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入学編2-3

 二年生と三年生は各自の教室、一年生は特別教室の一つに、教官を二人ずつつけて待機させ、現場には学園長と七人の教官が残り、二人の教官がロペス王への報告にドラゴンを駆り、残りの教官は被害者らの遺体の保護と、学園の下働きらが騒ぎ出さないように抑えに回る。


 昨日の入学式のトラブルと違い、死者が出たのだ。内々に処理できるものではなく、とにかく事態をロペス王に伝え、一学園としてではなく、ロペス王国として対応しなければならない状況である。


 無論、事態を伝えるだけではなく、詳しく調査した結果を、学園長ターナリィ自らが後刻、ロペス王に伝え、善後策を講じねばならないだろう。


 不謹慎な言い方をすれば、死んだのがロペス王国の者だけなら、まだ国内で処理できたが、四人の死者の内、三人の男子生徒はバディン、教官はゼラント出身であるので、外交問題にならざる得ない。


 ライディアン竜騎士学園がロペス王国の領内にある以上、学園の不祥事はロペス王国が責任を取らねばならないが、対応を誤ると、七竜連合の内で対立してしまい、アーク・ルーンに利することになる。


 ターナリィは外交問題にならないための材料を探し出すため、とにかく事態を詳しく把握しなければならなかった。


 殺害現場にいるのは、計十六名。七竜連合の各国とアーク・ルーンで、ちょうど二人ずつとなったのは、被疑者二名以外、外交面を配慮したためである。


 ティリエランを含む七竜姫と、ティリエランを含む教官が七竜連合の各国から一人ずつとし、ここにターナリィが加わることで、七竜連合の各国から二人ずつという構成になる。


 そして、その十四名が恐れる色を見せない、魔法帝国アーク・ルーンの大宰相ネドイルの異母弟フレオールと、敵国に帰属したイリアッシュを取り囲む態勢を取る。


「それでは、まず、確認です。この教室で死んでいたのは、四人。三人はバディンの二年生。校庭での訓練を抜け出し、何らかの理由でここにいて、殺害された。もう一人はゼラントの教官。彼は校内の巡回をしており、何らかの異変に気づいて、ここに来て殺害された。そうした推測が成り立つ状況であった」


 ターナリィが一同を見渡しながら、状況を整理していく。


「次に、その四人は、その開いていたロッカーの前で死んでいた。一年生がこの教室を出た時、ロッカーは全て閉まっていて、またそのロッカーにはカギが壊されていた。そして、開いていたロッカーは、イリアッシュのものであった」


 ここで視線をシィルエールに固定し、


「当人にたずねる前に、シィルエール、あなたはここに戻って来て、開いているロッカーの中にあった指輪を見ると、悪魔が封じてあると言い、皆に注意しました。今もその指輪を見て、それは間違いでないと言えますか?」


「はい。間違いは、ありません。この指輪は魔を封じ、その封じた魔に持ち主は命令できる。主に何かしらの番人に用いるもの。昔、見た文献に、そうとあった」


 上級の魔術まで修めているフリカの王女は、しっかりと答えて、少しも不安な素振りも見せない。


 無論、完璧を期すなら、シィルエールだけではなく、対魔学の講師として学園にいる、本職の魔術師にも鑑定してもらうべきなのだが、どのような外交問題になるかわからない案件なので、政治的な判断を優先して、ターナリィはアーク・ルーンからの亡命者を省く選択をしたのだ。


「でも、おかしな点がある。指輪に封じてあるのは、小悪魔。不意を打たれたからとはいえ、私たち竜騎士を倒すのは無理なはず」


 この追加情報に、二人を除いて困惑する。


 悪魔には階級があり、その中でも小悪魔は最弱の存在だ。その小悪魔に竜騎士が四人、三人は見習いとしても、一人は正式な竜騎士なのだ。


 小悪魔くらい、竜騎士見習いでも、数匹まとめて倒せるだろう。そもそも、小悪魔一匹に負けるようでは、七竜連合はアーク・ルーンに攻められる前に、周辺諸国との戦いに負け、とっくに過去の存在と化していただろう。


「わかりました。その点は記憶しておきましょう。では、イリアッシュ、あなたにいくつかたずねます」


 この場で魔法の知識に秀でているのは、フレオールとシィルエールの両名のみ。フレオールにたずねるなど論外であり、シィルエールがハッキリわからないとなれば、他の門外漢がいくら考えても無駄なので、ターナリィはその疑問点を後回しにして、視線をイリアッシュに移す。


「シィルエールはこの指輪に悪魔が封じてあると言っています。そして、唯一、開けてあった、あなたのロッカーの前で、今回の被害者たちが死んでいた。指輪の中の悪魔が、四人を殺した。その点を認めますか」


「状況的にそうだろうと思います。ただ、その点は当事者に聞くのが一番と思います。イリアッシュの名において命じます。この部屋で汝がしたことを述べなさい」


〈了解した。主よ〉


 やや人の発音と異なる感じはするものの、間違いなく指輪から人の言葉が発せられ、七竜連合側の十四人は軽く驚かされる。


 その中でシィルエールがややいぶかしいげな反応を見せたのに誰も気づかぬまま、


〈我が主より命じられ、このろっかーなるものを守護していると、三人の人がこのろっかーのカギを壊し、守護を仰せつかったモノ、主の私物に手をかけたので、成敗した。そして、新たにやって来た人が、同じく主の私物に手をかけたので、これも成敗した〉


「つまり、四人の命を奪ったのが、イリアッシュ、あなたのその指輪であることが……」


「学園長、教官の方はともかく、三人の先輩はイリアのロッカーを壊してまで、何で私物を盗ろうとしたのですかね?」


 言葉をさえぎってフレオールが指摘した点は、正にターナリィが触れるのを避けていた部分だったので、彼女は言葉に詰まってしまう。


「キサマッ! バディンの竜騎士を愚弄するかっ!」


 沈黙したターナリィに代わり、クラウディアの傍らにいる大柄な三十代半ばの、バディン出身の教官ギドマンが、その体格にふさわしい大きな怒声を放つ。


 もっとも、そんな見せかけだけの迫力に気圧されるフレオールではなく、


「いえ、教官殿。彼らが哀れな犠牲者と理解してますよ。きっと、誰かに命じられてやらされたんでしょう。こういうことを何回かやって、オレたちが困ったところに、助けて恩を着せ、オレたちを取り込む。そんな小細工の犠牲者でしかないのは、ちゃんと理解してますよ」


「なっ!」


 この推測にイリアッシュ以外が目を見張るも、その反応の源は大別して二つに分けられる。


 ティリエラン以外の教官は、あまりに心外なことを言われたゆえ。


 が、学園長と七竜姫は違う。昨日の夜、フォーリスが提案したのは、正にフレオールの口にしたものであった。


 イタズラを何回か繰り返し、フレオールらが困り果てた頃合いに、フォーリスが声をかけ、シャーウ派が味方について助け、フレオールらを取り込む。


 このフォーリスのやり方を快く思わなかったものの、最終的に全員が合意したので、まずクラウディアが三人の家臣を卑劣な策に用い、彼ら三人を失う事態を招いてしまった。


 完全に卑劣な策を見破られ、人死にが出るほどの手痛いしっぺ返しを食らった八人は、ぐうの音も出ない状態になる。


 が、裏面の事情を知らない六人の教官は、険しい目つきで敵国の一年生を睨みつけ、


「どこまで我らを愚弄する気だっ! これ以上の放言、侮辱は許さんぞ!」


 ギドマンが先ほどより声量の増した怒声で吠える。


「ギドマン教官の言うとおり、憶測での発言はしないよう。たしかに、死んだ生徒らに怪しむべき点はありますが、だから、あなたの憶測が正しいとはなりません。証拠がない以上、軽率な判断をすることは許しません」


 真相が極めて不利なため、ターナリィは強引にフレオールを黙らせようとする。


 が、学園長の強弁に一介の生徒は負けておらず、


「証拠か。なら、状況証拠をお見せしましょうか」


「状況証拠ですか?」


 フレオールの意図がわからず、首を傾げたのは、ターナリィだけではない。イリアッシュを含む全員が、その発言の意味するところが理解できなかった。


 死んだ三人の男子生徒の怪しむべき行動と、カギを壊されてこじ開けられたロッカー、これらが状況証拠の全てであり、他にあるとは思えないし、仮にあったとしても不確かな状況証拠である以上、強弁で誤魔化すのは可能なはずだ。


「イリア、状況証拠を示すように言ってくれ」


「わかりました。状況証拠を示して下さい」


 答えるイリアッシュは、アーク・ルーンに寝返ったとはいえ、魔法に関する知識は、シィルエールの足下に及ばないレベルだ。が、わけがわからないまま、フレオールの指示に従い、アーク・ルーンからもらった防犯アイテムに指示を出す。


〈理解した。主よ〉


 指輪に封じられた悪魔が応じるや、この場にいる一同は強大な魔力の発現を感じ、


「……小悪魔じゃない、やっぱり」


 このシィルエールのつぶやきに誰も気づかぬまま、フレオールを除く、持ち主であるイリアッシュさえ含む十四人は、死んだ三人の男子生徒が出現したことに驚く。


「……な、な、何ですか、これは!」


「魔法でこの場で起きたことを再現してもらっている」


 ターナリィの疑問にフレオールが答えたとおり、目の前に現れた男子生徒らに実体があるように思えず、また映像の中のイリアッシュのロッカーは、まだ閉じられたままである。


 三人の男子生徒は辺りの様子をうかがいながら、イリアッシュのロッカーに近づき、強引にこじ開けようとしながら、何やら興奮して上ずった声で会話を始める。


「これがイリア先輩のロッカーか。この中にイリア先輩の私物があるわけだ」


「運動着はあるはずだ。替えの下着とかあってくれたら、ラッキーだけど」


「おいおい、そんなものどうする気だ?」


「どうするか、決まってるだろ。どうせ、盗んで捨ててしまっていいなら、オレたちがもらっても構わないだろ」


「そりゃあ、そうだ。けど、三人で山分けだぞ」


「わかっているって。しかし、実物を味わいたいなあ。毎晩、ヤッてる、あのアーク・ルーンのガキがうらやましいぜ」


「まったくだ。何でも、あのガキ以外ともやっているって話だぜ。もう十人ぐらいと寝てんのかね」


「いや、百人くらい、いってんじゃね。ホント、アーク・ルーンの奴ら、うらやましいぜ。ああ、オレも一発でいいから、イリア先輩とやりてえ」


「ああ、どうせ、殺すなら、死ぬ前にやらせてくれねえかな」


「うちの王子、やる前に死んだって言うし、オレたちで仇を射ってやるべきだろ」


「たしかに、アレを抱けずに死んだってなら、さぞかし無念ってやつだわ」


 あまりにも酷い会話の内容に、誰もが不愉快な表情となるか、顔を赤らめている中、わりと平然とした様子のフレオールとイリアッシュは、


「イリア、オマエ、人気あんな」


「いやあ、品性を疑いたくなるような、格調の高い会話ですねえ」


 これに恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしていたギドマンが反応した。


「キサマッ! そんなに死者をおとしめるのが楽しいかっ!」


「いや、死者におとしめられているの、私の方なんですけど」


 この反論に、同胞の恥ずかしい振る舞いに、怒り狂っているギドマンだが、


「……ザナルハドドゥ! 上級悪魔!」


 常に声が小さいシィルエールが、珍しく張り上げた大声よりも、その内容に驚いたか、バディンの教官が張り上げようとした怒声を引っ込める。


 映像の中に新たに現れた悪魔ザナルハドドゥは、三メートル近い体長と、三つのドラゴンの頭部を有し、小悪魔と言われても納得できないくらい迫力があった。


「何で、あの指輪にあんな悪魔が封じられるの?」


「ああ、これは最近、二年前にくらいに確立された新技術だからな。たしかに、あんたが知らんのは無理もない」


 シィルエールの疑問に、フレオールが端的に答える。


 他国に亡命した魔術師たちは、現在のアーク・ルーンを知らないため、当然、その知識はやや古く、彼らから魔術を習ったシィルエールの知識も自然と一昔前のものとなってしまう。


 特に、フレオールの二つ年上の異母兄は、魔道戦艦、魔甲獣の二大兵器を開発するほどの天才であり、彼の存在で魔法帝国アーク・ルーンの魔道技術が一変してしまったと言っても過言ではない。


 ここ十年、アーク・ルーンにいるといないでは、マジック・アイテムに関する基礎知識に大きなズレが生じるほどだ。


「むっ、こいつ、わざと一人、殺さなかったぞ」


 三人の男子生徒の内、二人は即死したが、一人は辛うじて生きている場面を見て、ウィルトニアが苦い口調でつぶやく。


 ロッカーのガキを壊し、見事、イリアッシュの運動着をつかんだ瞬間、突如として出現したザナルハドドゥの三つの頭部は、三人の男子生徒にドス黒い息を浴びせ、二人は顔がただれて息絶えた。


 もう一人も顔がただれはしたが、他の二人ほどではないので、床に倒れてもがき苦しんでいる。


 明らかに死んだ二人に比べ、浴びた黒い息が少なかったのは、ウィルトニアの指摘したとおりにわざとなのだろう。


 その証拠に、ザナルハドドゥは足元で苦しむ男子生徒を見下ろすだけで、すぐにトドメを刺そうとしなかった。


 苦しむ男子生徒がザナルハドドゥに殺されるのは、ドラゴンの音無き鳴き声で助けを求めた直後だった。


 上級悪魔の映像再現度はハンパなく、この場にいる十五人は先ほどの助け求める声を再び聞き、今度は男子生徒の断末魔の叫びも耳にし、同時にザナルハドドゥの姿も消える。


「これが、悪魔。ドラゴンに近い姿だから聞こえたのかはわからない。けど、助けを求めさせ、新たな獲物が来るように仕向けた。指輪に封じられ、制約された中でも、できるだけ殺し、あざむき、争いを起こそうとする」


 シィルエールの語る内容が、悪魔を使う際の難しさである。


 チンケな小悪魔でも、時にシャレにならないトラブルを引き起こすことがある。まして、上級悪魔となれば、どれだけ狡猾に振る舞うかわかったものではない。


 三人の男子生徒が死に、四人目の犠牲者が教室に駆け込み、当然、そのゼラントの教官は驚いている。


 が、驚きつつも、生徒らの死体を調べ、次に開いているロッカーを調べようとしたのは、当たり前の反応だろう。


 三人の男子生徒と違い、エロいことなど考えられる心理的な余裕はないものの、そのロッカーが女子のであるのに気づき、ためらいはした。が、結局は非常事態と考え、イリアッシュの私物に手を触れた途端、ザナルハドドゥの不意打ちを食らうこととなる。


 警戒していたため、とっさにドラゴニック・オーラを展開し、黒い息をいくらか防ぎはしたものの、完全には防ぎ切れず、顔がただれていき、彼も息絶えて床に倒れ伏す。


 次の獲物を不意打ちするため、再びザナルハドドゥは指輪に戻るも、駆け込んで来たティリエラン、クラウディア、ナターシャ、ミリアーナは、シィルエールの警告を受け、ゼラントの教官の二の舞になることはなかった。


 もっとも、いかに上級悪魔の不意打ちとはいえ、ティリエランらなら防げる公算が高く、そして不意打ちさえしのげば、お姫様らの反撃で、ザナルハドドゥの方が倒されていただろう。


「これ以上は見る必要はありませんね。それとも、もう一度、最初から見ますか、学園長?」


「けっこうです」


「じゃあ、状況証拠を止めて下さい」


〈了解した、主よ〉


 不愉快、極まりない映像が消え、ターナリィはイリアッシュを見据えて、


「では、改めて。イリアッシュ、何か言うことはありますか?」


「いやあ、痛ましい事故ですねえ」


「事故だとっ!」


 この中で最も沸点の低いギドマンが、イリアッシュを睨みつけるも、十五以上も年下の小娘は怯むことなく、ギドマンのみならず、フレオールを除く全員の怒りを前に平然と応じる。


「まあ、過剰防衛だったかも知れませんが、何もしなければ、私の服とかがナニに使われていたか、知れたものじゃありませんから」


 フォーリスの提案を受け、クラウディアは三人の後輩に「フレオールかイリアッシュ、どちらかの私物を盗んで捨てるように」とは命じた。


 命令を受けた側が、フレオールの方ではなく、イリアッシュの方を狙った理由は、先ほどの映像で吐き気がするほど明白だ。


「けど、冗談ではなく、こうして指輪を置いてなかったら、被害を受けていたのはこちらです。非のない教官殿には悪いことをしましたが、これを教訓に二度と被害者は出なくなるでしょう」


「こちらとしても、攻撃されて反撃をするなと言われても聞けない話だしな。当然、身を守る手段は講じていく」


「あなた方、状況が本当にわかっているのですか? 四人もの死者が出ているのですよ。非の有無以前に、人命が失われたこと、その点に思うべきことはないのですか?」


 ターナリィはむしろ悲しみを込めて説くが、フレオールは表情を引き締め、怒りさえにじませた口調で応じる。


「人なら去年、いくらでも死んでいる。そちらは六万人以上、こちらは千七百四十一人。戦えば人が死ぬのが、戦の常識。去年、こちらは戦いを仕掛け、多くを討ち取った。今、こちらは戦いを仕掛けられ、返り討ちにした。オレにとって重要なのは、敵の死体の数ではなく、味方のイリアに害がなかった点だ。戦いを仕掛けておいて、敗れたからと言って、こちらに文句を言うなど見苦しいにもほどがある」


 ここまで言われては、ギドマンでなくとも、七竜連合の者なら怒らずにいられないだろうが、フレオールは相手の怒りなど気にせず、


「そもそも、オレやイリアが防犯の備えをしていないと、調べもせずに決めつけ、軽率な命令を出したから、家臣が無駄に死んだんだよ。オマエら、去年、六万人も死んだのに、何の反省もしていないのか? オマエらが考えなしに命令を下せば、そのツケは全部、兵や民、家臣にいくんだぞ。王宮や学園じゃあ、誰も彼もオマエらにかしずくんだろうが、戦場で敵兵はオマエらの立場や肩書きなど気にしないんだよ。その程度のこともわからんから、戦に負け、兵を死なせ、民に迷惑をかけるんだ。オマエらは降伏せず、戦うことを選んだ以上、その判断の責任は自分で取らんといかんのだ。ったく、無能や低能と論じる以前の話だな」


 ロペスを除いた六人の教官は、主家をとことんバカにされ、怒りに顔を真っ赤にして今にも飛びかからん姿勢となる。


 が、八人の王族は痛いところを突かれ、憮然となったり、うなだれたりして、相手への怒りよりも、自らの羞恥が勝るようになる。


「よくわかった。たしかに、落ち度は当方にある。戦場で非の有る無しを論じても詮ないこと。全ては才や思慮の問題であり、それが欠けていた側が敗れただけ。この上は敗北を認め、潔き態度であらねば、見苦しいだけだ」


 瞑目しながらつぶやいたクラウディアは、右手にドラゴニック・オーラをまとい、


「我が臣が迷惑をかけた。これをその詫びとしてもらいたい」


 左手で髪をつかみ、右の手刀でバッサリと断ち、肩の辺りほどまで黒髪が短くなる。


 これには誰もが、フレオールとイリアッシュさえ目を丸くし、


「なにを、何をなさいます、姫様!」


「落ち着け。こちらの詫びの気持ち、それを目に見える形で示しただけだ」


 最もうろたえるギドマンに、クラウディアは妙に穏やに微笑みかける。


「無論、これだけでは不充分だ。私は生徒会長を辞任する。ナータ、後任を頼む。そのナータの後任はフォウ、それとシィルとミリィには少し早いが、書記として生徒会に参加してもらいたい」


 ライディアン竜騎士学園の生徒会は、優秀な一年生を書記として迎え、将来の後継者を育てておく慣習がある。シィルエールとミリアーナを除くこの場の女性陣は、一年生の頃に書記として生徒会に参加した経験を持つ。


 ただ、一年生が書記として参加するのは、学園の生活に慣れた頃、これまでは早くても入学から二十日目だった。それが入学二日目での書記任命は異例の事態だが、そもそも今年はフレオールらの入学に始まり、最初からおかしなことばかりと言えなくもない。


 突如、会計に任命されたフォーリスは複雑な表情となる。


 彼女はウィルトニアと副会長の選任選挙で敗れ、ウィルトニアの下につくのが嫌で、生徒会の書記を辞めたという経緯がある。


 今もその気持ちは変わらないが、こういう事態が起きたのが自分の発案にあり、その責任を全て取ろうとするクラウディアの言に、空気を読めば、断れるものではなく、フォーリスは渋々、クラウディアの任命を黙認するしかなかった。


「当然、何よりも重要なのは、二度と被害者を出さぬこと。イリアッシュの所持品はあまりに危険だ。できれば、それをこちらであずかりたいが、聞くまでもなく渡す気はないだろう」


 クラウディアの言葉に、イリアッシュはまだ答える段階ではないので、にこやかな笑顔で取り引き材料が出てくるのを黙って待つ。


「危険な所持品は身を守るのに必要であるのだろうが、逆に言えば、身の安全さえ保障されたなら、悪魔を頼る必要はないはず。だから、私が人質となろう。もし、フレオール、イリアッシュの両名に危害が加えられた場合、この身、このクラウディアを、いかように処分してもらっても構わない」


「な、な、何を言われます、姫様! 姫様がそのようなことをする必要がありません!」


「ひかえろ、ギドマン。今はこのクラウディアが話をしている」


「で、ですが、姫様……」


「ひかえろと、この私が言っている。聞こえないのか」


 王女にそこまで強く言われては、家臣がこれ以上、逆らえるものではない。ギドマンは頭を下げて命令に従う。


「学園長、無理を言いますが、私を明日から一年生らと学べる手配をしていただきたい。側におらねば、フレオールらから信用されませんし、彼らの身の安全を計れるものではありません」


「……わかりました。異例のことですが、もうそんなことは珍しくありませんね。あなたの意向に沿うように計りましょう」


 フレオールの側にいるということは、兄を見捨てて死に追いやった、憎んでも余りあるイリアッシュの側にいることになるのだ。その辛さを承知で、自分の軽率な判断が、三人の家臣を死に追いやった責任を取ろうとする姿勢を見せられ、異例の処置のバーゲンセールを学園長は承認する。


「ありがとうございます。私のわがままを聞き届けていただいたこと、心より感謝します。このことは父に報告しておきますので、バディンとロペスの友好が、より一層、強いものとなるでしょう」


 言外に、バディンのロペスに対する責任追求が軽くなるよう、口添えする点を告げる。


 今回の件で、バディンとゼラントの王は、ライディアン竜騎士学園と、それを管理するロペス王国に責任を問わねばならない。バディンとゼラントの王には、死者の遺族らの怒りと悲しみを代弁する責務があり、しなければその遺族らのみならず、国内の貴族の信用を失うことになるからだ。


「ミリィ、君も父君に手紙を書いてくれないか?」


「わかりました。ボクにも責任の一端はある話なので」


 ゼラント側の責任追求も軽くなるようにし、クラウディアとミリアーナに、ターナリィとティリエランは無言で頭を下げる。


 そうして味方の側に打てるだけの手を打ってから、クラウディアはフレオールとイリアッシュの両名を改めて見据え、


「バディンの王女にそこまで配慮していただけたなら、こちらもその意気に応じるべきだろう。イリアの意見はどうだ?」


「フレオール様がそうと判断するなら、私はそれに従うだけです。これより害を加えられない限り、害となる防犯はひかえましょう」


 イリアッシュは上級悪魔ザナルハドドゥを封じた指輪をターナリィに提出しただけではない。


「まっ、これも交渉材料の足しにしてくれ」


 フレオールも自分のロッカーを開け、置いてあった防犯用の指輪も渡す。


「フレオール、こちらも配慮に感謝する」

 問題となった指輪は、上級悪魔を封じてある危険な代物である反面、貴重なマジック・アイテムでもある。その二名の所有者がライディアン竜騎士学園の生徒である以上、没収された二個の指輪は学園に管理され、実態としてロペス王国の物となる。


 三人の生徒と教官が一人、四人が死んだ責任を問われるロペス王国としては、学園長であるターナリィに何らかの罰を与えるとしても、それだけですむ問題ではない。その際、手元に二個の貴重なマジック・アイテムがあれば、バディンとゼラントに対する交渉が難易度が異なってくる。正確には、ロペス王国が二個の指輪を交渉材料としたなら、バディン王もゼラント王も国内の貴族をなだめ易くなる。それだけの価値があるマジック・アイテムなのだ。


 加えて、皮肉なことに、今はアーク・ルーンの侵略を前に国家間の関係をこじらせるわけにはいかない、という説得がし易い状況にある。これまた皮肉にも、外交でもめるとどうなるか、タスタルとフリカという実例もある。


「なに、クラウディア姫の潔き態度に敬意を表したまでだ。言えた義理でもないことを言った身としては、これくらいはしないといかんだろう」


 相手が度量を示した以上、己も度量で応じるのは、武人の心意気というもの。


 加えて、さほど赤字の決算でもない。


 指輪を渡したところで、所有権がフレオールらにある以上、相手方によほど優秀な魔術師がいない限り、七竜連合は上級悪魔の力と知識を使うことはできない。


 何より、再びロッカーにイタズラされ、その時にクラウディアが約束を反故にしても、それはそれで構わない。運動着一着、下着一枚で、バディンの王女が約束を反故にしたという実績を得られれば、充分にお釣りが出る。


 無論、クラウディアは約束を破るような人物ではなく、彼女の身柄の価値がどれだけのものかなど考えるまでもない。


 話がまとまり、ターナリィはそっと安堵の息をつく。学園長として処罰を受けるのは仕方ない話だし、それよりも祖国の外交的な目処が立ち、今回のトラブルも乗り切ったという考えは、まだ早計だった。


「大変です、学園長! 生徒らが騒ぎ出し、私どもの手では負えません! 何なのですか、あの映像は!」


 不意に息を切らしながら、一年生の教室に教官の一人が、血相を変えて飛び込んで来る。


 突然、そんなことを言われて、ぴんっときたのは、シィルエールとフレオールのみ。


「……まさか……」


「……イリア! ザナルハドドゥにそのことを問え!」


 シィルエールは青い顔でつぶやき、フレオールも慌ててイリアッシュに確認を求める。


 何が起こっているかわけがわからないが、イリアッシュはその指示に従い、上級悪魔に見事に不和のタネをまかれたことを知る。


「ザナルハドドゥ! あなたは何をしたのですか!」


〈我は主に言われた通り、状況証拠を示したのみ。この場と、この建物の上空と、ここより近い町に〉




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