野外学習編28-3
「ティリエラン姫がいないとこんなものか」
拍子抜けと言わんばかりのフレオールの眼前では、ロペスの竜騎士見習いらと、ロペス出身の教官が一人、でんぐり返しをひたすら行っている。
フリカ、タスタルの旗を奪った後、ロペス勢を強襲し、ベルギアットが昔ばなしを語り出しただけで、五本目の旗をゲットできた。
次はシャーウの陣営だが、無警戒だったロペス勢と違い、残る二つの陣営はおかしいことに気づき、警戒はしているのを、フレオールは『マジカル・クレアポイアンス』で確認している。
が、同時に、協力して異常事態に備える動きもないのを、フレオールは確認している。
争旗戦において、一時的に手を組んで他国勢に対処するのは、暗に認められている。極端な例が、今回の七ヵ国でまずアーク・ルーン勢を潰そうとする行動である。
ここまで極端なものでなくとも、バディンとゼラントの共同歩調や、フリカの来援などは特段、珍しいものでもない。去年にしても、バディンとタスタルは暗黙の内に連携して、ワイズと対峙している。
だが、その連携も、クラウディアとナターシャの関係が良好であるから成立した一面がある。そして、ウィルトニアとフォーリスの関係を思えば、ワイズとシャーウが協力することはないだろう。
とはいえ、あまりゆっくりしてもいられない。たった二人と二頭しかいないアーク・ルーン勢は、おそらくマトモに戦えば、ティリエランを欠く、目の前ででんぐり返しをしている連中にも負けるだろう。
ウィルトニアもフォーリスも協調性を欠くが、頭が悪いわけではない。異変を察知すれば警戒するだけではなく、家臣に調べさせているだろう。そして、でんぐり返しをしていない面々、ティリエラン、クラウディア、ナターシャ、ミリアーナ、シィルエールらフリカの竜騎士見習いと接触すれば、耳をふさげばいいだけのベルギアットの特殊能力は知られ、カンタンに対策を取られるのは明白だ。
「時間をかければティリーらが私たちの対処に動くでしょうしね。もっとも、今ごろは後始末に忙しくて、それどころじゃないでしょうが」
イリアッシュが言うとおり、現在、バディン、ゼラント、タスタル、ロペスの、ライディアン竜騎士学園の生徒の半数以上が、でんぐり返ししかできない身となっている。
ただでさえ危険な雨の山中で、しかもここには多数がドラゴンが集っているのだ。でんぐり返ししかできない生徒らを放置すれば、事故が起きてケガ、ヘタすれば死者を出しかねない。それもドラゴンらによる可能性が高いのだ。
重力操作と違い、ベルギアットのもう一つの能力は人間に通用しない。だから、竜騎士見習いがでんぐり返しを始めた後、主からの命令が途切れたドラゴンらはしばらく棒立ちとなるが、すぐに好き勝手に動き出す。
人を主と定めようが、主に使役されていない時は、野良ドラゴンと大差はなく、七竜姫のそれを除くバディン、ゼラント、タスタルの生徒らが従えるドラゴンは、現在、自由行動に戻っている。ロペスの生徒らが従えるドラゴンも、間もなくそうなるだろう。
主からの命なくば、ドラゴンらは人を襲うということはないが、一方で主以外の人間には取り立てて配慮もしない。地べたででんぐり返しをしていて歩くのに邪魔なら、主以外の人間は気にせず踏み潰していくこともあり得るのだ。
だから、ティリエランらは従えるドラゴンを通じて、でんぐり返しの姿勢のままぺしゃんこにされないよう、他のドラゴンへの呼びかけと誘導をしなければならない。
それだけではなく、クラウディアとアース・ドラゴンと契約しているフリカの竜騎士見習いらは、その能力を使って土壁の囲いを作り、でんぐり返しをしている学友らが、危険な場所に行けないようにもしている。
もうすぐティリエランらはロペスの生徒らにも、同様の処置と対応をするためにやって来るだろうが、フレオールらからすれば、それはシャーウ勢と相対する時間を稼げるのを意味する。
当然、シャーウ勢をバディン勢やタスタル勢などと同じ状態に持っていけば、本命であるワイズ勢と戦う時間を得られる。
だから、再び息を整えただけで、フレオールがベルギアットと共に、イリアッシュの駆るギガに乗り、シャーウ勢へと向かって進発する。
泥まみれになって、でんぐり返しを繰り返すロペスの竜騎士見習いらとプラス一名をそのままにして。




