野外学習編28-1
野外学習の最終日も、空から降り注ぐのは陽光ではなく、パラッパラッとした小雨であった。
それでも、大雨の中、ずぶ濡れとなって争旗戦を行うよりはマシではあると、この天候に多少は幸いと感じるゆとりは、七竜姫、特にクラウディア、ミリアーナ、そしてティリエランにはなかった。
小雨の中、朝食後に開始された、野外学習の最大のイベントである争旗戦は、始まったばかりだというのに、バディン、ゼラントが脱落しかけていた。
バディンの旗と共に、アース・ドラゴン『ランドロック』の背にあるクラウディアは、ギガント・ドラゴン『ギガ』を駆るイリアッシュと一騎打ちの状態にあり、ゼラントの旗と共にフレイム・ドラゴン
『バーストリンク』の背にあるミリアーナも、フレオールとベルギアットを相手取る苦しい状況にある。
この場にはティリエランもいるが、彼女は立場上、クラウディアやミリアーナに加勢できないが、乗龍たるアイス・ドラゴン『フリーズドライ』の背中で歯噛みできるだけマシである。
ランドロックやバーストリンクの他に、バディンやゼラントの生徒らのドラゴン二十数頭がいるが、その背に跨がっていた竜騎士見習いらは、今や長雨でビチャビチャの地面の上にあるだけではなく、全員、でんぐり返りをしながら、危地にある王女らから離れつつあった。
彼らとて、好きで泥だらけになっているわけでも、間抜けな姿をさらしているわけではない。身体の自由を完全に奪われ、勝手にでんぐり返しをしているのだ。
アーク・ルーン勢、つまりフレオールとイリアッシュの対処をどうするか。七竜姫らで話し合った結果、まず敵国の旗を奪い、同盟国同士で改めて競い合うことに決めた。
七ヵ国、百のドラゴンが一ヵ所に集うと、場が混乱して事故が起きかねない。だから、アーク・ルーンの旗を奪うのは、バディンとゼラントとし、他の五ヵ国は吉報を待つことにした。
人の姿になれるベルギアットはともかく、ドラゴン族で最大の体躯を誇る、ギガント・ドラゴンの姿はとにかく目立つ。もっとも、ギガの姿を万が一にも見逃しても、側にいるティリエランが乗竜を一つ吠えさせれば、標的の位置は明白になる。
ドラゴンを駆っての二十数人がかりとなれば、多勢に無勢、フレオールとイリアッシュを下すのもわけないという考えは、この信じ難い現状へとつながった。
それでも、クラウディアもミリアーナも諦めずに抵抗し、
「ハアアアッ!」
「ガアアアッ!」
ミリアーナは乗竜と共に炎を生み出し、フレオールの接近を阻む。
雨のせいで火勢は弱まるが、そのおかげで火が燃え広がらずにすんでいるとも言える。
ゼラントの王女とドラゴンが打ち立てる炎の壁に、フレオールの足は止まったが、
「はい、ゲット」
空間を渡り、ミリアーナの背後、バーストリンクの背中に出現した、アーク・ルーンの旗を背中にくくりつけたベルギアットが、ゼラントの旗を手にし、その脱落が決定すると、その直後、バディンも旗を奪われていた。
クラウディアは乗竜に命じ、土壁を建ててイリアッシュの接近を阻もうとしたが、ギガント・ドラゴンの巨体はそれで止まるどころか、土壁を踏み砕いてのける。
さらにイリアッシュは、そのまま乗竜をランドロックへと肉薄させ、巧みにその巨体を使ってランドロックを抑え込んだ瞬間、跳躍して相手のドラゴンの背に飛び移る。
ランドロックの背に降り立ったイリアッシュは、二丁のトンファーを両手で抜きながら、真っ直ぐクラウディア、正確にはその後ろに立つバディンの旗へと向かう。
迫り来るイリアッシュに、クラウディアも刀を抜いて迎え撃つが、両者の実力差は元より、精神的な優劣は歴然だ。
駆け寄る勢いと膨大なドラゴニック・オーラを乗せた右のトンファーを振るい、機先を制されたクラウディアが、それを受け流さず、マトモに受け止めて姿勢をやや崩れたどころに、イリアッシュは左のトンファーを繰り出す。
そして、無理に左のトンファーをかわし、姿勢が不安定になったところに、イリアッシュの足払いを食らい、クラウディアはその場に尻もちをつく。
が、尻もちを突きつつも、とっさにクラウディアは刀を振るい、それでイリアッシュの左足を、皮一枚ほど斬ってしまい、
「……ク、クラウディア! ルール違反により、失格っ!」
ティリエランの判定が下り、バディンの王女がハッとなった時には遅く、わざと皮一枚の傷を負った相手が、祖国の旗を手にするのを傍観せねばならなかった。
そして、早くもバディン、ゼラントの脱落させ、奪った旗をベルギアットが亜空間に収納している間に、
「我は求めん! 千里の先を映す瞳!『マジカル・クレアポイアンス』!」
ドラゴンという巨大な生物が十数頭と固まっているのだ。遠目でもその姿を辛うじて見ることができるが、それではそのドラゴンらがどの国の集団であるかまではわからない。
ゆえに、フレオールは術を使い、ワイズ、タスタル、フリカ、シャーウ、ロペスの位置を正確に把握するや、
「イリア、あっちだ。次はタスタルを叩く」
「了解しました」
ギガの背中に二人と一頭が乗り込むや、フレオールの指示に従い、イリアッシュは乗竜をタスタルの陣地へと飛翔させた。
クラウディアとミリアーナが率いるバディン、ゼラントの竜騎士見習いらが敗れ、二十数名が未だでんぐり返し繰り返す状況に戸惑うティリエランを残して。




