地の揺れは龍の怒り?
道場に戻ってきて、同じように座っても前とは雰囲気が異なる。ダリルやキリルは前とは違う意味で緊張をしているし、警戒もしている。ヨハンやアニータはまだ怒りや恐怖が消えていないのか、俯いている。申し訳なさそうな顔をしたトーマと、目を閉じて考え込むデニス、それにクロにもたれかかったまま休むカイルも、自分から声を発しようとはしない。
「……えっと、師範。その、中途半端に目覚めてて不安定だったカイルの気を目覚めさせるためにやったんだよな?」
「そうだな。うまくいけばそれでよし、例えそれで彼が死ぬことになろうと責任を取るつもりではいた」
デニスの答えにトーマは項垂れる。やはりそっちの可能性も考えていたのかと。もし仮に義父によってカイルが二度と目覚めないという事態になったらトーマはどうしていただろうか。やはり、デニスとはそれまでの関係を続けることはできなかったに違いない。
家族とは違う、けれど同じくらい深い絆を感じている仲間なのだから。それを失うかもしれないことが分かっていて、あえて実行した義父を許せないかもしれない。それが必要なことであったとしても、危険を、犠牲を減らすためだったとしても。あまりに性急なやり方に反発してしまう。
「どういうことか、説明してもらえるんだろうな?」
今のキリルは仲間というより、カイルの兄として問いかけている。カイルの変貌にも驚いたが、それ以上にそこまでカイルを追い込んだのだとすれば、そちらの方が許しがたいだろう。騙すようなことをして連れて行き、そんなことをしたとなれば。
「気の覚醒のためにはいくつか方法がある。レナードのように極限まで肉体を鍛え、その果てにたどり着く境地。もしくは、ここで行っているように、素質ある者の心身を鍛えることで徐々に目覚めさせていく方法。どちらも強い肉体と精神、そして長い修練の果てに覚醒することになる」
それはキリル達もヨハンやアニータから聞いた。キリルやダリルの日々積み重ねてきた研鑽が、気の力に目覚めさせる土台になっているのだと。このまま同じように体を鍛え、日々気を感じる訓練を行えばやがては目覚めの時が来るだろうと。
その時に、多少反動があったり、気の流出が起きるかもしれないが、心を落ち着かせ呼吸法によって制御する方法も。しかし、その二つ以外に気の覚醒ができる方法があるなどと聞いてはいない。
「カイルは龍の血族だ。それも龍の血が濃いためか、体のつくりが人とは違う。日々の研鑽が見た限りでは分からない、現れない。だが、集中的な鍛錬やレナードによる特訓のためか、気を目覚めさすに足る下地ができ始めていた。それにつられて気も目覚めかけていたようだ」
あのまま何も知らずに日々の修練や特訓を続けていれば、どこかで気の覚醒が起こっていたに違いない。それは数か月後なのか明日なのか、普通とは違う性質を持った龍の気はそれが読めない。だからこそデニスは動く必要があった。
「すまないとは思った。だが、捨て置くこともできない」
「けど、そうするとどっちかが……それに、カイルに気の制御ができなきゃどっちも……」
「その点では気が急いていたのだろうな。あるいは、己惚れていたのかもしれない。龍の気であろうと制御できると……結果は見ての通りだが…………」
デニスは悔しいというよりは情けないといった表情を浮かべる。カイルは長くなった髪の毛を鬱陶しそうにかき上げると小さくため息をつく。情けないのはカイルも同じだった。恐怖と怒りに翻弄されて我を失っていたのだから。
「カイルの気はどうやって目覚めさせたんだ?」
いくら目覚めかけていたとはいっても、わずかに戸が開いた程度だったはず。それがあんなに全開になるなど、何をすればそうなるのか。ダリルは聞きながらも、おおよそまともな方法ではないのだろうと考えていた。そうでなければあれほどトーマが焦るはずもないし、危険が伴うはずもない。一歩間違えばカイルかデニスが死んでいた、もしくは両方そうなっていた可能性がある方法なのだから。
「気は魔力と相反するが、同時に他者の気とも反発する性質がある。そのため他者を癒そうと考えれば気功を用いて相手の気に同調させて流し込んだり操ったりする必要がある。逆に阻害する場合はそのまま流し込むといい。素質をはかるために微量の気を流すのは後者を使う。そうすることで異物として認識できるからな」
「で、強引に覚醒させる方法ってのは、その気を相手の体に流し込んで反発する、押し戻そうとする働きを利用するものなんだよ。体ん中で自分と他人の気がせめぎ合いをするから当然反動はあるし、命の危険もある。おまけに他者の気に縛られた場所ってのは感覚を失うんだ。実際に体験すれば分かるけど、怖いんだぜ?」
トーマも修行の過程で経験したことがある。ちゃんとつながっているのに手足の感覚を失うという恐怖は相当なものだった。さらにきついのが視覚や聴覚を失うもの。発狂して正気を失ってしまう場合さえあるのだ。
「おまけに、体に異物が入ってくるもんだから気持ち悪くてな……師範、どこまで……やったんだ?」
カイルがあそこまでブチ切れるとなると、命の危険を感じるほどに、もしくはそれ以上の危機感を感じたのではないか。そう思い、恐る恐る聞いてみたのだが、返ってきた答えに、トーマは親であろうと師範であろうと思わずしばいてやりたくなった。それはブチ切れるというものだ。
「反発が強いことは分かっていたから、最初は協力してもらって気を流し込んだ。だが、予想以上に潜在する気が多くてな……半端に縛っても目覚めに至らないと感じたから、その、ほぼ完全に気を封じて仮死状態にした」
「っ! ~~~あ、アホかっ!! な、何やってんだよ、義父さん! そんなん、殺すのと同義だぞっ! 五感を奪うどころか、息まで止めてどうすんだ! ブチ切れてなきゃ、発狂するわ!」
友人であり仲間の父親にいきなりそんなことをされて、おまけにただ死ぬよりも恐ろしい目にあわされたとなれば、その後の行動も納得できる。殺さなければならない相手として認識してしまった理由も。
「中途半端はまずいだろう」
「だからって限度があるだろ……ワリィ、カイル。家の師範が無茶苦茶したみたいだ……」
「こっちこそ悪いな。俺、自分でもあんな面があったなんて知らなかった。ただ、死ぬんじゃなくて狂い死ぬって思ったら、訳分かんなくなって。無理矢理鎖引きちぎって、体の主導権取り戻して気が付いたら殺そうとしてた……」
「生存本能は元の生命力が高い種ほど強い。まして龍の血族ともなればな……納得できない死には絶対に抗おうとするだろう。そう思ってのことだが、予想以上だったな」
まさか、反撃さえできず一撃で沈められるとは思わなかった。龍の気といえど、目覚めたてならば御せる可能性さえ考えていた。ところが、まるで嵐に翻弄される無力な人のようにあっけなく沈められてしまった。
「カイル、体は大丈夫なのか?」
「ん、体力はまだ戻ってないけど、傷は回復させたし、体の違和感もなくなった。ただ、気の制御ってやついつまでやればいいんだ? 寝てる間に疲労困憊なんてシャレにならねぇ」
ダリルの心配そうな視線に、カイルは少々けだるげに答える。満足に動けるほど体力は回復していないが、気の制御のおかげかいつもより回復は早い気がする。ただ、それも寝てしまえばどうなるか分からない。そう思ってトーマを見るが、むしろ驚いた表情をしている。
「一応気の放出が止まって、正常な循環が再開すれば放っといても大丈夫だぞ? 元々気の流れは自然に行われてるもんだし。暴走さえ止まれば……まさか、ずっとやってたのか?」
「先に言ってくれ。俺、気も、気功もまるで素人なんだぞ? 纏ってた気は全部取り込んだから、それ以外の気を取り込んでたんだけど……まずいか?」
「そ、それ以外って?」
「あるだろ、大地とか空とか、風とか。ここなら、床とか壁とか木造だからか、かすかに感じるし……違うのか?」
「いや、あってはいる。あってるんだけどな……」
普通そこまで行くのに数年から、人によっては十年以上かかる。目覚めたばかりで内気功はおろか、外気功までこなし、より難度の高い静功を行っていたとは思わなかっただけだ。
「体の内部で気を循環させることを内気功、体の外部の気を感じ取り取り入れて交換したり補充したりすることを外気功という。体を動かすとともに気の循環を行うのが動功、道場ではこちらを主に行っている。家でもできる訓練として静功がある。こちらは体は休めたまま瞑想するように気の循環を行うものだ」
「へぇ……」
「通常、気に目覚めて内気功ができるようになるまでに数年、外部の気を感じ取れるようになるまでに数年、取り入れるためにさらに数年を必要とする」
「へ? や、でも、暴走した気を抑えるのに……」
「暴走した気は感じ取りやすいため、制御もしやすい。また、元は自分の気だから取り入れることも簡単だ。暴走が収まり落ち着いたなら、改めて気脈を探るのが普通なのだが……」
落ち着いた後も、知らないがゆえに気の循環と外気の取入れを行っていたとするならば、通常より習得が容易とはいえどなかなかできるものではない。特に、暴走をした後なら気を失うのが普通だ。目が覚めた時には制御した感覚も気脈も分からなくなっている。
「やべぇ、追いつかれたどころか追い抜かれた? や、でも、まだ俺に分があるはず……」
「全く、少しは理論も学べと言ったはずだ。未だ外気功は取り込めない気も多いというのに……」
トーマの性格ゆえか、気の性質のためか、外部の気は取り入れられるものが限定されている。そのため実力にムラが出てしまい、それが伸びの妨げにもなっていた。忠告はしておいたのだが、危機感を抱けば少しはましになるだろうかとも思う。
それにしても、トーマから聞いていた通り、才能の塊らしい。数多の力や才能が絡まり合うようにしてカイルという存在を作り上げている。なるほど、確かに鍛え上げたくなるという気持ちが理解できる。どこまで行けるか見てみたくなるのだ。
「カイルの気の性質から、自然の気とは同調しやすいのだろう。時間がある時には続けても構わないが、必要以上に外部の気を取り込むのはやめておきなさい。まずは自身の中で循環し練り上げることが基本になる。それを自他に作用させられるようになれば気功と呼ばれる。カイルの場合、そこからさらに自然に対しても影響力を持てるだろう」
「……地面を揺らしたみたいに、か? そういえば、あれって問題にはならない、かな?」
王国の自然災害の中で地震がないわけではないが、王都では珍しいだろう。騒ぎになっていないかが心配だ。
「ある程度は抑えられたと思うが……外も揺れたか?」
「それなりには……」
カイルは若干冷や汗をかきながら精霊達に頼んで情報収集を行う。同時に探知と同じ要領で周囲の様子を探れないかと外部の気に干渉してみる。余計な情報を省くため目を閉じてクロに体を預ける。風に意識を乗せ、大地や空と同調する。
意識だけで空を飛んでいるような気分になってくる。まだ龍属性は全くと言っていいほど扱えないため、空を飛ぶ夢はかなえられそうにない。だが、これはこれで楽しい。道場を出て、中央区を飛んでみる。みんな揺れは感じたようだったが、被害はさほどなさそうだ。
若干、自然の地震とは違うのではと感じた者だけが首を傾げていたが、怪我人は出ていないようだ。地下深くだったために、地表に揺れが伝わるまでの間に軽減されたのだろう。意識だけの状態でもカイルが分かるのか、精霊達が集まってくる。他の地区でも大きな問題は起こっていないらしい。
王宮では少々騒ぎになったようなので、後でトレバースやテッド、エリザベートなどには謝っておく必要があるだろう。別に裏社会の暗躍や、魔物の仕業ではないからそこまで気をもまないでほしい。
王宮の様子も見ておくべきかと考えたところで、残してきた体に伝わる刺激によって意識が急激に引き戻される。目を開けると、どこかほっとしたような顔をしたトーマと、心配そうな顔をしたキリルが見えた。
「カイル、お前、何やった?」
「何って……なんだこれ?」
床に触れていた手に違和感を感じて見てみると、なぜか木の床の節目から緑の葉が芽吹いている。それもカイルを中心にしていくつも同じような現象が起きていた。木としての命を終え、建材となったはずの木がなぜか成長したというか、芽吹くという異常事態が起きている。
「カイルが目を閉じたと思えば、何か妙な力が働いてこうなったんだ。髪も宙に浮いてたし……ほんと、何したんだ?」
「……あの揺れで被害がなかったか見れないかと思って。風に意識乗せて、自然の気ってやつに同調してみたら、いけそうな気がして……」
「見えたのか?」
「ん、大丈夫そうだった。少し王宮では騒ぎになったみたいだけど」
キリルはいろんな意味を込めてため息をつく。被害がなかったこともだが、カイルの意識が戻ってきたことにも。うっすらと光を纏い、どこか近寄りがたい荘厳ささえ感じさせた先ほどの姿。体はここにあるのに、魂がどこかへ行ってしまったかのような存在感の希薄さに、思わず腕をつかんでしまっていた。
「自然との同調……か。その上で龍の持つ気が周囲に影響を与えたのだろう。なるほど……こうも違うか。先ほどの同調は、気功の扱いに慣れるまでやめておいた方がいいだろう。自力で戻れなくなっても困る」
「あー、それはそうだな。気功の練習は続けた方がいいよな?」
「そうだ。やるだけ上達するのが気功だ。ただ先ほども言ったように、内気功はともかく、外気功は放出の方法を知らなければ暴走の原因になる。まずは内気功を鍛えることだ」
「ん、やってみる。他に気を付けた方がいいことってあるか?」
「先ほどの同調でも分かったと思うが、龍の気というものは周囲の気の影響を受けやすく、影響を与えやすい。しばらくは人中に出る時や、気を扱う時注意が必要だろう。気の性質だが……大地に強く影響したのは場所柄か? あの地下でも他の気を感じ取ったとなれば一概に地龍ともいえない。さて、どの龍の性質を受け継いでいるものか」
「性質って龍によって異なるのか?」
「そうだ。龍は属性ごとに種族が分かれ、性質も異なる。それは見た目で分かる。髪や眼が属性の色と同じ色をしているからな。カイルの場合、見た目は地龍なのだが……」
ここへきて、偽装がマイナスに働いたらしい。目は巫女としての資格を表しているため本来の色ではないのかもしれないが、髪に関しては間違いもいいところだ。カイルはトーマを見る。どこまで家族にカイルのことを話しているのか目で問いかけたのだが、難しい顔をして目を閉じてうなっていたため通じない。
「あー、えっと、何の龍の血を引いているか分かった方がいいのか?」
「それはそうだな。その後の気功の訓練で何を重点的に高めればいいか分かる。人と違って龍の気は一属性特化型だ。満遍なく鍛えることはむしろ習得の妨げになる。トーマとは逆の修練が必要になるわけだ」
なるほど、人なら満遍なく鍛えた方が応用性が高く、また強いのだろうが、龍の気の性質ではそれが自身の強みを生かすことにつながらないのだろう。一つに特化している分、その分野に関しては追随を許さないというところか。
「俺も知らないんだけど、デニスさんは見たら分かるのか?」
「これでも、獣界については詳しい方だ。龍についても調べたことがある」
獣人の兄弟を引き取って育てるということは、言うほど簡単なことではない。いくら人界に移り住んでいても、変わっていない習慣や身に付けておかなければならない知識というものもある。それを知り、また教えられるように獣界に住む獣人並みに詳しくなったのだ。
カイルはキリルやダリルを見る。二人も難しい顔をしていたが、反対したり止めたりする様子は見られない。気に目覚めてしまったなら、その修練のために必要な知識は得ておくべきだという考えに賛同しているのだろう。
「えっと、俺、髪の色魔法で変えてるんだ」
「何? では、元は何色だ?」
「……銀、だけど」
「それはっ! ……いや、まさか…………そうなのか? カイル、お前の父は、まさか……」
知る者ならば、ロイドが龍の血族であったことを知っているのだろう。同じ龍の血族であり、また同じ髪の色を、龍の血を受け継いでいると知ればその繋がりにも気づく。苦笑するカイルを見て、デニスは息子であるトーマを見る。
隠し事が下手だが、友人との約束は必ず守る。家族にさえそれを打ち明けなかったことを褒めてやるべきだろうか。しかし、あのあわやという事態を思えば事前に知っておくべきだったと思わざるを得ない。道理で抑えきれないはずである。
「なるほど……、そういうわけか。俺はまさに踏んではならない龍の尻尾を踏んだわけだ。古来より地の揺れは龍の怒りとも言われているが、まさしく怒らせてはならない龍だというわけだな」
顎をさすりながら、デニスは何度もうなずきながら納得する。失われてしまったかと思われた幻の血筋が残っていたことに感動し、また無謀にもそれをたたき起こし、怒りに触れた己の愚かさを呪いたくなる。そして、この素晴らしき縁に感謝した。気功を操る者にとってまたとない気に触れる機会を得たのだから。
デニスの納得や感動が分からない面々は困惑するばかりだ。特にカイルは、ロイドの息子だと分かった以上に何かデニスがつかんでいることを知って、聞き出したくてたまらなくなる。母のルーツはヒルダに聞いたが、父のルーツを知らないカイルにとって、きっとそれは手掛かりになるはずだから。




