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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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西区散策

 カイルの休日の過ごし方は仲間内でも意見が別れた。修行や勉強とは切り離して休息に充てるべきだというものや、ギルドではできない体験や経験を積むべきだという意見。

 王都の他地区にも連れて行くべきだとか、それなら他にもいくといい場所があるだとか。結局、ならば、意見が合うもの同士で組んでカイルをあちこち案内すればいいのではないかということになった。

 最初の休日にして初めてのデートが嫌な終わり方をしただけに、トーマは張り切っていた。実のところトーマだけ一人だったのだが、心配ということで、キリルやダリルもついてきている。


 いわゆる、男友達でつるんで遊びに出かけた形だ。今日は西地区に出かけることになっていた。王都は地区ごとに特色があり、住んでいたりそこを訪れる客層も違ってくる。

 みんなの住まいがある中央区は最も治安が良く、実力者ややり手が多く集まっている。東区は文化区とも呼ばれている。学校や専門機関が多くあり、またその関係か新人向けの店や依頼も多い。人材の育成に力を入れている区であり、若年層が多くいる。


 北区は商業区、生産者達が多く、また商店も数多く軒を連ねている。ここに行けばたいていのものは揃うという。雑多な人々が集うため、スリや置き引きなどの犯罪も後を絶たない。

 南区は居住区、王都に住む人々の家や宿などが多く存在している。中央区の次に治安が良く、旅人なども多く見る地区でもある。

 西区は歓楽区、飲食店や酒場、劇場などが集まる地区だ。花町もここにある。夜になると、昼の数倍から数十倍の人々が集い、最も治安の悪くなる場所でもある。朝や昼は比較的安全だが、場所によっては健全とは言えない。


 現に、ダリルはソワソワしているし、キリルは腰が引けている。楽しそうなのはトーマだけで、カイルは苦笑いだ。最初にこの地区を選ぶだけ、トーマはトーマということだろう。二人にも来てもらってよかったかもしれない。

 最初に見に行った劇場など歴史があり、演目にも感動したものだが、即物的な要素も多分に含まれている地区らしい。今は昼時になって昼食をとる店を探している最中だ。目移りするし、カイルとしては全くの未知の場所でもある。


「トーマ、どこにするんだ?」

「この前、ギルドの仕事で組んだやつから聞いた店があるんだ。肉料理が絶品らしい」

 今日のことを話すと、男で、年若い面子なら肉だろうと紹介された。トーマも一も二もなく頷いた。狼の獣人であるため、肉は大好物だ。

「肉か、トーマにしてはいい選択だな」

「馬鹿にすんなよ! 王都は俺の方が詳しいんだからな」

「だが、どちらかというと……デートコースか?」

 頷きながらいうダリルに反論したトーマだったが、キリルの言葉にギクリとなる。


「べ、別にいつかのための下見とかじゃな、ないし」

「……バレバレだぞ、トーマ。でも初っ端からここはキツイんじゃないか?」

 少なくとも、カイルはレイチェルを連れて歩きたい場所ではない。今も色々と視線が突き刺さっている。

 カイルの噂を知っての視線というより、好奇や嫉妬混じりの視線だ。一緒にいる仲間達が、二つ名持ちで目立つ容姿や特徴的な体格のため他地区でも有名なのだろうと考えた。


「そういわれたら、そうかもなぁ。食いモンの店では一番なんだけど」

 有名店や高級店もあるため、飲食店が並んでいるあたりはましだが、どちらかと言われれば柄のよくなさそうな者達もうろついている。

 買い物なら北、食なら西、勉学なら東、寝るなら南というのが王都の歩き方でもある。娯楽に関しては西区が一番だと思っていたが、その分気を付けなければならないこともまた多そうだ。

 多少迷いながらもたどり着いた店は、お昼時ということもあり賑わっていた。店の外にも肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。


 店内に入るとほぼ満席で、従業員達が忙しく動き回っていた。

「いらっしゃいませ、今ちょっと混んでるから、相席してもらっていい?」

 そう言って案内されたテーブルには三人ほどの男達が席について食事をしていた。断りを入れてから席に着く。

 まだ若く、ハンター風の格好をした男達は食事の手を止めてまじまじと見てくる。

「悪いな、邪魔するぜ」

「あ、ああ」

 トーマの言葉にも生返事をするだけだ。獣人のトーマからダリル、キリルときてカイルでみんな目が止まっていた。

 みんな普段着だが、そういう格好をすると余計カイルの性別が行方不明になる。そうでなくても、思わず見惚れるほどの容姿でもある。

 町を歩いている時も、トーマ達ばかりではなくカイルに集まる視線も多かった。何となく見逃せない存在感があるのだ。


「だ、大丈夫か? ここ、結構量も多いが……あんた細いし」

「平気だよ、俺こう見えても食える方だぞ?」

「俺?」

「……言っとくけど、俺、男だからな」

 なぜか気遣ってくれた同席者に答えるカイルだったが、彼らの勘違いに気付き、少々呆れ顔になる。彼らが揃って驚き顔をするのにため息をつきたくなる。

 ボロい格好をしていた時はほとんど見向きもされなかったが、格好一つでこれだけ見る目が変わるものかと妙な感慨さえ覚える。


 注文を取りに来た従業員に、カイルとキリルは日替わりランチを、ダリルとトーマはガッツリステーキを注文していた。

 その頃には衝撃の事実から立ち直ったのか、彼らも食事を再開していた。だが、チラチラとカイル達をうかがうような視線は感じていた。

「若い上にその髪で獣人って、あんた赤狼、か?」

「おっ、知ってんのか?」

「げっ、やっぱり狂犬かよ」

「俺は狼だ、コラァ!」

 トーマのことを知っているらしい彼らとの会話に、カイルは思わず吹き出してしまう。


「トーマ、狂犬って何やったんだ?」

「う……わ、若気の至りってヤツだ!」

「三、四年前まで手のつけられない暴れ狼だったんだよ。強い奴と見ると見境なく戦いを挑んじゃ、師範にぶっ飛ばされてたな」

「へぇ、トーマがねぇ」

 今は落ち着いたというか、お調子者の印象が強いトーマにそんな荒れた時期があったとは思わなかった。


「……その頃はまだ両親の死から立ち直れてなくてな。がむしゃらに強さを求めてたんだよ」

 強かったはずの両親は、自分達を守り逃がすために犠牲になった。幼い弟妹はともかく、自分がもう少し強ければ死ななくてもよかったかもしれない。そう考えると強くなりたいという思いに囚われてしまった。

「分からなくもないな。今の俺も似たようなもんではあるし……」

「違うだろ。カイルは人に迷惑かけるようなやり方はしてない。俺は自分のことしか考えられなかったからな」

 守らなければならなかった弟妹達も蔑ろにして、逆に心配や迷惑をかけてしまった。引き取り手がいて孤児院に入らず、王都生まれであった幸運にさえ気付くことができなかった。


 バカをやって死にかけて、弟妹に泣かれ、師範に諭されてようやく気付けた。悔しかったのも悲しかったのも自分ばかりではないと。小さかったため守られるばかりで何も出来なかった弟妹達の方が辛かったのだと気付いてやれなかった。

「それが今や二つ名持ちの期待の若手だ。ちょっとやんちゃな方が向いてんのかね」

 歳は上でもランクでは及ばないのか、彼らは揃ってため息をつく。ハンターギルドの依頼はランクが上がるほどに難易度も上がるし、相手も強くなる。実力だけではなく、度胸や根性も必要になるのだ。


 試験を受ける勇気がなければ、Sランク以上には上がれない。試験は基本一人で受ける。試験後のフォローはあるが、試験中にはよほどのことがない限り手助けは期待できない。

 怪我をしても治療はしてもらえるし、死ぬ前には止めてもらえるが、進んでそんな思いをしたくはない。覚悟が必要なのだ。

「あんたらも二つ名持ちだろ? 氷の刃に双竜、か? でもってそいつらと一緒にいるっていやぁ、例の……」

「『孤児の救世主』……怒らせりゃ、国王陛下にも謝罪させるっていうあの?」

「まだそう呼ばれるにゃ足りねぇよ。ま、謝罪させたのはほんとだけど」


「げっ! 噂じゃ、あの鉄面皮の宰相とか、『剣鬼』って言われる騎士団団長と、『鬼の良心』って言われる副団長にも頭下げさせたって言うけど」

「……事実だな。俺は見ていないが、レイチェルや騎士達は見ていたようだ」

 トーマからダリルやキリルときて、そのメンバーで最近パーティを組んでいる関係でカイルについても予測が立ったようだった。どこか引き気味に聞いてきたため、苦笑交じりに答える。テッドは鉄面皮で通っているようだ。実際表情が動くことが少ないため、納得はできる。ただ、レナードやバレリーの二つ名は初めて聞いた。


 確かにあの二人の関係性や実情を知ればなるほどと思う名前だ。自身の二つ名がついたら同じように思われるのかと思えば、やはりどこかこそばゆい。今でさえそれに近いような名前で知られているようだ。まだそう呼ばれるには大したことが出来ていないため、出来れば遠慮したいところだ。

「あんたがあの……。そんなふうには見えないな」

「よく言われるよ。ま、今絶賛修行中だから、いずれは納得してもらえるだけの実力は付けてみせるさ」

「そうか……そ、の……噂じゃ、あんたの使い魔は妖魔だとか言われてるが……本当なのか?」

 見た限り、今のランクでさえも眉唾に思えてくる。しかし、王都のギルドの中でも特に厳しい中央区のギルドで得たランクであるならば疑うべくもない。それに、なぜだか挑戦的な顔をしていってくるカイルに対して嫉妬や怒りといったものが湧いてこない。むしろ、期待感が膨らんでくる。だからこそ確認しておきたかった。噂の中でも、特にあり得ないと言われていることが本当であるのかどうかを。


「クロのことか? ……ここで出しても大丈夫なのか?」

「一応使い魔も大丈夫のはずだが……いるのか?」

「ん、クロ」

 通常、使い魔とは常に連れ歩くか預けているかだ。そばにいないなら預けていると見るのが普通だ。そのため、カイルの影からスルリと出てきたクロを見て三人は驚き顔を浮かべる。周りで聞いていた者達も同様だ。

『ふむ、よい匂いがするな。我の分はあるのか?』

「頼んではいるよ。持ち帰りもできるみたいだったからな。使い魔も大丈夫ならここで食べてくか?」

『その方が面倒がなくてよかろう。なんだ? 我のことを知りたかったのではないのか?』


「しゃ、しゃべ……ほ、本当に妖魔……」

『ふん、そうおびえずとも手を出してこぬ限りは我からは何もせぬわ。人の作る食事とやらも気に入っておるしな』

「ってことだから、普通の使い魔と同じに思ってくれていい。一緒にいない時は、さっきみたいに影に潜ってるんだよ」

「影……魔の者に多い属性か……」

 妖魔や魔人が恐れられるのは、影の属性を持つ者が多いためだ。光ある限り逃れられない影、そこに宿られたり操られたりすれば抗えない。その属性を持っているだけで、普通の魔獣とは違うと知れる。その上しゃべったとなれば確実だ。


「か、隠したりしないのか? その、あまり歓迎されないだろ?」

 強力な使い魔を従えるほどに尊敬を集めるものだが、妖魔ほどになるとまた違ってくる。普通なら使い魔などではなく、”妖魔憑き”と呼ばれる妖魔達の生餌か人形にされる。どれだけカイルの意思がはっきりしており、またクロも問題を起こさなかったとしてもそういう目で見てくる者達はいる。

「メリットとデメリットを考えたらこっちの方が都合がよくてな。俺らのことを知って距離をおくならそれでいいし、それでもあえて関わってこようとするなら、そん時は相手に見合った対応をする。排斥しようとするなら戦うし、受け入れてくれるならいい付き合いができそうだろ? 中途半端に対応されるよりはそっちの方がいいさ」


 無理に理解を求めようとは思わない。こうしたことは常識を変えるのと同じように時間をかけて納得してもらう必要がある。これからのカイルの行動で、クロの活躍で認めてもらうしかない。恐れずに向き合ってくれる者がいるなら、その者とは良好な関係を築けるだろうとも思う。

「割り切ってるんだな」

「いつまでも隠しておけることでもないからな」

 いずれはカイルがロイドやカレナの息子であることや、聖剣を抜いて契約した剣聖であることも明らかにしなければならない。ただでさえ抱え込まなければならないものが多いのだから、公表して差し支えないだろうことは明かしていこうという方針だ。


 三人は納得したような、それでいて感心したような顔をして食事を終えると、席を立っていった。その後、食事が運ばれてきた時、増えていたクロに従業員も驚いていたが、持ち帰りの分を皿に移し替えて出してくれた。

 勧められただけあって、値段の割に量も味もよくみんなホクホク顔で会計を済ませた。人の多い街中ではクロは基本的に影の中に潜っている。その方がカイルと離れずに済むということもある。いざとなれば影の中からでも攻撃ができるという強みもあって店を出る時にはすでに影の中に潜っていた。


「……まだ知らない者と話すのはうまくいかないな」

 あの席にあって一人、会話に参加していなかったダリルは小さなため息をつく。他者を受け入れようと努力しており、中央区のギルド員達であれば会話もそれなりに続くようになっていたが、初対面の相手とはまだ距離を測りかねているようだ。

「こればっかりは、慣れと経験だからな。性格にもよるし……」

「そうだぜ? むしろ、ダリルが誰かに気さくに話しかけている絵面の方が想像しづらい」

「それはそうだな」

「俺はそういう印象なのか……」


 常に知らない人の中に飛び込むことの多かったカイルや、誰にでも物おじしないで話しかけられるトーマ、それに旅をしていた関係からか必要な会話はこなせるキリル。これまで他者を拒絶して、極力関わってこようとしなかったダリルがいきなり同じことをしようとすればどうしてもハードルが高くなる。今でも進歩したほうなのだから、あまり急ぎすぎてもおかしなことになりそうだ。

「西区にちょっと大きめの公園があるんだけどさ、そこじゃ色々出し物があったり、芸が見られるって話なんだけど、行ってみるか?」

「芸?」

「劇団の見習いや新人とか、東区の芸術家の卵とかが小遣い稼ぎに色々やってるらしい」


「小遣い稼ぎ……見たり聞いたりすれば金を払うのか?」

「いや、別に気に入った相手にだけでいいみたいだな。その分、熱が入って見ごたえはあるって話だ。人の心を動かせなきゃ稼ぎにならないからってな」

 そうすることでお互い切磋琢磨し、また危機感や焦燥感から必然的に腕が上がったり個性的な特色が出たりするのだろう。確かに面白そうだ。色々な仕事を経験してきても、そうした方面では全く経験のないカイルとしても見てみたいという気持ちはある。


 そんなカイルの表情や心情を読んでか、公園行きが決定した。実のところ、キリルやダリルだけではなくトーマとしても初めて行く場所でもある。道場の修練とギルドでの仕事など忙しくしていたし、弟妹達は幼いためにこうした場所に連れてくることもなかった。

 また、こうしたことに付き合ってくれる友人達もいなかったため、トーマとしても楽しみにしていた。道場関係者は真面目一徹を絵にかいたような者達だったし、同じ門下生はどこかトーマに遠慮したところもあって楽しく遊べそうな相手ではない。狂犬と呼ばれていた頃のトーマを知る者達は、トーマにおびえるようなそぶりさえある。

 小さい頃から変わらず、忌憚なく付き合える相手というのはレイチェルくらいしかいなかったのだ。だが、レイチェルのあの固さと初心さでこの地区はきついだろうと遠慮していた。結果として一人でうろつくことになるわけだが、人が多く集まる場所は気が引けた。なんだか悲しくなってきそうだったからだ。

 でも今日は違う。気心の知れた三人の仲間達と一緒だ。トーマは意気揚々と公園へと向かった。

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