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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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カイルの怒り

 度胸や根性、人柄や魔法の多彩さなどは認めていても、未だカイルのことを内心では認めることができていない騎士達は大勢いた。古参の騎士はそうでもないのだが、若い者達ほどカイルに対してそういう思いが強い。

 しかし、訓練中に起きたハプニング的な模擬戦を、その結果を見て騎士達は残らず愕然としていた。たとえどのような魔法を使おうとも、レナードが、団長が負けることなどないと考えていた。まして、前回、掠ることさえなかった少年に一本どころか命を取られるところだったなどと。


 卑怯だと、声を上げることはできた。しかし、常々実戦を語り相手に勝つための手段に関して言及してこなかった団長。模擬戦を行うにしても、相手が魔法を使ってくることを当然のようにして受け止めながらも圧倒してきた。それが、油断や隙もあったのだろうがこの結果だ。

「……あいつ、どれだけ適性属性を持っているんだ?」

「基本、基本上位は全て。それに、特殊の光と闇。そ、それに最後のあれ、空間と重力じゃ……」

「団長の動きもいつもより遅かったような……」

「なら、時もか? ば、バカな……固有を三つ何て……」


 騎士達の間で上がる声を聞きながら、レナードは苦笑を浮かべる。なるほど、レナードは本気だったが実力の全てを発揮できたわけではない。それと同じように、カイルもまた本気だが実力の全て出し切ったわけではないということか。

 ロイドが持っていた龍、カレナが持っていた創造。そして、妖魔であるクロと契約したことで得た固有四属性。それら強力無比にして類を見ないような属性を一切使うことなくレナードを下したのだ。バレリーもそれに気づいており、戦々恐々とした顔をしている。


 カイルほどの魔力の持ち主が一瞬で魔力枯渇を起こしたように、クロの属性の中には魔法使い殺しともいえる属性がある。相手に触れられなければ意味がないと言うが、打ち合った剣からもそれができるならバレリーには余計勝ち目がない。

 剣の腕でも団長に次ぐと思っているが、あそこまで多彩な魔法に対応できるとも思えない。レナードであればこそあそこまで戦いが続いたのだ。並の腕なら最初の一撃で倒れていたかもしれない。バレリーの目から見ても霞むほどの速さで打ち込んできたのだから。


 驚愕に静まり返る騎士達と違い、カイル達の方は何やら会話が弾んで盛り上がっている。相変わらず背を向けるカイルの表情は見えないが、仲間達の顔から判断するに笑っているのだろう。ただ笑うだけで周囲の空気を和ませ明るくする。そんなところがあの少年にはあるのだから。

 レナード達が近づいてきたことで、カイル達の会話が中断する。そしてこちらを向いていた仲間達はそろってどや顔をしてくる。見たか、というように自慢げな顔だ。どうやらこの戦いや内容、結果に関しても彼らの助力が少なからずあるようだ。とても分かりやすく、しかし成し遂げられると誰もが思わなかった結果。


 だが、カイルの仲間達はこの結果を予測し、そしてある意味確信してもいたのだろう。カイルが本気になれば、手段を選ばないのであれば、この国の騎士団長であろうと命を取れるということを。

「…………どのような手段を用いたとしても、俺の負けだ」

 重々しい口調で言ったレナードにカイルが振り返る。そして、振り返った時には最初に見た時と同じ冷たい目と無表情に戻っていた。レナードから一本取ったからと怒りが冷めているわけではない。

 固唾をのんで見守っていた騎士達も、それまでの様子と振り返ってレナードを見る時の違いにごくりとつばを飲み込む。怒らせるとここまで怖いと思える者もそうはいない。特に、まだ子供であるのに大人達を圧倒できるなど。


「なら、俺に他に言うべきことはないのか?」

「それは……」

 ようやく話したカイルだが、その声は淡々としており、感情がこもっていない。レナードにもバレリーにもカイルが求めているのが謝罪であると分かった。この場にカイル達とレナードとバレリーしかいなければ頭を下げていただろう。

 しかし、多くの騎士達がおり、またその目が集中している今では最後の意地や矜持のようなものが邪魔をして、謝罪の言葉を口にすることができない。こういう状況を招いたのは、騎士達を下がらせることなく戦いを始めたレナードやバレリーにも責任がある。


 だからといって、大人としての、騎士団長という立場としての面子もある。以前のカイルならそのあたりを考慮して、この場で謝罪を求めることなどしなかっただろう。だが、吹っ切れたカイルは遠慮も呵責もない。やるべきだと考えたことに対してはいつどこで誰の前だろうとやるし、やらせる。そんな覚悟と意思を感じさせた。

 しばらく待ってみたカイルだったが、額に汗を浮かべ眼を彷徨わせながらも口を開こうとしない二人に小さなため息をつく。ここで体面や体裁、意地を気にすることなく謝ってくれたならそれで終わらせようと考えていた。


 騎士達が大勢いる場所で模擬戦を行うことになったのはカイルにとっても予定外だったが、それを選択したのもまたレナード達だ。自分が負けるなど考えてもいなかったからそうしたのだろう。そこに油断や隙もあった。

 必然的にカイルの固有属性や適性なども多くの人に露見してしまうことになるが、これからギルドで上に上がるなら必然的に明らかになっていく情報でもある。むしろそうして明かしてもよい部分を明かすことで、あまり知られてはまずいような属性を隠す目くらましにもなる。


 特に元々持っていた、両親から受け継いだ固有血統属性は人に知られるとあまりよくない、というより素性が明らかになるような代物だ。さらに、クロが妖魔であることは徐々に広まっているが自衛のためにも、またいらぬ恐れを生まないためにもその力はあまり見せない方がいい。

 特に生物にとって生命線である血や魔力を自在にできるとなれば、誰もが切り離すことのできない影を操れるのだと知れば、素手であろうと剣も鎧も断ち切れるのだと分かれば、カイルやクロの性格を知る前に避けられてしまう。


 それに、他の誰に分からなくても、カイルの真実を知るレナードやバレリーになら通じると思った。切り札を……切っていない手札を持っているのはそちらばかりではないということを知らしめるためにも。お互いに余力の残る状態で、それでもカイルが一枚上手だったのだと教えるために。

 それはきちんと伝わったようだ。そして、カイルが何を求めているかも分かっただろう。それでもまだ二人は決断できない。ともすればカイルの生死だけではなく、人界全体にわたる危機を招きかねないことを、他人事だからと子供であることも考慮せずに決断して断行させたというのに。


「……分かった。もういい」

 カイルは小さな声で言うと二人に背を向ける。仲間達も皆レナード達を非難するような目を向けていたが、カイルを見ると気遣わし気な顔に変わる。カイルは少しだけ悲しげに笑うと、その場を去ろうとする。

「あっ、ちょ……カイル君」

「……今日は報告もあるし、旅の疲れも癒したい。これからも特訓は受けるつもりでいるから、次の光の日にはまた来る。そのつもりでいてくれ……せめてそん時には大人としての、人としてのあるべき姿勢ってやつを見せてほしいもんだな」


 失望したかのようにため息をついて立ち去ろうとするカイルを止めようとしたバレリーだったが、伸ばした腕がカイルに届く前にカイルの言葉が届く。もしかするとこのまま特訓にも来なくなるのではと考えていたバレリーだがその心配はなさそうだ。

 次の光の日というと三日後、それまでに覚悟を決めて謝罪をしろという猶予を与えるものだ。確かにその場であれば人払いをして謝罪することも可能だろう。バレリーはレナードと顔を見合わせてうなずくとレイチェル達と共に離宮で待つ王たちの元へ向かう後姿を見ていた。




 カイルは離宮へと足を進めながら、もう一度だけ小さなため息をつく。カイルとしても謝罪をしなかった場合に考えていた手段というものはあまりとりたくはない。相手の弱みに付け込むようなやり方だからだ。

 しかし、世間体や立場から周りの目を気にして、人としてやらなければならない、出来なければならないことが出来ないというのであれば別だ。その世間体や立場、周りの目によって謝罪しなければならない状況を作ってやろう。カイルが本気になればどれだけのことができるのか、一度きちんと分からせておく。


 その過程で、カイルに対する様々な眼も増えるのだろうが、そちらに関しては覚悟の上だ。他者を貶めようとしているのに、自身が無傷というわけにもいかない。自身の身を切る覚悟をしても、彼らには理解してもらいたい。カイルが味わった苦痛や苦悩というものを。それを他者から強要されるのがどういうことかということを。

「……父様には少しがっかりしたな。カイル、遠慮はいらない。やってやってくれ。きっと母様も止めないし、むしろ協力するだろう」

「そうですわね。いくら立場や体裁があろうとも、大人であるならば……大人でありながら子供に耐えられるか分からないほどの苦難を与えたと自覚しているならば当然為すべきことがあるはずですわ」


 レイチェルもまたため息をつきたい気分だった。父のことは尊敬しているし、偉大な存在だとも思っている。しかし、あれほど大勢の目の前で負けたというのにまだ外聞を取り繕うつもりなのかと。騎士ならば、その長ならば潔く謝罪して頭を下げるべきだった。娘としても同じ騎士としても恥ずべきことだ。

 そして、人の上に立つ者としての振る舞いを幼い頃からしつけられてきたアミルの目からしてもあの二人の態度は眉を顰めるものだ。今までカイルがいい子だったからと甘えすぎではないだろうか。簡単に見限ることはないが、あのままでは繋がりを持ちたいと思えなくなるだろう。一緒にいて辛いだけの存在など歓迎すべきものではないのだから。


「この後の二人も、問題。謝るならよし、そうでないなら……」

「難しいかもしれないわね。陛下はあれで頑固なところもあるし、テッドは素直じゃないから。駄目なら構わないからまとめてやってしまいなさい。きっとエリザは賛同するわ、怒っていただろう様子が目に浮かぶようだもの」

 ハンナも半ば楽しみにしているかのような底意地の悪い笑みを浮かべている。国王と宰相という立場上、軽々しく人に頭を下げることはできない。それでも謝ってくれるかどうか、それがこれからの彼らの進退にも関わってくるだろう。一個人といえど、強力な人脈を持つ人物を敵に回せばどうなるかということを思い知らせてやろう。


 民があって、支えてくれる存在があって初めて国王や宰相足りえるのだと、今一度自覚を促してみるのもいいかもしれない。子供に甘えて責任と義務と無理ばかりを押し付けて、甘やかしたり見守ったりしなかった罰だ。それを分かっている王妃も乗ってくれるだろうことは聞かなくてもヒルダには分かっていた。それなりに長い付き合いなのだから。

「あーあ、ちゃんと謝っとけばそれで済んだのに。カイルを怒らせると怖いって、シャレにならないって知らないからなぁ」

「あれは一度体験してみないと分からない類のものだ。二度と同じことをさせないためには必要だと思うがな」

「そうだな。肩書き以前の人としての問題だ」


 カイルだって最初からそういう手段を使うつもりでいたわけではない。ちゃんと謝れば、二度としないと誓ってくれたなら、それで済ませるつもりでいた。そのための最後の問いかけに応えられなかったのは彼らに責任がある。

 そして、人は一度痛い目を見てみないと理解しない、出来ない類の認識というものもある。それまでのカイルを知っているだけに、そこまで強硬な手段に出ると思っていないのだろう。あんな肝を冷やすどころか、自身の行いを死んででもやめるべきだったと感じるような思いは。

 生きている以上、少なからず肩書きを背負うものだが、だからといって人としての道理を無視していいわけではない。大人でも子供でも守るべき道理というものがある。


「……俺としても使いたくない手段ではあったんだけどなぁ。精霊達は乗り気だし、協力は惜しまないって言ってくれてる。俺にも少なからずダメージはあるけど、やらないわけにもいかないよな。そうすりゃ俺にちょっかいかけてくる奴も減るだろうし……」

 ある意味肉を切らせて骨を断つ手段だ。カイルにも心無い世間の目などが向けられることになるだろうが、おそらくその矛先が多く向くのはレナードやバレリーになるだろう。カルトーラの町も無関係ではないため、騒がせることになるかもしれないと断りは入れている。


 しかし、自分達の過去に向き合い受け入れる努力をし始めたあの町の人々は、それに対して快くうなずいてくれた。むしろ、自分達の罪を広く知らしめ、同じようなことが起こらないようにしてほしいとまで言われた。そうまでされたのでは、カイルとしても遠慮する理由がない。

 自身の痛々しいトラウマにもなった過去を公開することになろうと、それによって傷つけられた分だけ彼らにも理解してもらおう。自分達が、カイルに何をさせたのかということを。それが、世間一般の目から見ればどういうふうに見えるのかということを。


 そしてまた、それを知ればカイルに対して直接間接を問わず手を出してくる者達への牽制にもなるだろう。同情心などもあるだろうが、同時に手を出せばただでは済まない。火傷どころか大火事になる危険性があるのだと分からせることもできる。

 何かとトラブルに巻き込まれやすいカイルだが、それを望んでいるわけではない。痛いのだって辛いのだって御免だし、我慢できないことだってある。見ただけでは羊のように害がなく思えようと、一皮むけば狼よりも質が悪いということを知らしめることにもなる。




 離宮で待ち構えていたトレバースとテッドだが、レナード達が感じたのと同じ無表情のカイルの戦慄を伴う無言の威圧に終始冷や汗を流していた。

 簡潔にカルトーラへの道行やカイルの様子、町の中での出来事や経緯などを説明する間も、トレバースはずっとそわそわしていた。怒られても、恨まれても仕方ないと思いはしたものの実際にそれを目にすると、思っていた以上に辛く苦しかった。

 テッドとしても、ただでさえうずいていた罪悪感がさらに激しく胸を打つ。子供らしく拗ねるでもなく、癇癪を起して避けるでもなく、静かでも苛烈な怒りを宿して見つめてくる様子に、外交や国政の場でも感じたことのない切迫した心情になる。


 カイルは一度として口を開かない。仲間達が代わる代わるに説明をしてくれるが、あまり頭にも入ってこなかった二人は、とうとう報告の最後まで謝罪の言葉を口にすることができなかった。トレバースもテッドも頭では謝らなければならないと分かっていたが、どうしても最後の甘えがそれを口にさせない。

 もしかしたら、カイルならそれでも許してくれるのでは、などと思ってしまうのだ。実際に同じことをした共犯でもあろうレイチェル達は許しているようなそぶりだし、一緒にいることが何よりの証だろう。


 だからこそ、報告が終わってもしばらく待っていた様子のカイルがため息をついて出ていってしまっても追いかけることも謝ることもできなかった。そして、執務室に戻ってきて、そこに訪ねてきたレナードやバレリーの話を聞いて初めて大きな間違いに気付いた。

 カイルの怒りが自分達が思っていたほどに小さくはなかったのだということに。例えいかな手段を用いたとしても、一対一でレナードを圧倒してあわや命を取る寸前まで追い詰めるほどに怒り狂っていたということに。

 改めて、怒らせたら最も怖いと思っていたあの二人の子供なのだと、自分達が謝罪をしない限りカイルの怒りが冷めることはないのだと思い知ったのだった。

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