龍王の血筋
デニスの態度はうつむいていたヨハンやアニータにとっても予想外だったのか、二人も顔を上げて義父を見る。トーマは相変わらず頭を悩ませたままだ。こちらの会話が聞こえているのかどうかも定かではない。
「義父さん、どういうこと?」
「銀は、何の龍?」
兄の弱点を補うように、またデニスの子供として恥ずかしくないように二人は多くの知識を学んできた。だが、それでも心当たりはない。銀の龍など聞いた事もなかった。
「銀、それは龍の中の龍というべき存在を表す。銀は龍属性を示す色だ。龍種であれば、みな龍という属性は有している。だが、それは龍の血に連なる証明としてのものであり、通常であればそれが前面に出てくることはない。司る属性の方が優先される」
「でも、みんな持ってるんだろ? それがなんで龍の中の龍ってことになるんだ?」
それはむしろ特化した属性がないということなのではないか。どれかを苦手としたりしないが、得意な属性もないという。カイルもまた、どれが苦手ということもなく所有属性の得手不得手はない。
「それが、龍という属性の特徴だからだ。龍種というものは特化した属性を有していても、その他の基本属性を持っていないわけではない。それをもたらすのが龍という属性だ。龍は万物に通ずといわれるように基本的な属性は全員が有している。龍という属性がそれを可能にさせている。あらゆる属性に対する素質を内包すると同時に、足りない部分を補完する作用がある」
これもまた血によって受け継がれる血統属性の特徴なのだろう。創造という人ならぬ属性が命を削り体を壊すように、龍という属性は万物に通じる素質をもたらす。最低でも基本属性は使えるようにしてくれるということだ。
その上で、種族ごとに特化した属性が現れる。基本属性やその上位属性の龍種。特殊属性や固有属性の龍種さえもいるという。そして、自らの司る属性においては実力で劣ろうと負けることはない。それが龍の特徴だ。
「龍属性はあらゆる属性への適性をもたらすが、同時にそれ自体が表に出てくることはない。ある一族を除いては。龍属性特化型、龍の中の龍、つまり龍王の血筋にのみ現れる色。それが、龍属性を示す銀だと言われている」
「龍王様の……」
「嘘……」
獣人にとって自分達の長といえるのは獣王だ。龍とはその上に存在する、雲の上の存在。ある意味神のように敬われる存在だ。中でも獣界を実質的に統治していると言える龍王は、その恩恵に感謝するも決して手の届かない存在として意識だけではなく本能に刻み込まれている。
龍王には現在妻はおらず、娘が一人いると言われているが、それも定かな情報ではない。それなのに、人界においてその血筋が、龍王の血族がいたなどと初耳どころか驚愕の事実でしかない。しかし、そう考える以外に義父があそこまで一方的に打ち負けることがあるだろうか。
あまりにも自然に周囲の気に同調し、その余波だけで建材として加工された木を芽吹かせるということができるだろうか。そこに考えが至ると、先ほどまでとは違った震えが心を走る。獣人としての本能で龍とは尊崇すべき対象だ。その中でも龍王に連なる血筋、その者に出会えた感動と手を挙げてしまったことに対する畏れ多さ。色んな感情が混ざり合って飽和しそうになる。
「龍王……ねぇ。全く実感が湧かねぇな」
そもそも龍という存在さえ指輪の幻視によってしか見たことないのに、その王と言われてもいまいちよくわからない。それならばむしろ身近な精霊達の王、精霊王の方がその存在の大きさを感じられるくらいだ。
そもそも、ロイドの代になるまで限りなく薄れていたという話だし、もし本当に龍王の血筋だったとしても、その血が入ったのは随分昔なのではないだろうかと思わせる。それもロイドは一代限りの先祖返りだと思っていたようだし、カイルがさらに濃い血を受け継いだのも偶然の要素が強い予想外のことだったのだろう。
創造の属性を受け継いだゆえに龍の血もまた必要とされたのか、龍の血があったがゆえに創造の属性を受け継ぐことが出来たのか。まれなる血統属性が絡み合い、この結果になったと言える。
「俺は、龍王の血族は絶えたものと思っていた。先の大戦で龍の血族も随分減ったと聞くしな」
かの組織が主戦力としていたドラゴンを操るために利用していたのが龍の血族だった。龍属性に他の魔獣を従える特性がある様に、龍の下位種族である竜種、ドラゴンを従わせることもまた可能だからだ。しかもほかの魔獣達と違い、より強く支配しその服従効果は高くなる。半ば洗脳のようにドラゴンを操ることができるのだ。
龍の血族はその血が濃いほど人間離れした能力を有することになる。そのため、時に恐れられ排斥されることになる。そうやってつまはじきにされた者達や、組織によって自由意思を奪われた龍の血族が道具の一つとして利用されていた。
操られたドラゴンを解放し、また利用された者を解き放つために多くの龍の血族が命を落とすことになった。龍の血族を操り、またその人達を通じてドラゴンや魔獣達を操ることに使われていた装置とロイドは心中したのだ。同じ龍の血族として、殺してきた同朋達に報いる意味もあったのかもしれない。
そんなわけで、今現在人界に残る龍の血族は数えられるほどになっているという。先の大戦での間違いを繰り返さないよう、龍の血族と分かれば厚遇する傾向が強くなっているらしい。国を挙げて保護する対象になっているということだ。
カイルも複雑な背景がなく、ただ龍の血族であるというだけなら存在を公表し保護対象として扱われていただろう。自身にその自覚がある場合も、カイルのように不明属性が出てそれを調べるために大きな町や首都などに行けば一人くらいはそれについて知る者もいるだろう。
先の大戦でのことがあるため、恐れられてもいるので一般公表はされていない属性だが知る人は知っている。エドガーが獣人でありながらそれを知らなかったのは、そうしたことに頓着しない性格だからだろうと思われる。
「龍王の……そうか、それで……」
例の組織がロイドを天敵とし、同時にカイルを狙ったのもそのあたりに理由があるのだろうと考えられる。通常の龍の血族であってもあれほど強力な戦力を従えるに至ったのだ。その龍さえも従える龍王の血族であればどれほどの戦力となるのか。
今更ながら、カイルの存在が知られていなくてよかったと思える。先ほど感じたカイルが持つ潜在能力の一端。それだけで心胆寒からしめるものがあったのだから。仮に龍さえも洗脳できるとなればその脅威は先の大戦の比ではない。それこそレスティア全土を巻き込む争いに発展してしまうだろう。
組織がカイルを欲しがった理由に納得がいったダリルは、自身の出生の理由にも思い当たり、少しばかり憂鬱になる。こうなっては出来損ないといわれ追い出されたのは幸いだったのか。世界を破壊する兵器として扱われなくて済んだのだから。
「龍属性特化っていうのは具体的にどんなことが出来るんだ?」
「……それこそ、可能性は無限だろう。龍としての各属性に対する強みはそのままに、全ての属性にそれが適応される。だからこそ龍王は最強だとされている」
「苦手がない上に、各属性も最高の適性があるわけか……」
龍が他の生物の追随を許さないのは、強靭な肉体や強大な生命力ばかりではなく、魔法に対する適性が非常に高く、魔力も膨大。おまけに、自然に干渉できるという圧倒的な戦闘能力による。カイルの人とは思えないほどの保有属性数や生まれついての魔力、天性の素質は龍の血族だからといえるだろう。
魔法を手足のように使いこなすその戦い方は、まさしく龍の血族であることを如実に証明しているのではないか。
「つまり、修行もどれか一つに絞ってやるんじゃなくて、満遍なくやらなきゃいけないわけか……課題がまた増えたな」
強くなるための力をまた一つ手に入れたと思えば励みにはなるが、何か一つ達成してからにしてほしかった。幸いといえるのは、気功の練習というものは他の修行と並行して行えるということだろうか。
内気功の循環を意識しなくても行えるようになれば、少しはレナードについて行けるようになるだろうか。どうやら自分の気と自分で使う魔法であれば重ね掛けができるようだし、次の特訓で少しは驚かすことができるかもしれない。
そこへきて、沈黙を保っていたトーマが頭を掻きむしりながら立ち上がる。
「うがぁぁぁぁ、やっばい、俺、このままだと本気で抜かされちまう。義父さん、いや、師範! もう一度修行付け直してくれ! なんか、俺だけおいて行かれそうな予感がするっ!」
トーマが悩んでいたのはパーティの中における成長率だ。一番高いのはやはり、実力が一番下だったカイルだ。だが、そのカイルに触発されるように魔法組も進歩しているし、レイチェルも騎士団の訓練にも身を入れるようになっている。その上、ダリルやキリルが気に目覚めることにでもなれば実力は飛躍的に上昇するだろう。
そうなると、魔法といっても補助と強化にしか使わず、素手による超接近戦を行う自身の実力をどうすれば伸ばせるかということになる。細かい理論や作業が苦手であることから、魔力操作や魔法制御を鍛えるのは難しいし時間がかかる。ならば、答えは一つ。今まで苦手だからと積極的に行ってこなかった気功の不得手を克服するしかない。
そうすれば安定して実力を出せるばかりではなく、今まで以上の力を身に着けられるだろう。それを思えば、じっとしてなどいられない。カイルの成長が著しいのは分かっていたが、ここまで早く抜かされるわけにはいかない。
気功という存在を知らせても、まさか今日目覚めるとは思っていなかった。しかも、あれほどの力があるとも。暴走していたために大半は流出していただけだが、あれを扱えるようになれば、どこまで強くなるか。少なくともあの段階でデニスを圧倒できるだけのポテンシャルがあったのだから。
「お前というやつは、いつもギリギリにならないと本気になれないようだな。だが、いいだろう。俺も修行不足を悟ったところだ。今度は途中でやめることは許さない、その気でいなさい」
「おうっ! ってことだから、明日から昼からは俺、道場で修行するわ」
トーマの言葉にダリルとキリルは顔を見合わせる。
「そういうことならば、俺達も一緒で構わないか?」
「そうだな。きちんとした方法で目覚めさせた方がよさそうだ」
カイルほど危険性はないのだろうが、目覚めが近いとなればそれを専門とする場所であった方が色々と都合がいい。それは、ギルドでのポイント稼ぎよりも有意義なことであるように思えた。ランクアップも必要だろうが、まずそれに見合っただけの実力をつける方が先だ。
カイルの場合はすでに目覚めてしまっているし、他の修行でも忙しい。おまけに普通の人の気とは違うため訓練も一緒というわけにはいかないだろう。まずはあれだけの膨大な気を自身の中で循環させることに重点を置くべきだろう。
下手に外に出す訓練を行えば、王都の中に森ができてしまうかもしれない。カイルにもそれは想像できたため、不用意に先ほどのようなことをする気はなかった。
「俺は別にいいけど、師範は……」
「よかろう。明日から時間がある時にはいつでも修行に来なさい。カイル、君も分からないことがあれば気軽に訪ねるといい。無理に覚醒させた手前、こちらにも責任がある。くれぐれも扱いには気を付けてほしい。龍王の気となれば何ができるのか想像もつかない」
「ん、しばらくは制御と自分の強化だけに留めとく。それより、何で髪伸びたんだ?」
「気の覚醒時や気功の使用時、稀に起こる現象だな。その者にとって最高の状態になるよう肉体の活性化と変化を起こす。気功の達人なら、年老いても気功を使う時には若返るといった現象さえ起きる」
「ってことは、俺って髪長い方がいいってことなのか?」
前髪も伸びて邪魔なのだが、切らない方がいいのだろうか。
「……龍種というものは鬣に力を蓄えておけるという。それが人で言う髪にあたるのだろう。邪魔なようなら切っても構わないだろうが……おそらく気に目覚めた以上、常に最高を保とうとする働きがあるから、元に戻るのも時間の問題だと思うが……」
そういえば、今に残るロイドの肖像画や銅像、それにカイルの記憶でも髪が長かった。あれは伸ばしていたわけではなく、自然とああなってしまうのだとすればうなずける。あれもまた、龍の血族の特徴の一つなのだと思えば。
さして重くないため、日常生活ではそう困らないだろうが、戦闘となるとどう影響するか。それはこれから確かめていかなければならないだろう。どうあってもこの状態に戻るなら、この状態に慣れるしかない。
ただ、髪が短い時でさえよく性別を間違われるのに、髪が長くなればますますその頻度が高まるだろうと思えば少々げんなりもする。こればっかりは、母親似である顔が恨めしい。せめてロイドに似てくれればよかったものを。しかし、そうなると血縁関係をすぐに疑われるだろうから、これはこれでよかったのだろうか。
なんだかこの姿を見た時の周囲の反応が想像できてしまう。アミルとハンナは驚きながらも面白がるだろうが、レイチェルは絶句するのではないだろうか。最近は女らしさにも目覚め、おしゃれや家事にも取り組んでいるということだが、女子力というものでカイルに負けていることをひどく気にしていた。
見た目は十分に女らしく綺麗なのだが、どこかカイルに対抗意識を持っている節も見える。別に張り合うことではないと思うのだが、というより張り合ってもらっても困るのだが、言っても聞く様子も見えない。カイルとしては女子力より男らしさを身に着けたいのに、なぜかその逆を行ってしまうやるせなさを感じる。
レイチェルやロイドのように一つにくくっておくべきだろうか。アミルは髪が長くても動き回らないためにそのままだが、魔法だけでなく剣を振って戦うことも多いカイルでは動きに支障が出るだろう。
とりあえず布を切って紐にして一つに縛ると、目の前に立つ二つの影があった。ヨハンとアニータだ。
「あの、カイルさん。その、ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
「俺の方こそ悪かったな。嫌なこと、思い出させたんじゃないか?」
トーマから両親を失うことになった出来事については簡単に聞いている。例外を除き、王都も含め人の住む町の外壁の外はすぐに魔物や魔獣達の領域というわけではない。農業を主産業とする王国ではその外に広大な農地が広がっている。その農地の外周でまた魔物避けが施されている。王都に住む者にも専業農家は多いのだ。
トーマの両親もまたその農家の一つだった。獣人の高い身体能力を重労働でもある農作業に生かしていたというわけだ。だが、ピクニックもかねて家族で障壁の外に出た時に魔物に襲われた。当時六歳と四歳だったヨハンとアニータは獣化して逃げることもできず、狼だったため木登りも得意ではなかった。
逃げきれないことを悟った両親はせめて子供達だけでもと魔物の手の届かない木に登らせた。トーマに二人を守る様に言いつけて。そして、戦うことを専門とせずとも生来の身体能力だけで魔物に立ち向かったのだ。
並の魔物であれば二人の敵ではなかっただろう。けれど、その時相手にしていたのはAランクか、もしかするとSランクにも届くほどの魔物。手下も多く、徐々に追い詰められていき、そして二人ともに命を落とすことになった。
トーマ達は木の上で息を殺し、涙を流して震えながらその様子を見ていることしかできなかった。トーマはその時点でバラン流格闘術の道場に入門していたが、まだ実践レベルの気功を使いこなせなかった。それゆえにただ、弟妹達を守るという建前の元見殺しにしてしまったと感じていた。
死んだあと、連れ去られる両親を見ながらトーマは誓った。必ず敵を討つことを、そして二度とこんな思いをしないくらい強くなることを。
暗くなる前に王都に帰り着いたトーマ達は、その憔悴した様子と出てくる時と違った人数故に事情を聴かれ、そしてデニスに引き取られることになった。
幼かったとはいえ、この二人にとってもその出来事は忘れることのできない事件だったに違いない。それと似たような状況を自分の手で再現してしまったことに申し訳なさしかない。あれくらいむしろ許容範囲だ。
「そもそも、義父さんが原因だったみたいだし……」
「薄々分かってたけど、怖くて……」
そこに思い当たったからこそ、追いかけたのにあの場面を見てそんなこと頭から吹き飛んでしまっていた。また失うのかという恐怖が抑えきれなかった。
「俺が正気取り戻せたのも二人のおかげでもあるしな。それでお相子ってことにしとくか?」
「はい、義父さんが焦りすぎたのが悪いです。説明もしなかったなんて……」
「お義父さん、あれで結構手が早い。気を付けて」
「全然気付けなかったもんなぁ。あれも気功の効果か?」
「……そうだ。改めて謝っておこう。ただし、よほど気功に長けなければできない技術だ。今は知っておくだけでいいだろう」
人を見る目には自信があったのだが、デニスのたくらみには全く気付けなかった。あれが気功でできるというなら、修行する必要性を感じる。敵にこちらの事情を知らせないためにも、ああやって巧みに隠された嘘を見抜けるようにするためにも。
なんだかんだで、ためになった休日といえばそうなのだが、休日は休日らしくゆっくり過ごしたいという願いはしばらくかないそうにない。カイルはため息をつきつつも、体力の回復に努めた。




