閑話 余人達の視点
アナザーサイド
~カイル観察記① しがない門番の考察~
一兵士として、十七歳で国に仕えて十年余り。今では王宮の通用口の門番を任されるまでになった。全体的に王宮の兵士や騎士達の年齢は低い。それはかの大戦において年長者ほど前線に立ったからに他ならない。
年若い命を守るため、何より最前線で戦っていた剣聖の力となるために皆望んで戦った。結果として大戦前からいた兵士や騎士の多くが失われることになった。門番もまた、国や世界のために命を懸けた剣聖にあこがれて兵士を志した。
実際に兵士になってみると、人や町を守って戦うよりも雑用や復興のために駆り出されることが多かったわけだが、生来の真面目な性格と仕事が評価されてこの地位に就くことができた。この入り口を利用するのは皆、見かけより実をとる者達ばかりであったため、むしろ正門よりも面倒事がない。貴族達の我儘に付き合う必要もないということだ。
しかし、最近、というよりあの姫騎士レイチェル様が連れてきたという少年を通すようになって以来気苦労が増えた。最初に見た時には少年なのか少女なのか見分けがつかなかった。声を聞くと、なるほど少年なのだと分かる。
しかし、自分と同じ性別だとは思えない体のつくりをしていると思った。背は低くない、むしろ高い方だろう。だが、一緒にいた少年達ともまるで違う。人族の中でもスレンダーなエルフやハイエルフに近い細くて華奢な体をしていた。
見た目だけでは、視察で見出してきた掘り出し物だとは到底思えなかった。それなのに、目通りのために王宮に入ったその日の内には騎士団団長との特訓を取り付け、さらに秘密裏にではあるが王族とも懇意になったという。
何がどうすればそんなことになるのか、想像もつかなかった。特訓の日、姫騎士と共にやってきた少年に気安く挨拶をされても、型通りの返事しかできずに通した。だが、帰る頃に届いた噂は耳を疑うものだった。
少年の境遇が元流れ者の孤児ということにも驚かされたが、現役騎士を前にして一歩も引かない度胸や、それでも懇意にしていこうという度量。それをクロエに認められたということ。さらには騎士団だけではなく、兵士達の間でも広く知られているレナード団長による”鬼のしごき”、それを団長が止めるまで続けることができたということ。模擬戦での戦いなどを聞いたためだ。
クロエは騎士団の台所を預かるだけではなく、兵士達の厨房係達を育てた存在でもある。また、彼女に気に入られた者は名を馳せることが多く、将来有望だと認められたということでもあった。
また、時折騎士団と合同で行われるレナードの特訓では、誰もがレナードが止めるまで続けることができた者はいない。みんな限界が来て倒れて終わる。自分で回復魔法が使える者でも終わる頃には魔力切れだ。たった一つでも止められるまで続けられたなら報奨ものだと言われていた。それを全てにおいて成し遂げたのだという。
どれだけの根性と魔力があればそれができるのか。あの綺麗な顔と華奢な体のどこにそんな力があったのか疑わずにはいられなかった。さらに、その後の模擬戦。あれは、どう考えても模擬戦というより半殺しに近かったという。
少ない魔力を工夫して使う副団長と似たような器用な魔法の使い方をして、顔に似合わぬなんでもありな戦い方をするのだという。それでも毎回団長によって一撃で沈められ、そのたびに怪我や時に致命傷を負うのだが、自分で回復して再び立ち向かうのだとか。
聞いた時には気が狂っているのかと思った。一度でも団長の技を受けたなら、それで致命傷を負ったなら次に向かっていこうという気力そのものさえ打ち砕かれてしまう。まして、その直後に自分で怪我を癒してまで立ち向かおうなんて気力が湧いてくるはずもない。
それが、蓋を開けてみれば毎回毎回勝ち気で創意工夫をしてくるというのだからあきれるを通り越して感心した。確かに、団長が鍛えるに値するだけの掘り出し物であったのだと。フラフラしながらもきちんと挨拶をして王宮を出ていく様子には好感が持てた。
しかし、門番が休みであった無の日の夜、なにやら騎士団でトラブルが起きたという話だった。詳細は届いてこなかったが、それにあの少年が関わっているらしいという話を聞いて、背筋が寒くなった。なぜだか、彼はこんなところで死なせていい存在ではないと感じられたためだ。
翌日、仕事に就いたものの落ち着かなかった門番は王宮を出ていく少年が予想よりもぴんぴんしていたことに安堵した。しかし、その表情は硬くいつもの快活さが見えなかったことだけが気がかりだった。
その日のうちに王都を離れたことを知ったのはその後のことだ。ほとぼりが冷めて、ごたごたが落ち着くまでの間、外に勉強に出たのだと聞いて安心すると同時に不憫にも思った。せっかく機会を得て励んでいたのに、周囲の八つ当たりにも似た対応で振り回されていることに。
予想外に早く帰ってきた姿を見た時には、いつも通りの、いやいつもよりどこか楽しげな様子に安心したものだったが、その後に起こした模擬戦の結果や騒動を聞いて唖然としたのは記憶に新しい。
何と、魔法を駆使したとはいえあの騎士団団長から勝ちをもぎ取ったばかりか、命さえも脅かしたのだという。さらには、その日のうちに王都中に広まった噂。門番も帰ってから妻によって聞かされたそれにより、少年が王都を離れてもなお苦難の道にあったことを知った。
翌日から門を通る宰相や騎士団団長、副団長に冷たい目を向けてしまったのは人としてしょうがない反応だろう。まさか、そんな無茶振りをしたばかりか大人げない対応を知れば見る目も変わろうというものだ。
聞けば十六歳と、この国の第一王子と同じ年だという。到底そうは思えなかっただけに、余計に応援したくなってくる。不興や怒りを買えば、トップ達の二の舞だということで少しばかり対応が丁寧になったが、それにはさすがに苦笑されて気にしないでほしいと言われてしまった。
思えば、あれだけのことをされて、さらにきちんとした対応をしてもらえなかったからこその報復だった。それを思えばむしろ怒らせた者の方が悪いと考えてしまう。日頃の態度を見ていれば、滅多なことで本気で怒ったりなどしないと分かるのだから。
今まで門をくぐる者にここまで感情移入をしたことも、気をもんだこともなかった。だが、不思議とそれを嫌なことだとは思えない。それよりもむしろ、将来大人物になるかもしれない者の成長を間近で見られることに密かな優越感さえ抱いていた。
~カイル観察記② あるメイドの誓い~
わたしは、王宮のメイドをやっております。新人です。十五歳で見習いとして王宮に入り、十八になってようやく一人前となりました。王宮の仕事は目が回るほどに忙しいのです。特に新人など先輩方からこき使われております。
王宮に住まわれております要人の方々は、ほとんどがいい方ばかりで、このようなわたしにも気を遣ってくださいます。しかし、ただ一人だけ、そうではない方がいらっしゃいます。王宮に入る前から噂は聞いておりましたが、実際に見てみると噂はとても控えめであったのだと実感いたしました。
今年御年十六歳になられます第一王子のアレクシス殿下は、それはもう、手の付けられない悪ガキでした。部屋の中は散らかし放題、若いメイドと見ればいやらしい目で見て、触ってきたりします。かくいうわたしも何度も被害にあっております。
その日も、廊下の掃除中にお尻を触られ、拭いていた花瓶を落として割ってしまいました。幸いにも花瓶の価値自体はそれほどでもなかったのですが、少ない給料を減らされることになってしまいました。原因である殿下は素知らぬ顔をされて立ち去ってしまわれました。
花瓶の破片を片付ける最中に何か所も手を切ってしまいましたが、これくらいでは医務室に行くことはできません。わたしは魔力はありますが、基本四属性しか使えないため自分での回復はできません。
そして、花瓶を割ってしまったわたしは持ち回りで数人がかりで行っている一番の重労働である騎士団の衣類の洗濯に一人で回されてしまいました。騎士団の方々は人数が多いこともありますが、体を使っての訓練が多いため、洗濯する衣類も膨大であり、汚れております。
沈んだ顔で裏口から入り、普段は訓練場として使われている場所に積み上げられた衣類を見て、気が遠くなりそうでした。これでは朝までかかっても洗い上げることができるかどうか定かではありません。
洗濯には魔法を用いますが、それは水の入れ替えや乾燥に使う程度です。特にわたしの魔力量では水だけで魔力切れを起こしてしまうでしょう。
途方に暮れていても片付きません。わたしは近くにあった衣類から洗濯用のたらいと板を使って洗濯を始めました。十着ほど洗ったところでしょうか、訓練場に誰かが入ってきました。
今日の訓練は終わっているはずですので、騎士の方が自主訓練に来たのかと思っておりました。そのために訓練場には魔法具で明かりが灯されております。しかし、現れた方を見て思わず洗濯の手が止まってしまいました。
何度かお会いしたことがあったハイエルフの姫や、ハーフエルフである姫騎士様とも身劣らぬほどの綺麗な顔立ちをされた方でした。一瞬女性かと思いましたが、すぐに少年であることに気付きました。
少年もこちらに気付いたのか、いぶかし気な視線を向けてきました。ですが、すぐに洗濯をしているのだと気付いた様です。わたしの前には洗濯物の山がありましたし、後ろには洗った洗濯物を干しておりました。
少年は頭をかいて近づいてきました。殿下のことがあって身を固くしたわたしでしたが、適度な距離で止まり提案されたことに思わず呆けてしまいました。何を言われたのか理解できませんでした。
手伝いをさせてほしい、ではなく、やりたいことがあるので協力してほしい、といったのです。いったいわたしに何ができるというのでしょうか。それも、これだけの仕事を控えているのに、何をさせようというのでしょう。
戦々恐々としながら聞いた内容に、またしても驚いてしまいました。何と、少年は最近使っていない生活魔法の練習をさせてほしいと言ってきたのです。なぜかと問うと、必要な時のために腕を鈍らせたくないからだと言っておりました。
生活魔法を必要とする時というのはどんな時なのか考えましたが、とりあえずそれなら危険性もなさそうですので許可しました。すると、少年は何とわたしが洗うはずだった衣類をまとめて大きな水の球のなかに閉じ込めてしまうと水流を操作し、あっという間に洗い上げてしまったのです。
しかも、水から衣服を取り出す時には水分を残らず除去しており、宙を舞う間に風で仕上げの乾燥をされ、後はたたむだけという仕上がりでした。こんな魔法の使い方があるのかと感動すると同時に、朝までかかってもできないと考えていた仕事が洗濯物をたたむだけで終わるということにも気付いてしまいました。
何度もお礼を言ったのですが、照れくさそうに微笑むだけで、見返りを要求してきたりしませんでした。生き物のように排水溝に自ら飛び込んでいく水を見ながら、洗い上げた服を置くために広げた大きな布の上にハラハラと落ちてくる衣服を見ながら、わたしは思い出していました。
一時宮中をにぎわせ、陛下や宰相様までもやり込めた一人の少年の話です。流れ者の孤児でありながら、過酷な境遇と過去を持ちながらも人としてあるべき生き方を貫き通してきた若き英雄の卵です。
わたしが思い描いていた英雄像とは少しばかり違っておりましたが、こんなふうに身近で、ある意味見栄えのする方がそうなのだと知り、自身の幸運に感謝しました。こうなった原因である殿下にさえもお礼を言いたい気分でした。罰であったはずの仕事が、何よりの褒美になってしまいました。
別れの挨拶をして、夢見心地で洗濯物をたたもうとした時、わたしはもう一度感動を味わうことになります。花瓶で切り、洗濯で力を入れたせいで血がにじんでいた包帯を取り換えようと外したところ、傷が全くなくなっていたのです。誰がそうしたのか、すぐに分かりました。
長年悩まされてきた水仕事によるあかぎれも荒れた手も、もう見ることのないと思っていた綺麗な手に戻っておりました。思わず零れ落ちた涙は、しばらく止まることはありませんでした。そして、わたしはひそかに誓ったのです。いつかあのお方が困難に立ち向かわれる時、その時には微力ながらもできる限りの力になろうと。優しくも温かい、年若い英雄を守ろうと。
~カイル観察記③ あるドワーフの葛藤~
師匠の兄弟弟子が息子だと言って連れてきた人間を見た時には頼りなさそうなやつだと思っていた。ところが、大師匠にまで気に入られ剣を打ってもらえると聞いて耳を疑った。
末弟子であり、まだ年若いカールを兄と呼び、ドワーフ相手にも遠慮せずに距離を詰めてくるところは好感が持てた。身内の身内なら身内として大切にするドワーフである彼もまた、その人間を身内として扱おうと考えた。
見ればまだガキだし、腕だって未熟だと分かる。生産者としてはそれなりに認めなくはないが、まだまだだ。昼中はギルドに行って、夕食後に師匠や兄弟弟子、大師匠にしごかれているのを見ても物になるか不安なところもあった。
人にドワーフのこだわりや生産の機微が理解できるとは思えなかった。それなのに、そいつは言われたらきっちりそこを直してくる。しかも、ドワーフでさえ見たことがない魔法の使い方をして鍛冶をするのだ。
ドワーフが作るものが魔力親和度が高いのは、生産過程で魔法や魔力を用いるためだ。そのタイミングや量など細やかな微調整で出来がまるで違ってくる。ドワーフは脳筋と思われがちだが、そうした魔力操作や魔法制御ではエルフに次ぐ腕を持っている。
そのドワーフをしてうならせるほどの魔力操作と魔法制御。おまけに応用で足りない部分を補ってくるのだ。そうなると意地になって熱が入るのがドワーフだ。妥協知らずのドワーフと、常識知らずの人間が組むと、どうやら天井知らずに技術の革新が起こるらしい。
一回りどころか百年単位で歳の違う相手と親子や甥、孫のように意見をぶつけたり接してくる。工房のドワーフ達にも分からないところなどは素直に教えを乞いに来るし、ドワーフ達と同じように楽しそうに物を作る。何より、裁縫技術においてはドワーフを上回るほどだ。なんでも昔、古着屋で働いていた経験を生かして、子供達の服を繕ったり縫ったりして磨いたのだという。
魔法をも用いてあっという間に一着仕上げる手腕は、思わず見入ってしまうものがあった。服や皮製品の人気はすぐに上がった。さすがに精錬、武器製作は難しく、時折ポカをやっては叱られていた。その原因が、時折高炉より上がる炎に原因があったと後に分かった。
克服して帰ってきた後は、そうしたポカが一切なくなった。その分、より細かいところまで注意されるようになっていたが、もはやそれは匠のこだわりにまでいっており、一般的に武器として見るならば申し分ない出来ではあった。
いくら集中的に鍛えられたとはいえ、一月もしない間に一足飛びで超えられたことに怒っていいのか悲しんでいいのか。身内としては歓迎すべきことだが、ドワーフとしては矜持がうずくものがある。
それでも、出来上がった製品を見て安堵と喜ばしさでいっぱいの笑顔を見ているとどうでもよくなってくるのは、やはり身内としてのひいき目が大きいのだろう。ドワーフが育てた人間の名匠として、世界に名を馳せる日もそう遠くないかもしれない。そう思うと、色々な感情をこめて、師匠譲りの背中に張り手をしたくなってくる。
痛がりながらも、きっと快く受け止めてくれるのだろう。ドワーフの可愛い末息子であり、末弟子はそんな人間だった。




