千の魔術
人間と言うのは進化をしていく過程に置いてある神秘を生み出した。それは"魔術"である。
この魔術は一人の魔術師が一生と言う長い時間をかけて形にして次の世代へと託す。
すなわち魔術と言うのは一人の魔術師の叡智の結晶そのものであって、その魔術師の生きた照明でもある。
故に魔術師は自身の作り上げた魔術を公開せずに秘匿する。さらには、名前までも封じてしまう。
そうやって何代も何代もと魔術を継承していき発展を遂げてきたのである。
@
ある春の日にここ〈ドミノの街〉に一人の仮面をつけた御令嬢を思わせるような格好をした少女がやってきた。
この手の事はそう珍しくはなくよくある光景で、どこかの貴族ややんごとなきご身分の方々がお忍びで楽しみたいときに使う定石であるのだ。
どちらかというと目立ってしょうがないような気もするが、本人がいいのであればいいのだろう。
その金糸の美しい少女は街の中流宿屋へと入っていく。
「もし、ごめんください」
「へい!!いらっしゃ…い…ませっ!」
宿屋の亭主は、少女の姿を見て急によそ行きの態度を取る。その不自然さに少女は笑ってしまう。
「ふふふ…すみません、いつも通りで構いませんよ」
っとニコッと笑い相手の警戒心を解く。
「い、いえ!!そのような事は!!」
いや、むしろ思いっきり警戒心を植え付けさせてしまったようにも見える。
「一泊をお願いできますか?」
「は、はい!もちろんで!!」
亭主は終始緊張した様子で2階のスイートルームと言うかVIPルームへと通される。
この部屋は一泊銀貨2枚相当の部屋らしい。
あまりこの世界におけるお金の感覚がないので高いのかどうかの把握に苦しむ。
とりあえず、久しぶりにゆっくりと休息の取れる安全な場所に着いたのでホッとする。
金髪の少女はその部屋に入るなり、万一のことに備えて結界を構築する。これは不意な奇襲や盗聴盗撮を防ぐ効果がある。また、防音の能力も持っており部屋の中の会話を誰かに聞かれると言う恐れもない。
少女はそのまま着ていた服と仮面をとって下着姿でベットへとダイブする。
仮面を取るとあら不思議、金糸であった髪の色が銀糸になり、先ほどまで存在していなかった狐耳と狐尾が現れる。
そう、このドミノの街へとやってきた金髪の少女は異世界へとやってきたアルトリアである。
アルトリアはあのジャック邸から3日間と言う時間を使ってここドミノまでやってきた。
その最中何度か魔物やモンスターとの戦闘を経験した。ここ一帯に現れるモンスターはそこまで強くはないが数は多い。その為に夜はぐっすりと休息を取ることができずにいた。
そのせいもあってこの部屋のベットに入るなり少女は眠ってしまった。
少女が深い眠りについていたころ、街の酒場では…
「おいおい、あれ見たか??」
「ああ、見たぜ!見たぜ!!」
「あれは上玉だったな!!」
「確かウッドのところの宿屋だよな?」
「ああ、確かそうだったはずだ」
「今夜行くか?」
「ああ、いいぜ行こうぜ!!」
酒場では、何やら怪しい男4人組が何やらよからぬ計画を立てていた。
そして、深夜。
すべての人が眠りにつく時間、4つの人影がウッドの宿屋へと侵入していった。
4つの人影は慣れたような手段で宿屋内部へと侵入し、2階のスイートルームへと到着する。
そして、マスターキーを使って部屋の内部へと侵入する。
少女が寝ているであろうベットまで行き、毛布をひっペリ返し、少女を犯そうとしてベットの上と飛び乗る。
「ーーなに!??」
感嘆な叫び声が無残にも響く。
「おい!!奴がいねーぞ!!」
「なにっ!??」
ぞろぞろと後の3人も室内へと入っていく。
「灯りをつけてくれ」
あたりが明るくなり、その部屋にいるであろうと言うかとぐっすりと寝ているはずな少女がいなかった。
「なんでいない???情報が違ったのか!??」
最後に入ってきた男が喚く。情報は正しかった情報は正しかったのだが、少女はこの部屋にはいない。
「おい!これを見ろ!!」
一番背の低い男がテーブルの上に置いてあったメモ用紙を発見する。
そのメモ用紙にはこう書かれていた。
『お世話になりました。少々所用ができたので先に退出させてもらいます。 追記、今この部屋に入ってきた人達へこのメモをきちんと亭主さんに渡してくださいね アルトリア』
「いつバレた??」
男たち4人がこの少女をいただくことは叶わなかった。
時刻は男たちが入ってくる40分前に遡る。
夕食を抜いてしまった為に今の時間になってお腹が空き目をさますアルトリア。
寝起きの頭にムチを打って身体を覚醒させる。
ぼやけていた世界のピントが合い焦点も合う。
(少し寝すぎてしまいましたね…お腹が空きました。ジャックさんたちから頂いた食糧があとどれくらいもつでしょうか?)
食事の心配をしつつ旅行バックに入れておいた食糧に手をつける。
これは、あの屋敷を出る時に頂いた乾パンの様な食べ物で非常に腹持ちがいい。が、久しぶりにきちんとした食事を取りたいと思ってしまった。
旅行バックを開こうとした瞬間、なにやら不吉なものを感じ取る。
(!? なんですかっ??)
何か不吉な感覚に襲われ、それが早急にここから離れろっと言っているかの様に感じた。
こちらの世界にきてからというものこの様な"勘"が鋭くなった気がする。
野生の本能的な勘なのかもしれないがこれのおかげで何度か助けれているのでこれを信用する。
街の中に存在する危険としては人間以外にありえない。もし、襲いかかってきたりされたら相手が一人なら大概はどうにかできるが複数人で来られると対処が難しくなる。
面倒ごとを回避するべく迅速に荷物を処理し、ジャック邸から頂いた服を着て仮面をつけメモを残して窓から飛び降りてこの街を去る。
「もう少し、ゆっくりしたかったのですが…仕方ありませんね」
こうしてアルトリアは自らに降りかかる火の粉を回避したのである。
「この仮面のおかげでまた助かりそうですね…」
アルトリアが所持していた仮面「偽りの狂言面」はものすごく貴重な仮面で通常の市場では出回らない様な仮面でその効果は、自身の姿を思った通りの姿に変更することができる幻惑の魔法が込められた仮面で潜入やお忍び旅行といったことに使用することができる。
この仮面がなければこの様な街に入ることができなかったであろう。
@
東の空が明るくなり始め世界に朝が訪れた。
朝はなぜくるのだろう?なーんて考えてことがないわけではないが太陽が東から昇り西の空へと沈んで行くというのはなんとも言葉にしがたい神秘である。
アルトリアはもっと大きな街を目指して南下を続けていた。
大きな街に行けば、様々な人、様々な情報、様々な魔法がある。だからこそ、大きな街を目指す。
ジャック家の使用人であったリオさんの話だとここから南下したところには大きなギラメと言う都市があるということを聞き、その都市を目指す。
ギラメまでの距離を聞くのを忘れてしまい、あの街で馬を一頭でもパクっていればよかったなーと思っていた。
流石になにも食べてない状態でかなりの距離を歩いて少々疲れてしまった。
明るくなった街道の脇で少しばかり休憩をすることにした。
空は青く、雲は白い。
風は少し冷たく、空気は美味い。
これでサンドイッチがあれば最高なのになーと乾パンのような食べ物を食べる。
別に不味くはない。けれども、美味しいわけでもない。
静かである。
耳をすませば、どこからともなく小鳥たちのさえずりであったり、木々の囁きが聞こえてくる。
こんな自然はあっちの世界では味わえないシロモノである。
そんな自然に身を任せすぎた。
「!??」
気付けばダイヤウルフと言う種の狼にあたりを取り囲まれていた。
「気を許しすぎました!!」
咄嗟に臨戦態勢を取る。
囲んだダイヤウルフの数は約15匹。この数のダイヤウルフを処理できるだけの力は持ち合わせてはいない。
あの時の様に誰か自身の身をカバーしてくれる様な人物はいない為にあの時の剣を呼び出すことはできない。つまり、15匹を相手にするだけの魔力は持ち合わせていないのだ。
長年魔術に携わってきたおかげで大体どのくらいの量が持って行かれたかはわかる。実際、あの剣を呼び出した時でだってかなりの量の魔力を持って行かれた記憶がある。大体自身の魔力半日から1日分の魔力を吸われてしまっていた。
(数が多すぎて、これでは…)
ジリジリと包囲網を狭めてくるダイヤウルフ。
このまま狭められたら確実に奴らの朝ごはんである。
「こっちだ!!狼やろう!!!」
どこからともなく声が聞こえてくる。
するとその声に合わせて、矢が飛んでくる。
「クィィン!!」
その矢が見事1匹のダイヤウルフに命中する。そして、絶命する。
そのことを驚異と感じたのかダイヤウルフの群れは街の方から現れた一団にめがけて突進をしていく。
「カイン、引きつけろ!マルコ、移動阻害。ダイス、そのまま遠距離支援!」
育ちが良さそうな顔立ちの青年が指揮をとってダイヤウルフの群を蹴散らしていた。
「パット!!支援を!!」
「サラ!カインに回復呪文!」
「了解です。<ヒール>!」
サラと呼ばれた少女が回復の呪文を発し、それに合わせてカインと言う盾持ち剣士が光に包まれる。
パットもおそらく護衛の任についているのであろう一団より離れてダイヤウルフの処理に当たる。
その風景を遠く離れた位置から見ていた。
「す、すごい…」
ただただ、それしか出なかった。
15匹のダイヤウルフは彼ら5人の手によって、いとも簡単に屠られる。
「大丈夫ですしたか?お嬢さん?」
カインと呼ばれていた少年が私に聞いてくる。
「え、ええ。大丈夫です。それより、助けていただきまして、ありがとうござい」
助けてくれたのだからきちんと礼をするのは当たり前のことである。
「いえいえ、冒険者として当たり前のことをしたまでのことです」
この一団のリーダーと思われる青年で育ちの良いパットが私の前に出てきた。
「助けていただいたのにお礼もできずにすみません」
「もののついでしたことなので、お礼なんていいですよ」
「ものの…ついで?その"ものの"とは一体なんでしょうか?」
パットが答えるのかと思ったら横から弓使いと思われる身長180cmぐらいある青年が答える。
「俺たちは今ギラメの街までこの商人の護衛をやっております」
なんと!?この一団は今目指しているギラメの街まで行くのか!!
(これは逃せないな)
「私も現在、ギラメの街を目指していまして、ご一緒させてもらえないでしょうか?」
助けてもらったのにこの様なことを頼むのは失礼だと思うが、ギラメまでがどれくらいの距離かわからない今はこの様な人たちに頼るべきである。
「ええ構いませんよ。ギラメの街まではああいった魔物やモンスターの襲来もありますから、どうぞご一緒に!」
パットは微笑んで私のことをギラメまで連れて行ってくれるらしい。
とりあえず安全な足が得たので一安心である。
「そういえば、まだ名前を伺っていませんでしたね。なんとおっしゃるのか伺っても?」
「ええ、もちろんいいですとも、私の名前はアルトリアです」
「アルトリアさんですね。私は〈マクロ冒険者支部〉シルバーランクの冒険者でこのパーティのリーダーを務めています。剣士パットです。パットとお呼びください。それでこちらが…」
盾を持った少年が前に出て
「僕はカインと申します。アルトリアさん」
「カインはうちのパーティでタンクをやってもらってます」
「はい!はい!!俺っちは魔術師にして、チームの支援柱、コルコ様だぞ!!よろしくなっ!」
「こらっ!コルコ失礼でじゃない!」
先ほどカインに回復魔法を使っていた少女が前に出てくる。
「うちのコルコがご迷惑をおかけしました。わたしはサラ、医術士です。怪我とかがあれば言ってください」
「最後に俺は、このチームの目をしている弓使いのダイスだ!よろしくなアルトリアちゃん!」
「ええ、ギラメの街までよろしくお願いします」
「ほら、若干引きつっているじゃないか。スミマセンうちのメンバーがご迷惑を…ほら!行くぞ!!」
(いや〜ちゃんは流石にないんじゃないか?)
愉快なメンバーと共にアルトリアは〈ギラメの街〉を目指す。
その日のうちに徒歩で1日はかかるんではないかと思う距離を進んだ。
やはり、馬の有無で旅の足は決まるなと改めて実感をした。
パットたちは日が落ちる前に休息を取るためにベースを構築していた。
その手際の良さから見るにかなりこの手の仕事をしている様だ。
(これなら安心して休めそうですね…)
ベースの構築が終わるとすぐにサラが用意した食事を取る。
「いいのですか?部外者の私が皆様と一緒に食事をしてもいいのでしょうか?」
「構いませんよ。旅は道連れ世はなせけですから、ここであったのもの何かのご縁だと思います。ですから、どうぞ」
パットはそう言って私の分のシチューを渡してくれた。
久しぶりのちゃんとしたご飯を目の前にして我慢ができずにそのシチューを受け取る。
「美味しいですね!」
久々に食べたちゃんとしたご飯はすごく美味しかった。多分お腹が空いていたのも重なってさらに美味しく感じたのだろう。
「だろ〜うちのサラが作る料理は天下逸品なんだぞ!!」
お調子者のコルコが鼻を高くして自慢する。
「そういえば、アルトリアさんはなぜ〈ギラメ〉へとお一人で目指してらっしゃるのですか?」
全くもって考えていなかった事を聞かれてしまった。
(流石に…魔術の研究なんて言えないよね〜)
「そうですね…お話ししましょうか。私は旅の物書きをしています。それゆえに新たな刺激を求めて新しい街、新しい街を目指しています」
「では、その次の目的地が〈ギラメ〉ということですか?」
「はい。そうなります」
「なーなーアルトリアちゃん!ちょっとばかし、聞かせてもらえないかい?そのお話ってやつを!」
「おい!コルコ!!」
「いいじゃねーかカイン。俺らは毎日任務任務の日々なんだからさ」
「ええ、構いませんよ。コルコさん」
そうして、アルトリアの語り出しと共に夜は更けていくのであった。
@
アルトリアたちの御一行は次の日太陽が昇り始める前から移動を開始していた。
パットの話によると、昼過ぎには〈フェン〉と言う村に到着する。この〈フェン〉の村を越えればすぐに目的地〈ギラメ〉に到着するらしい。
のどかな田園風景が広がる道をゆっくりと一行は進む。
しかし、アルトリアは違和感を掴んでいた。
(何かおかしい…)
「この村の様子が少しおかしいですパットさん。なるべく早く行ったほうがいいかと思います!!」
「えーおかしいか??」
コルコが口を挟む。
「コルコちょっと黙ってて、アルトリアさんはなんでおかしいと思うの?」
「…先程から田園が広がっているというのに人がいないというのは少し異常です」
そう、違和感を感じていたのは田園に人が誰もいないということだ。
天気が良くさらにはもうすぐお昼といった時間に田園の整備をしている人がいないというのはおかしすぎる。
「確かにそうですね。少し急ぎますよ!!」
馬の足を速めて急ぎ村へと向かう。
そして、アルトリアは村の現状を知る。
「なん…て、こと!??」
その場にいた誰しもが驚愕する。村の住人がそこら中で倒れていたのである。
「た、たすけなきゃ!!!」
医術士であるサラが一番に駆け出す。
「待って!!!」
叫んだ声の主はアルトリアである。
「待ってて、アルトリアさんこの村の人が…」
「わかってます。でも、待ってください」
アルトリアは、馬車を降りて倒れている村人の側へ近寄る。
「ーーこ、これは!???」
アルトリアの本領を発揮するのは次回ぐらいになると思います。
感想、誤字の指摘、評価などを頂ければうれしいです。
どうかよろしくお願いします!