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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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夢に続く道を歩むために必要なこと

 思わず飛びつきたくなるという仲間達の言葉を実感できる。落としておいて、冷たくしておいて、ちゃんとやるべきことをやれば前以上に引っ張り上げてくれる上、包み込むような温かさをくれる。本当に、どうしようもなくあの二人の子供なのだと理解させられる。

 実際、騎士達は皆前以上に信頼と尊敬を込めた目を向けてくるし、同時に親しみのこもった熱い感情をも抱いているのだろう。国のトップとして、自分達が守り、立てる存在として相応しい彼らを心から誇ることができるのだから。


「カイル……お前は、本当に……」

 本当に息子として迎え入れたい、大切な愛娘を任せるに値する男だと、レナードは心を決める。二人が交際の許可を求めるようなことがあれば、喜んでそれを受け入れようと。むしろ、他にくれてやることなどできないと。

「ってことだから、これからもよろしくな。俺はこの国のトップに立つ人達がこの四人でよかったと思ってる。戦いで剣を振って勝つことより、戦いの後の復興や国や平和を維持することの方が大変なことだと思うから。そのために尽力してきた人達の方が立派に見える時があるから。そういう意味では無責任だよな? 任せるだけ任せて、さっさと逝っちまうなんて……だから俺は死なない。生きて、生き延びてちゃんと夢を叶える。そのために、俺に力を貸してほしい。助けて、ほしいんだ。俺はまだ子供で、できないことも知らないことも多すぎる。前みたいに嫌なことでない限り、必要だってんなら文句言わずに努力する。だから、これから俺が生きるために必要なことを教えて、ください」


 そういって頭を下げるカイルに対して四人が、そしてその場にいた者達が抱く感情は同じだった。歓喜に打ち震えながらも鼓舞される。自らの行動や努力を、勲章などなくても理解してもらい、パッと見ただけでは測れない功績を認められた喜び。本気になればあれほどのことができるのに、年少故の未熟を悟り素直に頼ってくることで、奮い立つ心身。

 もしかすると、歴史上でも類を見ないかもしれない英雄の誕生の瞬間に立ち会ったかのような、そんな感慨が各々の胸を占めていた。


「こっちこそ、よろしく頼むよ。共に国や世界を守るために助け合っていこう。またわたしが駄目なことをしたら怒ってほしい。そして、わたしも君が誤った道に進むことのないよう尽力しよう」

「喜んでお手伝いさせていただきます。君にはずっと味方でいてほしいですから」

「うむ、望むところだ。俺に教えられることなら存分に学ぶといい」

「団長だけでは心配ですからね。わたしも微力ながら支えていきます」

 それぞれの返事に、頭を上げたカイルは手を頭の後ろで組んで嬉しそうな顔をする。改めて言うと照れくさいが、ようやくずっと言いたかったことが言えて満足でもある。変に遠慮して機会を逃したり、我慢して勘違いされるよりは、無遠慮でも無鉄砲でも言いたいことは言っておくべきだと学んだ。


 そんなカイルにつられてか、四人も笑顔になる。団長や副団長はともかく、国王であるトレバースや宰相のテッドの笑顔は貴重なのか、驚きも広がっていた。

「よっし。そろそろヒルダさんも来る頃だよな。レイチェルはこの後も騎士団での修練だろ? 終わったら一緒に帰るか?」

「もちろんだ! 迎えに行ってもいいが……」

 食堂を出て見送りに来たレナードとバレリー、カイルと同じように騎士団を後にするトレバースやテッドと並んで歩きながらカイルは隣にいるレイチェルと今日の予定を打ち合わせる。


「いや、勉強会終わったら騎士団本部に戻ってくるから。クロエさんとの約束もあるし」

「約束?」

「料理教えてくれるって話だったろ? でも、休みの日にわざわざってこともあって、ほぼ一日王宮にいる光の日にずらすことになったんだ。騎士団の夕食の下ごしらえとか手伝ったら賄と少しだけど給金も出してくれるって話だし、ちょうどいいかと思ってな」

「なるほど……確かにその方がいいかもしれないな」


 人気の少なくなる無の日より、人目の多い日の方が安全であることも確かだ。そして、無の日を丸々休日としてあてることができるようになる。時間を気にせずに遊ぶことも可能というわけだ。そうしたクロエの配慮も大いにあるのだろう。

「そういえば、カイル君は料理にも魔法を使うとか……」

「さすがに包丁代わりにすんのはな……」

 カイルは腰の剣をポンポンと叩く。使い勝手が悪いこともあるが、剣とは身を守るための武器であり、そのために多くの血を流し命を奪ってきた代物でもある。それを命を生かすための料理に使うというのは少々気が引けた。


「厨房の皆さんも、魔力がある方は真似をしようと練習しているとか……。魔力操作と魔法制御の良い訓練にもなりそうですので、騎士団でも取り入れようかという話になっているんですよ。遠征や視察などで王都を離れる時に野営は必須ですから。その際に非常に役に立ちそうですからね」

「それは間違いないな。俺も親方に雇われて解体ナイフ手に入れるまでは、捌くのも全部魔法でやってたし。今でもまだ魔法でやる方が速かったりするしな」

「ふ、む。便利なものだな、魔法というのは」


「団長……、それほど使い勝手がいいものではないのですよ、普通。特に生活魔法なんて、上の階級の魔法が使えるようになればほとんど使わなくなる魔法ですし……。カイル君が特殊な使い方をしているだけです」

 魔力がないゆえにそのあたりの機微に疎いレナードが感心するが、バレリーがすかさず指摘する。王国お抱えの魔法師団でさえできるかどうか定かではない技術なのだ。そして、それをもたらしたカイルはある意味魔法ギルドでは一目も二目も置かれている。


 生活魔法の新たな使い道を見出したとして、今現在魔法ギルド総力を挙げる形で”あったら便利、けれど実現不可能”だった魔法の開発に取り組んでいる。この波はやがて王国内だけではなく、世界中に広がるものと思われる。カイルは魔法分野において、すでに二つ名持ちとしても遜色ないほどの功績をあげていると言えるのだ。

「そんなに変わったことだとは思ってなかったんだけどな。ま、今も色々と応用は考えてるし練習中ではあるな。役立ちそうな魔法できたら教えるよ」

「それはありがたいですね……わたしに出来るかどうかは問題かもしれませんが……」

「っつっても生活魔法だからな? コツさえつかめばどうにかなるんじゃね?」


「新魔法の開発が容易ではないのは、呪文や魔法名がネックになるからです。誰でも使える形にしようと思えばどうしても必要になりますので。本来、無詠唱でポンポン応用できるものではないのですよ?」

「あー、そっか。俺、呪文とか魔法名とか省略する癖がついてるからなぁ。分かった、その辺も合わせて考えてみる」

「楽しみですね。では、存分に励んでください」

「うむ、行ってこい」

「では、また後で」


 玄関口で三人に見送られながら、カイルはトレバースやテッドと並んで歩く。二人はこれから王宮の本宮に戻るが、カイルは離宮に向かうことになる。さすがに平民であるカイルが王宮の城に我が物顔で出入りするのははばかられるためだ。

 王族は気にしないだろうが、それ以外の目がある。特に大臣達に目を付けられることがあってはいけないとトレバースが情報統制を敷くと同時に、離宮を半閉鎖的に使用することを決定していた。王宮内で出入りするのは王族と一部の側近のみ。それ以外は影によって逐一報告が来ることになっている。


 王や近しい側近達が何がしかの行動を起こしていることや、またレイチェル達が見出してきた者に熱を上げていることはすでに知られている。そして、その者が王宮の騎士団にも出入りしていることも。

 カイルを王都から離したのは、そんな彼らの目から遠ざける意味合いもあった。その間に打てる手は打っておこうと考えて、色々考えていたのだが、カイルは自分でそれを解決してしまった。トレバースやテッドの状況を見て、さらに最強ともうたわれた騎士団団長から一本取っただけではなく、ある意味騎士団で最も恐れられている副団長に音を上げさせたとしてカイルに近付こうとする者はいなくなった。


 下手につついたり接触しようものなら、明日は我が身であると痛感したらしい。どれほど厚顔無恥であろうと、ほぼ王都中の市民から非難の目を向けられることは耐えがたいらしい。

「……王宮内の様子はどうなってる? たぶん、俺のことに関しては問題なくなったと思うけど……その、アレクシス王子のこととか、魔人のこととか」

「! カイル君は、大臣達のことを?」


「そりゃ、こういうとこに出入りすることになりゃ多少は探るだろ? レイチェル達からも、”剣聖の息子”を使って何か企んでいた者達もいたらしいって話を聞いてたわけだし。勝手な思惑で利用されるのなんざお断りだからな」

「カイル君にしては、ずいぶん派手にやったと思っていましたが……そちらも考慮した上での行動でしたか……」

「やるなら当人達だけじゃなくて、周囲にいる人達にも分からせとかないといけないと思ってな」

「ぼ、僕達がすぐに謝っていたらどうするつもりだったんだい?」


「ん? そん時も俺のことと、これから流れるだろうみんなの噂くらいは流すつもりだったからな。そうすりゃ、必然的に俺に多くの目が集まることになって逆に手を出しづらくなるだろ? それに、近しい人達でさえ知らなかった情報を俺が知ってるってなったら警戒もするだろ? どんな情報網持ってるか分からない相手を敵に回したくないと考えるならな?」

「なるほど、どちらにしても同じような状況になったというわけですか。やはり君には為政者としての才能も有りそうですね」


「……わたしよりも上手かもしれないね。相手がどう行動しようと、遅いか早いかの違いで同じ状況を作り出すなんて……わたし達は、自分達で恥をさらすことになったということだね」

「そうなります。少しは素直になる必要性を感じました。特に、カイル君に対しては自分を偽ることこそが間違いだと分かりましたので」

 国のトップに立ち、貴族や他国と渡り合うためにはどうしても自らを偽る必要性も出てくる。そのため、飾らず自分自身を出せる存在が貴重になってくる。カイルの場合、むしろ自らを偽る方が色々と支障が出るというレアケースに当たる。

 カイルの前では仮面も建前も肩書きも意味をなさない。一人の人として、個として見てくる目を前にして、自分自身を偽ることの方が難しいのだ。


「裏社会や孤児院と通じていたと思われる貴族達のあぶり出しは大体すんだよ。あとは証拠固めをして、処分を決定するくらいかな。君の言った通り、今のところ君に手を出そうという動きは大臣にも貴族達にも見られない。ただ、アレクシスだけれど……まともに話をしてくれなくてね。もちろん、根気強くやっていくつもりだよ? ただ、今まで放っておいて今更、ということもあるのだろうけど、聞く耳を持ってくれなくてね」

「陛下がお話しをされようとすると逃げたり、部屋に閉じこもったり、王宮の外へ出たりしています。護衛という名目でよく一緒にいたエゴール達なども揃って王都を離れたことで苛立ってもいるようです」


「昔から、嫌なことからはすぐに逃げ出してしまうところがあってね……。嫌なことや、逃げたいことでも、避けたり逃げたりしてはいけないこともあるのだと理解させることができていなくて。それでは国を継ぐことができないと言っても、第一王子なのだから国を継ぐのが当たり前だと考えているようで……」

「……やっぱ、俺と会って話すのはまずいのか?」

「…………うーん、エリザや子供達が大反対していてね。君とは相いれない存在だろうから、会えば余計反発がひどくなるかもしれないと言ってね。それに、これは家族の問題でもあるから」

 せめてこれくらいは自分達の手で解決したい。そんなトレバースの心情を感じ取ってカイルは薄く笑みを浮かべる。


「そっか。王子もさ、これだけみんなに心配されてるって分かったら、少しは変わろうって気になれないかな……」

「分かってもらえるように努力するよ。ロイドや君から学んだ不屈の精神ってやつでね。あとは、魔人だけど……今のところは動きが見られない。というより、こちらの動きに気付いて自粛している、という感じかな」

「そっか……。クロがいるから、もし近づいて来たりしたら分かると思うけど……。人に化けることに長けてたとしたら、もしかするとクロの感覚をごまかせる可能性もある。この前の例もあるし……油断はしないでおくよ」


 闇の精霊の力を使ったのか、カイルとクロはテリーと共にテムズ武具店に帰っているつもりであの路地裏に誘い込まれていた。そのことに全く違和感を覚えず、クロでさえも気付けなかった幻覚。知らぬ間に敵の手の中にいるなどゾッとしない。魔人を排除できるまではクロともども警戒態勢を敷くつもりでいる。

「そうしていただけると助かります。影が監視していながら、たびたび見失うこともあるというので十分気を付けていてください」

「本当に君にばかり負担をかけてすまないね」

「半分以上は自分で望んだことだから。あとは偶然や無知や不可抗力だろ? 誰のせいってわけでもないさ。むしろ、魔人の興味が俺に向いてる間は被害にあう人も少なくなる可能性があるだろ? 知らないで狙われている人の心配するより、知ってる自分が囮やってる方が気が楽だしな」


 このあたりの自己犠牲というか他者への献身の姿勢は相変わらずなカイルに、二人揃って苦笑いを浮かべる。だが、これに甘えすぎていると前のようなことになるということも知った。カイルがこれだけの覚悟をしているならば、大人である自分達がやるべきはその負担を極力抑え、最善の手を打つこと。カイルが子供として生きても許される環境を作り出すことだ。

 ヒルダがエリザベートを混ぜての勉強会を開くのもそのためだろう。エリザベートは王妃でもあるが国母でもある。母の代表格として、子供であるカイルに親としての愛情や対応を学ばせるため。子供のあるべき姿を見せるために、自らの子供達も同席させて教えるために。


「エリザと同じで、君にも頭が上がらなくなりそうだね。……いつか、アレクシスが自らの過ちに気付いて立ち直ったら……その時は友達になってあげてくれるかい?」

「友達になるのに、お願いも許可も必要ないだろ? 重要なのはお互いの気持ちなんだから。王子が手を差し出してくるなら、それを俺が拒むことはない」

 手を差し出しても拒まれることの方が多かったカイル。エゴールにもまた、その手を取ってもらうことはなかった。だからこそ、カイルは相手が心からそれを望んで手を差し出してきたなら、その手を拒むことはなしない。手を拒むことは、相手の心を、相手そのものを拒否することと同義だからだ。


「……ありがとう、じゃあ、またあとでね」

「失礼します」

「じゃあな」

 それぞれに手を振って別れると、直ぐに影から出てきたクロと離宮へと歩を進める。一段落ついたところで緩みそうになる気を引き締める。カイルの戦いはまだ始まったばかりだ。魔人の件も、孤児院と裏社会の件も片が付いた訳ではない。

 けれど、戦っているのはカイルだけではない。それだけで心が温かくなるし、力強さを感じる。もう、たった一人で立ち向かわなくてもいいのだ。たった一人で戦い続けなくてもいい。共に立ち向かい、戦ってくれる味方達がいる。今カイルがやるべきは、実力を少しでも伸ばすこと。知識を一つでも多く身に付けること。信じたい仲間を一人でも多く見つけること。それが夢に続く道を歩み続けることだと考えて。

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