王立センスティア魔法学園
翌日、いつもよりスッキリしたような顔をしていたハンナの変化にアミルやキリル、意外と人の感情に鋭いトーマは気付いたようだった。レイチェルはなぜか恋する女の直感で、グリンと音がしそうな勢いでカイルに顔を向けてきた。
苦笑いを浮かべるしかなかったカイルだが、次の休日にデートをすることでどうにか許してもらった。別に後ろめたいことなどしていないのだが、それでレイチェルの不安が取り除けるならいいだろうと。
そして、それまであまり足を向けることのなかった南区へと散策にでかけた。
あちこちに宿が立ち並び、行き交う人々も旅人だと分かるような恰好をしている。昼中は仕事に出ている人が多いためか、王都在住の人々は少なかった。その分、雑多な人々が行き交っており、獣人やドワーフ、エルフ、ドルイドなども多く見かける。
レイチェルも普段はこの地区は通り過ぎるだけのことが多いのか、改めてじっくりと見て若干はしゃいでいた。王国は土地柄や主産業からか他の領域の人々や他国の人々の流入が少ない国といえる。そのため、王都くらいでしかここまで多くの人種が入り混じる光景を見ることは少ない。
カイルが髪の色を隠すのもそのためで、他者と違うということだけで排他対象になりかねない傾向があるといえよう。特にエルフや獣人、ドワーフといった明らかに人種が違うというのであればともかく、同じ姿形で髪や眼の色が違う、肌の色が違うということが差別の原因になったりするのだ。
普段は温厚で争いを嫌う国民性だが、その分未知の存在や自分達と違う存在に対しては警戒心が強く排他的。信頼を得るまでに時間がかかるが、一度信頼を勝ち得ると情が深いところもある。だからこそ、王国に住む他種族達はたいていがその地に根付いて暮らす者達ばかりなのだ。大きな町や王都ぐらいしか他種族の旅人などを見かける機会は少ない。
レイチェルが有名なのは何も若くて実力があるからというだけではない。ハーフエルフという存在だからでもある。元々レイチェルの母親のティナは共和国出身で、王国にも立ち寄っただけだった。そこでレナードに見初められ猛アタックの末に結婚して移住したという形になる。
その異種族婚だけで話題だったのだが、ハーフエルフにしては珍しい魔力なしで、しかも剣士として大成したことが話題となっていた。上層部はともかく、国民達はエルフを国の守りの要ともなる騎士団長の妻と迎えることに不安があった。
だが、ティナの人間性や生まれた子供達の優秀さを見て、そんな考えが期待に変わっていった。今でも心無い目で見る者達はいるが、おおむね友好的に受け入れられていると言える。剣聖筆頭になったことでいつか聖剣を抜けるのではと期待している者も少なくない。
その部分だけは、レイチェルも苦笑するしかない。知らせていないだけで、剣聖はすでに決定してしまった。それも、親子二代続けて王国から出たとなれば国民達は歓迎するだろう。英雄の息子もまた英雄として立ったことに。
通りすがりの露店で、レイチェルは一つの品物に目を奪われていた。それは互いの将来を誓い合う時に身に着けるというペアリング。最近はこういったものにも興味が出てきたレイチェル。それを見てカイルはさっと取り上げて購入する。
レイチェルに一つ渡してみれば、恥ずかしそうにしながらも右手を出してくる。婚約の証は右手の薬指にはめる。カイルは魔法で少し調整しながらレイチェルの指にはめた。レイチェルは顔を赤くしながらも、ニヤニヤと普段からは考えられないだらしない笑顔を浮かべる。
あまり他の人には見せられないと感じたカイルは慌ててレイチェルの顔を自身の胸に当てて隠す。家に帰ってから渡したほうがよかったと考えながら。しかし、レイチェルにはやはり刺激が強すぎたのか目を回してしまい、背負って帰ることになってしまった。
テムズ武具店に帰った時、からかわれたが目を覚ますまでカイルの部屋に寝かせておいた。目を覚ましたレイチェルにどうしてあんなことをしたと聞かれて答えたカイルだったが、レイチェルはさらに羞恥心で真っ赤になった。
そして、半ばやけくそ気味にカイルにも指輪をはめてくれた。婚約指輪にしては飾り気のない、シンプルな銀の指輪だったが、今の二人には見合っている気がして、顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
二度目のデートは穏やかで、そして甘やかな約束を胸に無事に終えることが出来た。翌日、カイルとお揃いの指輪に気付いたアミルやハンナにレイチェルがからかわれたことは言うまでもない。カイルもあえて隠さなかった。他の指輪と違って、これは見せることに意味がある。心に決めた相手がいて、将来を誓い合った存在がいると知らしめる。
レイチェルとはまだ恋人未満だし、公言しているわけでもない。それでも、分かりやすいレイチェルの態度やそれを拒まないカイルの様子で二人の気持ちに感づいている者は多い。二つ名を得たら、改めてレイチェルに告白して恋人になってもらおうと考えていた。
カイルはレイチェルの人気を知っていた。レイチェル自身は意識したことがないだろうが、騎士達の間からも、またギルドや町での年頃の男性からの人気も高い。普段の凛とした態度や時折見せる女性らしさとのギャップ、そして母親譲りの綺麗な容姿。
十七歳であれば、そろそろ将来の相手を考えてもいい年頃でもある。だからこそ、そんな者達へのアピールでもある。口には出さなかったが、カイルの中の独占欲というものが今回の指輪には多分に含まれている。心を預けていても、預かっていても、物理的にそれを示す手段。ハンナはそれに気づいていて、ニヤニヤと見上げてきていた。勘が鋭く、頭も回る姉というものはつくづく厄介だ。
季節が夏から秋に移り変わり、収穫期を迎えた王国は一年の中で最も活気がある時期でもある。九の月には、少し遠出をする依頼を受けたりもしたが、十の月に入れば収穫の手伝いや、それを狙って現れる獣や魔物の討伐依頼も増えたため毎日のように依頼を受けていた。
そのかいがあったのか、なんとアミルとハンナはパーティの中で一足先にSSSランクに昇格してしまった。二十代でも異例の速さだというのに、十代での昇格に王国だけではなく世界中が湧いた。伝説級といわれるZランクを除き、最高ランクであるXランクのすぐ下であるSSSランク。
実力者として知られても、SSSランクには届かずに一生を終える者も多い中、二人はその壁を破ったのだ。この話題は、最近の情勢不安や剣聖の息子の不遇の死で落ち込んでいた王国民や世界を盛り上げることに一役買った。
そんなアミルやハンナを一目見ようと観光客も増えたことで経済も上向きになったという。本当に高ランカーというものは、国にとって貴重な存在なのだと近くで見ていたカイルは納得した。ハンナはうまくやり過ごしていたが、根が優しいアミルは振り回され気味で、よくレイチェルに助け出されていた。
そんな二人と、相変わらず妙な薬を作ってばかりのヒルダに十の月最後の日であり、休日でもある無の日、カイルは東区のある場所に連れてこられていた。東区にも何度か足を伸ばしていたため、そこがどこかは分かっても入ったことはなかった。
「魔法学園? ここに用でもあるのか?」
「一応母校」
「ああ、そっか。ハンナは魔法学園出身だっけ。そういや、レイチェルの弟……ランドだっけ? も通っているんだよな」
十五歳以上の魔力がある者で、実技と筆記、その両方で優秀な成績を修めた者や推薦、スカウトなどがあって初めて入学できるという。ここの卒業生はみな優秀で、魔法ギルドでも上位にいて、魔法師団に入る者も少なくないと言われている。
実用的な魔法から、実践的な訓練までこなすのだという。同じくレイチェルの妹であるマルレーンも来年になればこの学校に通う予定なのだという。エルフやドルイド、ハーフエルフは属性が限定的でも、その魔力の高さや適性の高さから優先的に入学を勧められるのだとか。
同じように試験を受けても、それで落とされるということはないらしい。ただ、クラス割などは試験の成績によって決められるため、優秀な者ほど勉学や訓練を欠かさないという。魔法の実力があるのに筆記で下のクラスに入れられるのがプライド的に許せないからだとか。
ハンナの場合もともと筆記に関しても優秀だったため文句なしにSクラスに入っていたという。一学年三百二十人。一クラス四十人の八クラスで、一番上がS、その下がA~Gとギルドでのランクと似たような振り分けになっている。Cクラス以上なら優秀の部類に入るのだとか。
実技が良くても筆記が悪いとAやBに、筆記が良くても実技で劣ればD以下に振り分けられるという実力主義を採用しているようだ。
年二回の試験で優秀な成績を残せればクラスの入れ替えもあるということで、互いに切磋琢磨しているという。カイルの場合、優秀な先生や師匠、パーティメンバーがいることで縁がないだろうと思っていた場所でもある。
「ここで今日、年二回ある実技試験が行われるのよね。五月から学校が始まるから、ちょうど半年たった十月末と、新学年に上がる四月末、その日に試験を行うの。いい機会だから見ておくといいと思って。カイル君、わたし達以外の他人が使う魔法あまり見たことないでしょ? 特に同年代の子達なんて」
「そりゃそうだけど……勝手に入って見てもいいのか?」
「許可がなければ無理ですわ」
「でも、卒業生のわたしと……」
「ここの学園長とも付き合いがあって、教師に請われたこともあるわたしの伝手があれば大丈夫」
学園は通常十五歳から十八歳までの三年間通う。その間は全寮制で、長期休暇や課題以外では学園を出ることがないという。そのため、学園の生徒達の実力を見ようと思えばこうした機会を利用するしかない。
保護者であれば学年末にある試験は公開されているので見ることができるが、生徒でもなく身内でもない者が見るにはそれなりの手続きが必要ということだ。ここ、王立センスティア魔法学園の現在の学園長はエルフでヒルダとも昔馴染みなのだという。百年以上の付き合いなのだと聞けば、納得のいく理由にはなる。
広い敷地の中、立派な校舎が立ち並び、広大な運動場も完備されている。中でも目を引く大きな建物は闘技場らしく、あそこでも試験が行われているのだという。
「試験内容は三つ。一つは魔力操作や魔法制御の巧みさを見る、一つは魔法の威力、最後に魔法を使った戦闘能力」
技術力と威力と応用力を含めた戦闘能力。その三つを統合して実技試験の結果が出るのだという。カイルは少しワクワクしながら歩を進める。考えてみればヒルダの言った通りカイルは普通の魔法使いをあまりよく知らない。
できる限り魔法使いとの争いは避けていたし、あっても生活魔法しか使えなかった時には一方的に嬲られるだけだった。魔法学園に在籍しているくらいなのだから、一般的とはいえないだろうが、アミルやハンナ、ヒルダなどと比べればまだ普通の魔法使いといえるだろう。
魔法に関して、大分追い付いてきた感じはあるのだが、未だに固有魔法は第六階級までしか使えないし、血統属性に関してはほとんど使えないものもある。龍や創造がそうだ。元々持っていた時や重力、空間、使う機会の多い血や斬、影などの扱いには慣れてきたものの、喰はまだまだだ。
それでも両親から受け継いだ属性よりは使えるようになってきた。最近気づいたのだが、喰は気功と一緒に使うと体力だけではなく魔力の回復を早める効果があることも分かった。周囲から取り込んだ気を魔力に変換することが可能らしい。
それもあって、前より安心して外気功の練習も行えるようになってきた。その話をすると、デニスにはやはり規格外だとあきれられてしまったのだが。普通内気功が使えるようになっても外気功は暴走を招きやすく数年かけてじっくりと取り組む必要があることなのだとか。
カイルが外気功も可能になったと知り、トーマは余計に熱心に特訓するようになったのだからまあ良しとしてくれた。お気楽なところがあるトーマをやる気にさせることにデニスは苦労をしていたようなので、仲間でありライバルが身近にいることを歓迎しているのだろう。
闘技場に近付くと、一人のエルフがこちらに気付いて手を振ってきた。ヒルダとそう歳が変わらなく見えるが、つまりはヒルダと同じくらい生きているということでもあるのだろう。
「ヒルダ、久しぶりですね。急にあなたから連絡をもらった時は何事かと思いましたが、勉強ということなら歓迎します。ハンナさんも久しぶりですね。一年半でしょうか、あなたが卒業して」
「そう。今年成人した。今パーティを組んでるアミルとカイル」
「アミル様、大きくなられましたね。あなたが一歳の頃お会いしたことがあるのですが、覚えてはおりませんよね」
「ええ、申し訳ありませんわ」
「いいのですよ。そして、あなたがカイル君ですね。わたしは、学園長をしているローザ=マイヤーと申します。あなたの噂はこの学園にも届いておりますよ。魔法分野に革新をもたらし、さらには比類なき才能をお持ちとか……。学園に入っていただきたかったですね」
「うーん、俺、そんな金も時間もないしなぁ。興味はあるけど、こうやって実際に入れたらそれで結構満足してる」
「ふふっ、そうですか。ご案内しますね、午前は闘技場でA・Sクラス合同の実技試験が行われる予定です。この二クラスはいつも闘技場で試験を行っております。闘技場が最も強固な結界を張れますので」
それはつまり、彼らの試験はそうした場所でないと危険だということだろう。確かに階級が上の魔法であれば普通の建物を壊すことだって一瞬でできる。本気で試験を行えるようにするために必要な措置なのだろう。
「他のクラスは別の場所で試験をしているのか?」
「ええ、実習室や体育館なども使っております。他の場所も拡張しておりますので、見た目よりは広いのですが、それでもこちらには及びません」
空間拡張も、同じ拡張率であれば元々の広さに比例することもあり中に入ると、端から端までが見えないくらい広い空間が広がっていた。その中で少年少女達が真剣な顔で魔法を使っている様子が見えた。
「……広いな。五倍……てとこか?」
「……分かるのですか?」
「ん、魔力感知と……あとは感覚、かな。俺も空間属性持ってるから」
「なるほど、ヒルダや今話題のお二人がこぞって鍛えるはずですね。その通りです、ここは五倍の拡張率になっております。ところで、空間だけではなく時や重力といった固有属性も持っているとお聞きしていますが、事実ですか?」
「あー、そうだな。固有属性はまだ他の属性ほどうまく使いこなせないけど」
「それは仕方ないことですね。それに、固有属性を知ったのはギルドに入ってからでしょう? それならばまだ使い始めて一年も経っていないということになります。それで使いこなせるほうが驚きですね。他の属性はずっと使い続けていたのでしょう?」
「そういわれればそうだな。基本属性と光と闇はずっと使ってた」
「基本四、基本上位四、特殊二、固有三……ですか。合わせて十三属性、将来が期待できますね」
「ははは、期待に沿えるよう頑張るよ」
実際はそれに血統固有二、クロとの契約で血統固有四が追加されるのだ。あと一つでも増えるようなことがあれば二十に達する保有属性数。さすがに最近ではこれが規格外だと認識できるようになってきた。




