野外学習編27-1
「つまり、この旗を奪い合うわけですか」
「ええ、そうです。この旗を七つ、今年は八つですが、これを全て集めた国が優勝となります」
肉の焼ける香ばしい匂いの漂う、先日、できたばかりの洞穴の中で、ベルギアットは二十年以上も形式的に仰いできた国旗を手にしながら、争旗戦のレクチャーを去年から仰ぐ旗を変えた小娘から受ける。
野外学習も最終日の前日。降り続く雨で例年のように、ドラゴンと広大な野山を用いた訓練が思うように進まないものの、それでも明日はその訓練と、日頃の成果を活かす、この行事の最大の目玉、争旗戦が行われるので、夕食を取りながらその打ち合わせのために、先日、ワイズからの使者の応対に使った洞穴に再び集っていた。
国ごとにわかれての対抗戦となる争旗戦の打ち合わせとなると、最低でも七人は集まらねばならないが、すでに彼らは天幕を片づけ、ライディアン竜騎士学園の教官や生徒らで寝泊まりの場所は他に移っている。
降り続く雨のため、天幕での生活に無理が出てきたため、昨日からアース・ドラゴンの能力を用いて洞穴をいくつも作り、そこに荷物を持ち込んだのだ。
さらにフレイム・ドラゴンの能力を用い、洞穴の適当な岩を暖め、それで暖をとったり、料理をしたりして、雨のためにたきぎが手に入らない問題もクリアしている。当然、洞穴に料理した際の煙が充満しないように、そこはエア・ドラゴンの能力で対応している。
駆ってきた羊をさばき、それをゼラント代表のミリアーナが熱した岩で、アーク・ルーン代表のフレオールが岩塩をふりながら焼き、それで生じた煙をフリカ代表のシィルエールが外に吹き飛ばす。そして、最年少者三人が焼いた肉を、他の五ヵ国の代表者、教官のティリエラン、それとイリアッシュ、ベルギアット、レイドが口にしながら、争旗戦のルール確認していた。
もっとも、争旗戦ルールを確認せねばならないのはフレオールとベルギアットぐらいのもので、このような場を設ける真の目的は、明日の勝負に備えて各国の代表たちがその意気込みを見せ合うことにある。
一人で全員分の肉を、岩塩をふりかけながら焼くフレオールは、
「旗を奪われた国は、その時点で敗北。だから、各集団は攻めよりも守りを重視する傾向がありますね。その最たる要因は、相手をケガさせてはいけないというルールにあるのでしょう」
イリアッシュがベルギアットの語るルール説明に耳を傾けている。
「ケガをさせてはいけない。一見、妙なルールに思えますが、これが争旗戦の肝なんです。ドラゴンは力の強さは言うまでもないでしょうが、だからこそ、それをコントロールする難しさを学び、高めるのが、この行事の主旨となりますね」
「って、そのルールだど、ドラゴニアンが最も有利となりますかね」
ベルギアットは小首を傾げる。
ドラゴン族の中で最も非戦闘向きの能力を有するドラゴニアンは、普通ならば戦いや競争にてきさない。が、単純な戦闘力より力加減を重視するなら、やり方次第で普通のドラゴニアンらはいくらでも活躍できるが、
「だけど、それ以前に、レイドがいる時点で、これ、勝負にならないんじゃないですか? 双剣の魔竜なら、何十ってドラゴンの攻撃をさばいて、旗くらい軽く奪えるでしょうし」
「ええ、去年は正にそんな展開になりました」
イリアッシュが肯定すると、去年、どれだけ土の壁を建てようが、どれだけ雷を放とうが、どれだけ氷は荒れ狂わそうが、どれだけ闇を操ろうが、してやられたクラウディア、ナターシャ、ティリエラン、フォーリスの面々の表情は苦い。
ドラゴンたちが束になって攻撃してもレイドの足は止められず、そして一端、肉薄されると、七竜姫程度の腕では双剣の魔竜に対応できるものではなかった。
ドラゴンは大木を一撃でへし折る力があるが、争旗戦の勝敗を分かつのは、大木から舞い散る木の葉を二枚とする器用さで、それを有するドラゴンはレイドのみである。
「レイドほどとんでもない動きを見せたわけではありませんが、アーシェ姉様が在学時も、単騎突進で決着がつきました」
ワイズの争旗戦五連覇の要因を語る。
「では、ワイズが数で劣るのは、ハンデにもならないんじゃないですか?」
「そのようなことはないっ! 去年の敗北より学び、双剣の魔竜への対策は考えている!」
声高に叫ぶクラウディアだけではなく、レイドへの対策はウィルトニア以外、考えてはいるだろう。
クラウディアらにとって問題とすべき点は、立てた対策が通用するかだが、
「まあ、無理だろうな」
肉を焼きながら口には出さず、フレオールはその対策を否定する。
ヅガートすら対処できなかったレイドの実力だ。クラウディアらに封じられるほど甘いものではないだろう。
「そうだな。レイドを頼ってばかりでは情けない限りだし、先の敗戦で使えなかった技を、明日はぜひ試したいものだ」
言って何気ない動作で、ウィルトニアが水気をたっぷり吸ったたきぎに、左右から軽く両の手のひらを叩きつけると、一本のたきぎが真ん中から爆ぜ割れて真っ二つとなり、
「ちょっと待てっ!」
肉を焼く手を止めたフレオールだけではなく、イリアッシュ、ベルギアット、六人の七竜姫、そしてロペスの代表である二年の男子生徒も一様に驚く。
「い、いったい、何をしたのですか?」
「大した技ではありませんよ、ナータ先輩。軽くドラゴニック・オーラを左右同時に叩きつけただけです。私は皆よりドラゴニック・オーラの量で劣るので、少なくて大きな破壊力を生み出せるよう、工夫せねばならなかっただけです」
「それ、工夫ってレベルじゃなく、神技という領域の話ですよ。瞬時の狂いもなく同時に、寸分の違いもなく同じ力、それを左右から加えて成立する奇跡だよ」
ミリアーナの言葉に、フレオールやクラウディアらは驚嘆の表情のままうなずく。
「つまらん芸だ。先の戦いでは、何の役にも立たなかった」
「毒矢を射かけられたら、どんな技も出す余地がないからな」
フレオールのミもフタもない指摘に、しかしウィルトニアは真剣な表情で、自分が得た教訓を口にする。
「ああ、そうだ。真の武勇とは、こんな小手先のものではない。先の戦いで矢の雨を全てしのいだ、早く的確な動きと剣さばき。基本をただ高みにまで重ねること。ヅガートに負け、敗走する最中、自分の情けない姿と、勇戦するレイドの姿を見て、つくづくそれを痛感させられた」
が、しみじみとそう語った後、アーク・ルーン帝国に最も多くを奪われた七竜姫は、一転、獰猛な笑みを浮かべ、
「だから、アーク・ルーンに受けた借り、明日にはアーク・ルーンにそのほんの一部を返したいので、頑張ってくれ。とにかく、傷つけねば、腹を殴ろうが、顔を踏もうが、ルール違反にはならんのだからな」
「ウィル、あなたの気持ちはわかりますが、立場を忘れてやりすぎないように。たった二人を相手にやりすぎた時点で、ワイズの五連覇はなくなりますから」
王女にあるまじきセリフを注意するロペスの王女の言うとおり、争旗戦において最も不利なのがワイズアーク・ルーンである。
何しろ、十人に満たないワイズ勢より、ずっと数が少ないのだ。
それでも、戦闘時はやたら冷静になるウィルトニアは心中ではそれほど心配していないが、それよりもはるか注意すべきは、ルールを無視する以上の行動に竜騎士見習いらが出ることである。
野外学習というより、争旗戦を行うにおいて、最も頭の痛い問題は、たった二人のアーク・ルーン勢をどうするか、であった。
別の国の集団に組み込むのも、七竜連合とアーク・ルーンの関係からして難しい。
それゆえ、七竜姫らは議論の末、アーク・ルーン勢のみ、たった二人で一集団として、そこにティリエランが監視役として張りつくことにした。
タスタルやフリカの兵が多く、アーク・ルーンの捕虜となっているので、フレオールらを殺したり、大ケガさせたりするのはよろしくない。だから、ティリエランが常に側におり、やりすぎないよう目を光らせることにしたのだ。
先の学園占拠事件の時とは違う。屋外ならばドラゴンと共に戦える。いかに強くても、たった二人を倒すのはわけなく、気をつけるべきは味方の暴走のみ。
そうした七竜姫らの思考が手に取るようにわかるので、
「ったく、ベル姉がかつて、うちの軍勢一万以上を、単身、追い払ったのを忘れているのかねえ」
話している間に焦げた肉をどけながら、新たな肉を焼き始めるフレオールが、ぼそっとつぶやいた一言が、七竜姫らの食欲を失せさせたのは言うまでもない。




