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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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レナードとの模擬戦

 対峙してみて、レナードは改めてカイルの変化に気付く。前のような挑戦的な笑みや決死の覚悟が見えるわけではない。しかし、底知れぬ迫力と威圧感があり、何より感情も先も読めない。レナードが魔力がなくても他者を圧倒できるのは、人の限界まで鍛え上げた肉体とその結果目覚めた力。そして、観察力や分析力、経験に基づく先読みに裏打ちされている。

 しかし、これではカイルの行動の先を読むことができない。そもそも、旅程を早めてまで帰ってきたのはレナードと立ち会うためなのだろうが、何のためにそうするのか。怒りをぶつけたいのであれば言葉でも十分だったのではないか。


 カレナと同じ怒り方であるなら、その怒りは静であり向こうの出方を待つものであろうし、ロイドと同じ動なら、もっと激しくぶつかってきてもおかしくない。それなのに、静かでありながらこうして行動を起こしている。まるで二人の怒りが合わさったかのように思えて、知らず冷や汗が一筋顔の横を伝う。

 常々思っていた。怒ると冷静さを失ってしまうが、大胆で先の読めない行動に出るところのあるロイド。怒るほどに冷静に、冷徹になるも体の弱さのためか自ら行動に出られないカレナ。相反する二人だが、この二人の怒りが混ざればどうなるのだろうかと。


 怒るほどに冷静に、冷徹になるも大胆で先の読めない行動に出ることになる。今のカイルはまさにその状態であるのではないか。ならば、少しでも気を抜けばやられるかもしれない。そう思わせるほどに今のカイルは冷たく鋭く、それでいて内側に燃え滾る思いを抱えている。

 張りつめた空気と、騎士でもなく未熟な腕しか持たない少年との模擬戦とは考えられないほどの緊張感に騎士達も鍛錬を忘れ見入っている。しかし、それを注意する立場である者達もまた、同じように見入ってしまっていた。




 カイルは凍るほどに冷たく研ぎ澄ませた精神で、冷静な頭でレナードを見据えていた。たとえどれほど作戦を立てようとも、隙を見せれば一撃で戦闘不能にされてしまう相手だ。しかし、前の立ち合いのこともあり、レナードの心に隙がないとは言えない。また、この状況だ。カイルに対する無意識の遠慮や罪悪感で判断や動きが鈍ることも考えられる。

 しかし、それがなくても勝てるだけの手を打つ。一本取って、思い知らせてやるのだ。格下の相手だろうと、怒らせたら、手段を選ばなければ、一矢報いることくらいできるのだと。命や心を脅かすことができるのだと。


 カイルは細く長く息を吸い込んでいったん止めると、全身に強化を施して地面をける。無属性下級上位第三階級『身体強化ブースト』、部分強化なども含め、魔力で身体能力を補助・強化する魔法だ。

 おそらくバレリーはこの魔法に長けているのだろう。レナードのように体を極限まで鍛え、洞察力や観察眼を磨いて先読みするというより、必要な場面で魔法を効率的に使っている。バレリーの魔法の使い方を見ていればそういう推測が立つ。


 カイルもまた、普段は部分強化をすることが多い。しかし、レナードの攻撃は一撃一撃がどこに当たろうとも致命的だ。ならば全身を強化して耐久力も速度も筋力も底上げする。さらに、気付いている者はほとんどいないが、時属性を使って自身を加速、レナードを減速させている。時属性下級上位『加速アクセル』と『減速ダウン』だ。

 気付かれない程度であるためわずかな減速だが、自身の加速と合わせればそれなりの効果はある。直ぐに異変に気付くだろうが、その前に切り込んでいた。模擬剣同士がぶつかり合い、金属音と火花が散る。


 カイルは強化して加速した腕と体で霞むほどの連撃を繰り返す。剣に魔力は乗せない、前に試して分かったが、この模擬剣ではカイルの魔力に耐えられないため逆に脆くなる。一撃で決めるのでなければ逆効果だ。そして、撃ち合う度にレナードの持つ剣とレナード自身に少しずつ負荷をかけていく。重力属性下級上位,第三階級『重圧プレッシャー』だ。

 この時点ですでに、前回の立ち合いでは限界だった同時発動数を超えているが、バレリーでさえ気付いていないだろう。無詠唱で、あまりにも滑らかに鮮やかに発動し制御される魔法は、それが目に見える形でない限りは、実感に至るまでは相手にも気付かれない。


 レナードの目に本気の色が宿ってくるのを感じたカイルは、いったん距離をあける。魔法を使わない距離での接近戦はレナードの間合いだ。無理に続けても不利に働く。レナード自身も追ってくることはない。むしろ自身の体の異変にようやく気付いた様で、手足や体を少し動かしながら試している。

 まずは第一段階。魔法を打ち消したり相殺するすべのないレナードでは、カイルが解除しない限りこの立ち合いの間ハンデを背負うことになる。また、それはカイルの思惑一つで立ち上がれない、動けない状態にもできることを意味している。


 しかし、カイルは必要以上に動きを鈍らせたり弱らせたりなどしない。せいぜい自分と同じくらいの土俵に持ち込み、そこで納得できる形で叩き潰す。そうでなければ腹の虫など納まらない。遠くから魔法で報復することは簡単だ。魔力のないレナードでは事前に察知することも難しいのだから。

 レナードは前回使われることのなかった、カイルの特殊属性による妨害的な魔法の使い方に驚きつつも、カイルの心情を理解する。なるほど、ただやり返すだけでは気が済まないのだと。真正面から戦って、屈服させたいのだと。


 国内で敵なしなど言われるようになってから、魔力を持たない者の内最強の剣士といわれるようになってからこんなふうに立ち向かってきた相手はいつ以来だろうか。格下でありながら、魔法を手足のように使って不利を埋め、それでなお対等以上は望まないと手心を加えてくる相手など。

 知らず口元に笑みが浮かぶのが抑えられない。なるほど、確かに大した器量と素質だ。ロイドを越えるほどの可能性を十分に感じさせる。だが、それでも勝ちを譲ってやるわけにはいかない。レナードはこの国を支える騎士達のトップであり、導いていく騎士達の目の前で負けをさらすことなどできるはずもない。


 たとえ相手が魔法をどれだけ使って来ようと、魔力がなくともそれを打ち破り勝てるという姿を見せてきたからこそレナードを慕い、そして信じてついてきてくれる者がいるのだから。何より、出来るのにレナードの動きを完全に封じることなく、鈍らせることで同じ土俵に登らせただけというのも気に入らない。なめられているというより、挑発されているように思える。

 その状態でも戦えるのか、勝てるのか。これから先も魔法を使い続けるだろうカイルに、敵に戦って勝つことができるのか、と。そして、カイルは同じ土俵にさえ登れば、魔力を有し魔法を自在に使う自身に勝機があると考えているだろうことに。逆に怒りを覚えてしまう。


 普段はカイルが仕掛けてくるのを待ち、自身からは仕掛けないレナードだったが地面が小さくはじけるほどに強く踏み込み、カイルとの距離を詰める。もはや胸を貸しての模擬戦や、怒りを受け止めるための立ち合いではなくなっていた。お互いのプライドと怒りをかけた、勝負だ。

 前はレナードの動きを見失っていたが、今度はちゃんと見えている。だが、反応が間に合わないことは知っていた。レナードの踏み込みとそこから剣を振る速さは魔法で強化していても人の限界を超えている。


 ならばどうするか、そのための魔法だ。意思一つで瞬きよりも早く展開された魔法が、レナードの剣を受け止める。土よりもさらに固い鉱石属性による防御。地面から突き出た壁がレナードの剣を防ぐ。

 いくら刃を潰していても、あの速度では鉄すら切ってしまいかねない。だが、剣先ではなく根元ならばそう簡単に切られることもない。一瞬動きを止めたレナードに、目の前で展開された数十にも及ぶ氷柱が殺到する。

 身を引いて迫る氷柱の全てを叩き落としたが、その時にはカイルの姿は目の前から消えている。しかし、レナードには気配で分かった。右に回り込んでいたカイルの胴を薙ぐ。しかし、全く手ごたえがなく、その姿は霞んで消える。


 背後から聞こえてきた風切り音に、慌てて振り返り剣を合わせる。カイルはレナードの意識をそらした瞬間、光で自身の姿をくらませ、闇で気配や音さえも感じさせる幻を作り出し同時に左右から攻撃を仕掛けていた。

 それでもまだ反応するレナードに、内心では舌打ちすると同時に感心もする。さすがは騎士団団長だと。だが、手を緩める気もなければ遠慮する気もない。

 前にも使ったように、足元の地面を緩ませる。だが、今度は土に水を含ませさらに足の裏の重力を瞬間的に強くすることで、一気にくるぶしまで埋める。バランスを崩したところで、打ち合わせた剣を通じて一瞬だが、体を麻痺させる電を流す。


 感電し、短い苦痛の声をあげ息をするタイミングで、鼻や口の前に炎を灯して呼吸器を焼く。この苦しさはカイル自身よく知っている。その結果どれほど動きと思考が鈍るかということも。

 レナードにとって追い風、カイルにとっては向かい風を起こして動きを止めて悶絶するレナードから距離を取る。そんな些細な風でさえ、足元が固定されているレナードの体を崩すには十分だった。

 そこで、カイルはテムズ武具店に寄って身内たちから託された数多の武器を展開する。三百六十度レナードを囲う形で亜空間収納アイテムボックスを開き、それぞれの武器の剣先をレナードに向ける。


 亜空間収納アイテムボックスは使い慣れると、自身から離れた場所にでも展開できるし、その出入り口の数も調整できる。さらには中に入っているものを選択して取り出すことも可能だ。

 百近い武器を見たレナードは、冗談ではない死の予感に急ぎ体勢を整えて、迎撃に移ろうとする。しかし、その前にレナードの胸あたりに展開された重力場がすべての武器をレナードに向けて引き寄せた。

 もはや勝敗はおろか、向かってくる武器を叩き落とすこと以外に意識を向ける余裕などなく、レナードはただひたすらに自身の命を脅かすであろう武器を叩き落としていく。どれも業物といえる輝きと切れ味を持つ。一本でも刺されば重症だ。


 まさか、カイルがこのような……相手の命を奪いかねない手段まで使ってくるとは思っていなかったレナード。的確に人としてどうしても避けられない弱点をついてくるカイルの戦い方に戦慄すると同時に懐かしい思いを抱く。

 思えば、英雄と呼ばれいいライバルであり友でもあったカイルの父親もまた、時としてこうした手段を用いてレナードを苦しめてきた。技術で勝てないなら、工夫するしかないと。そして、立ち会う時は本気で相手の命を奪うかもしれない攻撃だって行ってきた。


 そうすることで実戦になった時、少しでも生き残る可能性を上げるためだと言いながら。実のところレナードと同じように不器用で手加減ができなかっただけなのではと考えている。しかし、確かにそれはロイドだけではなく、戦場でレナードを生かすための経験にもなっていた。

 ぬるま湯のような平和な時間が続き、またライバルだったものの死によって感じることのなかった危機感を伴う模擬戦。それを、あのカレナの性情を強く受け継いでいると思っていたカイルが行ってきた。まるで、知らないのに父親の背中や影を追うようにして。


 だから、最後の一振りを打ち払った時、目の前にカイルがいて、避けようもないほどに間近に剣が迫っていても少しも不思議に思わなかった。その瞬間だけはカレナと同じ凍るような怒りではなく、ロイドと同じ不敵な笑みを浮かべ烈火のような怒りを感じた。

 避けられないと思っても、それでもレナードはその一撃を受けるわけにはいかない。最後の気力を振り絞るようにして、袈裟懸けに振り下ろしてくる剣を打ち払う。カイルの手を離れて飛んでいく模擬剣を一瞬目で追ってしまったがゆえに、それで勝利を確信してしまったがゆえにレナードは気付かなかった。


 カイルが左手で逆手につかんだ腰の剣をレナードの首に向けて抜き放ったことを。それまでの模擬戦の中で見せていた闘気や剣気ではない、鋭く研ぎ澄ませた魔力を乗せ紛れもない殺気を込めた一撃。レナードが視線をカイルに戻した時、勝負は決していた。

 首の皮一枚で止められた剣。ロイドが守り刀としてカイルに与え、家族であるドワーフ達によって打ち直されたカイルのもう一つの相棒。それはレナードの命を奪う一歩手前で止まっていた。身の凍るような殺気と、それを向けられながら命を拾った感覚にレナードは自身が敗北したことを悟った。


 例えどれほどの魔法を使おうと、しばらくは負けることなどないと考えていた子供に、一本どころか命を取られるところだったのだ。あの殺気は本物だった。本気でレナードを殺しに来て、寸前でやめた。

 カイルが剣を収めて、レナードの周囲に散らばっていた剣を魔法を用いて残らず回収しても、背を向けて仲間達の方に歩み去っても、レナードは動くことができなかった。目を見開いたまま、固まってしまっていた。


「……男子三日会わざれば、とはいいますが。なんて、子でしょうね。ただ、乗り越え立ち直ったというだけではなく、その成長さえわたし達の想像を越えますか……」

「……俺は、死んでいたな?」

「…………はい、カイル君が剣を止めなければ確実に。まさか、一本取るだけではなく、命を取りに来ましたか……相当、怒っています、よね、あれ。まるであの二人の怒りがミックスしたような、恐ろしさを感じたのですが……」

「吹っ切れたか、開き直ったか。ますます、あの二人の子供らしくなった」

 レナードから見れば細くて頼りなくも思える肩や後姿。けれどそこに背負うものはレナードなど及びもつかないほどの大きさと重さなのだろう。そうであってもなお、笑って仲間と共に生きていける。それこそが、英雄の英雄たる姿だとレナードは再確認した。




 カイルは、内側から沸き起こってくる達成感に思わずにやけてしまう。さすがに敗者であるレナードにそんな顔を見せるのは気が引けたので、振り返りもせずにレイチェル達の元に戻ってくる。

「ほ、本当に……やってしまった……父様から、一本を……」

 レイチェルは確信があっても、やはり信じがたいのか呆然としている。

「いえ、あれは一本というより一命ね。やるじゃないの、カイル君」

「すげー、初めて見たぞ? あの人が負けるとこ」

 ヒルダはカイルが相手から勝ちを拾ってくるだけではなく、命拾いをさせてきたことに感心する。トーマもレイチェルの幼馴染としてレナードの戦う姿はよく見てきたが、あそこまでやりこめられたところは見たことがなかった。


「作戦成功。あとは経過観察」

「そうですわね。どのように事が運ぶかはあの方達次第ですもの」

 ハンナは何度もうなずきながら、結果に満足した顔をする。アミルも物憂げな顔をしつつも、できることならこれで両者の確執が埋まればと考えていた。

「見事な一撃だった。その前の戦略も……やはりカイルの魔法の使い方は参考になるな」

「祖父さん達も喜ぶだろう、この結果を知れば。……今晩は宴会かもしれん」

 ダリルは同じ魔法剣士として、多彩かつ相手の逃げ道をふさぐ戦い方に顎に手を当てている。キリルはカイルの勝利の一助となった武器を託してくれたドワーフ達の喝采が目に浮かぶようだった。この分では夜通し飲み明かすことも考えられる。


「レイチェル、俺の勝ちだな。色々姑息な手も使ったけど、一本は一本だ」

「そ、そうだな。やはりカイルはいつもわたしの想像を超える。わたしはそれが誇らしい」

「ありがとな、レイチェルの話も参考になったよ。俺の手伝いをしてくれて、勝てたのはそのおかげだ」

「みんなも手伝ったからな」

「いろんなアイデア出し合ったりしてな? おかげで、大分すっきりした」

 騎士団本部に近付くにつれて、いろいろ思うところや思い出すところもあり不機嫌に、無表情になっていったカイルの満面の笑顔を見て、各々晴れやかな気持ちになる。やはりカイルには笑っていてほしいと、心底感じていた。

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