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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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兄と妹

 カイルが過去のトラウマを乗り越え、強く生きていこうとしているのを見て、ハンナもまたこれから先のためには過去の自分にケリを付けなければならないと考えていた。

 だが、それでも不安になる心を抑えきれず気づけばカイルの元に足を運んでしまっていた。同性であるレイチェルやアミルは貴族街や城といった出入りが難しい場所だったし、ダリルは人の感情に疎い。トーマに頼るのは癪だったし、キリルでは堅苦しくなるばかりだ。

 必然的に選択肢が一つしかなかったのだが、それ以上に勇気をもらいたかったのかもしれない。一目で感づかれてしまったことは不覚だったが、ならばと同行を求めた。事情が分からないのに、何も聞かず付き合ってくれて、不安だった心が少しだけ励まされた気がした。


 きちんと面と向き合って、許されなくても謝って、やるべきことをやらなければ前に進めない。最近の仲間達の成長を見ていて、ハンナもそうした思いが強くなっていた。

 ミシェルの指導や教育のおかげで、魔法を使うことやそれが攻撃特化であることに忌避感はなくなった。これこそが自分の個性であるのだと、受け止めることが出来るようになった。そんな自分を兄にも見てもらいたい。

 もう、部屋の片隅で膝を抱えて泣いているだけの子供ではなくなったのだと。ちゃんと大人として自分の力を制御できるようになったのだと知ってもらいたい。


 何より、兄の元気な姿が見たかった。ハンナの記憶の最後にある兄は、真っ青な顔色でぐったりとベッドに横たわっていた。ごめんなさいも、ありがとうもさようならも言えなかった。

 だからせめて、今の兄の姿を見て、自分の姿を見せて伝えなければならないことを伝えたい。

「……ハンナが虫好きなのって、案外そのお兄さんの影響だったり……」

「余計なことは言わない」

 話を聞いてふと思いついたことを口にしたカイルだったが、ハンナからの鋭い肘うちが脇腹に刺さる。どうやら図星らしい。


 そういうことならと、カイルも一緒に探そうとしたのだが、その必要もなく見つかった。ドルイドの普段着というものは森の中ならともかく、町中では非常に目立つうえに独特だ。誰もかれもが暗緑色のローブを纏い、三角帽子に箒を背負っているのだから。

 この箒だが、魔法具の一つでドルイドには適性を持つ者が多い重力魔法のかかった魔法具なのだという。ドルイドが魔力をふんだんに与えて育てた植物から作られるため魔力親和度が高く、一人二人くらいなら乗って飛ぶことが可能というわけだ。

 足場や視界が悪く、起伏の多い森の中ではまさにうってつけの移動手段にもなるというわけだ。いざとなれば森の上を飛ぶことも可能だ。その分魔力は多く消費することになるというが。


「いたみたいだけど……、ドルイドって案外普通の体格なのな」

 成人しているのに百五十cm満たないハンナを見ていたせいで、ドルイドもドワーフのように種族的に小柄なのかと思っていたが、そうではないらしい。

「……わたしは魔力が多いから、成長が遅いだけ」

「いや、俺も遅い方だったけど、成長しだしてからは早かったような……」

「気のせい」

 言い訳なのか悔し紛れなのか、よく分からないハンナの言い分に反論すると本日二度目の肘うちが飛んできた。レイチェルの音速を越える剣さえ避けられるようになってきたのに、なぜこれは避けられないのだろう。


 ハンナは少し緊張していた体がほぐれたのか、感謝しているような少し拗ねているような眼をカイルに向けてくる。相変わらず鋭い姉貴分に苦笑を浮かべると、ドルイド達に視線を向ける。

 取引をしているのは年長者達のようだが、その後ろに年若いドルイド達がいるのが見える。あの中にハンナの兄もいるのだろう。ハンナはしばらく視線を彷徨わせていたが、一人を見据えると歩み寄っていく。

 カイルは一歩離れてついて行く。十三年ぶりの再会だ。どうなるにせよ、なるべくハンナのやりたいようにさせてあげたい。


「……兄さん、わたし、ハンナ。その、あの時は、ごめんなさい……」

 頭を下げるハンナだったが、下げられた男性の方は激しく混乱しているようだった。十三年越しの謝罪に驚いているのかと思ったが、それにしては様子が少しおかしい。

「え? え? いや、ハンナちゃん? 大きくなって……なった? いや、あの、俺さ……なんていうか……」

「ハンナー! それは僕の友人だよ、ハンナのお兄ちゃんは僕だよ、僕! 久しぶりだねぇ、ハンナ。すっかり美人になったね、見違えたよ。でも、僕はハンナの事すぐに分かったよ。お兄ちゃんの事分からなかったのはちょっと、かなりショックだけど、そんなこともういいよ。ハンナの元気な姿が見られただけで!」


 ハンナの前にいた男性を押しのけ、一人の男性が飛び出して来るや否や矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。ハンナは先ほどの男性を見て、目の前の男性に視線を戻す。

「……違う、兄さんはこんなんじゃない」

「こんなんって、相変わらずハンナは素直じゃないなぁ。ハンナも僕に会えてうれしいだろ? 昔のことなんて気にすることないさ、僕はこの通りぴんぴんしてる。それより成人おめでとう! ごめんね、手紙送ってあげられなくて。なんでか父さんや母さんに止められてさぁ」

「それはお前が毎日十cmを越えるような手紙を書くからだろう……」

 どこからか呆れを含んだ声がかかる。ハンナは兄からの手紙がなかった理由を知って、さらに眼が据わる。この十三年間のやりきれない思いは何だったのだろうと。


 兄が来ることを知って以来落ち着かず、昨日は夜も眠れなかった。朝も不安で思わずカイルを頼ってしまったというのに。

 今もなおハンナの兄はハンナをほめちぎっている。その姿は、妹が可愛くてかわいくて仕方ないという心情が丸わかりだった。

「……ハンナ、たまには家に帰っておいで。弟達もきっと会いたがっているよ。あ、心配しなくてもハンナのことはちゃんと教えているよ。忘れたりなんかしていないから、大丈夫」

「安心できない。何を教えたの?」

「それはもう、ハンナの可愛さや素晴らしさを……」

「やめて! 今すぐにやめて、あの子達の中でわたしがどんなになってるか考えたくない」


 普段は人を翻弄する方が多いハンナが、一方的に翻弄されている。これが兄の貫禄というものか、あるいはこの兄のせいでハンナがああなったのか。

 ともかく、先ほどまであったハンナの暗い影がなくなったことにカイルは笑みを浮かべる。そんなカイルの姿を見咎めたのか、ハンナの兄がずいっと迫ってくる。

「君は?」

「あー、俺はカイル。ハンナの仲間、かな」

「カイル、ねぇ」

 ハンナの兄はカイルを右から左からじろじろと見る。


「まず言っておこう! ハンナと付き合いたいなら、この僕を倒してからにしろ! それに仲間だからと言って、ハンナを悲しませたりしたら、人界の果てまで追いかけてやる! 覚えていろ!」

「いい加減黙って」

 ついに耐え切れなくなったのか、ハンナは重力で兄を地面にプレスしてしまう。地面の上でぴくぴくしながら、それでもどうにか起き上がろうと指に力を入れているようだ。

「カイル、兄のグレッグ。良く思い返せば、こんな人だった。思い出が美化されてた、知りたくなかった……」

 いつになく落ち込んでいるように見えるハンナ。そうであっても楽しそうに見えるのは見間違いなどではないだろう。


「イタタ、ひどいじゃないか、ハンナ。でも、魔法が上手になったね。もう大丈夫そうだ、仲間や友達もできたみたいだし、お兄ちゃんは安心したよ」

「兄さん……ありがとう」

「……あぁぁぁ、やっぱり可愛いぃ。ハンナ、このまま戻っておいでよ。みんなもきっと歓迎するよ」

「うん、これからはちゃんと顔も見せるようにする。でも、戻らない」

「どうしてだい? もうハンナを怖がったり、いじめたりする子はいないよ?」


 そんな子はきっちりグレッグが教育的指導をした。一晩ハンナの素晴らしさを語り尽せば、みんな次の日からはハンナの悪口を言うことはなくなった。これぞ平和的・文化的解決だろう。

 朝、魂が抜けたように昇天しかかっているのも、感激のあまりと考えているグレッグは知らない。別の意味でハンナがトラウマになっていることなど。戻ったら戻ったで一波乱ありそうだ。


「わたし、やりたいことが出来た。ドルイドらしくないかもしれないけど、ここで生きていく」

「……そうか。でもね、ハンナ。ドルイドは森の中で生きる種だ、ハンナは人という森の中に居場所を見つけた。お兄ちゃんは誇らしいよ、ハンナはちゃんとドルイドとして立派に生きている。父さんや母さんも安心するだろうね」

 帽子をとって優しくハンナの頭をなでるグレッグ。それはハンナがよく知っている感触だった。十三年経っても忘れることなどなかった、兄の優しい手だった。


「いいお兄さんだな、ハンナ」

「なんか、ずるい。普段はあんななのに、時々こんなこと言うから」

「そうか? ハンナも似たところあると思うけどな」

「そうかい! やっぱりそうだよねぇ。ハンナは昔から僕の後をついてきてたからね」

 似ていると言われたことがうれしかったのか、グレッグはカイルにも詰め寄ってくる。少々タジタジになりながらも対応する。


 それを見ていたドルイド達はグレッグに自由時間をくれた。久しぶりに再会した妹と水入らずで過ごせということらしい。決してこれから聞かされるだろうグレッグの妹自慢を聞きたくないからだとは、思わない。

 そういうことならと、カイルも席を外そうとしたのだが、アミルが服の裾をつかんで離してくれなかった。目線で語られたのは、この普段は面倒くさい兄を一人で相手したくないという思いだった。

 グレッグからはかなり渋い顔で、空気を読めよという目線を向けられる。そっくりそのまま返してしまいたい。ハンナも本気で嫌がっているわけではないが、十三年のブランクがあるのだ。もう少し距離感というものを考えた方がいいのではないか。


 せっかく北区にいるのだからということで、ショッピングを楽しもうということになった。ハンナに何か買いたいものがあるのかと聞けば、見て回るのが楽しいのだという。

 思えばアリーシャに買い物に付き合わされた時も、荷物持ちだったがあっちにこっちに引っ張りまわされた覚えがある。女性の買い物とは往々にして物色する時間こそが楽しみになっているらしい。その中でより良い物が買えたならその日一日はご機嫌のようだ。


「君はなってないね。ハンナ、僕は違うよ。例え妹でも、女性の買い物には全力で付き合うからね」

「兄さんはちょっと加減して……恋人でもいるの?」

「はっは、何を言っているんだい? ようやく会えた妹といられてこんなに楽しいのに。心配しなくてもいいよ、みんな僕の友人達だよ。よく買い物に付き合っているだけさ」

 それはていのいい荷物持ちとして使われているだけではないだろうか。カイルとハンナは同じ結論に達したが、グレッグが楽しそうなので何も言わないでおいた。見た目だけなら格好いいのに、すごく残念だ。


 ハンナはいつも似たような色合いの服を着ているが、自分なりのこだわりというものがあるらしい。服飾関係を売っている店では少し目の色が変わっていた。一番に突撃していった場所が、他に誰もいない暗い色合いのローブだったのはハンナらしいと言えるが。

「……君には……いや、君達にはハンナが世話になったようだね。家族を代表してお礼を言わせてもらうよ。あんなに楽しそうなハンナは、里でもあまり見たことがなかった」

 ハンナの前とはまるで違う、真面目な声色にグレッグを見る。その眼は真摯な色をたたえ、表情は至極真剣だった。


「どっちかというと、世話になってる方が多いかな、俺の場合。本当に弟がいることもあってか、よくお姉さんぶってくるからな」

「そうか……弟、か。うん、なら安心だね。もしハンナがお嫁に行くなんてことになったら、僕は一か月は立ち直れない自信があるよ」

 かと思えば、すぐにいつもの調子に戻ってしまう。どっちが本性なのかと思うが、どちらもハンナを思う気持ちに変わりはないらしい。現に、ハンナを見るグレッグの眼はどこまでも温かく優しい。


「こっちとこっち、どっちがいい?」

 そこにハンナが二着のローブを持って戻ってくる。ハンナの場合、ローブなどは買った後に裾上げをしなければならない。今までは店でやっていたのだが、最近ではもっぱらカイルがそれを行っていた。

 その際、色々と注文をされたりするので、こうしてハンナに聞かれることもよくあった。

「うーん、右は色合いが濃くてハンナの可愛さが引き立ちそうだし、左は華やかで似合いそうだね」

「左がいいんじゃね? ハンナって確かそういう色のローブ持ってなかったろ?」

「そう、じゃあ左にする」


 ハンナも生産者として鍛えられているカイルの審美眼をそれなりに信用してくれているのか勧めた方を買うことに決めたようだ。会計に行こうとするハンナからグレッグが服を預かるとそのまま自分で行ってしまう。プレゼントしてくれるようだ。

「……カイル、今日はありがとう」

「良かったな。お兄さんはちょっと変わってるけど」

「本当、これからも苦労しそう。でも、こういうのは悪くない」


「ハンナって、自分本位のようで案外自分を後回しにするところあるからな。こんな形でも頼ってくれてうれしかったよ。普段は俺達のフォローばっかりしてるからな」

「キリルはともかく、みんなまだ危ういところがある。トーマはそうでもないけど、馬鹿だから」

「それに助けられる時もあるんだけどなぁ」

 トーマの行動は結構な頻度で周囲を巻き込む。ひったくりを追いかけて店の商品をひっくり返してしまったり、魔物の群れに突撃したかと思えば直前で転んだり。実力的にいえばカイルより強いのだが、どこか抜けているところがあるのだ。


 そのたびにハンナやカイルが対応に追われることになっていた。トーマも自覚はあるのだが、なかなか改善は難しいようで、しまいには開き直るという荒業を見せた。トラブルが避けられないなら、何が来ても大丈夫なくらい鍛える! と、まさに単純というか短絡的な結論に達したらしい。

「ここに来た時には、自分の力を制御することしか考えてなかった。学園に通っても、周囲との壁があって、友達もできなかった。だから、カイル達には感謝してる。仲間ができて、友達も……。おかげでわたしにも夢が、出来た」

「ハンナの夢?」

 仲間達の夢は折に触れて聞いたことがあったが、ハンナの場合は今までそうしたことを話題に上げたことがなかった。


「今まで誰も見たことがない、新しい魔法を作ること」

 小さい頃ハンナを苦しめてきた魔力は、いつしか自分にとってなくてはならないものになっていった。それは魔法を使って依頼を達成した時、お礼を言われたことがきっかけだったように思う。人を傷つけてばかりだと思っていた自分の魔力や魔法が人の役に立ったのだと分かったから。

 以来、一層魔法に力を入れるようになった。そうすればもう二度と自分の意に添わず誰かを傷つけることはなくなると、より役に立てるのだとそう思って。

 新魔法に関しても、漠然とした目標ではあった。生来新しい物や発見に強く惹かれる部分もあった。だが、心のどこかでそれは不可能ではないかという考えもあった。


 先人達が長い時間をかけ、苦労して生み出してきただろう魔法。いくら才能があり、人より長い寿命を持っているとはいえ、新たな魔法を作り出すことは出来ないかもしれないと。

 そんなハンナの思いを覆し、魔法の可能性を見せてくれたのがカイルだった。生活魔法とはいえ、今まで誰もがやってこなかった使い方をして、出来なかったことを成し遂げて。

 ハンナの変人ぶりを知っても距離を置かず接してくれる仲間達と出会えただけではない。希望をもらった。その気になれば、やってできないことはないのだと教えてくれた。今は毎日がとても充実している。


 カイルと、そんな友人達と一緒にいればハンナの夢もいつかきっと叶う。そう思うから。家族から離れ王都に来たことを初めてよかったと思うことが出来た。

 ミシェルはそんなハンナの思いを知っているのか、毎日嬉しそうにハンナを送り出してくれる。彼女にも感謝してもしきれない。同じ異端のドルイドとして、誰よりハンナを理解して導き、育ててくれた人だから。

 できれば、その人が生きている間に新しい魔法を作って見せてあげたい。そのため、最近は魔道書を読み返したり、カイルとの修行中にもいろいろ試行錯誤をしたりして挑戦していた。


「そっか、ハンナならきっと面白い魔法が作れそうだな」

「任せる。だから、……その時は、カイルにも手伝ってほしい」

「! ああ、もちろんだ」

 うつむきつつ、顔を赤らめながら言ってきたハンナにカイルは驚きつつも快諾する。こんなふうに素直に思いを伝えてくるハンナは初めて見た。それだけ絆が深まったということだろうか。こんな願いだったら、ぜひとも叶えたい。


 服を買って意気揚々と戻ってきたグレッグが、カイルとハンナの様子を見て、思いっきりにらんできたが、誤解だと声を大にして言いたい。少なくとも今のところ、カイルにもハンナにも兄弟や友人に向けるもの以上の感情はないのだから。

 その後も一日ハンナとグレッグに連れまわされ、ある意味似たもの兄妹に振り回されることになった。グレッグ限定で涙の別れをして戻る際、体力以上に精神的に疲れていたが、隣を歩くハンナの顔を見ていい休日だったと認識を新たにした。

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