試験開始
学園長であるローザが入ってきただけではなく、部外者が四人も入ってきたことで視線が集まる。今は試験前の練習だったのか、手を止める者達も多かった。ローザは担任教師達に子供達を集合させると前に立つ。
「今日は皆さんの試験を見学されたいという方達もおります。知っている人もいるでしょうけれど紹介しますね。わたしの友人で、生産者ギルドでの二つ名の方が有名ですが魔法ギルドでもSSSランク『断空の魔女』のヒルダ=ゲーベル」
ヒルダが優雅に一礼すると、男子生徒だけではなく女子生徒も顔を赤らめる。どうやら、大人の色気を感じたらしい。固い印象の強いローザと並べば必然的にそれも誇張されようというものだ。また、それだけではなくヒルダは問題も起こすが、同時に優秀な魔法使いとしても知られている。固有属性である空間属性を使いこなし、敵を空間ごと切り裂く手腕から二つ名が付けられた。そのヒルダに憧れ、目指す生徒達もいるのだろう。
「ハイエルフの姫で、この間SSSランクに昇格した『聖女』アミル=トレンティン。同じくSSSランクで、この学園の卒業生でもある『緑魔』ハンナ=テレサ=ルディアーノ」
アミルの時にはその美しさに目を奪われ、ハンナが前に出るとみんな目を輝かせていた。学園の卒業生であり活躍目覚ましいハンナは全校生徒の憧れでもあった。一から三学年六クラスみんな、ハンナに続くことを目指して日々精進している。
そして、必然的に残ったカイルにも視線が集まる。今日は髪も縛ってきているため、そうそう女に見られることもないだろう。
「そして、彼らの指導を受けているカイル=ランバート。厳しい日々の中、生活魔法の応用法を見出し、魔法の歴史に大きな変革をもたらしてくれた子よ。学園に入っていたら一年生ね」
魔法史に確実に刻まれるだろう偉業を為した存在が、自分達の中で一番下の学年であることに衝撃を受けた者は多いようだ。王都で色々とささやかれている噂はあるが、半ば外と隔絶されている学園内ではそうした噂も遅れて入ってくるし、大分内容が歪んでもいる。
大男だの、ひげもじゃの爺さんだのと言った噂さえあったのだ。確かに身長は男の中でも高い方だが、大男というには華奢すぎる。実年齢よりは上に見えるが、爺さんにはとても見えないしひげなんて以ての外だ。
中性的な整った顔に、後ろで一つに縛っている腰まである長い髪。強い意志を感じさせる目を見ていると、なんだか対抗意識が湧いてくる。
確かに四か月ほど前に王国に、そして世界にもたらされた生活魔法の応用による新魔法の数々は生徒達にとっても衝撃を与えた。生徒達はより階級の高い魔法を、よりうまく使うことに腐心してきた。ところが、そんな魔法ではできなかった、出来ないとされていた魔法の数々を初歩の初歩第一階級の魔法が可能にするなど予想だにしなかったことだ。
しかもそれをもたらしたのは、流れ者で孤児だった十六歳の少年だというのだからその驚きはさらに大きかった。成人前ということもあり大々的に個人情報が公表されることはなかったが、その後に聞こえてきた噂も信じがたいものばかりだった。
境遇に負けない生き方や普通なら立ち直れないだろう過去、さらにはあの騎士団長から勝ちを拾い、国のトップ達に謝罪をさせたという事実。その後の躍進についても聞き及んでいた。
同年代の子供達の中でも選ばれた一握りの存在だけが学園に入ることができる。生徒達はそれを誇りに思っていたし、学園に入っていない者が自分達よりも上である可能性など考えてもいなかった。学園に入ることが魔法使いにとっての最高のステータスであり強者の証であると信じて疑わなかった。
そんな常識を覆したのがカイルという存在だ。まともに学ぶこともできず、自身の属性すら知らなかったのに、ギルド登録から八か月で一流の仲間入りを果たしてしまった規格外の存在。アミルやハンナも見た目ではそこまでの実力者だと思えないが、カイルの場合はなおさらだ。
まだ魔法ギルドだけというのならうなずける。魔法の腕に体格も性別も関係ない。だが、カイルの場合Sランクに達したのは魔法ギルドだけではなく、生産者・商人・ハンターギルド含めて四つ。もしかすると年内には魔法ギルドで二つ名を得るのではとさえささやかれている。
学園では三年のSクラスでギルドランク最高がAランク。それも得意とする魔法ギルドでの話だ。ハンターギルドではCランクでも上の方だと言える。見た目ではどう考えてもSランクの実力があると思えないカイルが、自分達より上にいることを認めたくないのだ。
中でも特に鋭い眼差しでカイルを睨み付けている少年がいた。彼の名はランド=キルディス、レイチェルの弟にしてキルディス家の長男だ。期待外れといわれた姉の後に生まれたランドは、ハーフエルフとして相応しい魔力を秘めていた。属性こそ光と火の二つだけだが、その二つにおいては学園内で敵なしとまで言われている。
ランドはハーフエルフのくせに魔力を持たない姉を軽蔑していた。両親は分け隔てなく接してくれたが、一歩でも家から出るとそれはランドにとって足枷にしかならなかった。小さい時こそ仲は良かったが、物心ついて周囲の話が理解できるようになると関係は変わった。
近所で友人になった子供も、あのレイチェルの弟だと知ると途端に冷たくなった。キルディス家は代々王国に仕える貴族でありながら魔力を持たない家系だった。その代わり気功と呼ばれる力に目覚める者が多く、父もまたその類だった。
そこへエルフを妻に迎え、気功に加え魔力まで得ると思われていた矢先のレイチェルの誕生。王国の期待を裏切ったばかりか、キルディス家の名を汚した。ランドは幾度となくそうした言葉を聞いてきた。そして、幼い心に刷り込まれるようにしてそれが事実であり、真実であると思うようになっていた。
以来、必要な時以外姉と話すことはなく、常に見下してきた。いじめられて泣いていても、自業自得だとあざ笑った。家から追放したほうがいいと何度思ったことか。実際に一度進言した時には初めて父親に本気で殴られた。
それから口にすることはなくなったが、考えは変わっていない。レイチェルなどキルディス家に不要な存在だと考えていた。しかし、レイチェルはそこで諦めなかった。父親と同じ剣の道を見出し、才能を開花させた。
今では近衛騎士団であるだけではなく、先の世界大会で剣聖筆頭にまで上り詰めた。ランドに言わせれば忌々しいとしか思えない。醜く足掻いて、魔力がないことから目を背けようとする姉の姿は無様にしか見えなかった。
案の定、姉は剣聖筆頭になっても聖剣に選ばれず、年明け早々視察に出された。恐らく国王陛下も期待外れだったレイチェルの顔など見たくないと考えたのだとほくそ笑んでいた。そして、意気揚々と学園に入学したのだ。
勉強も手を抜かなかったことで主席入学を果たし、Sクラスに入って悠々自適な学園生活を送っていた。そこに聞こえてきた噂。姉が視察から戻り、一回り成長したこと。コンプレックスを乗り越え、妹とも和解をしたこと。さらには、今まで捨てていた女を取り戻したこと。それらすべてが視察で見出し、王都でも噂になっていたカイルがきっかけだという。
気に入らなかった。魔力がない姉はいつまでもみじめに泣いていればいいと考えていた。魔力を持たずに生まれてきたことに恥じ入ればいいと。父と母の、王国の期待を裏切ったことに死んで詫びればいいと。だが、そんなランドの思惑とは裏腹にレイチェルは前以上に有名になり、人々に受け入れられた。
魔力がなくても、王国を支える一人の騎士として。異端のハーフエルフであろうと、国を守る大きな力として認められた。何度かレイチェルから届いた手紙。ランドはそれを見ることなく破り捨てた。何を言って来ようと、ランドはレイチェルを認めるつもりなどなかった。
どこか寂しそうな、悲しそうな顔で見てくる姉を無視し続けてきたのだ。ランドにとって絶対的な価値があるのは魔力。カイルも同じく気に入らないが、その一点においてだけはレイチェルよりましだと認めている。
噂の信憑性の低さは当人を見ればよく分かる。だから、自分の力を見せて思い知らせてやろう。学園の生徒の実力というものを。ランドはほの暗い感情を抱きながら、かすかに笑みを浮かべた。
「試験は通常通り行ってください。最後の模擬戦では使い魔との共闘も認められますので午後からになります。ちゃんと迎えに行ってあげてくださいね」
ローザは生徒達を見回しながら声をかける。それぞれの学年のクラス担任と副担任が生徒達を誘導して試験が開始される。
カイルはハンナやアミル、ヒルダと共にあちこちで展開される魔法を見ていた。なるほど、確かにこれは違いがよく分かる。いつも見ている二人の魔法とは段違いだ。歳が近くてもこれほどの違いがあるとは思ってみなかった。
「……どうですか? 君の目から見て学園の生徒達の魔法はどう見えますか?」
「ああ、うん。魔力操作や魔法制御は、まぁ、俺が今まで見てきた孤児達よりは段違いでうまいと思う。ただ……不安定で無駄が多くないか?」
カイルはどこか危なっかしいとも思える生徒達の魔法を見た感想を正直に告げる。最後の部分はさすがに少し声を潜める。ささやくような声で言われた言葉にローザは曖昧な笑みを浮かべた。
「そう、ですね。熟練の魔法使いから見れば、彼らの魔法はまだ粗が多いですね。魔力操作や魔法制御の過程で無駄になってしまっている魔力も少なからずありますし、魔法の方も詠唱をしていても不安定な部分があることは否定できません。しかし、これは彼らの年代において上等な部類なのですよ?」
「あー、そっか。ハンナやアミルが例外な方か?」
「ええ、それが分かる君もおそらくは……」
やはり例外は自分達の方らしい。ハンナは圧倒的な成績で主席入学主席卒業を果たしたというし、ずっと英才教育を受けてきたアミルの腕も言うまでもない。成人する前にここまでの実力を持つことの方が稀なのだ。
「無詠唱を使ったりはしないのか?」
「……無詠唱は魔力感知に長け、魔力操作や魔法制御も高いレベルで使いこなせなければ不可能ですね。”詠唱破棄”なら可能とする生徒もおりますが……」
詠唱破棄とは詠唱を省略し、魔法名のみで魔法を発動させる方法だ。通常は無詠唱の前にこの段階を踏む。例え無詠唱が使えても魔力のロスが少なくなることから詠唱破棄を使う者は多い。実戦においてはほとんどが詠唱破棄での魔法発動になる。
実戦でポンポン無詠唱を使うのは二つ名を持っていてもよほど魔法に長けた者くらいだ。ハンナやアミルは当然のように使うので、カイルもそこに疑問を抱いたことはなかった。自身もまた十歳になる前から無詠唱で魔法を使っていたのだから。
「……やっぱ無詠唱って難しいんだな」
「そうよ。呪文を覚えて、魔法名と魔法を連動させ、慣れたら詠唱破棄。もっと熟達して無詠唱っていうのが普通の手順なの。呪文を覚えて、一度二度使ったくらいでいきなり無詠唱なんてやらないのよ?」
「ん、でもなぁ、切羽詰ってる状況で悠長に詠唱なんてしてられないだろ? 声出せば居場所もバレるし。だからできるだけ早く無詠唱できるようになる必要があったんだよな。魔力感知ができるようになって、前より楽に魔力操作や魔法制御ができるようになったわけだし」
「……君は路地裏で暮らしていただけではなく、幼い頃から町から町へ移動していたと聞いていますが、魔物や獣相手に戦う術を学んだのですか?」
「あー、まあな。最初は剣も持てなかったから、魔法で飛び道具作って練習して、実践して覚えてったな。剣が使えるようになってからは剣も使ってた。まぁ、一人で魔物や動物仕留められるようになったのは八歳になってからだけど」
「その頃から狩りを……。危険も多かったでしょう?」
「それを極力避けるための生活魔法の応用だ。勝てない相手には最初から近づかないのが鉄則だからな。それでも探知がうまく使えるようになるまでには色々ヤバかったこともあったけど」
「森や草原で不意に魔物に出くわしますと、大人でもパニックを起こすこともありますわね」
カイルが発案者となった探知は、今現在多くの人が実戦運用を始めている。慣れるまでは返ってくる反応を見極めることに時間がかかったり、判断に迷うこともあるが、そこは経験と慣れ。使い続けて上達する以外にはない。
しかし、パーティに一人でも探知が可能なものがいれば危険はぐっと下がる。生活魔法の応用であるため、そこまで高い魔法資質を必要としないということも受けがよかった。今まで役立たず扱いされてきた低ランクの魔法使い達にも活躍の場が広がったということだ。
「カイルは割と実戦派。必要なら手順も段階も飛び越す。探知も鍛えたのは痛い目に合ったから?」
「まぁ、そうだな。危うく食い殺されそうになって、腕一本と引き換えに逃げ出したことがあったんだ。それから必死に鍛えたな」
「う、腕一本……食いちぎられたのですか?」
「いや、咬みつかれて外れそうになくて、自分で切ったんだ」
「ち、ちなみにいくつの時です?」
「えっと、……九歳、だったかな。ジェーンさんが死んで、孤児院を脱走してすぐくらいだったから。自分でもよくできたと思うけど、命には代えられないしな」
ローザは眩暈を覚える。なるほど、学園の子供達にはない、芯の通った強さと柔軟性を感じるはずだ。同時に、あれほどまで生活魔法を鍛えたのはひとえに命がけの状況に常にさらされてきたから。それがよく分かる。
「魔力操作や魔法制御もその過程で鍛えられたのですね?」
「肝心な場面で使えないってなると困るから。別の事やってても、一つ二つくらいなら無意識で魔法使い続けられるくらいにはなったかな」
意識の一部を魔法に傾けることで、別のことに集中していても魔法を途切れることなく使い続けられる。それくらいには鍛え上げた。今ではそれが魔法だけではなく気功の方にも割かなければならないため、慣れるまではなかなか大変だった。
魔法を使い続けようとすれば気功がおろそかになり、気功に意識を向ければ魔法が途切れてしまう。最近になってようやく両立して使い続けることができるようになったくらいだ。
「なるほど。今使い続けているのは……探知、ですか?」
「ん。やっぱ初めてくるところは何があるか分からないし。それに、俺って生徒達からはあまりよく思われてないみたいだからな」
「……感受性が高いのも考えものですね。学園の生徒には高いプライドがあるのです。この学園に入れたというだけで、彼らの支えになっています。学園に入れなかった者に負けるはずがないと、ある種の傲慢な考え方をする子も少なくありません。そこへきて、君の存在は彼らの根本を覆してしまいかねない存在ですから……」
「別に、魔法が上手いことを誇るのは構わないと思うけどな。俺だって少なからず、魔法が使えるってことありがたく思ってる。ただ、だからって他者を見下していいってわけじゃない。それは誇りがどうのって以前の問題だと思うけど」
「くだらない虚栄心。雑念は魔法を鈍らせる」
「人と競うことも魔法を上達させる手段でしょうけれど、己の弱さに負けず努力し続けることが一番の近道だと思いますわ」
「その辺が分かっていない子が多いのよねぇ。魔法が使えるからって、上手だからって偉いわけじゃないのに。実績があって人の役に立てて初めて誰かに認められるっていうのにね。そこにくだらない上下関係を持ってくるから面倒なことになるんだわ」
ローザは耳に痛い言葉に反論ができない。学園でもSやAクラスの子供達がGやFクラスの子供達を見下して嘲る風潮がある。何かというと馬鹿にして、時に魔法を使ってのいじめさえも起きている。
今回ヒルダ達を招いたのは、そんなトップを走る彼らに上には上がいることを自覚させ、下の者の気持ちを理解してもらおうという意図があったりする。ヒルダは当然それに気づいているだろうが、カイル達も察しているように見えた。
 




