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レスティア物語  作者: マリア
第二章 王都センスティア
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長い人生の楽しみ方

カイル→レイチェルサイド

 いつの間にか、墓のある場所に主の番と、クロの兄弟達が集まってきていた。小さな子犬だった兄弟達も今では三mほどの体躯になっている。少しクロにおびえつつも、カイルの背中を鼻先でつついて挨拶してくれた。

「久しぶりだな。今まで待たせて悪かった、でも、ちゃんと受け継いだから。今度こそ、本当に、受け継いでいくから」


 兄弟達はそれぞれに低く唸り、主の番は顔を寄せてくるとぺろりとカイルの顔を舐める。いつの間にか涙が流れていた。でも、それは辛さから流れた涙ではない。クロの思いを継いで生きていることの喜びからくる涙だ。

「紹介するな。こいつが、今の俺の相棒。名前は”クロ”、約束だけじゃなくて名前も受け継いでくれた。俺が勝手につけた名前だけど、あいつはその名前を気に入ってくれてたから。名前だけでも、一緒に連れてっていいか?」


 カイルの問いかけに、主はカイルの胸に額をこすりつけてくる。頼んだと、どこまでもつれていってやってくれと。

『一時はどうなるかと思ったけど……お帰り、カイル』

「ああ、ただいま、シェイド。悪かった……不安にさせたろ?」

『そうね。でも、信じてたもの。アタシ達の愛し子は、きっと乗り越えるって。また、輝きを取り戻すって』

『これからどうするのだ? 町には戻るのであろう?』

「あー、そうだよ、な。レイチェル達にもひどいことしちまったし……謝らないとなぁ」


『少しくらい反省させなさいよ。全く、ひどいことするんだから。無理矢理なんて』

「そういえば、俺、正規の手段じゃなく町を出たな。戻っても……捕まらないよな?」

『フフッ、それくらいなら見逃してあげるわよ。でも、今すぐに戻るのはやめておいたら? 不安にさせてちょうどいいのよ。そうすれば、次からこんなことしなくなるでしょ?』


 シェイドの言葉も分かるのだが、レイチェル達だけではなく、町の人達への対応もある。今日中には戻ることになるだろう。だが、確かにカイルも怒っている。もう少し、ペースというものを考えてほしい。詰め込み教育とは違うのだ。せめて、きちんと受け止める時間くらい欲しかった。


「そうだな……ここんとこ、ゆっくりしたことなかったし。必要なことだからって、無理すると碌なことないって分かったしな」

『必要でも限度というものがあろう。あやつらはそれを知らぬのだ。カイルとて限界はあるというのに』

「だよなぁ、期待してくれるのは嬉しいけど……。絶対俺が十六のガキだってこと、忘れてるぜ?」


 カイルは膝を立てて座ったまま、体を倒して後ろで手をつき空を見上げる。今までは自分を子供だと認めることが許されないような気がしていた。大人でいなければならないと思っていた。

 でも、そのことが周囲を、そして自分自身を錯覚させて苦しみを生むのであれば、もう少し肩の力を抜いて、子供らしく生きていいのかもしれない。前ならともかく、今はそれが許されるのだから。子供として生きられる時間は短い、嫌でも大人になる。ならばそれまでは、子供らしく生きてみることも必要なのかもしれない。


 なら、こうして拗ねて家出をして、心配させたり不安にさせたりしても許されるのではないか。嫌なことは嫌だと、口に出しても許されるのではないか。せめて子供である間だけは。

『カイルはほとんど我儘言わないものね。だから、周りが勝手にカイルに何でもかんでも押し付けるのよ。もっと自分の好きなように生きていいのよ?』

『そうだな、主はなんでも抱え込みすぎる。もっと気楽でおればよい、これからの生は長いのだ。焦って何もかも呑み込む必要などないのだ』


「そっか。そうだよなぁ、俺ってどれくらい生きるのか分かんないもんなぁ」

『長く生きても飽きない秘訣はね、楽しみを見つけることよ? 生きるために目的は必要だけど、それだけじゃ辛いでしょ? だからね、楽しいことを見つけるの。やりたいことって言ってもいいわ。やらなきゃいけないことじゃなくて、カイルがやりたい、やってみたいって思うこと。趣味を見つけるのよ』

「やってみたいこと……趣味、か。そういえば、考えたことなかったかもしれないな」


 夢も約束も半ば義務のように思ってきた。それはやらなければならないことなのだと、そう思ってきた。だからこそ、カイルは自身がやりたいことが何なのか、考えることをしてこなかった。それはきっと面白みのない人生なのだろう。

『ふむ、そうだな。我も長く門を守っておった折には、冥界の門をくぐる者達を観察するのを趣味にしておったな』


「冥界の門、か。そういや、人界に冥界の門ってないのか?」

『人界だけではない、天の三界を除く地の三界には冥界の門はないのだ。魂の回収をする死神は地の三界であれば、どこへでも現れることができるのだ。そうして導かれた魂は一度魔界へと集められ、そこから冥界へと旅立つのだ』

「ふーん……なんでだろうな?」


『それが最も世界に影響せぬ道だからであろうな。冥界はたどり着いた魂を、生前の善悪によって裁き、それにより転生までの間の冥界での過ごし方が決められるのだ。良いことをした者は良い暮らしを、悪いことをした者は罰を受ける。また、転生先にも影響するようでな。悪党など人に生まれ変わることなどできず、命の短い虫がせいぜいよ。故にそれを望まぬ亡者達が冥界から逃げようとすることがあるのだ』


「クロはそれをさせないために門を守ってたんだな。亡者が逃げると、やっぱまずいのか?」

『亡者は器を求め生きている者に憑依する。そうすると、その者も亡者によって毒され亡者と同じように世界を乱す悪事を働くようになる。悪しきとはいえ、二つの魂が持つ力はそれなりに大きいのでな、影響も少なからずあるのだ。しかし、魔の者には憑依できぬでな。我らは瘴気より生まれ瘴気に帰る存在。死して後魂は魔石に眠り転生はせぬ。一代限りの存在であるからな。別の領域に出る頃には先回りした死神に刈り取られるであろうよ』


 亡者に憑りつかれた者が世界を乱せば秩序が乱れてしまう。それをさせないためにクロが門を守っていた。亡者を逃がさないために。そして、冥界の門が魔界にあるのは亡者が逃げ出しても容易に憑依する器のない領域だからだ。また、時間稼ぎにもなるため、確かに最も影響が少ないのだろう。


「死んだ奴以外が冥界に行くのを止めてもいたんだよな? なんでだ?」

『ふむ。魔の者の内には魂を食らうことで己の力を上げることができる者もおるのだ。そういう者に取り、冥界は魂の宝庫であろう? それに、冥王様の許可なく冥界に立ち入れば、理が歪む。下手をすれば世界の崩壊にもつながるのだ』


「……重要な役目を任されてたんだな……。でも、そっか……うん。クロ、俺さお前とも前のクロとも約束したろ? いろんな場所に行っていろんなものを見て聞いて感じてみたいって。いつかさ、俺それを本にしてみたい」

『本?』

『そういえば、カイルは本が好きだったわよね』


「そう。だってすごいだろ? 自分が行ったことない場所でも、感じたことや体験したことがなくても、本を読めば想像できる。知識だけじゃない、感動やワクワクや夢だって与えてくれる。話ならその場限りだけど、本なら何度でもそれを感じられる。今まで読んできた本はそれを俺に伝えてくれた。だから、俺も伝えたい」


 ヒルダと勉強をするようになって知らなかったことを学んだり、こうしてクロやシェイドと話したりするたびに思う。今こうして自分が感じている知る喜びを、与えらえた感動や思いを、それを知らない者に伝えたいと。

 剣聖になったり、孤児達を救うためには必要のない、無駄な行為なのかもしれない。それでも、カイルはそれを後世に残したいと考えている。


『いいのではないか? カイルは他の人にはできぬ経験をいろいろしてきておる。面白い本が出来上がるだろう』

『そうよ! 本にするのはすぐには無理だし難しいでしょうけれど、その場その場で書き留めておいて、後でまとめればいいわ。そのための時間はたーっぷりあるんだもの。アタシも協力する、すごく楽しそう』


「ほんとか? 俺さ、人界だけじゃなくてレスティアの他の領域にも行ってみたいんだ。天の三界は難しいだろうけど、でも長い人生なら方法だって見つかるかもしれないだろ? それで、自分の目で冥界の門だって見てみたいんだ」

『ふむ、カイルと旅か。楽しそうではあるな』

『ほんとね、精霊界にもカイルを連れていきたい場所がたくさんあるの。必ず一緒に行きましょうね』


「だな。すげぇ、楽しみになってきた。絶対に死ねないな、こりゃ。クロ、俺、ほんとにヤバい時は俺を優先する。俺が死んだらクロも死ぬから、自分を助けてから、クロを助ける。それでいいか?」

『無論だ。我とて死にたくはない、主が主を優先することが我が生き残る最大の道となるだ。我は魔界にもその名をとどろかせておった最高位の妖魔、見くびるでないぞ』


 カイルのトラウマは、必要以上にクロを縛り付けてしまっていた。無意識でも、クロの意思を踏みにじってしまっていた。だから、これからは相棒として自身の命を預け、クロの命を預かっていることを忘れない。クロがクロとして生きられるように、その力を最大限発揮できるように尽力する。


 そのまま、昼になるまでカイルはクロやシェイドとの会話を楽しんだ。これ程気楽に時間を過ごしたのは初めてかもしれない。いつだってどこか張りつめて生きてきたから。肩の力を抜いて、自然体で過ごせた時間は思っている以上にカイルの心を癒してくれた。これが本当の休日の過ごし方、休息の取り方なのだと実感できた。

 昼になると主達に招待されて昼食を一緒にすることになった。さすがに主達のように生というわけにはいかず、調理をすることになる。カイルは一度深呼吸をすると地面に座る自分のすぐそばに火を起こした。


 火を見た瞬間、ひときわ高く心臓が高鳴ったが徐々に落ち着いていく。前のように見るだけで体が震えたり、頭痛がしたりすることはなくなっていた。そしてまた、鼓動も平常通り刻み始める。

 痛みは忘れていない。恐怖も残っている。けれど、自分が壊れてしまいそうな苦痛は感じなくなっていた。火が熱や痛みだけではなく、温もりや安全を与えてくれるものでもあるのだと理解できた。


 すると、それまでカイルに近付くことを少し遠慮していた火属性の精霊達が一度に集まってくる。顔中いたるところにキスを落とし、喜びに跳ね回る。カイルはそのくすぐったさに笑みを浮かべながら、自身の中で何か枷が外れたような感覚を感じていた。

 火への恐怖のあまり無意識に、無自覚に制限をかけてしまっていた何かが解放される。胸の奥に感じる魔力の器が大きくうねり、そして今まで以上の力強さを感じさせて活動を始める。いや、これが本来の活動だったのだろう。一属性への制限をかけてしまっていたせいでどこか滞っていた流れが正常に戻ったのだ。


 カイルは何度か手を握ったり開いたりしてから、今までできなかったことをやってみる。カイルが今まで一度に同時発動できたのは三属性まで。どうしても四つまで至らなかった。でも、今ならできる気がしていた。

 右手の親指を除く四本の指の先に、四属性の小さな玉を浮かべてみる。いつもならどこかが崩れてしまうのに、あっさりとできてしまった。ならばと、左手の先に基本上位の四属性の玉を浮かべてみる。これまた成功する。


 思えばハンナやアミルも首を傾げていた。カイルほどの魔力操作と魔法制御ができて、同時発動が三属性までというのはおかしいと。そのせいで教えられない戦術などもあったのだが、これからは問題なさそうだった。

 今回の旅を提案したのだろうバレリーや、かすりもしなかったレナードにも一泡吹かせることができるかもしれない。それくらいの仕返しなら、我慢してもらおう。それにトレバースやテッドにも。流れ者の孤児を怒らせたらどうなるのか、きっちりと教えてやろう。

 追加で親指の上に光と闇の玉を浮かべ、それらの時を止めた後、空間を切り貼りして一か所にまとめて重力で上下からプレスする。ぎちぎちときしむ魔法の玉を見ながら、カイルは不敵に笑った。




 足元さえおぼつかない様子で宿の前に帰ってきたレイチェルは、アミルに支えられるようにして部屋に戻った。少し前までカイルが眠っていたベッドを見つめ、こらえきれずに涙が零れ落ちる。

 カイルは、戻ってきてくれるだろうか。闇を振り払い、レイチェルの……レイチェル達の元に帰ってきてくれるだろうか。そして、それはレイチェル達が知るカイルのままでいてくれるのだろうか。


 もし、もし見る影もなく壊れてしまっていたら。恐ろしい闇を内包してしまっていたら、どう償えばいいのか。聖剣を宿しているカイルが、その力を正ではなく負の方向に振るうようなことになれば人界はどうなってしまうのだろう。

「影を使った……町の外に、出た?」


 レイチェルやその後ろにいたキリルとトーマの話を聞いて、ハンナが考察する。町の中の移動にわざわざ影を使うだろうか。追いかけてくるかもしれない自分達をまくためだとしても、不愉快だろう町中にとどまりたいとは思わないのではないか。

 もし町の外に出たならば、ハンナ達にカイルの行方を知る方法はない。本来であれば、アミルという精霊による情報網を持つ心強い存在がいるのだが、カイルに関しては全く精霊があてにならない。いつだってカイルの味方だ。たとえ、カイルがその力を失ったとしても、精霊達はカイルを守ろうとするのではないか。


 そう思わせるほどに、溺愛されているのだ。共にいて自身も堕ちてしまうとしても、悪霊になると分かっていても、きっと最後まで寄り添うのだろう。生まれた時から見守り続けてきたのだから。

「帰って……くるよな?」

「それは……信じるしかありませんわ。今のカイルには一人の……少なくとも自身の意思を無視したりしない者達との時間が必要なのですわ」


 クロやシェイドはカイルが嫌がるようなことを無理にさせたりしない。カイルの意思や歩みの速さを無視して、一足飛びにゴールまで連れてきたりしない。カイルがまだ子供であることを、忘れたりしない。

「こんな……これ以上の不安と恐怖を抱えて、ここまできたのだろうな」


 先行きが全く見えず、自分ではどうしようもない不安と恐怖。何をすればいいのか、どう行動すれば解決するのか少しも分からない。今キリルが抱えている以上のおびえを抱いていたに違いない。考えるだけで体が震えるほど、息が切れて胸が痛むほどの不安を、恐怖を。

「辛いことほど自分の中で抱えちゃうのよね。カレナちゃんも……ロイド君もそうだったわ。やっぱりあの二人の子ね、よく似ているわ、そういうところ」


 たとえほとんど一緒に暮らしたことがなくても、血というものはそれ以上に強く影響するものなのか。辛くても誰かがいる時には涙をこらえていたカレナ、苦しい時でもそれを見せることのなかったロイド。二人の良いところも悪いところもそのまま受け継いでしまっている。


「俺達も反省すべきだな。年下のカイルに……たくさんのものを背負わせすぎた。期待されて、それがどれほど重くても、カイルは投げ捨てたりできないのに……。俺達がギルドの先輩達から見守られていたように、見守ることも大切だったんだな」

 直接指導するだけではない、自分なりに頑張っている姿を、その努力を見守ってくれていた。そんな無言の支えがあったからこそ、自分達はここにいられるのだろうに。押し上げることばかりに気を取られ、カイルが自身で努力していた姿を見守ってやることができなかった。時間がないと焦って、背中を押してしまった。その先に道が続いているのかどうかも確認しないで。


 これでは闇から救い上げるなどと、偉そうなことは言えない。ダリルは自嘲気味に笑う。人と関わってこなかったことが、こんな形で影響するとは思ってなかった。

「わたし、達は、いつもカイルに、気持ちを押し付けて……きたのだな。カイルが、受け止めてくれることを、いいことに、カイルの気持ちを、考えることを、しなかった」


 カイルはいつだってレイチェルの気持ちを考えてくれたのに。相手がどう思うか考えて、言葉を選んでくれていたのに。言動を自制していたのに。押し付けるばかりの自分達は、カイルの気持ちを考えることを怠った。その、罰だ。カイルにだって心があるのに、自分達と同じような心があったのに。それを踏みにじった罰が当たったのだ。

 レイチェルは両手で顔を覆い、己を責め続けた。心をくれたのに、心を預けたのに。もらった心がどんなものか、考えてこなかった自分の怠慢が、守ろうとした心を傷つけたのだと、初めて自覚した。

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