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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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バラン流格闘術道場

 例え同じように彼女達を捕えたとしても、自分達では彼女達の心までは救えなかっただろう。それを思えば、彼女達は幸運だったのだろうか。本当の意味でやり直せる、あるいは生きる目標を見つけることが出来たのだから。

「難しいよなぁ。花町って一応合法的な商売ってことになってるから。中にはほんとに望んであの仕事に就いた人達もいるし……」


 そういう人達はむしろそこから解放するような動きを歓迎しないだろうと思われる。何より、彼女達に借金があるのは事実だし、それの返済まで衣食住の面倒を見てもらっていることに違いはない。一概に責めることができないのだ。

 路地裏で生きることが難しい女性達にとっての一種の救済措置にもなっている。年齢が上がるにつれて、路地裏の孤児達の中から女の子の姿が消えていく。半数はそうした場所に流れ、残りの半数の内半分くらいはいたぶられて殺され、半数は裏社会に連れ去られる。


 生きていこうと思えば、せめて成人まで生きられることを願って孤児院に入るか、自分の体を売ってその後の人生をほぼ花町で過ごすことを選択するしかない。孤児の中でも、女の子は特に危険が尽きない。

「俺にも妹がいるからなぁ。あいつにはそんなことさせたくないな……」

 だが、それも王都育ちでなければ、引き取り手がなければ今頃同じような運命をたどっていたかもしれないと思うと本当に幸運だったのだと感じる。自分とは違って慎重で用心深い妹だが、それでも苦難は避けられなかっただろう。


「そういや、歳の離れた弟と妹がいるって……もうギルドには入れる歳なのか?」

「ああ、弟のヨハンは十二だし、妹のアニータは十歳になったからな。二人ともギルドに入った。俺ほど無茶なことはしてないけど、ちょっとずつギルドで依頼を受けてるみたいだ」

「みたいって知らないのか?」

「二人とも俺と性格がまるで違ってな。距離を置かれてるわけじゃないんだが、なんつーかとっつきづらいところがあってな。ってより、俺よりしっかりしてるとか近所では言われてるし……兄としての威厳がな……」


 自分達とパーティを組んでいるために弟妹達に構ってやれないのかと思っていたが、そうではないらしい。性格の違いから行動パターンも異なるために一緒に動くことが少ないらしい。それでも互いを大切に思っているだろうことは言葉の端々から感じ取れた。

 なんとなくトーマと弟妹達の関係性が見えてきて、三人とも笑みを浮かべる。そのまま遊ぶ気分にもなれなくなった四人は西区から中央区へと戻る。見慣れた街並みに返ってきたところで、トーマが足を止めた。


「まだ時間あるから、家来るか? あいつらも朝はギルドに行っているけど、昼には一度帰ってきてるはずだから」

「道場……だっけ?」

「おうっ、バラン流格闘術の道場だな。俺も小さい時から通ってたんだ。レイチェルも一時期通ってたこともあるんだぜ?」

「レイチェルが?」

「ああ、レイチェルもそうだけどレナードさんも魔力ないけど滅茶苦茶強いだろ? あれにはちょっとした秘密があるんだ」

「秘密……か。それは少し興味あるな」


 他者を拒絶することはやめても、強さを求める心に違いはない。ただ自分を守るためだけだった力が、その力によって守る相手として他者も含まれるようになっただけだ。魔力がなくても、魔力がある者と対等以上に戦える秘密があるというのであればぜひとも知りたいところだった。

「まぁ、これも魔力と同じで人によって素質のあるなしがあるらしいんだけどな。俺やレイチェル、それにレナードさんは素質がある方だったってことだ。特にレナードさんなんて教えられなくてもその境地に達した珍しい例らしいから。ただ、レイチェルには最初から道場で学ばせるようにしたみたいだな」


 なんでもその境地に達するためには、人の限界を突破するほどの修練が必要になるという。さすがのレナードも娘にそれを課すことはためらわれたのだろう。そのため、同じようにしてその秘訣を伝えるバラン流格闘術の道場に通わせ、そこでトーマとも出会ったというわけだ。

「なるほど……獣人の身体能力に加えて、魔力ともう一つの力の補助があればかなりの戦闘能力になるというわけか」

 時折魔法による補助だけでは説明できない速さや強靭さを見せるトーマ。魔力がないにも関わらず常人離れした身のこなしや剣速を誇るレイチェル。あの二人に共通する強さの秘密がバラン流格闘術にあるという。


「俺らはその力を”気”とか”気功”って言ってる。魔力とは違う、生命力っていうか気力? みたいなもんかな。使うと体力を消耗するし、元々の肉体の強度に強化値が左右されるから体を鍛えるのは必然になるけどな」

「へぇ……。そういや、トーマもレイチェルも、それにレナードさんも体力あるよなぁ」

 その気功という力を使うから体力が必要なのか、体力があるから気功の効果が高いのか。精神的な要因で疲弊した時を除き、トーマやレイチェルが力尽きたところは見たとことがない。カイルとの模擬戦でも、レナードは息切れをしたこともなかった。


「体力の回復も早いようだが……」

「おうっ、体内の気を練るだけじゃなくて、体外から気を取り込んで回復させるってこともできるんだ。体力だけじゃなくて、自然治癒力とかも上げられるんだぜ?」

 魔力がある者ならば意識しなくても行っていることを、気功という力が代わりをするということだろうか。魔力があるならば気功と魔法による二重の強化が可能になるということだろう。トーマの実戦における強さはそこに裏打ちされているようだ。


「色々とためになりそうだけど、素質があっても修行も必要なんだろ?」

「まぁな。素質がある奴は十人に一人くらいはいるけど、実践レベルってなると百人に一人とかもっと少ないかもな。俺やレイチェルレベルになると百年に一人って言われてるんだぜ?」

 トーマが得意げな顔をする。気功の素質を持つ者は魔力持ちの素質よりは少ないがそれなりにいる。しかし、実践で使えるレベルになるとさらに減り、二つ名を持つトーマやレイチェルレベルになると一時代に一人と言えるくらい珍しいようだ。


 その素質ある者達を門下生として鍛えているのがバラン流格闘術道場というわけだ。塀に囲まれた広い敷地を持つ道場の門を見上げながら、少々緊張した面持ちになるカイル達をトーマは気楽に中に導く。

「気功は結構武国の方では盛んらしいな。魔法は魔力の素質だけに左右されるけど、気功ってのは素質がなかったとしても、鍛え方次第じゃそれなりに使えるようになる力や技術でもあるから。むしろ魔法が使えないやつにとっては一種の救いみたいなもんか?」

「ああ、そういやヒルダさんにも世界で二人しかいないZランクの一人は武国にいるって話を聞いたけど……その人も、魔力がないのか?」

「そうみたいだな。千年に一人の才って、師範からは聞いてる。肉体一つでドラゴンも圧倒できるって言うから、そうなんだろうなとは思うけど……」

「ドラゴンを……」


 カイルは避難していたため直接見たことはなかったが、そのドラゴンがもたらした被害に関しては何度も眼にしてきた。村を出た後、復興中の町でもその爪痕を見てきた。ドラゴンの討伐依頼は滅多に出ることはないが、出たとすれば最低でもSSSランク。それも複数推奨というのだからその強さも想像できる。

 そのドラゴンを、人が単体で生身で対抗どころか圧倒できる。それがどれだけ非常識なことかは推して知るべしだ。武国が魔法を軽視し、それ以外の力に……気功に傾倒するのも分かろうというものだ。

「無の日は道場も休みにしてるから、自主練で来てる連中以外は人がいないんだよ」

 道場という割には人気がなく、キョロキョロしていたカイル達にトーマが答える。普段はもっと活気があるのだろう。広い中庭や奥に見える大きな道場など、門下生も多いだろうことがうかがえる。


「トーマの兄弟だけじゃなくて、引き取ってくれた人もいるのか?」

「師範か? いると思うぞ、ここは師範の家でもあるし。俺達もここに住んでるし」

 トーマは道場のさらに奥にある建物に案内してくれる。王国ではあまり見かけない木造建築の家だ。石造りの建物が多い中、どこか温かみがある造りをしている。玄関で靴を脱いでから室内に入るようで、戸惑いつつもトーマに続いて家の中に入り板張りの廊下を歩いていく。

 室内も見たことがないものばかりだ。扉は一般的な開き戸ではなく、左右に開く引き戸だし、木の板ではなく、木と紙でできている。廊下は板張りだが、室内には草でできている敷物があった。聞けば畳というらしい。


 師範の親の代は武国にいたということで、武国様式の建築だということだ。家の中にいるのに、どこか森や草原の中にいるかのような香りがして不思議と心が落ち着く。カイルにしか見えないが、精霊達も喜んでいるようだ。

 廊下の奥に進み、渡り廊下を渡った先に、小さな道場があった。家族専用の道場だという。使用するのは師範とトーマ達兄弟だけだということだ。そこに兄弟や師範もいるだろうという話だった。


「ただいまー、師範、ちょっと友達連れてきた」

「お帰り、トーマ。早かったようだな」

「ああ、ちょっとあってな。紹介するよ、『双竜』のキリル=ギルバート、『氷の刃』のダリル=アドヴァン、後はカイル=ランバート。今主にパーティを組んでるメンバー。えっと、師範のデニス=バランと俺の弟のヨハンと、妹のアニータだ」

「よろしく頼む」

「……よろしく」

「よろしくな」

「こちらこそ、トーマが世話になっているようだ」

「……どうも」

「…………よろしく」


 師範であるデニスは真面目な顔で返してくれるが、ヨハンとアニータはどこかよそよそしい態度で小さくお辞儀をしてくる。警戒心たっぷりで、こちらを見極めようとする眼差しに裏通りの子供達を思い出してしまう。最初はみんなこんなふうに見てきたものだった。

 さっとヨハンが座布団と呼ばれる敷物を用意してくれて、アニータがお茶を入れてくれる。紅茶とは違い、緑色をしたお茶だ。紅茶より渋めだが、香りも味も建物と同じでどこか落ち着いた感じがする。

 一応もてなす側ということで師範の隣にトーマが座り、その横にヨハンとアニータも座る。向かい合う形でカイル、キリル、ダリルと座る。


「トーマから色々と話は聞いている。一度直に会っておきたいと思っていた。これは、格闘術の才能はあるが、落ち着きがないしお調子者だろう? 苦労を掛けているのではないかな?」

「んー、まぁ、そうでもないけど。トーマがいると場が明るくなるからな」

「だろ? 俺って必要だろ?」

「トラブルのもとになることも多いが……」

「いやー、あふれ出るオーラってやつが俺を放っておかないんだよ」

「…………思えば、今日の騒動もトーマが言い出しっぺか」

「う、で、でもお前らも乗ってきただろ!」


 カイルの言葉で顔を輝かせたトーマだったが、キリルの言葉に苦悩する様子を見せ、ダリルの言葉でタジタジになる。それを聞いてデニスはため息をついて頭を振る。

「全く、西区に行くというからあれほど気を付けておくようにといったのに」

「いや、だってあれは予想外というか……ごめん、俺が悪かったからその目はやめてくれ」

 師範の言葉にそっぽを向いたトーマだったが、弟妹達の無言のまなざしにお手上げをして謝ってくる。弱いのはデニス相手だけではないようだ。


「兄さん、何をしたんだ?」

「俺は、別に何もしてないって……」

「そうだな、俺達は何もできなかった」

「やったのは、カイルとクロだ。俺達は寝てただけだし」

 ヨハンの言葉に冷や汗をかくトーマだったが、反省するのは自分達も同じと考えたのかキリルとダリルも援護をしてくれる。全員の視線がカイルに集まり、カイルは頭をかく。やったと言っても偶然の要素が高い。


「っても、俺が魔法にかからなかったからってのが大きいからな」

 西区の公園であった出来事を説明すると、デニスは頭痛を感じているように頭を押さえて、ヨハンやアニータのトーマを見る目が冷たくなる。まさか色香に惑わされて、危うく所持金を奪われるところだったなどと、仮にもバラン流の師範代の面目が立たない。

「お前というやつは……しかし、まさかそんなことになっていたとは…………」

 数年前にトーマが興味半分に花町に行った時は、彼女達の実情を教えて諭したものだが、デニス自身も彼女達のことを本当には理解できていなかったのだろう。ささやかな、しかし許されない罪に走るほどに辛い思いをしているなどとは。


 デニス自身も、成人して責任を持てるというならば花町に行くことを止めたりはしない。特定の相手がいないならば、時としてそういう場で発散するということもまた必要だと考えていた。そのことで飢えた男達の被害から一般女性が守られるならば、必要な犠牲であると。借金を背負って生きている彼女達の宿命であると。

 しかし、一歩間違っていればアニータが同じような境遇になっていたかもしれないと思えば、他人事のように思えなくなる。具体的に何ができるというわけではないが、出来る範囲で見守っていければと思う。


 カイルは、じっと自分を見てくる二対の視線に気づいてそちらを向く。しかし、ヨハンもアニータもカイルと目が合うとビクリと体を震わせて、慌てて視線を逸らす。別に怖がらせるようなことを言った覚えもした覚えもないのだが、どこか恐れられているように見える。

 トーマも弟妹達のそんな様子に気付いたのか首を傾げている。人見知りではあるが、無闇に相手を怖がったり、露骨な態度をしたりはしない二人にしては珍しい態度だと思っているようだ。門下生の中には厳つい見た目の者も多いし、そんな彼らを見慣れている二人が、カイルにおびえる理由が分からなかった。


「そちらの二人は見たところ剣士か……、君はトーマにも鍛えられているようだが?」

「見ただけで分かるのか?」

「そうだな、体のつくり方で分かる。気功のことはトーマから聞いているか?」

「さわりだけは……俺らにも素質ってあったりするのかな?」

 デニスが真剣な顔でそれぞれを見てくるのに対して、若干緊張した面持ちになってしまう。さらなる強さを求める三人にとっても、新たな力を手に入れられるかもしれないとあって期待も膨らむ。


 そればかりは見ただけで分からないのか、それぞれの背中に手を当ててくる。カイルもデニスの手が触れた時、そこから魔力とも霊力とも、また聖剣の力とも違う何かの力が入ってくるのを感じて、反射的に弾き出してしまう。

 バチッという音と共に、デニスの手も弾かれる。驚いて背後のデニスを見るが、デニス自身も自分の手を見て何やら思案気な顔をしていた。視線を戻すとトーマはどこか納得したような、少々悔しそうな顔をしている。弟妹達はそそくさと視線をそらせていた。


 デニスはキリルとダリルにも同じように手を当ててから元の場所に戻ってくると、顎をさすりながら結論を出す。

「全員に素質はあるようだ。ダリルとキリルはそのまま体を鍛えていればいずれ気功にも目覚めるだろう……問題はカイルだが……」

「俺? 素質はあるんだよな……目覚めるには修行が足らないってことか?」

 ダリルやキリルに比べ、本格的に修練を始めて日が浅い。基礎固めをしている最中でもあるし、すぐには目覚めないということだろうか。


「それもあるが……さて、どうしたものか……」

「師範、潜在的な気はどれくらいなんだ?」

「見ての通りだ。目覚めていない状態で俺の気を弾くほどだな。……カイル、確か龍の血族だったか?」

「そうらしいな。その自覚は全くなかったんだが……それなりに血も濃いらしい」

「なるほど……」

「どういうことなんだ?」

 わずかばかりとはいえ、龍の血を引くダリルも気になる内容だ。トーマは何か分かっているようだが、気功の存在自体を今日知った三人には訳が分からない。


「えっと、師範に触られた時、なんかあったかいっていうか熱い何かの力を感じなかったか?」

「そういわれれば……」

「魔力とも違う感じだったな」

「反射的に弾いたみたいだけど」

 炎を克服しても、未だ急に熱さを感じたりすると反射的に体が動くことがある。それに、体内に異物が入ってきた感覚には敏感というか過敏に反応するようになっている。防衛本能が働いて、異物を体外に排出しようとしてしまうのだ。


「気功の素質のあるなしは、それを感じ取れるかどうかによるんだ。気功も魔法と同じで、他者にも作用させられるからな。それで相手の気を整えて体調をよくしたり、逆に相手の動きを鈍らせたり止めたりってこともできるようになる。鍛えれば、相手の気による攻撃を防ぐことも可能になるわけなんだが……」

「まだ気功の力に目覚めていない、眠っている状態で弾くというのは尋常ではない気を秘めているということだ。龍というのは総じて生命力が高い、そのため龍の血族という者も強い気を持っている場合が多いということになる」

 気が生命力や気力といったものに端を発するならばそういうこともあるのだろう。だが、おそらくはその気の量にカイルの体力が追い付いていないことが問題なのか。下手に気功を使おうものなら体力の方が先に限界が来てしまうのだろう。いくら気功で体力の回復を行えるといっても限度がある、消費量と回復量が釣り合わなければ、あるいは消費量に見合うだけの体力がなければとても実戦には用いれるものではない。敵の前でへばったのでは意味がないのだ。

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