろうと判断したのもある。

 町に着くと、カミーユ達が納得するだろうランクの宿を取る。いつも宿は三部屋取っていた。カミーユとキリルが一人部屋、取り巻きが二人部屋だ。キリルは先に部屋に入って休憩を取る。ある程度足や体の疲れが取れると、剣の手入れを始める。今日は主とも戦ったし、その後戦ったカイルが持っていた剣とも打ち合った。


「あれは……」

 キリルはカイルが持っていた剣を思い出す。カミーユが鼻で笑うほどに質素で飾り気のない剣だったが、四分の一とはいえドワーフの血を持ち、さらに名匠とうたわれる祖父を持つキリルには分かった。あの剣が十把一絡げの量産品の剣などではないことを。無名であることが不思議なくらい、美しくも研ぎ澄まされた逸品であることが。

 さらにはカイルはあの剣をかなり振り込み、馴染んでいる感があった。もしあの剣がキリルが感じたように名品であるなら、それをカイルが持っていることを不思議に思う。それに、素養には見合わないほど基礎がなっていない剣。しかし、実践慣れている戦い方。


 カイルが言ったように、使い慣れてはいても誰かに師事して剣を学んだことがないのだと確信が持てる。キリルはカイルのことを思い出すと、不思議と胸がざわついた。

 幼い頃に受けた恩を返すため、そしてまた自らが見出した道のため剣を振り続け、世界を旅してきた。先だって、ようやく恩を返せるかもしれないと思える出会いがあったのだが、最近はそれを疑問に思うようになっていた。

 カミーユに付き添い、その言動を目の当たりにするたび、違和感のようなものが膨れ上がってくる。いや、それは不快感や嫌悪感といってもいいかもしれない。決定的に相いれない隔たりがあった。

 しかし、それでも剣士としての誓いを立てた以上はそれに従わなければならない。だが、本当にそれでいいのだろうか。カイルがかけてくれた言葉がよみがえってくる。本当にカミーユをあのままにしておいていいのか、という疑問が。


 どの町に行ってもカミーユはあの調子だ。剣聖の息子をカサに着てやりたい放題やっている。幼くして両親を亡くし、寂しい思いをしてきたというから多少の我儘なら付き合う気でいた。しかし、カミーユの行いは我儘というには凶悪で、寂しさを紛らわすというには歪だった。

 本当にこれが剣聖の息子なのだろうかと、何度も思った。だが、カミーユに見せられた証は確かなものだった。でも、それでもどこか納得できないものを抱えたままここまできた。

 今はキリルがいることで抑えられているのかもしれないが、彼らが犯罪行為に手を染めていたとしても少しも不思議に思わない。特に、カミーユは自分に逆らったり邪魔をしたりする者を許さない。


 そこまで考えて、不意にキリルは不安に襲われる。そうだ、カミーユの性格ならばあんな言葉を投げつけられ、あまつさえ膝をつかされたカイルを放っておくとは思えない。森の外でキリルと別れたのも、もしかすると何か意図があってのことではないのか。

 そこに考えが及ぶと、キリルはいてもたってもいられなかった。確かにカミーユは恩人の息子だが、カイルには直接的な恩がある。カイルのおかげで主殺しの罪を負わずに済んだ。なぜ今までそのことに思い当たらなかったのか。

 きっと、カイルがそのことを恩に着せる気などなかったからだろう。カミーユの横入りもあってうやむやになっていた。キリルは、カイルにお礼さえ言えていない。それなのにカミーユに何かされたら、それはキリルの責任だ。


 キリルは慌てて解いた装備を身に着けると、宿を飛び出す。この時間なら、順当にいけばカイルも町に帰ってきているはずだ。そして、何事もなかったのであればカミーユ達も。

 この時間になって町を出ようとする者はおらず、キリルは人の波に逆らって門へと急ぐ。そして門に着いた時、向こうから入ってくる人影を見つけた。期待して近づいたのだが、それはキリルが望んだ人物ではなかった。

「おや、お出迎えとは殊勝な心掛けだな。どうした? 慌てているようだが?」

「カミーユ……カイルを、見ていないか?」

「カイル? ああ、あの僕の邪魔をした。さあね、僕達はその辺をぶらぶらしてただけだから。なんだ? 今からあの時の続きでもしようって言うのか? なら見物するが」

「いや、見ていないのなら、いい」

 キリルはカミーユをじっと見つめていたが、視線を逸らせる。カミーユの性格であれば、もしカイルに何かしようと思えば時間をかけていたぶるだろう。それなのにこの時間に帰ってきたということは、本当に頭を冷やしていただけなのか。


「それより宿は取れたのか?」

「ああ、中央にある宿をとっている。名前を言えば鍵をもらえるはずだ」

「そうか。なら夕食をとって寝るかな。キリルも一緒に食べるか?」

「いや、俺はいい」

「ふん、お前も僕に対する敬意が足りないな」

 カミーユは鼻息荒く怒りをあらわにすると、町の中央に向けて歩いていく。

 キリルはその背中を見送り、それからしばらく門の前で待ってみた。しかし、誰も帰ってくることはない。ならば、とカイルに聞いていたバーナード武具店に足を運んでみる。しかし、店はもう閉められている。

 奥の方からは明かりも見えるし、人の声も聞こえてくる。だが、知り合いともいえないキリルがこの時間帯にカイルを訪ねるのもおかしい。ならば、明日店が開く頃に訪ねるのがいいだろうか。

 キリルはおさまらない胸騒ぎを抱えながら宿へと戻っていった。




 翌朝、キリルは朝早くに目が覚めた。というより眠りが浅く、寝つきが悪かった。身支度を整えるとカミーユを迎えに行く。改めてカイルについて聞いてみるつもりだった。カミーユの部屋をノックしようとしたが、中から聞こえてきた声に手を止める。

「……にしても、あのガキどうなりやしたかね」

「死んでいるだろう。今頃、狼達の腹の中だろうさ」

「いや、あんときはビビりましたね。まさか、あそこで狼がやってくるなんて」

「血の匂いにつられたんだろう。まあ、そのおかげで僕達は逃げられたわけだが」

「へへへっ、いい囮になりやしたからね」

「僕のために囮になったんだ。光栄に思ってることだろう」

 カミーユの言葉に笑いが沸き起こる。キリルは話題になっている『ガキ』というのがカイルのことに思えて仕方なかった。そのため、ノックもなしに部屋に入る。


「なんだ、キリル。勝手に部屋に入ってくるな」

「先ほどの話……本当か?」

「なんだ? そういえば、お前はあのガキのことを妙に気にしていたようだったな」

「やはり、先ほどの話に出てきたのはカイルのことか?」

 キリルの目が細められ、拳が握りしめられる。

「あんなガキがどうなろうと関係ないだろう? お前は僕を守るんじゃないのか?」

「確かにそう誓った。だが、俺はカイルにも恩がある。言え! カイルに何をした!」

 キリルは素早く剣を抜き放つと取り巻き二人をあっという間に叩き伏せ、その剣先をカミーユに向ける。カミーユは突然の凶行に目を白黒させ、腰を抜かして床にへたり込む。


「な、何を……ぼ、僕は剣聖のむ、息子だぞ」

「そのようだな。だが、俺は魂や誇りまで預けた覚えはない。言えっ!」

 カミーユは突き付けられる鋭い刃の切っ先に、全身を震えさせる。膝が震え、顔色をなくしていた。

「ぼ、僕は悪くない。あ、あいつが、あいつが悪いんだ。僕の邪魔をするから、だから」

 カミーユは震えながらも自己弁護を行う。だが一度決断したキリルは容赦などしない。ピクリとも動かない剣先に、カミーユは昨日の顛末を話した。見苦しくも自身をかばう発言ばかり繰り返していたカミーユの話の要点を聞き終えたキリルはすぐさま身を翻す。


「こ、後悔させてやる! 二つ名を持っているからといい気になるなよ! お、お前など僕なら……剣聖の息子なら簡単につぶせるんだ! い、今なら許してやる、だから……」

 カミーユの言葉を最後まで聞かずに扉を閉める。これ以上彼の言葉を聞いていたくなかった。特に彼らが昨夜行った非道な行いを聞いた後では。なぜ昨夜彼らの話を少しでも信じてしまったのだろうか。なぜあの時、帰宅を確認しなかったのだろうか。

 後悔の念を重ねながら、キリルは町を走る。途中、昨日足を向けたバーナード武具店の前を通りかかると、中で騒ぎが起きていた。


「離せ! お前ら!」

「だから、駄目だって、親方! 親方は武器作りは一流だけど、剣の腕はそうじゃないだろ!」

「だからってなぁ」

「ギルドに依頼を出してもいいんだよ。あんたまで戻ってこなかったらどうする気だい?」

「だがよぉ……」

 キリルは走る足を止め、店の中に入る。中では一人のドワーフを全員が止めにかかっていた。

「お客さんかい? 悪いがまだ開店前だ。それに今は立て込んでるからね、あとできておくれ」

「それは……カイルのことか?」

 キリルを見てアリーシャが声をかけたが、その返事として返ってきた言葉に誰もが動きを止める。そして視線がキリルに集中した。


「お前さん、カイルを知っているのかい?」

「昨日、森で会った」

「やっぱり森へ行ってたんだね……」

「帰っていないのか?」

「ああ、昼に出かけてから戻ってねぇ。いつもなら遅くても日が変わる前には帰ってきてたんだが……」

 そこで心配になって親方が反対を押し切って森へ行こうとして押し問答をしていたというわけだ。

「そうか……心当たりがある。捜索は、俺に任せてくれないか?」

「あんたが? でもどうして? それに、大丈夫なのかい?」

 アリーシャはカイルとキリルとの繋がりが分からずに困惑する。それに、キリルもカイルと同じくらいの年頃に見える。そのキリルに任せてもいいものかと思案しているのだ。


「こう見えても二十歳だ。ドワーフの血を四分の一引いているからこんな外見だが」

 キリルの言葉に、親方達はまじまじと見つめる。そう言われてみるとキリルの平均よりも少し低い身長や、年齢の割に童顔であることもうなずける。また、ドワーフは同族意識も強いため、その血を引いているのなら一応の信頼はおけるだろう。

「でも、戦えるのかい?」

「これでも二つ名を持つ剣士だ。『双竜』のギルバートと呼ばれている」

「『双竜』……ギルバートっていやぁ、おやっさんとこの?」

「ディラン=ギルバートなら祖父に当たる」

「そうか、おやっさんの孫か。これも縁ってやつか。頼めるか?」

「了承した」

 キリルはうなずいて身を翻す。ドワーフ達に身内のごとく心配されているカイルがどのような目に合わされたのか、言葉にすることができなかった。時間がなかったということもあるし、下手をすればカミーユがいる宿に突撃をしかねないと思ったからだ。


 今はそうした時間さえ惜しまれる。門で手早く手続きを終わらせると、キリルは出せる限りの速さで森へと向かった。カミーユから聞いた絶望的な状況に顔を曇らせながら、わずかな可能性を信じて。

 森の際にたどり着いたキリルは一度息を整える。焦ってキリルが不覚を取れば、カイルを助けることもできない。慎重に森に入り、カミーユに聞いた場所へと向かう。

「これは……」

 キリルはその場に残されていた痕跡に顔をしかめる。カイルが打ち付けられていただろう木には六つの穴が残され、その周囲には血が生々しく飛び散っている。ところどころには肉片や皮膚さえも残されていた。根元には血が付着したままの杭が残されている。そして、血痕が森の奥へと続いていた。

 下手をすれば、ここで変わり果てたカイルとの対面もあるかもしれないと覚悟していたキリルはひとまず安堵する。だが、単に獲物を巣に持ち帰っただけなのかもしれない。キリルは血の跡を追いながら森の奥へと踏み分けていった。

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