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レスティア物語  作者: マリア
第三章 遊行と躍進
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王都への帰還

グレン→カイルサイド

 出会ってから四か月ほどだというのに、たった一週間ほどいないだけでひどく寂しいものを感じながらグレンはディランやドラシオと共に晩酌をしていた。ドワーフは大勢で騒ぐのも酒を飲むのも大好きだ。時折カイルに付き合わせたこともある。ドワーフよりも酒に強い様子に、少しばかり意外な面を見た。

 カイルが毎日忙しそうにギルドに通い、自ら研鑽している様子を見て誇らしく思っていた。物作りに関しても天賦の才に、職人魂が触発され、ついついがっつりと仕込んでしまっている。ただ、それが長くなるだろうカイルの人生にとって一つの楽しみや喜びになればと思ってのことでもある。退屈ほど人を腐らせるものはないのだから。


 しかし、毎日泥のように疲れて帰ってきたカイルを、さらに倒れるほど仕込んでいたグレンだったが、カイルが警備隊庁舎から戻って以来ろくに眠れていないことなど知る由もなかった。回復魔法でどうにかしていたのか目の下に隈があるわけでもなく疲労が見えるわけでもない。

 いつもと変わらぬ元気な様子に、変わらぬ気遣いをしてきた。だが、自分達の眼が行き届かない夜の間、ずっと苦しみ続けてきたのかと思うとやりきれなくなる。親代わりを名乗るのもおこがましい。それはアリーシャも同じようで、どうして気付いてやれなかったのかと自分を責めていた。


 眠ることができなければ、夜の時間というものは思っている以上に長い。それは、王都を出る前にキリルによって過去を聞かされ、さらにヒルダの魔法で届けられた手紙によりカイルの消えない傷を知って同じように徹夜をしたときによく分かった。

 こんな時間を、一か月もの間毎日味わってきたのかと思うと、ぶんなぐってでも説教したくなる。それほど辛いのに、なぜ相談しなかったのかと。なぜ、自分達にも背負わせてくれなかったのか、と。けれど、同時にそれがカイルと自分達との間にある最後の壁でもあったと分かった。


 だからあれから一週間、夜になるとこうやって男達で顔を突き合わせて酒を飲んでいた。カイルという弟子がいなければ、どうにも張り合いが出ず、鍛冶仕事にも身が入らない。ドワーフとしてあるまじきことだ。

「カイルの……馬鹿野郎が。ガキのくせに……一人じゃねぇってのに……」

 こうして酒が入ると愚痴を言ってしまうのもいつものことだ。周りがどういおうと、グレンにとってカイルはまだ子供にしか見えていない。それなのに、大人のような顔をして大人顔負けの生き方をしているカイルにどこか不安も感じていた。


 子供らしく生きることのできないカイルに、何度それを言おうとしたか分からない。けれど、それを言うことがカイルを否定することにも思えて、口に出せなかった。こんなことなら言っておくべきだった。

「あんな顔して、色々あったんだな」

 ドラシオとて、王都に来てからの付き合いだが、カイルはもう心情的にも身内といって差し支えない。教えがいもあるし、付き合ってきて気持ちのいい人間だと感じていた。剣を使う方も作る方も腕を上げてきているし、人間性も分かっているつもりでいた。それがまぁ、あんな過去を抱えていたなどそんなそぶりさえ見せなかった。


「意地張って生きてきたってのは分かるが、人に甘えることを知らねぇ。誰も、教えてやらなかったんだな。わし等身内が、教えてやるべきだったってのによぉ」

 ディランはカイルの父親であるロイドともそれなりに長い付き合いだった。色々口では言っていてもロイドのことは腕も人間としても認めていた。その子供に相応しいカイルのこともまた認めていたのに、身内としては不十分だった。

 幼くして甘えられる両親を失い、導いてくれる大人をなくし、誰に頼ることも甘えることも許されない環境で生き抜いてきた。誰にも教えてもらえなかった。子供は大人に甘えても許されるものなのだということを。自分だけで解決できないことは、大人を、周りを頼っていいのだということを。


「帰ってきたら、また説教してやらねぇとな」

「その通りだぜ」

「孫も含めて、だな。情けねぇ、仲間や兄を気取りながら気付いてやれねぇなんてな。わしらも人のことは言えんかもしれんが……」

 ドワーフ達もそれぞれに物思いにふけながら、可愛い息子や甥や孫のように思っている少年が帰ってくることを願っていた。




 カイルは町の者達との和解が済んだ日は、かねての予定通りこの町での孤児院や孤児達の変動と現在の体制などを学び、翌日の朝出発することになった。ヒルダの魔法ですぐに帰ることもできたのだが、やりたいことがあるといったカイルのため、カークでの移動になった。

 町の人々総出とも言っていい見送りを受け、主のテリトリーである草原を抜ける頃には別れを告げる遠吠えも響いてきた。


 仲間達に対して最後の遠慮がなくなったカイルは、それまで以上に生き生きしておりレイチェル達にも色々な感慨を覚えさせた。本質的な部分は変わっていないが、折々に前よりも子供らしさが見えるようになったし、奔放さや暢気さを感じさせる部分が見えてきた。

 これが本来のカイルの性格なのだろうと、本当の意味で実感できる。のしかかる重圧や責任、立場への意識などがカイルを追い詰め、逃げることを許さない責任感が神経を張りつめさせていたのだと理解できた。


 時折仕掛けてくる悪意のない冗談や、本心が全く見えない笑顔というものも新たなカイルの魅力や能力を感じさせていた。これなら海千山千の商人や権力者達とも渡り合えるだろう。

 そして、カイルの思惑を実行するために一日移動日数を縮め、六日で行程を踏破し、翌日の朝には王都に入る者達の列に並ぶことができた。カイルはこれからやろうとしていることを思うと、武者震いがして体が熱くなってくる。


「その、カイル? 本当にやるつもりか?」

「ああ、そのつもりだ。無理だと思うか?」

「い、いや、おそらくは可能だろうが……そうだな。思えば父様達はわたし達も騙していたんだな。カイルのためになるなど言われたが、よくよく考えれば大人達の勝手な思惑ではないか」

「同感。してやられた」

 いくらタイミングが絶妙だったとはいえ、もう少し穏便な方法はなかったものか。何より、勢いともっともらしい説得に乗せられた感がある。


「こればかりは仕方ありませんわね。その後もやるつもりですの?」

「その辺は臨機応変だな。レナードさんとバレリーさん、あとはバースおじさんやテッドさんの対応による。さすがに頭に来た、謝らないと許さない」

「でもよ、さすがにやりすぎじゃね? ちょっと憐れになってくるけど……」

 カイルの報復計画を聞かされていた面々の内トーマはレナード達を擁護するような姿勢を見せる。同じ男として、あるいは女の強さというものを知る者として、さすがに彼らが憐れになってくる。


「……問題ないと思うがな。むしろ、大人としての見本になる態度と対応を見せてほしいところだ」

「そうだ、きちんとすれば問題ない」

 しかし、同じ男であるダリルやキリルはカイルに賛同する。あんな思いをさせられて、何もされないのでは自分達としても許せない。何よりあんなに傷ついて、ボロボロになったカイルを見せられて思うところもある。たとえ目上といえど、国王と宰相といえど遠慮をする気になれない。


「好きにすればいいと思うわ。大人でありながら、分かっていてそれに乗ったわたしも同罪でしょうけれど、わたしはちゃんと報いを受けたもの。みんなも受けるべきよ」

 望まぬ形で教え子を失うかもしれない焦燥や、世界を危険にさらしたかもしれないという罪悪感、命さえ失うかと思うほどの危機感を抱いたヒルダもまた乗り気だ。カイルから計画を聞かされた時には、お腹を抱えて笑い転げていた。そして、言葉にはしなかったが思ったのだ。さすがあの二人の子供だと。ようやく、あの二人の子供としてカイルが自由に生きることができるようになったのだと。


 シェイドも精霊達もノリノリだし、きっと協力を仰ぐ人物達も乗ってくれるだろうという確信がある。入都の手続きを済ませ、カークを預けた後は、いったんテムズ武具店に向かう。これからの計画に必要なものをそろえるのと同時に、彼らにも謝らなければならない。

 身内として接してくれたのに、カイルに遠慮があったせいで本当の家族にはなれていなかったことに。哀しい思いをさせてしまっただろうことに。扉から中に入ると、店番をしていたドワーフが慌てて奥に駆け込んでいった。そして、どたどたという足音と共にバーナード夫妻とドラシオ、ディランが出てくる。


 カイルを見るとアリーシャは涙ぐみ、男達は顔を赤くする。第一声で怒鳴られることを覚悟していたカイルだったが、走り寄ってきたアリーシャに腰のあたりを抱きしめられ、男達からは無言で背中を張られる。遠慮も何もないそれはかなり痛かったが、同時にカイルの気持ちをも引き締めてくれた。

「えっと……ただいま。その、心配かけて悪かった。もう、あんなことはしない。似たようなことがあっても、ちゃんと相談するし頼る。だから、また、身内として接してほしい。どうやら俺にはまだ、甘えることのできる大人ってやつが必要みたいだから……」


「うん、うん、分かっているさ。あんたはまだ子供なんだからね、あたしらを頼っていいんだよ、甘えていいんだ」

「次、遠慮なんてしやがったら、今度こそぶっ飛ばしてやる」

「身内には容赦しねぇのがドワーフってやつだ」

「意地の張りどころ間違えんじゃねぇぞ。身内にまで意地張ってどうする。だが、まあよく帰ってきたな」

 アリーシャは涙を拭きながらカイルを見上げ、グレンは握りこぶしを固めている。背丈は低くてもドワーフの手は大きい。さぞかし痛いだろうと思わせた。ドラシオも鼻の下をこすりながら言ってきて、ディランは怒ったように言った後、滅多にない笑顔を見せる。


「で、さ。帰ってそうそうあれなんだけど、これから王宮に向かおうかと思ってさ」

「王宮に? 報告かい?」

「それもある。でも、どうしてもやっておかなきゃならないこともあるんだ」

「なんでぇ、それは?」

「俺さ、境遇のこともあって、よっぽど理不尽なことや嫌なことでない限り本気で怒ったりはしない。でも、さすがに今回は腹が立った。だから、ちょっと思い知らせてくる。俺だって怒る時は怒るし、俺を怒らすとどうなるかってこと、きっちり教えてくる。あんな思いは二度とごめんだ。どいつもこいつも俺がまだガキだってこと忘れて無茶させやがって、絶対許さない」


 言葉には熱くて激しい怒りが十二分に含まれているのに、それを吐き出す表情は恐ろしいくらいに無表情で冷たい目をしている。相反するその二つが度胸では一番とも言われるドワーフをして戦慄を抑えきれない迫力を感じさせた。

「おっ、おう。確かに、その通りだな」

「かっかっか。面白れぇじゃねぇか。存分にやってきな、必要なもんがあったらいいな。ドワーフの身内に手ぇ出したこと、後悔するくらいにはやって来い」

「じゃあ、遠慮なく借りてく。みんなの分も一泡吹かせてくる、それでも謝ってこなかったら追加で報復も考えてる。ちゃんと反省して謝ってくるまで手は抜かない。裏通りの影の中で、表や裏の闇の悪意から身を守って生きてきた知恵を使ってでも、二度と同じ真似はさせない」


 不敵に笑うカイルに、ドワーフ達もすぐさま乗ってくる。身内を、傷つくと分かっていて無理に立ち向かわせたのだ。それも、これ以上ないほどの傷が残るトラウマに対して。騙してまで。ここまでされて黙っていられるほどドワーフは温厚ではない。

 カイルが予定していたより多くの武器を持たされ、さすがにレイチェル達も顔が引きつっていた。もはや一対一で使うような武器の量ではない。ちょっとした集団であっても相手にできるのではないかと思えるほどだ。

 力強く見送られて、カイル達一行は王宮を目指す。戻ってきたことを報告するために、そして腹の虫がおさまらないカイルの報復のために。王国一の騎士から、一本をもぎ取るために。




 レナードとバレリーは、予定通りにいっていればカイルのために午前中の時間を空けている日だったが、帰ってくるまでの間は騎士団のより一層の強化と精神の鍛錬のための訓練を行っていた。

 以前カイルの特訓を行った訓練場で騎士達を走らせているところにレイチェル達がやってくる。予想外に早く帰ってきたことに驚いた二人だったが、騎士達に小休止とその後の訓練を言いつけてからレイチェル達の元に向かう。


 予想通りというかなんというか、ヒルダを除くメンバーは怒りや呆れや悔しさをにじませてレナード達を睨み付けている。無事帰ってきたとは言っても、色々と思うところも、辛いこともあったらしい。何より、一番後に入ってきたカイルがそっぽどころか後ろを向いている。かなりお冠のようだ。

「あー、その、お帰りなさい。みんなもお疲れ様でした……その、カイル君も大変だったと思うけど……」

 バレリーの口からカイルの名前が出たところで、ようやく振り返って視線を向けてくる。しかし、その表情も眼も二十年ほど前に見たことがあった、ある人物の激烈な怒りの様相と重なって冷や汗が出てくる。


 いつもの人懐っこい笑みはなりを潜め、秀麗な顔には表情がなく見たことがないくらい冷たい目で見てくる。顔かたちだけではなく、怒り方もカレナに似たのかと思わざるを得ない。こうなったカレナは相手が謝ってくるまで許すことはなかった。

 しかし、今のレナードやバレリーには立場というものがある。騎士団を預かる立場としては妥当な判断だったわけだし、何より多くの騎士達の目がある場所でとなると余計に行動に抑止がかかってしまう。


「旅は、順調だったのか? 無事に、その乗り越えられた、か?」

「ええ、父様。それこそ、世界の終わりを感じるほどに順調でした。わたしの想いは通説通り、叶わぬままに消えるのかと感じるくらいは無事だったと言えるでしょう」

 初めて聞くかもしれない、レイチェルの痛切な皮肉にレナードだけではなくバレリーも顔を引きつらせる。

 思っていた以上に辛いものを見聞きしたり、絶望的な状況を経験したらしい。よくぞ戻ってこれたと思うが、同時にやはり失敗であったのだとも思う。いくらなんでも焦りすぎて、急がせすぎた。


「わたしも、長く生きてきてあれほどの絶望と罪悪感と戦慄を感じたのは初めてよ。自分で自分を殺したくなったわ」

 ヒルダも額に青筋を浮かべた笑顔を向けてくる。随行メンバーの中で唯一の大人であり、自覚した上で傷つける選択をしたヒルダまで予想外の展開になすすべもなかったらしい。

「わたくし達が考えていた以上にカイルの傷は大きくて深いものだったのですわ」

「それでも、帰ってきてくれた。立ち直ってくれた」

「改めて、仲間とはどうあるべきかを考えさせられた」

「んでもって、悪いことしちまった俺らはその報いを受けたってわけだ」

「俺達はカイルの怒りを知った。だから、あなた達も知るべきだ。知ったうえで、大人として……人としての対応を望む」


 聖女と呼ばれるアミルでも癒せないほどの傷を持っていた。ハンナでさえ読み切れない深い闇の底から帰ってきてくれた。仲間を知らなかったダリルに仲間がどういう存在であるべきなのかを教えてくれた。親友に押し付けてばかりだったことを知り、ちゃんとその報いを受けたトーマ。そして、家族としてもさらなる一歩を踏み出したキリルは、レナードやバレリーにもカイルの怒りを知るべきだと言ってくる。

 さすがにこれは逃れようがない。何より、カイルは一言もしゃべらない。愛想笑いさえ浮かべずに冷徹な目を向けてくる。静かな、それでいて激烈な怒りを向けてくるのだ。レナードはそれを受け止める覚悟をして、互いに模造剣を握ると訓練場の開けた場所へと歩みを進めた。

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