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野外学習編20-1

 延期されていた野外学習の実施がついに決定されたが、その翌日からこの行事が行われるわけではなく、そのための準備が色々と必要となる。


 その準備の一つに下見があり、生徒会メンバーは事前に、野外学習の舞台となる野山を見て回らねばならない。


 生徒会の者なら年に二回、野外学習を楽しめるという甘いものではない。この下見は日帰りが原則なのである。


 百頭以上のドラゴンがたむろできる広大な野山を、たった一日で一通り見て回るのだから、大変な強行軍になるのは言うまでもない。


 朝早くから短い昼食の時間を挟んで、ほぼ乗竜を駆り続けるハード・スケジュールだ。


 それでも役得がないわけではない。ハード・スケジュールを何とかこなせば、夕刻前に山中にあるやや大きめの湖で、短い時間だが水遊びを楽しむくらいはできる。


 今年は例年より時期が遅く、雨期に入っているので、あいにくのくもり空だが、いつもより気温や水温は高いの時期なので、湖で泳ぐこともできるので、十一人、正確には九人と二頭が水着姿となっている。


 現在のライディアン竜騎士学園の生徒会メンバーの五人、顧問のティリエラン、生徒会長のナターシャ、副会長兼会計のフォーリス、書記のミリアーナとシィルエールは当然、この場にいる。


 この五人に加え、前生徒会長のクラウディア、前副会長のウィルトニアもおり、七竜姫が学園に不在な以上、残りの二人がフレオールとイリアッシュであるのは言うまでもない。


 また、ウィルトニアとフレオールの乗竜たる、双剣の魔竜レイド、魔竜参謀ベルギアットのように水着となっていないが、湖の側には他の七人の乗竜もいる。


 生徒会メンバーが野外学習の下見で学園にいなければ、フレオールとイリアッシュの監視はクラウディアとウィルトニアのみで担うことになり、いつもより甘い監視体制とならざる得ない。


 口実を設けて、生徒会メンバー以外の四人を、この下見に同行させたのは、トラブル防止を優先しただけではない。七竜姫不在の状態を意図的に作るというものもあるが、ともあれ、結果、フレオールは全ての男子生徒が羨まずにいられないほど、眼福な状況にあったが、


「相変わらず冷めた子ですねえ。この光景、普通の男の子なら、鼻の下を伸ばしたり、そわそわしたりするもんですよ」


 一泳ぎして休んでいる人間の男子に、ドラゴンの女子が物陰の方から歩み寄りながら、そう声をかける。


 ちなみに、七竜姫とイリアッシュの乗竜は、皆、オスである。


「ベル姉こそ、そんなはじっこの方にいて、何をしているんだ?」


「何もしてませんよ。もう私はいい年ですから、若い娘に混ざらないようにしているだけです。あの中に入っていくと、惨めな思いをするだけですから」


 自嘲気味に笑うドラゴンに、魔法戦士はやや呆れ顔となる。


 見た目に関しては、ベルギアットはむしろ、クラウディアやウィルトニアより若く見える。無論、容姿に関しても遜色はないのは言うまでもない。


「そんなところで何をしているんだい?」


 ベルギアットに続き、フレオールにミリアーナが近づいて来ると、魔竜参謀は場を譲るというか、若い娘から遠ざかるように動く。


「ちと休んでいるだけだ」


「ふうん。イリアッシュの方をやたらと見ていたようだけど?」


 指摘され、渋い顔となったのは、それが図星だからだ。


 そう意識してのものではないが、休んでいる間、視線がイリアッシュを追っていたのを、言われれば自覚せざるえず、


「いや、キレイだなって見てただけだよ」


「いや、たしかにキレイだけど……」


 ミリアーナがいぶかしげな反応を見せるが、それはイリアッシュの評価に対してではない。


 七竜姫らの容姿はかなりのものだが、イリアッシュの前ではややかすむ印象を受ける。水に戯れる姿は、ベルギアットより幻想的であるほどだ。


 ちなみに、容姿が妖精を思わせるような幻想的な点で引けを取らないシィルエールは、早朝からのハード・スケジュールで、少し水遊びをしたらぐったりとなって、ナターシャに付き添われて横になっている。


 ライディアン竜騎士学園の女生徒は、基本的に白い無地のビキニを着用するようになっており、ティリエランやベルギアットもそれを身に着けている。


 ただ、基本的はそうであって、当人の好みで手を加えてもいいことになっているので、フォーリスの水着はかなり飾り気が多い。


 そうした違いはあるが、客観的に見て、イリアッシュが最もこの水着が似合っているというより、彼女の場合、何を着ても似合うだけの美貌を有しているので、フレオールの「キレイ」という表現を七竜姫たちであっても認めるしかないだろう。


 が、そのキレイな女性はフレオールの側にいるというか、たいていの者は我が物としていると認識しているが、同じ部屋に寝起きしているのだから、そう思わない方がおかしいというもの。


 下世話な想像を巡らしているわけではないが、唯一、男女の相部屋であるから、ミリアーナも何となく二人がそういう関係と思っており、だからこそフレオールが恋人を自慢する風ではなく、むしろ遠くを見るような感じで「キレイ」とつぶやいたことに、違和感を覚えたのだ。


「けど、今更じゃない? そんなこと前からわかりきっていることだよ?」


「ああ、そうなんだよ。昔はただキレイと思っていたんだがな。美人は三日で飽きるって言うが、そいつはどうでもいいんだ。それより、わかっていなかったんだよな。日数を重ねて、人付き合いが深まるなんて程度のことに」


「……つまり、出会った頃より好きになっちゃったってわけ?」


「…………」


 苦い顔で沈黙し、肯定する。


「なら、愛情が深まって、めでたしめでたしなんじゃない?」


「……口は災いの元というが、それさえしてなければ、もっと気楽にいられたんだが……己の未熟さを悔いるばかりだよ」


「ああ、何か、酷いことを言っちゃったわけか」


「ああ、そうだ。それも、イリアだけではなく、イライセン殿にも、な。まあ、見誤った自分が悪いと言えばそれまでだが」


 言って、浮かべた自嘲気味な笑みをすぐに消したのは、イリアッシュが近づいて来るのに気づいたからだろう。


 あと、クラウディアとティリエラン、フォーリスも共にやって来る。ウィルトニアだけは、岩の上で座禅を組むレイドと何やら話している。


「何をしているんですか?」


「ミリアーナ姫と同じことを聞く。ただ休んでいるだけだ」


 イリアッシュの問いに、フレオールがぶっきらぼうに答え、


「そうですよ。皆さんの水着姿に、決して立てなくなっていたわけではないですよ」


 やや離れた場所から、余計なジョークをかます魔竜参謀を、魔法戦士は無言で睨む。


 が、品のない冗談に、クラウディア、ティリエラン、フォーリスは顔をしかめるが、イリアッシュはフレオールの視線を追い、


「やはり、殿方は豊かな方に目が行くのでしょうか。まあ、クラウディア姫に比べればマシと思いますが」


「どういう意味だ」


「そういう意味ですが」


 睨みつけてくるクラウディアに、目線を下げて応じる。


 真っ平らとまでいかないが、膨らみに乏しい点を自覚する側は、義姉となるはずだった女性に、


「そんなに違わんだろうが」


 とは、さすがに虚しいので、口にはしなかったが。


「ははっ、私みたいな中古品が、あなたたちにみたいな若くてピチピチしたキレイ所にかなうわけがないじゃないですか。しかし、さすがは七竜姫、全員、見事なもんですね。いっそ、ドレスか水着を着て戦場に来れば、我が軍五十万がことごとく前屈みになるんじゃないですか」


 下品なだけではなく、不謹慎な冗談に、七竜姫の四人が睨みつけるだけですませているのは、この場に万単位の戦死者を出している、ワイズ、タスタル、フリカの姫がいないからだろう。


「今日は飛ばすねえ、ベル姉」


「なに、男のことで苦労したことのない若い娘たちを見て、やっかんでいるだけですよ。まあ、何を言ったところで、二十年以上に渡り、愛人生活を送ったドラゴンの気持ちなんか理解できないでしょうが」


「つまり、ベルギアット殿は苦労されてきたということですわね」


 魔竜参謀を二十年以上も日陰の身にしてきた相手が誰かなど、容易に想像がつく。


 敵国の実質的支配者に不満を抱いている点に気づき、目を輝かせるフォーリスは、残酷な真実の門へと手をかける。


「苦労だけですんで、御の字ですけどね。ほとんど身ひとつ世界の全てを手に入れようとしたバカにずっとつき合ってきたのですから。よくここまで来れたもんです。が、ここまで来ると、何でもやっていた昔と違って、ぶっちゃけ、私がいてもいなくてもいいくらい、組織も大所帯になりました。トイ君を筆頭に後進も育ち、次席参謀に降格されたし、七竜連合とかの謀略など、仕込みももう終わったんで、去年、退職して遺跡に戻ろうとしたんですが……」


「なるほど。無理矢理、我が学園に送られたわけですわね!」

「それははしょりすぎ。ちゃんと退職届けを持って、ネドイルに別れ話を切り出したんだけど、ふう、あの人がまあ、ごねるごねる。もう四十すぎの男が始終、腰にすがりついて引き止めるわ、手足をバタつかせて、手がつけられないほどダダをこねるわして、ああ、あの時、根負けしてうやむやにしなければなあ」


 侵略者の親玉の恥ずかしい振る舞いに、四人の王女は乾いた表情となって何も言えなくなる。


 フレオールも疲れた顔と口調で、


「で、ネドイルの大兄の粘りというか、悪あがきはそれだけじゃないんだ。何とか、ベル姉を引き止めようと、部下に手当たり次第に説得を頼んで回ったんだよ。まっ、関わりたくないって感じで断った人もいるし、ヅガート将軍に至っては、テメエの下の世話くらいテメエでやれ、って言ったぐらいだからな」


「けど、メドリオー将軍やスラックス将軍とか、仕方ないという風に引き受けた人たちを、自分たちの問題に巻き込んだのは申し訳なくって、ホント。けど、本当に困ったのは、別れるのは賛成だけど、仕事だけは続けて欲しいと、皆から引き止められた点ですかね」


 疲れた風に困り顔でベルギアットが語るように、この時、両者の人望の差が如実に出た。


 メドリオーやスラックスなどはまだ、


「ネドイル閣下も悪いところがあるが、反省しているようだし、こらえてもらえないだろうか」


 上司をいくらか弁護して、ヨリが戻るように努めたが、大半はネドイルの方を非難し、別れるのに賛成する者の方が多かった。


 が、ネドイルとの個人的な関係はともかく、ベルギアットが職を辞する点には、誰もが口を揃えて再考を求めた。


「大兄はそうしてベル姉を引き止めている間に、オレがライディアン竜騎士学園の入学できるように手続きを整えたんだよ。名高き双剣の魔竜や七竜姫と手合わせしたければ、魔竜参謀を引き止めろってわけだ」


 竜騎士になるには、まずドラゴンがいなければ話にならない。とはいえ、フレオールからベルギアットに自分のわがままもつき合えと言えるわけがないのは、策を仕掛けた方とて百も承知というもの。

「しゃくですが、周りから辞めないでと言われ続けて辟易してましたからね。落ち着いて考えられる環境に、こっちから飛びつきましたよ。あそこまで引き止められるのは予想外でしたが、ただ周りに理解を求めないまま、自分の都合だけで辞めようとしたのは、我ながら配慮の欠いていました。その点の反省も踏まえて、あの人の策略に乗ったんですよ」


 眉はしかめながら人の策の前にまたも敗れたドラゴンは、怒るに怒れないと言った表情で、


「まったく、こうした心理を読むのは本当にうまいんですよ。女心はまるでわからないクセに」


 ベルギアットがネドイルに降ってからの年数は、この場にいる者たちの人生より長い。子供の頃から両者を良く知るフレオールでさえ、その積もった想いを半分とてわかるものではなかった。


 ただ、七竜姫の中で真っ先にわかったというより、それに気づいたミリアーナが、


「……ちょっと待って。フレオールがうちの学園に来た目的って、そこの魔竜参謀を引き止める、ただ、それだけなの?」


「ネドイルの大兄の狙いはそうだぞ。現に、我が陣営は魔竜参謀を欠く事態を避けられている」


 ライディアン竜騎士学園が、否、七竜連合が参謀兼愛人を引き止めるために利用されているをことを肯定するフレオール。


「……ふ、ふ、ふざけないでください! そんな下らない理由で、わ、我がシャーウ、いえ、七竜連合を利用したと言うのですのっ!」


 女の扱いが原始人より劣る大宰相のツケを回された側の中で、フォーリスが最も激しい怒りを見せるのは当然だろう。


 ネドイルがライディアン竜騎士学園に異母弟を送り込むことに対して、それを逆用するように主張したのはシャーウ王国だ。


 敵の策略を逆手に取れなかったどころか、別れ話を先延ばしにするのに利用されただけでは、副盟主国としてのメンツが丸潰れであり、智謀を誇るシャーウの王女はマジ切れしたらしく、

「……こうまでバカにされたのでは、我慢もできませんわっ! この恥辱のツケ、あなたたちの血であがなってもらいますからっ!」


 七竜姫が全員でかかれば、フレオールとイリアッシュを殺すのも不可能ではない。そして、七竜姫の乗竜が総がかりなら、ベルギアットとギガを倒せなくはない。


 が、その二組対七組の劣勢も、

「では、ナターシャ姫の助力を得ようか。シィルエール姫にも頼むべきか。ウィルトニア姫にも力を貸してもらえば万全だな」


 ワイズ軍とタスタル軍は第十一、第十二軍団に、フリカ軍は第九、第十軍団に大敗し、多数の戦死者だけではなく、捕虜も出している。もし、その捕虜の中に竜騎士、正確には乗竜を失った元竜騎士がいれば、今、フレオールやイリアッシュを傷つけるのはマズイ。


 竜騎士の大半は名家の生まれ。ドラゴンを失ったとはいえ、その貴き血は何より尊重されるもの。だから、捕虜となっていれば、雑兵の二万五千は放っておいても、優先して取り戻さねばならない。


 フレオールやイリアッシュを殺した報復に、捕虜が斬られる事態となれば、その責任を誰かが取ることは避けられず、ヘタをすれば同盟関係にヒビが入ることすらありえるのに気づき、クラウディアとティリエランはすぐにフォーリスを制そうとするが、


「あ〜っ、我らにこれだけの屈辱を与えて、何もなくすむと思うか」


 ミリアーナは棒読み口調で交渉を始める。


「なら、虜囚となったワイズの竜騎士がいれば解放しよう」


「だ、そうです。クラウ先輩、どうですか?」


「……えっ? えっ、なん、あっ、そうか……わかった。この場はそれで収めよう」


 ゼラントの王女の意図を察し、ワイズの王女を呼ぶことなく、敵の厄介払いに応じる盟主国の王女。


 高貴な捕虜は身代金を払って解放するものだが、大打撃が受けても国のあるタスタル、フリカと違い、ワイズには土地も民もない。だから、ウィルトニアは同盟国にたかるしか、身代金を用意する術はないが、バディン、シャーウ、ロペス、ゼラントも経済的な余裕がなくなりつつあり、新たな負担に難色を示すのは明白だ。


 アーク・ルーンの側も、ワイズの残党に潤沢な軍資金がないのはわかっているので、請求書を出しても紙代が無駄になるだけである。それどころか、ワイズの竜騎士様を捕らえたままでは、飯やら何やらで経費がかかるだけだが、何の理由もなく捕虜を解放できない。


 もっとも、だからこそ、ミリアーナの不用品を引き取りたいという申し出に、フレオールも応じたと言える。


 そのフレオールはフォーリスがクールダウンしたのを見計らい、


「命拾いさせてもらった礼に一つつけ加えると、ネドイルの大兄とて全てを計算ずくでやっていたというわけではない。オレというより、ベル姉がここにいるのは苦し紛れという一面もある」


「どういうことだ?」


「これは大兄の良くない点だが、大兄が人を見る眼はたしかなのは、こっちに来ている五人の将軍の手腕を見れば言うまでもないだろう。ただ、凡人には相手の才が見通すなどという芸当はできない。だから、ベル姉を次席参謀に降格して、新たに抜擢した参謀長が能力面で問題ないとしても、納得する者は多くなかった」


 実績のみならず、人望もあるからこそ、ベルギアットをないがしろにするような処置は、反発する者が多く、反対する声もまた多かった。


「この人事は己の眼力に重きを置いた、ネドイルの大兄の完全な失敗だからこそ、ベル姉がライディアン竜騎士学園に来る必要があったとも言える。実際、魔竜参謀が参謀長より降格されたのは、敵地に向かわせて何やら遠大な計画を行うためであった。単なる失敗をそう勘ぐってくれるようになったからな」


「辞めるつもりだったのに、あの人をフォローする点も含めてここにいる。まったく、我ながら損な性分ですよ」


 魔竜参謀はそう小さく笑うが、四人の七竜姫はまったく笑うことができなかった。


 ネドイルはたしかに失敗した。が、その失敗を、ベルギアットを引き止める材料に変えたのだ。


 失策を逆用するだけの才智。それを知り、笑える王女は、七竜連合に居なかった。


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